いらっしゃいませ。コーヒーがよろしいですか?それとも紅茶?あ、日本茶がお好きですか。
どれも無理ですけど、気持ちだけは、ということで。
まあ、ふつう応接間には、誰に見られてもさしさわりのない絵や置物があったりするわけですが、
うちはとりあえず、写真など飾って見ようかと。
まずはパノラマ写真から。学生時代は物理的に切ったり貼ったりのつなぎ写真、その後は前職がカメラ関係の仕事
だったためもあり、パノラマ専用カメラのワイドラックス、超広角レンズで撮影してトリミングなど、いろいろ試しました。
ワイドラックスは、この前、市民税納税のため、売却してしまいました。(泣笑)
写真はクリックすると巨大化し、臨場感3倍(当社比)。
山形にお住まいの方、または昔の山形に未練のある方以外には、なんの意味もない写真でしょうか。
1980年代後半、霞城公園の南門の石垣上から、蔵王方向を撮影したものです。
その後、お堀から向こうは再開発のため、別の町のように変貌しました。
ちなみに私の生家は、つぶされて新しい道路になっております。
上の写真の右下の道路から、東側を撮影。
さらに南門の西側土手によじのぼり、蔵王方向を撮影。
そして同日、城南陸橋の真ん中から、北を撮影。まだ東北新幹線は存在せず、『特急つばさ』が、元気に上野をめざしております。
この陸橋も、現在はすっかり近代的高架と化しておりますが、自分の幼時には、隧道めいた暗い通路を毎日潜っておりました。
大阪万博の2年前でしたか、ある冬の晩、大島渚監督の『少年』のロケが行われたうらぶれた高架下は、実はこの撮影場所の、ちょっと左下です。寒風のなかで何度もリハーサルを繰り返す小規模なロケ隊を、なんだか映画造りって豪華でもなんでもない肉体労働なんだなあ、などと、子供心にキビしくながめていた記憶があります。
上の写真と同じころ、馬見ヶ崎川の西岸から、北東方面を撮影したものです。
秋になると、日本一の大芋煮会というやつが河原で開催され、毎年NHKのニュースなどでも紹介されますね。
私が仕事で関東地方を転々としている間、どこにいっても秋になるとニュースで山形の巨大鍋が見られるばかりか、
土地によっては、近所の河原で小グループの芋煮会を楽しんでいる光景も見られ、
これはけっこうメジャーな行楽なのか、それとも山形から全国に広まりつつあるのか、などと首をかしげたものです。
こちらは、上山城から、かかし祭の会場方向を撮影したもの。会場ではトトロのかかしが、大きいのから小さいのまで、
やたらと目立ちました。
ということは、1988年に撮影したのでしょう。自分で撮っといて、我ながら無責任。
その同じお城の東に回り、蔵王方向を撮影したもの。雲がかかって、ちょっと残念。
同年盛夏の蔵王、地蔵山山頂付近です。ああ、次に高湯温泉でふやけられるのは、いつの日になることやら。
言わずと知れた、蔵王のお釜。五色沼とも呼ばれますが、本日は定番のコバルト色。
突然、2004年2月12日にタイム・スリップ。霞城セントラルの展望階から、霞城公園方向を撮影したもの。デジタルカメラで数枚撮影し、フォトショップでつないでみました。
デジカメは、撮影自体は手軽で楽なのですが、自動パノラマ作成ソフトでは、なかなかきれいにつながりません。結局、色調補正と変形を繰り返し、1枚1枚つないでいったほうが、自分の目で見たイメージに近づきます。
続いて同日、展望階の東側に立って、北東から南東へぐるりと頭を回した感じが体験できます。
上の写真同様、フォトショップで合成したので、窓枠も消えてます。
その数日後、山形駅東口で、ほぼ140度いっき首回し写真です。大きくなると、雪が降ってもっと寒そうに見えます。
同年晩夏、現在も威容を誇る、旧山形県庁舎・文翔館。父親がこの中で働いていたせいか、独特の威圧感を感じてしまいます。
この建物と、山形第一小学校の北側の古風な重厚さは、いつまでも保ってほしいものです。
同じく2004年晩夏、いちばん上の写真と同じ石垣の上から、ほぼ倍の範囲を撮影しました。お堀端の家並みは一新し、中央のでかいビルが、新しい山形の顔である、霞城セントラルです。このてっぺん近くから撮影した写真が、ちょっと上の2枚です。ちなみに、自分の生家はこのビルの直下の歩道になってしまいました。うう、たまに帰っても、土地鑑が……。