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10月30日 日  雑想

 アブれたので昼過ぎまで寝ていようと思ったら、午前中、顔や手や足の各所にただならぬ痒みを感じて目が覚めた。汗疹でも湿疹でもない。蚊に刺されまくってボコボコである。な、なんで10月も末の、しかも昼間のアパートで。しかし実際、2匹ほどがブンブンと、元気に夏を謳歌し続けている。すでに実際の気温とか周囲の明るさとかを、認知できないようだ。今年のホットな夏の余韻で、蚊さえ精神に異常をきたしたのだろうか。不憫とは思いつつ、しまっておいた『どこでもべープ』を引っぱり出し、撃墜する。合掌。

          ◇          ◇

 外は小雨なのでスカイツリーは目指さず、明日から2週間ほどシステム入れ替えで休館してしまうという市立図書館に行った。いつもなら有名作家の訃報直後には、特別コーナーを設けてくれるものだが、さすがに明日から長期休館なので見当たらない。しかし、近頃めっきり開架から冊数の減ってしまった北先生の著書は、いつにも増してまばらになっている。やはり惜しんでくれる方々が多いのだろう。狸自身は、北杜夫全集の第三巻『幽霊・木精』を、書庫から出してもらった。初々しい少年期と、ほとんど少年期の感性のまんまのような青年期の、静謐な連作である。育ちのいい人間は清純な肉欲を持ちうる、そんな話。
 まだ数も少なくおまけに超人気のDVDコーナーは、例によって骨董的名画くらいしか残っておらず、狸は複数回観てしまったものばかりだったが、今まで見かけなかったジョージ・パル版の『タイムマシン』(1960)や、鰐淵晴子さんが子役時代の『ノンちゃん雲に乗る』(昭和30・1955)が残っていた。しかし、DVDは1枚しか借りられない。煩悶の末、『タイムマシン』を借りる。ろりと特撮秤にかけりゃ、特撮重たい狸の世界。

          ◇          ◇

 YOUTUBEで、こんなの、めっけ。

          

 どなたか海外のおたくの方が、新旧種々の素材を組み合わせたフェイク予告編に違いないが……。
 しかし海外公開版ってのは、あっちのバイヤーが、好き勝手に別撮りをぶっこんで音楽変えて編集しなおしたりするから……などと儚い夢も見てしまう狸。
 ともあれ、あの絶妙なスケール感とスピード感とクールさを備えた晴朗CGがパチンコCMであることや、やたらダークで重苦しい映像設計の実写版予告を知る前に、こっちのフェイク予告編を観て本気にしていたら、迷わず大枚1800円の身銭を切り、何年ぶりかで大スクリーンめざして突撃していただろうなあ。


10月29日 土  審判

 仕事場の休憩時間、真面目な若い衆たちの会話から、「どんな時でもやっぱり暴力はいけない」などという言葉が聞こえた。
 そんなことはないぞ。
 たとえば、誰かを不当にイジメている奴がいたら、まずは口で嗜め、それでも懲りなきゃ、ぶん殴るのが正道である。

 この世に最後の審判などない。万一あるにしても、そのときは、すでにこの世そのものがない。すべての人間が罪人であるなどという詭弁は、傍観者の奢りにすぎない。内心イジメたいと思うことと、実際にイジメることが、同じであってたまるものか。優しくてお偉い誰かさんが、なんぼ他人の罪をまとめて背負ってくれても、救われるのは罪人であって被害者ではない。人間が人間を罰さない限り、人間全体が邪道にシフトしてゆくだけだ。

 消えてほしくない命と同様、たった今消えてほしい命もまた、この世にはあまりにも多すぎる。


10月28日 金  虚脱

 歳のせいなのか――いや、小松左京大先生の訃報でもここまでは虚脱しなかったのだから、やはり北杜夫という存在が、すでに肉親と同じ存在感で狸の脳内に住まわっていたのだろう。

 2チャンの北杜夫訃報スレで、こんなカキコを見つけた。
52:名無しさん@恐縮です:2011/10/26(水) 04:22:38.87 ID:IYhUe8X90 [2857ポイント]  文学的には何も残さなかったけど、日本人を楽しませてくれた偉大な人
 ……いやはや、自覚なき無知ほど恥ずかしいものはない。「俺は無知だ」と、ふれ回っていることすら自覚できない。残さなかったかどうか、全部読んでから言え。そしてミューズの深淵を想うがいい。あの9人姉妹の内ひとりに惚れられただけでも、余人を楽しませるだけの生など期待できないのに、北先生クラスだと、少なくとも3人には愛されてしまっている。タイプ違いの情の濃い女に、精を吸われながら生き続けていたのだ。

