私家版・夢十夜
――或いは馬鹿の恋文――
第一夜
こんな夢を見た。
私は広い河のほとりに立っている。
夜の空は、なにかで塗りかためたように、厚く、黒い。
遥かに続く水面も、そんな空の下では、かろうじて波打っていると判るほどの漆黒であり、
岸によせるさざなみに目を凝らさなければ、とうてい水の流れとは見えない。
私は対岸に建つ館にむかって、先程からしきりに何事かを叫んでいる。
なぜかそれが日本語ではないらしく、叫んでいる自分でもその意味が判然としないの
だが、どうやら、自分が長い旅をしてついにこの岸辺までたどりついたこと、これから
泳いでそちらに渡ろうとしていることなどを、対岸の館に住むひとに言い聞かせんがため、
愚かなほどの大声で、小一時間も叫び続けているらしい。
眼鏡をかけていないのは、きっとその旅の過程で、なくすか割ってしまうかしたのだろう。
それでも、対岸の館の、二階の窓から漏れる灯が、はっきりと見えている。
そこでは、ひとりの若い女性が、瀟洒なつくりの鏡台にむかって、化粧をしている。
すでに夜半を過ぎているから、それはたぶん寝化粧というものなのだろう。
もっとも、その娘のうりざね顔は、これ以上白粉の必要もあるまいと思われるほどに清く、
またその頬も、余人の調色した頬紅の色ではない、若い身内からのつつましい紅の色を、
ほのかだが充分に、すでに浮かせている。
その対岸の小さい自分は、今すぐ行きます、といった意の言葉を、あいもかわらず愚か
しい身振り手振りで、しきりに叫んでいる。
娘はおとなしやかな、鈴虫のような声で、しかしはっきりとつぶやく。
――あら、そうなのですか。でもわたくし、ことさら来ていただかなくとも、結構でござい
ますことよ。
自分は、それでも行きます、と応えたらしい
と、つぎの瞬間、私はその自分のなかに戻って、もはや河の中程を泳いでいる。
水は冷たく、かつ大変に重い。
岸辺から漆黒と見たのは実に現実であったらしく、まさに漆のように重い。
それでも息もたえだえに、館にほど近い岸辺にたどり着き、その暖かげな窓を見上げ
ると、娘は白粉も頬紅もふんだんに使いこなした化粧の顔で、胸元の大きくあいた夜会服
に、もはや身を包んでいる。
……我は夢路を願えども されど汝は踊りてやまず……
そんないにしえの詩句が頭の奥に浮かんだとき、私は突然の横波をくらって、ふたたび
河の中にひきもどされる。
底へ底へと沈みながら、自分は岸辺に咲いていた小さな空色の花を、握りしめて来て
いる。
最後の力で水面に顔を出し、その花をふりかざしながら、
――私を忘れないで。
そうした意味の叫びを嘆くと、娘はその愛らしい鼻の頭に最後の仕上げのパフをはたき
ながら言った。
――まことにお気の毒ですけれど、残念ながら、お約束はいたしかねますことよ。
沈みながら、自分は悟る。……あ、そうだそうだ、このなんの頼りにもならぬ小さな花は、
忘れな草と呼ばれるべき植物であったのだ。
しかし自分が何処の言葉を話していたのかは、ついに悟れない。
第二夜
こんな夢を見た。
僕はアラジンの魔法のランプになっている。
いや、正確に言えば、ランプの精になっている。
大型トラックのタイヤが、転倒した僕の自転車の後輪を、僕の右足といっしょにばりばり
とまっ平らにしはじめた時、どこからか、「最期の願いをおひとつどうぞ」と、事務的なNHK
女性アナウンサーのような声が聞こえたように思ったので、うっかり「アラジンの魔法のラン
プになりたい」と願ってしまったのである。
ランプの中は、なぜか四畳半ひと間である。
その真ん中の掘り炬燵にあたりながら、昔、同じような間違いを言ったことを思い出す。
確か小学校の国語の時間だったか、女の先生に、もし童話の登場人物になれるとしたら
誰になりたいかと聞かれ、同じ答えをしたのである。
「でもランプになたら、自分じゃなにもできねべ」
先生は、雪の蔵王の見える窓を背に、笑って言った。
「アラジンになりだいんだべ」
確かに、その時はそうだった。
