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09月30日 木  歩いてナンボ

 昼の11時から夜の11時まで、ひたすら歩き回るという仕事をした。途中休憩は3回、計90分。それ以外の実質10時間30分は、数十メートルのラインを、ただひたすら端から端まで往復するのである。倉庫内でレギュラーさんたちが作業する際に生じる空きトレイを、回収して所定の場所に戻すのだが、トレイ自体は重くもなんともない。実質『サボリに見えない程度の歩調で歩き回るだけ』の仕事である。
 精神的にはなんのストレスもないから、終電に間に合う限り、喜んで残業におつきあいしたが――つらつら鑑みるに、優に50キロは一日で歩いた勘定になる。当然ふくらはぎがパンパンである。それでも精神的には、紛れもない充実感に満たされている。
 やはり狸などという脳味噌のちっこい小動物は、さしたる考えもなく、うろつきまわって探食するのが本態なのだろうなあ。で、ときどき気が向くと化けたりするのね。


09月27日 月  老狸の脳内紙幣

 今日の朝、ローソン100で昼飯のパンを購う際、ようやく気がついたのだが――伊藤博文総理の1000円札って、いったいいつの話だ。ふと手元の札を見れば、野口英世先生のトサカ頭が印刷されているではないか。とゆーことは、夏目漱石先生すら、とうにオゼゼの世界から失脚しているのである。
 狸世代の場合、1000円札などという莫大な財産が夢の夢だった未就学期は、確か聖徳太子が印刷されていたはずだ。1万円札も同じ聖徳太子だったような気がする。まあ、どのみち当時の幼稚園児にとっては1000円も10000円も完全なる大人専用の世界。せいぜい板垣退助の100円札が、年に一度のお正月あたり、我が物として所有できる最高額紙幣であった。で、やはりお年玉などでようやく1000円札を我が物にできるようになったときには、もう伊藤総理。そして自力で生活費を稼ぐようになってからも、まだしばらくは伊藤総理が1000円の看板だったわけである。つまり少年期から青年期を通し、狸の脳味噌には、完全に『伊藤1000円』というイメージが刷り込まれてしまっているのですね。
 で、えーと、ちなみに今の10000円札は――手元にないので判りません。わっはっは。順調に退化してる退化してる。


09月26日 日  ある休日

 アブれたので、世間様なみに日曜の休日。
 しかし世間様に十重二十重の輪をかけて懐が酷寒なので、食費も含め休日の予算は、伊藤博文総理がひとりぶんだけである。食糧の備蓄も、飲料以外はいっさいない。
 明け方まで、ドンキの輸入インスタントコーヒーすすりながら『茉莉花館』の推敲を続け、午後遅く、チャリで遠方の『古本市場』を目ざす。近場の『ブックオフ』や個人経営の古本屋では、近頃、100円の掘り出し物がほとんど出ない。
 途中、ローソン100で、ちっこい『ますのすし』と、ぺらぺらの『カツサンド』を仕入れ、公園の水を飲みながら昼食。
 それから『古本市場』をくまなく回って、有田勝美というSFX技術者さんの著書『デジタルSFXの世界』(1995)を、105円でGET。著者の有田氏は昭和35年(1960)生まれ、海千山千の映像業界をフリー技術者として生き抜き、この書を著した時点ではハリウッドのSFX工房で活躍している。だから本書の内容も、『妖怪ハンター・ヒルコ』やら『帝都大戦』やら平成ゴジラやらの興味深い裏話がてんこもりであり、そこからハリウッドのSFX現場まで、いわばアナログ特撮からデジタルSFXへと移行する特殊効果業界の歴史書でもある。そんな、定価2900円のピカピカの美本が、おそらくは十五年前の古い情報しか載っていないという理由だけで、105円なのである。そういえば、以前、オーガスト・ダーレスの『淋しい場所』を105円で掘り出したのも、この『古本市場』だったなあ。
 シヤワセな気分で、帰途、西友に寄り、処分特価コーナーの焼きそばやチルド餃子、カット野菜の袋詰めや特売の豚コマを仕入れ、途中の自販機でゴールデンバットを一箱補充して帰穴。
 本日の出費、しめて910円なり。伊藤博文初代総理も、なかなか侮れない方なのである。狸の味方なのである。実はロリコンだった方ですもんね――関係ないか。


