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03月30日 月  続・なぜか啄木

 母や先祖の墓は、昨年訪れたときより若干くたびれていたが大勢に影響なし――といった身辺の話はちょっとこっちに置いといて、びっくり仰天の話がひとつ。
 義兄の運転で姉や母を伴い菩提寺に赴く車中、かつて我が家のあった、今は再開発で街の構造そのものが変わってしまったあたりを通りかかったわけだが、陸橋の横にあった某精神病院(小学校時代、入院中の叔母に何度も着替えや小遣いを届けに通った病院である)が、なんじゃやら巨大なピカピカの病院に変貌しており、病院名も妙に明朗な平仮名に変わっており、まさかこれがかつてのあのうら寂しい病院そのものではあるまいな、ついにつぶれて別の医療法人に売却してしまったのか、などと心配になった。心配になったのは、叔母の思い出とは関わりなく、狸が高校時代、偶然そこの院長のせがれ・Eと同級生だったからである。
 Eは狸と親しかったくらいだから当然落ちこぼれぎみで、狸同様大学受験に失敗し、同じ仙台で浪人生活を送った。狸はなんでだか翌年幸いにも明治に合格したが、Eは二浪目に突入した。Eが狸より出来が悪いとか、不運というのではない。医者のせがれとして、そして同族経営的な老舗医療法人の一員として、Eはたとえ何年かかろうと、医学部を卒業しなければならなかったのである。狸は上京し、以来、彼とは疎遠になってしまったが、それでも3年後の夏に帰省の途中、まだ仙台にいたEと顔を合わせた。Eは予備校の4年生(?)だった。「医学部しか許してもらえんから」――そう言って明るく笑う彼の顔が、夏空のように果てしなく哀しかったのを覚えている。
 しかし今回、びっくり仰天したことは、彼とも直接には関係しない。
 病院が一新していたので、彼の現況を知るべく実に30年ぶりに連絡をとったところ、やはりそこは彼の一族が関わる病院の発展した姿であり、彼も何年がかりだかで無事に医学部を卒業し、立派に(あくまで推定)精神科医をやっていた。今さら自慢してもせんないことだが、狸たちの出た高校は、まあクラスの3〜4番目くらいまでは当然一発で東大に入ってくださいね、有名どころの医学部なら何年がかりでも許しましょう、その他大勢の方々は1〜2年がかりで六大学や有名どころの芸大美大までならなんとか許しましょう、でもそれ以下の子はウチの子じゃありませんからね通りで会っても他人のフリしますからね橋の下に捨ててしまいますからね――そんなキビしい進学校だったのである。
 で、今回、その彼が言う。
「この前、病院の落成記念で、Sの奴に会ったよ」
「S?」
「ほら、Sだよ。3年からアメリカに留学してた」
「ああ、いたいた。あっちで卒業してから、またこっちで復学したんだっけ。あいつも医者になったの?」
「知らなかったのか? あいつ去年まで県知事やってたのに。一期だけで落ちこぼれたけど」
 ――うわあ!!
 あ、あのマイペースな奴が……。
 狸がデンマーク語の辞書を引き引き本場ロリ本の個人輸入(違法だけど時効)なんかしこしこ画策したり、孤独にパンダコパンダに関しての演説をぶったり、文芸部室で岡崎英生大先輩の小説に悶絶したりしていた頃、家が裕福なのをいいことにどう見ても遊び半分で海を渡って行ってしまった奴が――け、県知事やってたの!?
 聞けば、Sはその後、東京外語大から日銀に入行し、なんじゃやらしこたま燦然たるキャリアを積んでいたらしいのである。