 しかし、他の賢明な方々が多数カキコされていた『残るは筒井康隆だけ』という言葉が、身につまされて仕方がない。
 まあ筒井先生の場合、9人娘の内、少なくとも6〜7人は、こっちから押し倒して孕ませた前科があるので、そう易々とは精も尽きまいが。


10月27日 木  寂寥

 北杜夫先生が亡くなった。
 私淑している偉大な先達が次々に彼岸へと去ってしまうのは、狸自身五十路の半ばに達しつつあるのだからやむをえないことであり、近年、その種の喪失感に耐性すらできつつあった狸だが、北先生の訃報には、ほとんど身内の訃報と同様の、胸が芯から疼くような寂しさを覚える。
 泣いてはいないが、泣きそうだ。

 それにしても、自分より先に消えてほしくない命が、この世にはあまりにも多すぎる。


10月26日 水  秋想

 涼しくなった。泣かないで仕事ができた。北方種の狸が生きるにおいて、やはり気温は20度以下が望ましい。下は5度以上だと快適だが、零下5度以下でも、衣類を着こめば普通に活動できる。しかし25度を越えてしまうと、生皮でも剥がない限り、どうしてもオーバーヒートする。

          ◇          ◇

 ようやく汗疹の心配はなくなりそうだが、今度はお肌の潤いを保たないと、乾燥性の痒みが生じる。狸のお肌はデリケートなのである。
 ダイソーで良さげな入浴剤を見つくろっていたら、こんなのが見つかった。コラーゲン配合を謳っている。何よりこのパッケージのデザインが、三丁目の夕日の下で育った狸の胸に、なんじゃやらただならぬ浪漫の香りを醸し出してくれる。今時ねーだろう、このイラストは。まあダイソーのオリジナル商品だから、あえてキッチュなウケを狙っているのだろうが。

          

 狸穴に近いダイソーでは『クレオパトラ』しか置いていないようだが、ネット検索してみたら、三大美人のあとふたり、『楊貴妃』と『小野小町』も、きっちり出ているのだそうだ。今度別の大きなダイソーに寄る機会があったら、ぜひ揃えてみたいものである。
 狸だって美しく化けたいの。ウフ。


10月25日 火  生きるのが痒い

 辛い、と打つのを間違えたのではない。カユいのである。
 長く続いた鼻水と咳もほとんど治まり、ようやくこのまま季節は秋から冬へと移行してくれるか、と油断していたら、この3日ほど、また夏に戻ってしまった。仕事中は胴体が汗で濡れっぱなしになる。それが3日も続くと、なんぼ毎晩風呂に入っても、さすがに胸や背中が痒くなってくる。
 で、いっぽう狸には、爺いらしく貨幣状湿疹のケがあり、これは気温が下がるとアブラっけの特に少ない膝から下に出てくる。今年はまだ明らかな湿疹は出ていないが、「あ、そろそろかな」的な予告症状として、先週あたりから、例年のように脛や足首が痒くなってきていた。
 つまり今現在、体表の多くの部分が痒い。夏冬の痒みが、入れ替えなしの二本立て上映中である。

 明日あたりから、冬型の気圧配置になって気温が急降下すると、天気予報の方々はきっぱり断言してくれているようだが――ホントだな?
 この上まだ夏が続くようだったら、なんぼ温厚な狸でも、外で泣くぞ。


10月22日 土  ガラケー

 なんじゃやら、そう呼ばれているらしい最安価の携帯すら、2年前、数年ぶりに買い換えた狸です。でも、ちゃんと電話できるしメールも届くので、パソコンのWindowsXP同様、なんら不便を感じません。そもそもWindowsXPにしてからが、別に欲しくて入れたわけではない。数年前に新品に買い換えたら、もうそれしか入っていなかったのである。
 で、時代はスマホなのだそうだ。確かに爆発的に普及しているらしく、駅でのスマホ事故とやらにも、狸自身しょっちゅう遭遇しかけている。ラッシュでもないのに、鈍重な狸に輪をかけてウスラボケっと体を当ててくる方々は、実はたいがい狸のようにウスラボケっとしているのではなく、目と指を手元から別世界へと接続させながら歩いているのですね。いわゆるガラケー時代にも、しばしばメールに夢中の女性や子供に接触されたが、スマホのほうはさらに集中度を要するらしく、生き馬の目を抜く人生に適応したはずのビジネスマンの方々なども、けっこう接触してくる。女性やろりに接触されると、孤独死候補の狸などは内心思わずときめいたりするが、相手が野郎だと、どーしても殺意を抱く。こうして世界は武力革命に向けて微少な憎悪を無限に蓄積してゆくのか、などとも思う。
 で、結局、アレなんですよ。って、アレって何だ。つまり狸が以前からここで何度も何度も指摘している生物学的疑問が、また激しく浮上してくるのである。
 『なぜ人間には目がふたつ手が2本しかないのか』。
 まあ、脚は2本でいいだろう。四つん這いになると、地上における人間個体の占有面積が増えてしまい、狭い世間がなお狭くなってしまう。しかし目玉は、どう考えてもすでにふたつでは足りないし、手だってせめてもう1本生えていれば、勝ち組のビジネスマンから日雇いの狸に至るまで、どんなに効率的に仕事をこなせるかわからない。つまり、携帯電話を進化させる以前に、それを使う人体そのものを進化させないことには、『道具コミの使用者』として、どーがんばってもこれ以上の進化は難しいのである。
 幸い、近頃はゲノムも好きにいじれそうな気配があるし、汎用細胞などもどんどん実用化できそうなので、そう遠くない時代に、妖怪百目のような目の利くビジネスマンや、痒いところに手の届く千手観音のような風俗嬢(おい)なども現れ、人類はさらに明るい未来を実現してゆくに違いない。
 まあ、睨み合う目と殴り合う手が増えるだけ、とゆーよーな事態も考えられるので、その前に、かなりのストレス耐性を得る必要があるのはご愛敬。