しかし今は、これがあながち間違いではなかったように思う。
大晦日前後の数日間、自分がある女性にとって恐怖の毒入り男になってしまったらしい
ことを悟り、いっときは思い切ろうと覚悟したものの、本心の感情ばかりはいくら理性で責
めても納得してくれず、進退きわまって悶々としていたとき、夜半目覚めながらふと願った
ことがあった。
そのひとの魔法のランプになれたらな。いっさいの厭味たらしい自己主張や独占欲から
無縁の存在となって、ただそのひとに請われるままに、「はい、ご主人様」とだけ繰り返し、
そのひとの願いをかなえながら、生きていられたらな。
されど現実には厭らしい毒入り男か、そう思うともはやいてもたってもいられなくて、ビー
ルを買いに自転車を飛ばした、そんな記憶が頭のなかにあったから、思わずそう答えてし
まったのかもしれない。
ランプの中の掘り炬燵には、御丁寧に、器いっぱいの蜜柑まで揃っている。
いつまで待ってもお呼びがかからないので、つれづれなるままに、蜜柑を食べる。
これがいつまで食べてもなくならないので、それを良いことに、際限なく食べ続ける。
いったい何万個の蜜柑を消化したか、そろそろ体中が真っ黄色になってしまったのでは
ないかと思う頃、ようやくその四畳半の天窓から、風にのって吸い出される。
誰が呼んでくれたのだろう。あのひとなら最高だな。
ところが、そこは新宿歌舞伎町の雑居ビルの一室らしい。
昔、新宿のサブナードに勤めていたころ、あやしげな喫茶店の見本用Gプリントを頼まれ
て、頼まれるままに届けにでかけた、あやしげな事務所ににている。
部屋には病院用のような粗末なベッドがひとつ置かれており、けばけばしい身なりの女
が、数人の目つきの良くない男たちに、なにやら問いただされている。
男たちの中には、昔プリントにいちゃもんをつけて、新入社員だった僕をさんざんおびや
かしたやっちゃんの顔も、あきらかに混じっている。
突然出現した僕に、彼らは一瞬顔色を変えたが、すぐに彼らが弱者に向かったときのみ
よく見せる、例の必要以上に侮蔑をこめたまなざしで、はじめての願い事を告げる。
この女が業務上許されざる単独商行為を行ったため、これからある種の折檻を加えるが、
ついては我々は情動上その特殊な折檻にのみ集中する必要があるから、その間彼女を
しっかりと押さえつけておいて欲しい、と、そのような意の願い事を、ちょっと僕には耐え難
いくらいあけすけな表現で願ったのである。
あまりの事態に呆然としながら、ふと足元に目を落とすと、たった今出て来たらしいみす
ぼらしいランプが、くずかごに投げ捨てられている。
結局、僕はその願い事を容認しかねて、といってランプの精である以上御主人様の言い
つけを拒否するわけにもいかないから、その唾棄すべき御主人様たちがこの世に存在し
なければすべて丸くおさまると結論した。
早い話が、ぶち殺してしまったのである。
ランプの中の四畳半に戻り、泣きながら蜜柑を食べる。
数百年、いや、数万年なのか、ランプの中には窓も時計もないので判然としないが、
何度か外に呼ばれては、最初ほどひどくはないが、どうにも尽くしがいのない人間にばかり
呼び出され、夢も希望もない力仕事などばかりやらされ、その合間に、鬱々と蜜柑を食べ
続ける。
やがて、発狂したランプの精というのはさぞみものだろうな、などと自棄的に考えながら、
何百何十何番目かのお呼びに応えて外にでると、そこは夕暮れの浜辺である。
潮風の冷たさから、初秋であると思う。
さらに、その海が懐かしい深みのある濃紺色であることから、日本海であると思う。
ランプは足元で半分砂に埋もれ、すっかり錆びてしまっているが、それがこの風景に
たいそう趣を加えており、ここ何十年かこうして潮風に吹かれていたなら、なにも中で
あんなに鬱々としていることはなかったのだ、喜々として蜜柑を食っていれば良かった
のだ、そう思い、久方ぶりに頬笑んでみる。
そんな僕を、ひとりの小さな女の子が、不思議そうに見上げている。