     
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
     
花を買ひ来て
     
妻としたしむ      石川啄木

 しかし、すでに花を買う金もなく妻さえいない狸は……だめだこりゃやっぱホームレスどころか縄拾って富士の樹海だわ、うん、もう樹海しかない。


03月27日 金  投票しないよりは

 いいだろう、ということで、数日悩んだ末、本日帰穴途中、駅前のお役所の出店で県知事選挙の不在者投票してきました。明日から墓参りや母親の案配チェックのため帰省するので、29日の投票には行けません。で、結局、やはり投票したのは森田健作さんである。
 いざ投票するとなるとさすがに『青春の巨匠』などというキャッチフレーズに頼るわけにもいかないし、昔の松竹映画に関わっていた方から森田さんがいかに単細胞な目立ちたがり屋であったかの愚痴を聞いたこともあるし、今回一部のブログで揶揄された、ちょっとトンデモ寄りのマニュフェストからも、あまり社会的教養は期待できないわけである。もっともマニュフェストのほうは、選挙参謀さんたちの意図的偏向演出という気もしますが。
 しかしそれでも他の立候補者の方々よりは、人間的に信用できるのだから仕方がない。統一教会? 幸福の科学? あれはたまたまそっちの主張や利害に一致する行動を森田氏がとってしまっているだけだろう。反公明の立場から、カルト宗教がらみの話題に組み込まれがちな人物ではあるのですね。この国では公明党にいっぺん逆らった政治家は、イコール創価学会にケンカ売った、になってしまうという。でも、どこかに洗脳された形跡はないようだ。政治資金的なつながりも、政治家としては普通レベルでしょう。つまり積極的に投票したい人物ではないにしろ、狸が投票しなくとも候補者の誰かは必ず当選してしまうわけで、ならば、少しでも余分に効能がありそうと思われる人物に投票するしかないのです。狸穴の中がドンヨリと曇りがちなのは穴の主がアレなので仕方がないが、穴の外の地域社会までいつまでもドンヨリと濁っていては仕方がない。
 さて、明日は姉夫婦の車に便乗させてもらうのだが――1000円高速、大渋滞なんじゃないのか?


03月24日 火  2ちゃん萌え

 例のイオンがらみの報道管制の件以来、なにかと2ちゃんを覗く癖がついているのだけれど、あそこの効用は、ほんとにふたつの両極端パターンに別れますね。ひとつめは、あくまで少数だがイオンの時のようなマスで流れない情報を得られること、そしてふたつめは、ああ、俺ってあんがい優れた人間なのではないか、だって世の中にはこんだけ大量の馬鹿が雁首並べてパーパー世迷い言吐いてるんだもん、そう心から自尊心をとりもどせる点である。自分に関するたいがいの劣等感は、あそこを覗くだけで解消できるのである。
 ちなみにドラマ版『黒部の太陽』のスレは、空き盲目あるいは馬鹿のレスが90パー、正気なレスが5パー、残り5パーは意味不明、そんなところでしょうか。これはおおむね、2ちゃんの平均的パターンのまんまといっていいだろう。
 しかし、あの香取君を西遊記のまんまなどと揶揄する空き盲目があまりに多いのには呆れ果てた。たぶんまともな映画や芝居など観たことのない子供なのだろうが。佐藤浩市にあの役をやらせたいって……や、やめてくださいね。30ちょっとで今回あの眼力(ホットな部分よりむしろ抑えた場面で)を発した香取君に比べれば、佐藤君は50に近づいてもかわいいお坊ちゃまのまなざしではありませんか。いや、そこも役によってはとてもチャーミングなんですけどね。映画『GONIN』の甘ちゃん実業家なんか、最高でしたしね。『ホワイトアウト』のテロリストなんかは、正直、恥ずかしくてはんぶん目を伏せながら観てましたけど。てなこと言いつつ、狸も『黒部』を観るまでは、香取君を孫悟空ではしゃいでるかわいいジャニーズ君としか思ってなかったんだよなあ。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは良く言ったものである。ともあれ、眼球は自分を見るためではなく外部を認識するための器官である、そんなところで。
 ちなみに若い女性タレントさんたちの演技には、若い衆もあんがいシビアなようで安心しました。また、深キョンかわいい、というシンプルな意見ならば、狸も9割方同意できます。ただ、ドラマや映画には、『かわいいだけの娘さん』役限定で出て欲しいものである。