09月24日 金  脳内慰安劇場

 あーもうなんかどうでもいいや、などと脱力して済むという問題でもないのだが、レアアースやら日本の企業の社員まで人質(?)に取られては、所詮デビュー間もない新与党に複雑な外交上の裏駆け引きなど期待するのが無理というもので、結局、新政権にGOを出した有権者、つまり国民の責任なのである。しつこいようだが、狸は民主党にただの一度も投票したことがありません。などといいつつ、しかし今回の中国のアレ、明らかに小沢さんが敗れたことへのブーイングでもあるのだろうなあ。

          ◇          ◇

 ツタヤの100円レンタルで、未見だった『マザー・テレサ』(2003)を借りてきた。オリビア・ハッセー健在なり。いやはや『ロミオとジュリエット』(1968)の頃の可憐な少女は、あれから35年を経て、おまけに老婆の特殊メイクを施した状態でも、やっぱり可憐なのであった。

               

               

 とはいえ、あの方もなかなか不思議な仕事の選び方をするというか、邦画の『復活の日』(1980)で小松左京ファンの狸を喜ばせてくれるかと思えば、『サイコ4』(1990)では、あの殺人鬼ノーマン・ベイツを多重人格に追いこみ、しまいにゃ剥製にされてしまう狂的な母親役なども熱演されており、ホラー好きの狸を驚喜させてもくれた。

               

               

 ところで、狸としては、あの地球に優しいエコ・ミュージカル『失われた地平線』(1972)なども再見したくてたまらんのだが――なんで日本では出てないのかな、DVD。

               

               


09月21日 火  気象災害対策費

 ああ、また中国が、さっぱわやや。もはや共産国家なんだか資本主義国家なんだか帝国主義国家なんだか――いや、あの4千年のなんだかよくわからない歴史を誇る国らしいと言ってしまえば、それまでなんですけどね。文学的にも嫌いな国ではないだけに、マジにおこまり。

          ◇          ◇

 田川氏のご厚意により、谷口敬先生の個人誌『少女づくし』が届いた。一応『ろり絵集』ということになっているが、それはもうナゴミの塊のような、愛あるスケッチ集である。

          ◇          ◇

 邪念も欲も恩讐も、愛しいものに託してしまえば、平和という偽善の歴史も紡げると思うんだがなあ。
 ……などと現実逃避し続ける、姑息な狸です。


09月18日 土  脳内慰安旅行


               

 ……近江俊郎さんの『山小舎の灯』って、オリジナル盤は、なんかハワイアンっぽいアレンジだったんですね。
 ところで、その近江さんが生前、「岡晴夫さんの『憧れのハワイ航路』は、実は吹き込み前は『憧れの別府航路』だった」という裏話をテレビで披露していたのだが、本当だろうか。まあ昭和23年という当時の世相を考えれば、ありそうな話ではある。

               

 ……ああ、遠くに行きたい。


09月15日 水  気象災害対策費

 いやはや電気料金が冬場の倍なのはまあ予想できたとして、水道料まで倍になっているとは思わなかった。例年夏場でも週に一回程度のコインランドリー洗濯で済ませていた狸が、今夏は連日自宅洗濯していたかららしい。つまり毎日毎日ギトギトのビシャビシャのヨレヨレで帰穴するので、衛生観念云々以前に、怒りにも似たやむにやまれぬ衝動により、即座に衣類を脱ぎ捨てて鬼のように丸洗いせずにはいられなかったのですね。
 それでもコインランドリーに通うよりは安上がり――そう納得しようとして試算してみたら、ちっとも節約になっていない。毎日の洗濯時間をコスト換算したら、コインランドリーに週一で通うほうが安上がりなくらいだ。
 これって申告したら還付してもらえませんかね。保険利きませんかね。