女の子は、昔その願いを望んだことのある、ある女性によくにている。
彼女の娘の娘の息子の娘の、そのまた孫の息子の嫁の子かもしれない、などと思う。
まだ三歳か四歳くらいに見えるので、事態が把握できるだろうかと訝りながら、おじさん
はぜんぜんこわくない、にこにこてんちょーだったりしたこともある、やさしいやさしいラン
プの精で、君がしてほしいことはなんでもしてあげるし、君がほしいものはなんでももって
きてあげる――そう告げると、やはり事態が把握できないらしく、きょとんとして黙っている。
そうした表情やしぐさが、ますますあのひとににているので、もしかしたら、その子は子供
のころのそのひとなのではないか、とさえ思う。
何を願ってくれるのだろう。
パンダが欲しい、なんてのもいいな、と思う。上野のトントンから中国中の野生パンダまで
集めて、日本海沿岸をパンダだらけにしてもいい。
お星さま、なんてのはちょっとこまるな、とも思う。現在の自分には全てが可能なのだが、
実際にそれをやったら事実上地球が壊滅してしまう。
王子様、なんてのは最高だな、と思う。しらばっくれて自分が王子様に化けてしまえば
いい。
しかし、女の子はよほど考えこんでしまう性格らしく、なかなか口を開いてくれない。
これも遺伝かな、と思う。
やがて、女の子は小さな声で言った。
やっぱりこわいから、おじさんはおじさんの家に帰って。
おっと、これは困った。
いったい今の自分の家とはどこだろう。山形の実家か、群馬のアパートか、それともこの
ランプのなかの四畳半か。
……やはりランプの精にだけはなるものではないな、と思う。
大型トラックのタイヤは、そろそろ頭に達そうとしている。
第三夜
こんな夢を見た。
五円の小遣いを母にもらって、近所の『一銭店屋』に走る。
五円玉一個が一日の小遣いらしいから、たぶん昭和三十年代後半頃、僕が小学校に
上がる前の頃を夢見ているらしい(ちなみに、いっせんみせや、というのは、子供相手の
駄菓子屋のこと。山形の田舎では、当時まだそんな言葉が残っていた)。
五円で一日の長い人生を楽しむには、これはもう、『当てくじ』をするしかない。
スカが出ても五円ぶんの駄菓子か玩具がもらえるし、もし一等でも出ようものなら、クリ
スマスにカトリック幼稚園でしかもらえないような、りっぱなブリキの自動車がもらえる。
それから、これはまず近所の誰に訊いてもここ数年当たったためしがないのだが、特等
は世にも素晴らしいゲルマニウムラジオなのだそうである。
何度も迷った末に、仙花紙のくじの綴りから一枚破りとる。店のお婆さんが、くじを濡ら
すための水のはいったお椀をさしだしてくれるが、僕はほかの子供と同じように、ぺろりと
嘗めて当たりはずれを見る。
胸いっぱいの希望と、どうせまたスカだろうという諦念が、心の中でなんの矛盾もなく
同居している。
くじの紙に、特一等、という字が浮かび上がる。
まわりからのぞきこんでいた仲間たちのあいだに、羨望の声があがる。
特一等、なんて、いままで誰も聞いたことがない。
ゲルマニウムラジオの上というと、まさかあの新発明のトランジスターラジオではある
まいか。
みんなで大騒ぎしながらお婆さんにそのくじを見せると、お婆さんは、おやまあまず
なんだべこの子は、戦争前にこの店出してがら特一等出したの初めでだよ、なんだべ
この子は、などともごもごつぶやきながら、店の奥の六畳間に上がり、箪笥の引き出しから、
ひと握りほどの新聞紙包みを出してくる。
掌にのせてくれたその包みは、春の遠足で千歳山のてっぺんにたどり着き、リュックサ
ックから取り出した握り飯のように、ほのかに温かい。
たんねんに新聞紙をはがして見ると、それはソフトボールほどの大きさの柔らかい球体
で、色は限りなく純白に近い桃色をしている。
「……なんだべ、こいづぁ」
首をひねって、そうお婆さんに尋ねると、
「りえの実だべ」
と、にこにこ笑いながら答える。
ほうっ、という嘆声が、まわりの仲間たちから起こる。
……りえ!
……りえ?