03月23日 月  なぜか啄木

 うーむ、やっぱり昭和30年代以前の、家庭や仕事や人生上の価値観そのものに関わる台詞になると、妻の台詞も男たちの台詞も、やや過剰・大仰になって、『こなれ』が足りないような気がするんだよなあ。いや、先日に引き続き、平成ドラマ版『黒部の太陽』の話である。昔映画化されたときは、40年代に入っていたとはいえまだ万博もこれからで、大人の世界はほぼ30年代の延長にあったから、三船敏郎さんも「男は黙ってサッポロビール」、その呼吸でサムライらしくどーんと寡黙にかまえていれば良かったんですけどね。裕次郎さんも昔の太陽族の頃とはちがい、今回の香取慎吾さんとは180度異なるすっかり大人な土木技師だったし。しかしまあ、今回はこの平成の若者までを含めた視聴者に、いにしえのヒートっぷりを伝えようというのだから、このくらいのクドさは必要か。昨今の多くのドラマや邦画から感じる、徹頭徹尾作り事で仮想の表層、そんなクサさに比べれば、遙かに大人の演技・演出だったし。
 全体を通して感服したのは、役者としての香取慎吾、彼に尽きる。いや、もちろん中村敦夫さんも小林薫さんも渋くて良かったけれど、それは期待通りで満足ということである。しかし香取慎吾君に関しては――これマジ西遊記の悟空君と同じ人間かいな。熱い叫びのシーンなどはその延長線上でも成立するとして、さりげない自然な演技の要求されるシーン、たとえば滝山家の長女、えーと、あのダイコンな生活感のカケラもない若い女性の方は、えーと、綾瀬はるかさんですか、あの方に喫茶店に呼び出されて、三女が白血病であることを父に伝えてほしいと依頼されるシーン、あそこで彼が3秒間ほど微動だにせず反応に窮する演技があるのだが、狸は久々に呆然としましたよ。「よっ! 香取! できました!」てなもんです。ラフな普段着のスチル状態で3秒間もその役柄として絵になりつづける役者なんて、めったにおらんぞ。いやあ、びっくり。SMAPの他の面々から、いっきに頭一つ抜けましたね。それが演出家の力だとしても、ならば演出さえしっかりされればどんな役でもこなせるはずで。
 若い女性タレント(役者未満の方々ですね)には厳しい狸なので、先の綾瀬はるかさんにも、あいかわらずカワユイだけが頼りの深キョンさんにも、しばしば往生してしまったのだけれど、まあ大先輩で今回立派な演技を見せる風吹ジュンさんも浅野ゆう子さんも、昔はまったく往生しっぱなしのカワユイだけが頼りなタレントさんだったのだから、これは気長に円熟を待つしかないのだろう。でも、志田未来ちゃんは最高でしたねえ。あんなろりに「お父様……」なんて言われちまった日には、もー地球の反対側まで3日でトンネル掘っちゃいますよね、男なら。

 で、本日のタイトルが、なぜ啄木なのかといいますと、要は『黒部の太陽』で昂揚しきったあと風呂に入ったりして、その後やや沈静した状態で、ふと、おのが無力なてのひらなど、じっと見つめたりする、そのときふと胸に去来する虚脱感
である。

    
はたらけど
    
はたらけど猶わが生活《くらし》樂にならざり
    
ぢつと手を見る

 借金にまみれながらちょっと臨時収入があると女郎屋に行ったり酒を飲んだりしてしまう人生の敗残者が何を言うか、と言ってしまえば啄木もそれまでなのだけれど、無論啄木はその時点で一銭にもならなかったにせよやはり文学的には天才なのであり、その天才であるというプライドだけは衰弱死するまで捨てていないわけである。

 そしてまた天才でもなんでもないくせに借金まみれでもはや臨時収入のあてさえない一匹の狸にも、なんの根拠もないプライドだけはドブに捨てても捨てきれないほどあったりする。
 男のプライド、なのですよ。結局あの大町トンネルを貫通させた力も。しかし、同じプライドでも、生きている間にはついに結実しないプライドもあれば、ドブを流れてそれっきり行方知れずになってしまうプライドもある。
 しかしそうしたアレな思いに囚われて、頭を抱え、閉塞感や無力感に負けそうなときにも、やはり啄木は黒四ダムなみに頼りになるのである。