09月12日 日  それでも吉野家

 えーと、本当に狸は吉野家の回し者ではないのですが――牛鍋丼、ナイス! そもそもこの歳になると、肉しか乗っていない丼よりは、シラタキや豆腐が乗っているほうが嗜好に合うのである。てっきり肉を減らして価格を下げるだけかと思ったら、けして肉の割合も貧相ではない。さらに、タレが若干甘めになったとはいえ、まだまだ他の牛丼チェーンに比べれば大人の味である。このところ松屋の250円セールで繰り返し牛丼をかっくらっていたが、さすがに「……安くて肉も多いけど、このネトボけたような味だけはもうちょっとなんとかならんか」と、食傷気味だった。
 さて、そのように、280円で恒常的に食える吉野家の味が出現し、心から喜んでいた狸だが――好事魔多し。なんと、最寄り駅の吉野家が撤退してしまったのである。代わりに、なんじゃやら『すた丼』とかいうチェーンが出店して、なんじゃやらガタイのいい兄ちゃんたちがクドそうな丼をかっくらっている。試しにいっぺん食ってみようかとも思ったが、ポスターに書いてあるその『すた丼』の由来やレシピにビビってしまい、果たせなかった。中高年には毒物に近いガテン系ヤング物件らしい。まあ狸もあと30若かったら、喜々としてかっくらっただろうが。

 本日は、わざわざ隣駅まで歩いて、牛鍋丼を食ってきた。アブレた日だからこそできることである。ふだんは、たまたま吉野家のある所を通らない限り、食えない貧民グルメとなってしまった。とても哀しい。


09月09日 木  まあ特に話題にするまでもないことなのですが

 しかし他の口がなくて仕方なく出たお初の日雇い現場、時給たったの750円でめいっぱい力仕事させるってどうよ。まあ、派遣会社のほうが仕事内容間違えて、しこたまピンハネしてしまったっぽいのだが。

          ◇          ◇

 とりあえず語り終えた『茉莉花館』、ちまちまとバグ取り中。
 で、打鍵中、さかんに聴いてムード作りしていた、いわば仮想テーマミュージックは、リチャード・ロドニー・ベネットの映画音楽『オリエント急行殺人事件』だったりします。大正ロマンとか、亜由美や絹枝や香里菜のビジュアルイメージとかに、ちょっとゴージャス感が欲しくて。

               

 そして、絹枝(館に居付きのほう)のテーマとして愛聴していたのは、以前にも紹介したエロゲー『秘女一夜』の主題歌。ゲーム自体は穴だらけの伝奇物だが、音楽だけは最高なのですね。画像をクリックしてしばらくお待ちになると聴けます。たぶん。

               

 そして、勝手にプロジェクト(?)のイメージソングとして脳内採用させていただいたのが、スターダスト・レビューの『夢伝説』。

               

 と、まあ、こうした節操の無さが、まんま作品世界を、ああした節操のカケラもない愛と友情と夢となんだかよくわからないふわふわ感に満ちた、ずっぷし展開に導いてしまうわけでした。ちゃんちゃん。


09月06日 月  夏ですね

 いやあ、いよいよ太陽光り輝く夏も本番ですね。このまま来年まで大ヒットロングランでしょうか。
 お恥ずかしい話ですが、狸は何年ぶりかで股ズレを発症してしまいました。体重減らして太腿の肉も落ちたはずなのに、なぜ。
 それはつまり、

   (1)制服貸与現場で窮屈な作業ズボンしか残っていなかった
   (2)ほぼ密閉状態の倉庫で午前中働いただけで全身お湯を被ったように汗まみれ
   (3)その状況が夕方まで延々と続き全身濃縮汗まみれ塩まみれ状態