……りえの実だてよう。
あきらかに最大限の羨望を含んだ声どもである。
ただ、肝腎の僕自身は、そも『りえの実』なるものが何ものであるか、まったく見当が
つかない。
それでも、当時から一見おとなしく真面目そうな顔をして、実は軽佻浮薄な僕であった
から、仲間たちに誇るようにその柔らかな球体を差し上げ、元気いっぱいに叫んで見せる。
「やったあ、りえの実が当だた」
しかし、それを家に持って帰ったとして、それからどうしたものやら見当がつかない。
仲間たちに笑われるのではないかと危惧しながら、おずおずとお婆さんに訊いてみる。
「……で、これ、何したらいいべ」
案の定、まわりの仲間たちから、嘲笑が起こる。
――何したらて、食うに決まてっべ。
――皮むいで食べっど、ものすごぐうまいぞ。
――風呂で温っだめで食てもいいべ。
それらの声どもを聞いて、突然、ふだんめったに怒らないお婆さんが、破鐘のような
怒声をあげる。
「なに言てんだべ、この罰当たりの餓鬼めらが」
僕はお婆さんに救われたかたちである。
ふりむいたお婆さんの顔も、僕に対してはいつもながらに優しい。
「あんちゃんどごの庭に、紫陽花、あるがや」
「……うん、ある」
「んでば、その根元さ、この実ば埋めてな、これがら毎日な」
「……うん」
「朝の四時ごろになたら、紫陽花の根元さ行てな、お日さま昇るまで、花よ咲け、花よ
咲け、言て聞かすんだなや」
「……うん」
「ひと月もすっど、花咲ぐぞ」
「どだな花だや」
「そりゃお前、りえの花だべや」
それはそうだろうが、僕はそれがどんな姿なのか聞きたいのである。
しかし、お婆さんは、
「――それはそれは綺麗なもんだど」
そう言って目を細めるばかりで、それ以上の語彙を持たないらしい。
しかたなく僕はその実を家に持って帰り、温かい手触りと、仲間たちの言った食うと
うまいという言葉に気を残しつつも、お婆さんに言われたままに、庭の隅の紫陽花の
根元に、丁寧に埋める。
翌朝から、いつも早起き良い子で元気、といった子供に変身する。
――花よ咲け。
――花よ咲け。
――りえの花、咲け。
夜明け間近になると、毎朝、新聞配達の中学生が走って来る。
毎朝顔を合わせるので、自然に友達になる。
ためしに、りえの花のことを訊いてみると、それは知らないが、新聞のことならなんでも
知ってるぞ、と胸をはる。
山田太郎という名ではないか、と訊くと、そうだ、と言ってまた胸をはる。
彼のおかげで、平仮名しか読めない僕も、夢の超特急・新幹線ひかり号の試運転やら、
平和の祭典・東京オリンピックの準備の噂やら、あの横綱大鳳に地元出身の柏戸が勝った
話やら、その朝の新聞の内容にやたら明るくなり、家族を驚かせたりする。
しかしまだりえの花は芽を出さない。
――花よ咲け。
――花よ咲け。
――りえの花、咲け。
やがて、梅雨のなかで紫陽花は薄紫の小花を一面に咲かせたが、りえの花は、咲か
ない。
紫陽花のとなりに朝顔が咲いて、さらにその後ろに向日葵が咲いて、それでもりえの
花は芽さえ出さない。
やはりあの当てくじの特一等は、夢であったのか、と、夢の中で思う。
そしてとうとう桜さえ芽吹く頃、僕は小学校にあがり、いつのまにか、新聞配達の少年
とも、疎遠になってしまう。
小学校の図書館で図鑑を見ても、その花は載っていない。
理科の先生に訊いても、首をかしげるばかりである。
やがて、わずかな時を隔て、遠い日本の真ん中あたりで、生きて歩くその美しい花が
芽生え、自分がその花にみとれて暮らす日々が来ようなどとは、まだ小学一年生の僕の
こと、無論知らない。
第四夜
こんな夢を見た。
私はラフカディオ・ハーンであるらしい。
明治の松江に住む、外人教師である。
晩御飯のあと、住みこみ女中の小泉セツに、怪談をせがむ。
小泉セツは、日本女性らしいつつましやかな頬笑みを浮かべ、古い、懐かしい匂いの
する、日本の霊たちの物語を、この国の言葉にまだ疎い私に合わせて、ゆっくりと語り
はじめる。
その顔のゆるやかな輪郭を見つめながら、四歳のときに生きわかれ、そのまま死に
わかれた、母を思い出している。
母はギリシャ人であり、彫りの深い、セツとはむしろ最も遠い類の顔立ちをしていた
はずだが、ハーンである私は、不思議にふたりを重ね合わせることができる。