    
「さばかりの事に死ぬるや」
    
「さばかりの事に生くるや」
    
 止《よ》せ止せ問答

 まあ、掘ろうと思ったら掘るしかないのですね。


03月21日 土  ドラマ・黒部の太陽

 いやあ、久々に『黒部の太陽』ですねえ。
 あの大町トンネル掘削工事が破砕帯にぶつかって難渋を極めるほんのひと月ほど前に、遠い東北では、ある一匹の狸が誕生していたのである。その狸はきっと誕生時から『難渋』というさだめの象徴であったのだ――などというこじつけはちょっとこっちに置いといて、原作や映画や漫画化が話題になったのは、まさに狸が小学校高学年の頃、つまりガキもガキなりに『男』であることを本格的に自覚しはじめる年頃だったので、そのイレコミも大変なものがあった。いつか記したような気もするし、あの原作をドラキュラと比較するのも妙な話だが、狸にとっての純粋『大人本』初体験は、海外作品ではブラム・ストーカー作・平井呈一訳の創元文庫『吸血鬼ドラキュラ』であり、日本語では木本正次の『黒部の太陽』なのである。
 当時から図書館にある偕成社の児童向け日本文学全集などはいちおう全作原文のままがウリになっており、自宅にあった岩波書店の児童向け世界文学全集も今となっては信じがたいほどハードな訳文であったのだけれど、やはりルビはほとんどの漢字にふってあり、活字もパラパラと読みやすく組んであった。ところが当時の大人用文芸書というものは、一部のとことん大衆向け娯楽作を除けば、文庫にしろ単行本にしろ今のように行間をたっぷりとった目に優しいシロモノではなくルビも最小限だったので、弱冠小学5年生の小狸は、寝床で毎晩せいぜい数ページしか読み進められなかったのを覚えている。それでもそれは実にまあ至福の時間だったですね。当時すでにマスメディアとして奔流のように児童文化を覆い尽くしつつあった漫画そしてテレビ、それらに惑溺する快楽もさることながら、やはり言霊というものはイメージの喚起力のケタが違うというか、底無し沼のように底がない。
 で、今回のテレビドラマ版『黒部の太陽』――おお、なかなかこれは原作のエンタメ成分を巧みに増幅してくれているのではないか。いきなり土方たちがバーでクダまいてるシーンには仰天したが、それもあの世界への正しいツカミだろう。昔の映画も良かったけれど、あれはあくまで真面目ひと筋熊井啓監督の世界であって、原作とは別物なのである。原作は社会派やドキュメントであると同時に、多分にメロドラマ的な情話要素を含んでいるのであって、男汁根性物をメインにラブ・ロマンスから難病物まできっちりカバーしたエンタメでもある。この点、単なるホラーではない総合エンタメ作品『ドラキュラ』と同じだ。原作者の木本正次氏は、今となっては『あの黒部の太陽の原作者』としてしか大衆的認知がないようだが、当時はバリバリの直木賞候補だったんですからね。『黒部の太陽』の前に書かれた『香港の水』なんかも、社会派難工事ネタに、きっちりラブロマンス絡ませたりしておりましたね。
 本日のドラマ前編は、当然のごとくあの破砕帯大出水で『続く』になっており、そこまででも何度かウルウルと男泣きさせていただいたので、明日の後編ではどこまで泣かせてくれるか楽しみだ。また今回感心したのは、CGマットをはじめ各所のデジタル合成の巧みさ。街の風景から大自然から災害アクションまで、ここまで違和感なく描き変えるというのは、ようやくCG技術が成熟してくれたと祝福していいだろう。ハリウッドのドンパチや『三丁目の夕日』とは違い、あくまでウリではなく裏方の効果に徹しているところが渋い。