 まあ、こんな恵まれた現場に当たってしまうと、どーしても狸の柔肌などは赤ムケになりがちです。時給は夜勤なみに良かったんですけどね。
 しかし朝から夕方までマジに5リットル以上水分補給したのに、それでも体重は昨夜より1キロ減なのである。本日狸の流した汗は正味何リットルなのだろう。


09月04日 土  狸穴お休み処

 狸が帰穴後、しばらく南の窓と北の玄関口を開けて部屋に風を通すこと、および、その時間を狙って例の番猫が食事に来ることは以前記した。
 猫もどこかで狸の帰る姿を見かけてから訪ねてくると思われるのだが、その時間帯はあくまで不規則なので、当然、他で餌にありつき満腹のときもある。そんなときは、いつものように三和土や台所まで上がりこまないし、しおらしい声で「な〜〜」もやらない。
 で、どうしているかというと――いつのまにか玄関先で、でろりんと寝ているのですね。

  

 猫という奴は、快適な寝処を探すのがうまい。連日の猛暑、お天道様のグアイに合わせて少しでも涼しい場所を求めて移動しながらたれていると思われるのだが、狸穴の玄関先の通路は日陰で、風を通している時間帯だけは、扇風機も併用して気流を生じさせているから、他より涼しいのだろう。
 それにしても、玄関先でいきなり足元に寝そべっているのを発見すると、ああ、こいつももう野生には戻れない体になってしまったのだろうなあ、と、都会の垢のしみついた同士、やや複雑な心境になってしまうわけである。
 まあ、よってたかって餌付けしてしまったこの建物の住人たちが、今後見捨てることもなかろうけれど。


09月03日 金  文豪怪談

 いわゆる怪談ブームも久しく続き――もっとも何時の時代でも怪談は尽きることなく続いていたのだが――いわゆる実話怪談ではない日本文学史上の名作なども、ひととおりアンソロジーが出揃ったようだ。BSでも『文豪怪談』などという毎回完結ドラマを四夜連続でやったようで、狸は色々あって金が無くて現在BSは視聴できなくなったりしているが、先日会った五十嵐氏の話では、原作完全無視の『鼻』(いちおう芥川龍之介原作)以外は、三作とも佳作だったようだ。まあそのうち地上波やDVDで鑑賞できるだろう。
 しかしあの『鼻』の監督は、『フラガール』でも判るように日本の昔の歴史的生活感など何一つ理解していない方であり、『フラガール』が好評だったのも、あくまで常磐炭田の昔など知らない世代にウケたのである。まあ『鼻』の本編を見ていない以上、そのものに対する悪口は打てないが、芥川龍之介の名誉のために――今さら名誉を疑う人もいないだろうが――いわゆる『文豪怪談』として名高い(たぶん)短編を、ふたつばかり、勝手に紹介させていただく。まあ今さら紹介などしなくとも、ふたつとも短編としてはすでに名高いのだけれど、文豪怪談系アンソロジーではあまり見かけないので。

 『妙な話』――あらゆる意味で、狸の好むところの怪談である。一種、岡本綺堂的な世話物っぽい雰囲気もありながら、やはり純文学の深みもあり、なおかつドンデン的な仕掛けまで――さすが一流は違うのです。
 『奇遇』――怪談と言うには、ちょっと違うかもしれませんが、とにかく情緒纒綿として、頬ずりしたいほど愛しい。飄逸なユーモアも快。

 さあて、今日も夜勤が待っている。今日は暑いほう。……いいかげんにしろこの夏野郎。


09月01日 水  まだ

 たかこ 「……あついよう……」
 くにこ 「……いんや。これはもー『あづ
う゛う゛う゛う゛い』だな。……んだから、まだなのだ……」
 ゆうこ 「……ふらふら……よろよろ……ごめんね、ごめんね……」