またセツは、ハーンである私がまだ見ているはずのない、昭和の、ある上州の婦人に
にているとも思う。
庭の隅で、鈴虫が鳴いている。
そのはかなげな響きに唱和するように、セツの言の葉が、孤独癖に囚われていた私の
胸に、直截に染みとおってゆく。
至福である、と思う。
このまま日本人として生きてみようか、とも思う。
このわずらわしい横文字の名前を捨て、優雅な日本文字による名がほしい。
小泉八雲、そんな名が心に浮かぶ。
日本のひとびとは、七回ほど死に変わり、生き変わると聞いている。
私もまたこの国の人となれば、そのように死に変わり、生き変われるはずである。
どのように生き変わるか――。セツの顔だちと声をいとしみながら、今がこのように至福で
あるからには、次の世はたぶん、このような人とこのように夜をすごすことはできないの
だろうな、と予感する。
さきほど心に浮かんだ未知の婦人が、その私の死に変わった自分に、大いにかかわって
くるのだろう、とも予感する。
なにがゆえか、たいへんに哀しい気持ちになる。
ともあれ、今は至福である。
鈴虫の声は夜の深まりのなかに途絶えてしまったが、その人の声は、私が眠りにつく
まで、優しく心に染みわたり続けるはずである。
第五夜
こんな夢を見た。
僕は犬になっている。もっとも、犬である、と自分で思っているだけで、客観的に見て
みると、狸の一種なのかも知れない。
ともあれ、昨夜夢見た結構に文学的な世界とは、えらい格差のあるものに生まれ変わ
ってしまったらしい。
こんな姿になってしまっては、もうあのひとの姿を見るために会社に出ていくこともでき
ないな、と思う。
あらためて、ただその人を見ていられるだけで、幸せな自分であったのだな、と気づき、
無性に現在の滑稽な姿が疎ましく思われる。
しかし犬となってしまったからには、犬としてあの人に近づく手段を講じねばならぬ。
群馬の野良犬になってみようか、と考えがおよぶ。
あのひとの住所は電子手帳に入れてあるから、それを頼ってたずねて行き、夜あのひと
が帰って来るころに、玄関先でくんくん鳴いていれば、頭を撫でてくれるかもしれない。
いや、それだけではない。ことによったら、家で飼ってもらえるかもしれないのである。
これはもしかしたら、あのぶさいくな人間の男であったときよりも、人生、いや、犬生が、
むしろ明るくなったのではないかと思う。
カバンを前足と口で開いて、電子手帳をひっぱり出す。
そして、愕然として、己の前足をみつめる。
こんなぬいぐるみのような手、いや、前足では、あのひとの住所を呼び出せようはずが
ない。
あせってそのキーをぱふぱふたたいてみるが、ふくらんだ土踏まずが複数のキーをいっ
しょにたたいてしまうので、ぱふぱふとエラーが出るばかりである。
ああ、人間でいたころには、犬にお手をさせて土踏まずをくすぐって、その迷惑そうな顔を
楽しんだりできたのに、いざ犬になってみると、土踏まずとはこんなに腹の立つ代物であっ
たか。
やはり人間がよかった、と心底思う。
たとえ疎まれようと、口では言えぬところを文章をもって多少なりともフォローすることが
出来た。美しいものを美しいと言うことも出来た。また、いかに嫌われようと、愛したひとに
愛していると告げることも出来た。
犬になってしまったら、これはもう犬にしか本心を告げられないのではないか。しかし僕は
残念ながら、雌の犬には犬であること以上の好悪を感じた試しがない。
悲嘆にくれながら、あのひとの名を、そっと呼んでみる。
くうん、という声が出たきりである。
涙にくれながら、あのひとの名を、ふたたび大声で叫ぶ。
わん、と言ったきりである。
わん、わん、と、部屋中を駆けまわる。
ドアのノブが回せないので、もはや部屋を出ることすらかなわぬ。
……わん。
呆然と、ひとり、いや、一匹たたずんでいると、頭に、なにかが降ってくる。
小さいがたいそう重く固いものであったらしく、頭の横に、瘤がみるみる正月の餅のように
ふくらむ。
腹をたてて、いったい何が落ちてきたのか、あたりの床を嗅ぎ回る。
噛めるものなら、犬らしく猛然と噛みついてやろうと思う。
しかし、床の上には、人間であった頃に散らかした、大量の書籍やCDやフロッピーディス
クが、紙屑とともに散乱しているばかりで、天井から降ってきたらしいものは一向に見あたら