03月19日 木  憎むな殺すなでも赦せんからやっぱり

 憎むな殺すな赦しましょうと、いみじくも宣う古き良き時代の月光仮面さんであったが、作者である川内康範先生は、その後のレインボーマンやコンドールマンでは悪人怪人をばったばったと抹殺しており、先生が日蓮宗からお宗旨変えしたとも聞いていないので、やはり正しく社会を保つためには、派手に退治せねばならぬ輩はお宗旨や理想主義を越えて存在するわけである。
 見ず知らずの便所コオロギが三匹、汲み取りを忘れた非水洗便所のような携帯闇サイトを通じてつるみあい、無辜の女性を拉致して金品を奪った末に撲殺するという事件があったが、地裁の一審では二匹が死刑、自首した一匹だけは無期、そんな判決が下ったようだ。ひとりの被害者で二匹が死刑という判例はきわめて珍しく、まだどう転がるか見当も付かない一審判決とはいえ、その女性裁判官の英断に、狸としては謹んで拍手を送らせていただきます。
 しつこいようだが、何度でも記してしまう。なんの落ち度もない見ず知らずの女性に力いっぱい金槌を振り下ろすなどというイキモノに『人権』を認める人間は、人が人を裁くことのなんたらかんたらといった理屈を通して、結果的に己の内なる欲望を肯定してしまっているのである。さらにしつこいようだが、狸自身たいして高級なイキモノではないので、盗みたい辱めたい殺したいという己の欲望など、いやと言うほど自覚している。これをがまんするのはなかなかつらい。だから、がまん仲間は大好きだが、がまんできない奴は大嫌いだ。スタイリッシュな義賊や、多少手癖が悪いこんじょまがりくらいならともかく、己ひとりの快楽のために辱める殺すなどを現世で実行できるイキモノは、明白に情状酌量の余地がない限り、やはり即刻来世の修行に旅立たせてやるのが最善と思われる。
 レインボーマンに登場する『死ね死ね団』の面々にも実は情状酌量の余地があるのであり、コンドールマンの『モンスター一族』に至っては人間の悪心そのものといっていいわけで、それでもそれらは、やはり誅されなければならないのですね。もっとも相手が人間そのものの場合、川内先生は、晩年復刻された小説版月光仮面の中で『憎むな殺すな訊問《ただ》せよ』と改稿しているそうだが、順列から見ればそれはあくまで、たとえ悪人でもいきなり憎悪にまかせて殺してはいけないよ、まずきちんと裁判するんだよ、という意味になる。訊問《ただ》した後のことは、あえて触れられていない。あの月光仮面=菩薩様ですら最終的に『赦しましょう』と明言できない人非人が、それだけ増殖してしまったということなのですねえ。


03月16日 月  脳内夢芝居

 近頃、仕事中や通勤中、頭の中で自作のキャラたちがひっきりなしに会話したり、とても濃い長台詞を披露してくれたりするのですが、メモする暇もなければ完全に記憶する脳細胞もすでにありません。大意は記憶できるのですが、できれば帰宅後、風呂上がりかなんかに活動してくれないものでしょうか。でもメモする余裕のあるときは、各キャラとも狸の脳味噌ごと、ぐったりしてしまっているんだよなあ。
 ともあれ、キャラが逃げないだけ良しとしよう。記憶をたどって、ぽちぽちぽち、と。


03月13日 金  黒い家

 ああ食いたいああ食いたいと希《こいねが》いつつ、ひと月ほど行けなかったかっぱ寿司にようやく行く。実はここしばらく、母親関係のなんやらかんやらで自分の食費にあてられる予算が激減しており、朝100円昼200円夜300円(消費税別)、つまり一日の食費を数百円程度に抑えていたのである。それでも体重はまったく落ちず逆に肥えたりするのだから、この国はまだまだ豊かだ。そのぶん中国や東南アジアの庶民から搾取しているわけで、ああ、こんな狸でも立派な搾取階級なのだなあ。これがグローバリゼーションの威力。
 ここに来てようやく野口英世さんが2〜3人自由になることが明らかになり、勇んで赴いたかっぱ寿司には、いつのまにか狸の天敵・恐怖のパートおばちゃんが増殖しており、ひとりでカウンター席に長居していると、たいして混んでもいないのに、すぐ隣にアベックや夫婦をツッコんで来たりする。回転寿司だけにお客の回転率も上げるよう、上に言われてそんな小技を使ってくるのだろう。若いバイト君なんかだと、そこまで馬鹿正直に上の指示には従わないもんですけどね。給料くれる上のオヤジなんかより、お客からの苦情のほうが恐いから。時給はもらってあたりまえ、客の苦情はまっぴらごめん。しかしパートのおばちゃんたちは、生活者歴が長いだけに、職場で一番偉いのは組織の上長だと悟っております。安食堂の客なんぞ、従業員にとっていざというときにはなんの役にも立たない。せいぜい愛想笑いくらいしか期待できないのだから、従業員としても愛想笑いだけしっかり返しておいて、あとの対処はドライでいいのです。しかし――狸も負けませんよ。今は尾羽うち枯らしておりますが、昔は上長の側だったんですからね。ひと皿ひと皿、それはもーじっくりと時間をかけて口中で味わい尽くし、嚥下後もしばらくは味の余韻を追い求め、やがておもむろにお茶で口直しして、さて、次のお皿はどれにしましょうかねるんるんるん――すみません。やっぱりひと皿100円の回転寿司に、個別直進寿司(?)の長っ尻を持ちこんではいかんですね。その『くつろいでじっくり味わう』んとこが、お値段数倍の由縁なのであって。
 思うさま食ってビールも一杯飲んで、まだ予算に余裕があったので、かねてより注目していたキティちゃん寿司――例の寿司ネタを掛け布団にしてシャリから顔を出している、かっぱの着ぐるみをかぶったキティちゃん――の携帯ストラップも買ってしまう。狸はここ数年、これほど萌え立つ物件を他に知らない。かわいいの。

 で、ようやく本題、謎の『黒い家』の話である。
 ずいぶん前に、店先のちっぽけな檻に大猫を閉じこめている非常識な居酒屋のことを、ここに記した記憶があるのだが、その居酒屋が、今夜前を通りかかったら『黒い家』と化していたのだ。すでに暖簾を外し、サンプルのウインドーもガラクタ置き場となり、店の周囲にはむき出しの粗大ゴミや、燃えるゴミの袋が積みっぱなしになっている。とうとうつぶれて夜逃げでもしたかと、ゴミの間から玄関口を覗けば、うっすらと明かりが漏れている。どうやら商売を放棄しただけのようだ。しかし、窓の外に洗濯物がみっしりとぶら下がり、はしっこの洗濯物などは明らかに数日間ぶら下げっぱなしらしく、すでに土埃や排気ガスで黒ずんでいるってのは、いったいなんなんだろう。どう見ても、アレな人の住む黒い家としか見えないのである。
 ちなみに、例の檻は空っぽになって粗大ゴミの仲間となっていた。中にいた猫は今どうしているのだろう。シメられたりツブされたりしていないのを祈るばかりだ。

 今度の県知事選挙は森田健作さんに投票しようと思う。単なる目立ちたがり屋の可能性も大なのだけれど、なんといいますか、雰囲気だけでもポジティブな明朗さが欲しいのですよ、このところの狸穴周辺では。


03月11日 水  雑踏の黒い狸

 またどこかで人が飛びこんだらしく、帰りの電車運行が乱れる。
 ホームの雑踏にたたずみ胸中で合掌しつつも、そのいっぽうで、モンティ・パイソン調の、ドス黒く乾いたギャグが浮かんだりもする。

 突然リストラされた中年男。妻子に会わせる顔がない。住宅ローンも払えない。自殺すれば保険金で家族だけはなんとかなる。
 駅のホームで適当な電車を見つくろいながら、男は景気づけのために、マグマ大使の歌をイントロから歌いだす。
「♪ ちゃちゃっちゃちゃ〜〜ん ちゃちゃっちゃちゃ〜〜ん ちゃちゃっちゃちゃんちゃんちゃららららららんらんらんらん ♪」
 景気よく通過してくれそうな特快が近づいてきたので、
「♪ 飛〜び出〜せ 逝〜く〜ぞ〜 ホームを蹴〜っ〜て〜〜 ♪」
 元気よく身を躍らせ、無事に特快にはねられて即死しつつ(?)、あまつさえ反対方向から来た快速にも力いっぱいはね上げられ、ぐっちゃんぐっちゃんになって宙に舞う。
 ホームでそれを見上げる通勤客や駅員、揃って勇壮に合唱する。
「♪ 今日〜も〜 マ・グ・ロっは〜 空〜を〜飛ぶ〜〜〜 ♪」

 ……もはや笑い飛ばさなければ救われない痛みもあると思うがどうか。


03月09日 月  御無沙汰狸

 むう、このバトンは今さら古狸の出る幕じゃないよなあ、とか、君はなんのために生まれてきたのか一生かけて探し続けるために生まれてきたんだよ、とか、す、すみません、今回はそんな大それた伝奇物じゃありません、なまぬるい青春ドタバタ小説になってしまいそうです、とか、かれこれ一週間ぶりに覗かせていただいた皆様のブログやHPへの反応は、ちょっとこっちに置いといて――。
 うみゅみゅみゅみゅう。狸はどうやら創作におけるシリアス感覚を忘れてしまいました。長いこと、たかちゃん物しか書いていなかったためでしょうか。いにしえの青春の叙情に浸ろうとすればいつのまにやらギャグになり、いよいよ大宇宙規模の両陣営対峙を描こうと思えばタカがお風呂で優子ちゃんにおしりの穴の横のホクロを凝視され「……やさしくしてね」などとカマしてきます。
 あわてて川端康成大先生や小松左京大先生の旧著を引っぱり出し、日々リハビリに努めておるわけですが、うーむ、感性のアルツとでも言うのでしょうか、それとも単に、めっきりシビアな現実からの逃避願望にすぎないのか――。
 ともあれ、暇を盗んでぽちぽちと、おぼつかない言霊の雫を、ちっぽけな肉球で受け止め続ける今日この頃。