ない。
くやしく、やるせなく、何かに向かって、きゃんきゃんと苦情を訴える。
その『何か』は、頭に瘤をつくった何かではなく、こうした理不尽な状況を設定した何かで
あるらしい。
そうして訴え続けながら、その何かが自分自身であることを、実はうすうす感づいている。
しかし、頭に瘤を作ったほうの何かは、犬である僕の嗅覚をもってしても、結局、見いだせ
ない。
第六夜
こんな夢を見た。
初秋の蔵王に登っている。
俗に蔵王とひとまとめに呼ばれているこの山々は、実際には連峰であり、熊野岳、刈田
岳、地蔵山などの、いくつかの頂が並び重なる、みちのくの天の屏風である。
私は高湯温泉の古びた旅館で一夜の湯を楽しんだあと、頭上を越えてゆく無粋なロープ
ウェイに辟易しながら徒歩で午前の山腹をゆき、ドッコ沼のほとりで、心地よい汗を拭い
ながら、宿から渡された握り飯で中食をつかっている。
午後はさらに山頂まで登り、カルデラ湖である『お釜』の、五色に輝く湖面を探勝したあと、
宮城県がわの、遠刈田温泉に抜けるつもりでいる。
大ぶりの握り飯のひとつに、梅干だけでなく塩鮭などもはいっていたのを嬉しく賞味しな
がら、なぜあの温泉が、蔵王温泉などというおおまかな名になってしまったのか、と寂しい
気持ちになる。
高湯と地元では言い、私も子供のころから高湯として愛してきた。それが観光資源として
の見方をされはじめてから、蔵王高湯ということになり、さらに都会からのスキー客の足場
として、東京の駅の壁などに総天然色のポスターが貼られる昨今におよび、とうとう、ただ
蔵王温泉ということになってしまった。
しかし我々ふもとの人間にしてみれば、そこは確かに広い蔵王のなかでいちばん地の
利に恵まれた湯であるが、断じて蔵王温泉などという盛り場の看板のような名の土地では
ない。
そんなことを考えるうち、山形駅につく都会からの観光客たちが、山頂の『お釜』を口に
するとき、一様にいやらしげな連想をふくんだ笑いを浮かべることも、にがにがしく思い
出す。
雑念をはらい、沼の周囲を、腹ごなしに散策する。
ドッコ沼は残念ながら、他に誇れるほどの沼ではなく、日本の山に登れば必ず行き当たる
ような、ただの小さな沼にすぎない。しかし、中学の夏に仲間とちよっと遠足のつもりで
来て、急な雨に遭い、薄着の寒さを新聞紙にくるまって乞食のようにしのいだことなどを思い
出し、案外に満ち足りた気持ちになる。
りえ、とつぶやく。
口にしてはいけないと知りつつ、つい、つぶやいてしまう。
昨夜、高湯の共同湯に、深夜ひとりでつかりながら、結句おもいあたるのはそのひとのこと
ばかりであった。
そのほの暗い湯のあちらに、かのひとの白い姿がうかんだとしたら、どうであったろう。
泉鏡花の『高野聖』に、こんな一節があった。
深山に棲む魔性の美女が、そこに一夜の宿を乞うた若い旅僧を惑わそうとして、ついに
いとしさゆえに惑わせない、そんな物語りであるが、その中に、谷川で女が僧のからだを
洗う一場がある。
女が、もし自分がこの川の流れにさらわれて、ふもとちかい滝の壷に浮かんでいるのを
みたら、ひとはなんと思うだろうか、そんなことを僧に問うと、僧は答えるのだ。
――白桃の花だとおもいます。
あれを最初に読んだのは、たしか中学のころであった。
そのとき、まだ若く、今よりもなお愚かであった私は、鏡花という不世出の幻想のひとが、
なぜ魔性を描くにもっとも清げなる女性の姿ばかりを借りるのか、不覚にも理解することが
できなかった。
しかしりえというひとをすでに知った今は、心痛むほどに理解がおよぶのである。
この混濁の現世においては、清げなることがすなわち魔性であるのだ。
その当のひとがただそこにそうしているだけで、清からぬ我々俗人にとっては、魔性と同じ
ことであるのだ。
またそれは位相を反転したとき、米国の文豪ナサニエル・ホーソーンが描いた、かの『ラパ
チーニの娘』のごとき様相をも呈するであろう。
いずれにせよ、毒の人にとって、薬は毒となる。
――ああ、りえ。
私はその静かな沼の岸に膝まづき、また、つぶやかざるをえないのだ。
――木曾の深山幽谷に棲むという魔性のごとくに、高僧ならぬ卑しき商人である私を、
馬に変えよ。猿に変えよ。がまに変えよ。もっとも卑しき本来の私に変えよ。この生きながら
の劫火に引導をわたせ――。
しかし、沼のおもては、かつて新聞紙にくるまって目覚めた少年の日の自分をなごませた
ように、謐かにゆれているばかりである。
初秋の蔵王の空は、あの日の雨あがりの空とたがわずに澄みわたり、ドッコ沼を深く
縁どる木々の間から、ささやきのような木漏れ日を、水面と岸に投げかけている。
この痛みははまもなく終わるであろう。
なぜならその沼のなかほどの水面に、いま、りえが浮かんでいるからだ。
その身にまとう白い薄ぎぬは、いわゆるニンフェット――天然の精霊たちの正装なのだ
ろう。
しかしその薄ぎぬのなかに予感できる豊かな熱いししづきは、たぶんヴィナスのそれなの
であろう。
私はためらわず水にむかって歩を進める。
そこに浮かぶその沼の精霊は、おそらくりえではなかろうと、心の底で悟りながら。
――ああ、りえ、おまえはこの蔵王にはいるはずのない、遠き上州の娘である。しかし私
には、あのおまえそっくりのニンフのいざなう水の底は、どこよりもやすらぐ羽のしとねに
思われてならないのだ。
そこで私はもの言わぬ一匹の魚となってこころのまま泳ぐであろう。
そして、おまえ、ニンフは、そんなちっぽけな私を、永劫に愛でてくれるであろう。
いま私の鼻までたっした沼の水は、あまずっぱく、人肌のぬくもりである。
もはやあの遠刈田の出湯すら、私には恋いしくない。
第七夜
こんな夢を見た。
水の底で黙っている。
ただただ、黙っている。
黙ってさえいれば、この沼底の嵐は、通り過ぎてくれるだろうと思う。
眠りにつく前に体温計の示した三十九度五分ほどのおのれの体温を、夢の中では、
そのまま心の過熱として実感している。
さいわい腹具合だけはもちなおしたらしく、こんどの夢に苦痛はない。
しかしそれは肉体的な苦痛がないというだけのことであって、気持ちの苦しさは依然
として続いている。
であるから、小さな貝殻のなかに身を縮め、黙っている。
追ってきたはずの沼の精霊が、溺れて魚になったとたん、いずこへか消えてしまった
のを嘆いて、昨夜中その姿恋しさにさまよっていたように記憶している。
しかし、明け方の空の光りに、この水の底までぼんやりと揺らぎはじめたころから、
嵐がはじまってしまった。
見上げる沼のおもては、いつに変わらず穏やかであるから、それはただ底ちかい
水だけの嵐であるらしい。
魚の目はおのれの姿を視認できないようになっており、したがって自分がどのような
魚に変えられたのか、判然としない。
ただ、一晩狂ったように泳ぎまわっていたときの皮膚の感覚から察するに、、山道を
歩いていたときのような鈍重な体躯ではなく、きわめて鋭利な細身の魚へと変えられた
らしい。
南洋に棲むというマンボウのような魚でなかったことを、心から精霊に感謝する。
やがて、浅い眠りを経て、まわりの水の鎮まりを悟り、貝殻を抜けだし、ふたたび精霊
を求めて泳ぎはじめる。
さほど広からぬ沼であるから、半日ほどでくまなく探索できたのだが、精霊の姿はどこ
にもない。
あてどなく夕べの沼のおもてに顔をだす。
蔵王の山々の峰は、あかね色に暮れてゆくところである。
どうやら私は精霊のお気に召さなかったらしい。
それどころか、なんと実際には、高湯の宿でもらった握り飯を、そのいやしい性分から
いちどに過食して、腹が膨れたぶん頭の血が抜けて、岸辺で眠りこけていたらしい。
もはや峰を越して遠刈田に抜けるいとまは残されていない。
翌朝、仙台から始発の東北線に乗り、大宮で高崎線に乗り換える心づもりだったのだが、
ドッコ沼でこの時分では、高湯に引き返し、宿はとらずに共同湯でひと風呂浴びて、最終
バスで蔵王駅に下り、奥羽線の夜行で大宮にたどりつくしかあるまい。
泡を食って駆け下るように高湯をめざし、とりあえず共同湯につかる。
そのぬくもりと蒸気の味は、沼で身を沈めたときの水の甘さを思いおこさせる。
そしてまた、口にしてはならなかったそのひとの名前などをも。
夢である。その夢もまた夢なのかもしれぬ。
――あたたかくして、だいじにしてくださいね。
鈴をふるような声が、いつどこで聞いたのか思い出せぬまま、なめらかな出湯のように、
身内まで染みとおってくる。
その声はこの出湯のように、ひとつの自然の有りようにすぎず、誰にでも求めれば得うる