03月06日 金  無責任狸時評

 おお、小沢さんも失脚の予感。まあ日本の政治というものは、特に終戦後は『仕事』というより『商売』の一部であらざるを得ないわけで、正直なところ、何を今さらの茶番劇を見ている気分。しかし電車の中吊りを見ていると、週刊誌屋さんも煽る煽る。スポンサーの悪口以外なら、なんでも書いていいわけです。商売なんですねえ。

『蟹工船』の人気で共産党に入る若者が増えたというが、必ずしもそれだけではなく、さすがにそろそろ商売だけで国を転がしてちゃ大不況でも来りゃ皆オシャカ、そんな現実に目覚めてきたのではないか。そうだったら嬉しいんですけどね。以前にも記したような気がするが、過去の(現在もか)国民性から見て、理想論としての共産主義をお題目でなく馬鹿正直に実現できる国があるとすれば、日本くらいじゃないかと思うのです。進め一億火の玉だ――あのイキオイの、方向だけ変えればいいわけですから。

 豆腐のようなマンションを売りつけた社長は、案の定、執行猶予付き判決。積極的に騙したわけではないからと言うが、知ってて黙ってたんだから同じような気もするんだがなあ。これで「イジメを傍観するのはイジメと同じです」などと子供に説教しようってんだから、大人もフトいよなあ。

 小学生の男の子をマンションから投げ殺した自称鬱病男は、案の定、無期懲役(という名の有期刑)。過去の判例を何よりも大切にするこの国では、ひとりまでならどんな理由でどんな殺し方をしようと、絶対に死刑にはなりません。同じマンションの女性を飼育目的で拉致して結局バラバラにしてしまった男も、こないだ一審で無期判決が出ておりましたね。つまり、ひとりまでなら、この国はとっくの昔に死刑廃止しているのです。いやあ、よかったよかった。ハラワタ煮えくりかえる程度に人権社会万歳!

 そして――「メイド服着なきゃ単位やらん」と、教え子たちに無理矢理メイド服を着せた教師? わははははは。――いや、でも、マテ。よく読めば、当人は覗いてもおらんし触ってもおらんし――ありゃ、これはただ、生徒に嫌われちゃっただけみたいですね。だ、だみだあ、先生、冗談もメイド服も相手を選ばないと。今どきのお子さんや親御さんは、好きでもない他人の一生なんて、気軽にドブに捨ててくれますよ。なんせ人権社会ですから。でも、あくまで自分や自分の好きな人が、人権のトップ(なんじゃそりゃ)にいるのね。変に頭を下げないで、大声でツッパれば良かったのです。うーん、とってもアメリカン。