ものであるのだろう。
しかし、今は、それだけをこころよく受けいれながら、眠ろう。
そしていつのまにか私は、寝台車のなかにいる。
眠っているうちに、大宮に着くだろう。
高崎もすぐだろう。
また、前橋も。
そして、そこには、すくなくともあの人が、現実に存しているのだ。
第八夜
こんな夢を見た。
部屋に帰ってのたうちまわっている。
胸が万力で締めつけられるように痛む。
それはたぶん私が勝手に自分で自分の胸を締めつけているのだから、薬局に行こうと
病院に行こうと、いかんともしがたい性質の痛みである。
隣の部屋から、とうに正月も過ぎたというのに、陽気な宴の声が響いてくる。
――お医者様でも草津の湯でもヨイヨイ恋の病は治りゃせぬヨイヨイ。
そのように楽しげに歌っている。
このやろうてめえら少しは自粛しろ、と心の中で悪態をついてみるが、もはやそれを声
にする気力がない。
――幸せーに、なってねぇー、私祈ってますー。
冗談じゃねえ祈ってすむなら放棄じゃねえか、などと歯を食いしばりながら、ああ、なる
ほど、これは放棄されたがっている立場からの願望を歌っているのだ、だからいい歳を
した遊び男が歌いたがるのだ、と気づく。
いいないいな。放棄されたいほど執着されてみたいな、などと思う。
しかし実際にはその反対しかできない男である。
胸がとうとう、ぶつりと鈍い音をたてて、つぶれる。
おびただしい血を吐く。
このままでは地獄に堕ちると確信し、医者を求めて部屋から転がり出る。
医者だ慰謝だ、慰謝だ医者だ、などと自嘲ぎみにつぶやきながら。
ところが、冬に高崎のアパートのドアを蹴り開けて出たはずなのに、そこはなぜか夏の
尾瀬ヶ原である。
背後に至仏山があるところをみると、鳩町峠から登ってきたらしい。
また血を吐きそうになって、あわてて飲み込む。
尾瀬の木道を汚したりしたら、散策者すべての迷惑になる。
飲み込んでみると、これが意外に平気である。
己の胸の中身を腹に移しただけであるから、吸収できるのか、と思う。
やった、私はついに胸なし男だ、これからはきっと気楽に生きていけるのだと、晴れ
上がった尾瀬の空を見上げて嘆息する。
そして、からっぽになった胸に、深々と高山湿原の霊気を吸いこむ。
と、なにかしら甘い、清しい、懐かしい薫りがする。
わっ、と叫んであわてて息をとめる。
やめてくれ、それじゃあもとのもくあみだ。
しかし、すでに盛夏の至仏山の斜面から、風に乗って尾瀬を渡りはじめたエーデル
ワイスの薫りは、あたかもこの胸なし男を翻弄するように、目には見えぬ幾筋もの流れ
となって、木道をよこぎり、あるいは平行し、さらに斜めに吹き渡ってゆく。
息をつめたまま、朦朧として原を見渡すと、そこかしこの池塘に、その薫りの娘は白々
とうつろっているのだ。
見てはいけない、と思う。また娘も私を見てはいるまいと思う。
しかし娘は、彼方の白樺の間につかのま見え隠れしたかと思うと、また遠く燧ヶ岳に
向かう木道のうねりの陰から、その柔らかな長い髪を琥珀色に陽に透けさせてみせたり、
あまつさえ強すぎる夏の陽に向かって、掌をかざしながら、物憂げに頬笑んでみせたりも
するのだ。
やめてくれえと内心で叫びながら、私は結句その薫りをこころゆくまで、空洞の胸に吸い
こんでしまう。
また酩酊するのだろう。
せっかく腹におさめたずの、重苦しい肉の胸が、また再生してしまうのだろう。
しかし昔どこかの詩人は言った。――常に酔っていたまえ。
また古来誰もが言った。――馬鹿は死ななきゃ治らない。
尾瀬はすでにその娘の薫りに満ち、私は木道に座りこんで、ほうけたように酔いしれて
いる。
いずれ、時か神か人か、何物かが私を殺すだろう、と思う。
それはその薫りの娘が姿を消したときであろう、とも思う。
なればつかのま、この震える指先を、かの薫りのたとえ端にでも――。
そう決意して、酔いのまわった足で立ち上がろうとすると、いつそうなってしまったものか、
木道の板の隙間に、右の足首が挟まって、一歩も進めない。
必死にその足を抜こうともがくうちに……目が覚めた。
以下中断・再開の予定なし。
早い話が、ふられました。
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