 …………狸は近頃ますます病気だと思うがどうか。


03月03日 火  たのしいひなまつり

「♪ あかりをつけましょ ぼんぼりに〜〜 ♪ るんるんるん〜〜」
「んむ。窓の外にはなんじゃやら雪までふりはじめたとゆーのに、貴子んちは、すっかり春なのだなあ。幼い頃からビンボひと筋の俺には想像を絶するような、ごーじゃすな七段飾りがてんこもりだ。……んでも、貴子、なんで雛人形、全員そろってウエットスーツみたいなの着てるんだ? お内裏様にはツノがはえてるし、お雛様には銀色のトサカみたいなのがあるぞ」
「ママのお祖母ちゃんが、送ってくれたの」
「そうか、貴子のママ方は、光の国出身だったなあ」
「えっへん!」
「まあいい。――で、雛祭りといえば、白酒だ。で、今年のお約束どおり、今夜は優子に白酒をイッキ飲みさせて、例の、なぞかけ上戸をやらせよーと思ってたんだが、これこのよーに、すでに優子は酔いつぶれて眠りこけてしまっている。やっぱし、いやがる優子を羽交い締めにして、一升まるごとイッキさせたのは、いささか無謀だったよーだ」
「すぴー、すぴー」
「ありゃ」
「んでも、いまさら皆様のご期待を、裏切るわけにはいかん。そーゆーわけだから、おい貴子、おまいが代わりに、なぞかけをやるのだ。それでなくとも、俺ら、近頃ここしか出番がなくて、優子ばっかし主役張ってんだからな。ここはひとつ、おもいっきしハジけたやつを、一発たのむ」
「こっくし! んじゃあ……桃の節句、とかけて」
「んむ。まさにタイムリー、今日にぴったしのテーマだな。――桃の節句、とかけて?」
「日曜日の江戸川べり、ととく」
「んむ。しかして、そのこころは?」
「暇な釣り!」
「………………………………」
「………………………………」
「…………言いたかないが、おい、貴子、おまいが今後主役に復帰する可能性は、たった今、断たれたと言っても過言ではない」
「がーん!!」
「んでも、くじけるな。たとい吉本への道が断たれたとしても、おまいには、うるとらの道が残されているじゃあないか」
「しゅわっち!! む、あと三分しかない! 急がねば!」
「……立ち直りの早さだけが、おまいの取り柄だなあ」
「こっくし!」
「お、てなことやってるうちに、優子が目を覚ましたよーだ」
「……ぽしょぽしょ……ひっく……くす、くすくす、くすくすくすくす」
「お、いいあんばいだな。――おい優子、酔っぱらってるうちに、いつもみたく、なんか一発かましてみろ」
「ひっく? ……こくこく……ひっく……
宇宙戦艦ヤマト、とかけて
「おう」
「んむ、おたくネタか。これは優子の新境地だな。――宇宙戦艦ヤマト、とかけて?」
「ひっく……
大不況で、お給料が現物支給になってしまった瀬戸物屋さん、と、とく
「……時事ネタになったか。ちょっと長いが、まあいい。――しかして、そのこころは?」
皿鉢給与
「は?」
「は?」
♪ さらば〜ちきゅうよ〜〜 ♪ きゃはははははは!」
「……うーむ。これはもー、どこをどうツッコんでいいものやら……」
「す、すばらしー……こ、これが、新生優子ちゃんの破壊力……」
「おいおいおい」


03月01日 日  時間旅行遠野行き

 ……おう。14時間も眠ってしまった。朝の4時に寝て、目覚めれば午後6時。……頭がふらふらする。でも微熱は……ないな。喉はわずかに痛むようだが、これは扁桃腺ではなく、水分補給なしで死んだように眠っていたからだろう。……毎日、死ぬまでこんな暮らしがしたいなあ。とりあえず生活のデフォルトはキー叩きで、指が止まったら止まったで芒洋と夢想に身をゆだね、気が乗ったらまたキー叩いて、脳内が白濁したら飯・風呂・寝る……。でもまあ、実際一時期こんな生活を延々繰り返していたものだから、ちょっとした歯車の狂いで現在の極貧に堕ちているのであって、その上こんな生活を続けようとすれば、もう餓死するしかないのよなあ。狸だけなら別にもう餓死してもかまわんのだが……まだ借金も返してないし……まだ生きてるしなあ、産んでくれた母狸も。
 と、ゆーわけで、こんな生活は月に一度くらいしかできません。月曜には普通の負け組おっさんに化け戻ります。

 で、打ち始めた夏田舎伝奇青春小説の主題歌が決定しました。って、単に打鍵中、脳内でしきりに流れていただけなんですけどね。作詞作曲歌唱は、岩手県釜石出身、現在は仙台を拠点に地道な音楽活動を続けていらっしゃる、あんべ光俊さん。懐かしの『遠野物語』です。と言っても懐かしソングとしては、あまりに東北ローカルでしょうか。でも、狸が学生に化けて神田駿河台から神保町あたりを徘徊していた頃は、東京方面でもときどき流れていたりしたんだよなあ。その頃はあんべさんがまだソロ・デビュー前で、あくまで早稲田出身学生フォーク・グループ『飛行船』の一員だったか。懐かしがる方が多い証拠に、現在YouTubeでもけっこう動画が拾える。
 で、上の動画が最近のコンサートらしく、下のほぼ静止画と音源は、狸が学生の頃のものである。ついでに一番下にあるのが、あんべさんのソロ・デビュー以前、『飛行船』のデビュー・シングルですね。当時すでに日本の歌謡界も軽快なニューミュージックが主流になっていた中で、いかにも遅れてきた正調学生フォークグループ、といった感じの曲調が、なんともいえず純な感傷気分を蘇らせてくれます。
 純朴結構。青臭い感傷上等。