10月21日 金  そこそこ遠くに行きたい

 アブれた日など、江戸川の土手を散歩すると、東京スカイツリーが存外近くに見える。湾岸のあちこちの仕事場からも、そう近くはないが確実に『目標物』のイキオイで、これ見よがしにトンガって見える。
 せっかく、地べたを這いずる小動物の視線にも明瞭な、新しい目印が出現したのだから、そこまでブラブラ歩いてみたくなるのが人情、いや、狸情である。地図で計ると、直線距離でおおむね10キロ。柴又よりは遠いが、秋葉原よりは近い。つまり、昼過ぎに出発しても、ウスラボケ〜っと歩き続けていれば夕方前にはたどりつける距離である。ただし間に江戸川や荒川があるので、あんまりウスラボケ〜っと歩いていると、上手く橋を渡れず大幅に遠回りしてしまう。そこだけは要注意。
 ともあれ、いつか良く晴れたアブレの日、あの『お空にお注射ツンツンツン』みたいな物件を、発作的に目指してみたいと思う。

 ところで古写真や浮世絵によれば、ちょっと天気のいい日なら、このあたりからでも、富士山が年中どーんと見えていたわけである。
 昔の江戸人などは、一生に一度は富士に登るのが人生のケジメだったようだが、そりゃ営々と続く蟻のような人生を遙か彼方から一年中どーんと睥睨されていれば、いっぺんはそこまでよじ登ってみないと、心のケジメがつかなかっただろう。
 今でも年に何回か、狸穴近辺の高所から富士山が見えるが、とにかく途中の幾百幾層もの高層物件群と対比されてしまい、ちっとも『どーん』感がない。だから、あそこまでウスラボケ〜っと歩き続けてみようという狸情は、さすがに起こらない。まあそんなヒマはないし昔のような社員旅行もないし車で誘ってくれる同僚もないし自前で行く旅費もないので、かえってありがたいんですけどね。

 とりあえず、どっかに向かってウスラボケ〜っと歩き続けてみたい狸です。


10月19日 水  慄然

 その仏山市の監視カメラ映像を、ニュースで見てしまった。
 ……マジすかこれ。
 なにか不気味なサイコ・ドラマの1シーンなんじゃないの。
 人間として反省すべきとかなんとかいうレベルではなく、少なくともこの映像に映った一般市民たち(子供連れの母親まで、血まみれの女児をシカトして通りすぎるのである)は、すでに『狂った社会』に順応しているとしか思えない。

 まあ純日本種の湿気っぽい狸として、彼の国の乾いた国民性には以前からかなりの違和感があったわけだが、少なくとも昔は、たとえば大東亜戦争末期に取り残された日本人残留孤児を、温かく育ててくれる人々なども確かにいたのである。もちろんコキ使うために養った因業夫婦もいただろうが、そんな人間としての我欲の部分は、歴史的に日本人だって大差ない。
 しかし……なんぼなんでも、この『他人事に対するガン無視』は……なんぼ国民性が何千年来の超個人主義とはいえ……ありえんだろう、おい。

 あのう、彼岸の毛沢東さん、あなたは最も適さない精神的土壌に、『社会主義体制』の形骸を焼き付けてしまったのかもしれませんよ。これは明らかに革命後の政治的問題ではないのか。いっそ北より病気かも。
 正直、今までも変だ変だと思いつつまだ楽観していたあの不思議な個人共産資本主義(?)国家を、今後は、充分な畏怖と警戒心をもって注視したいと思う。


10月18日 火  あなたとわたし

 中国広東省仏山市で13日、2歳の女児がライトバンにひき逃げされ、通行人十数人が女児を無視して通り過ぎるという事件が発生。その一部始終をとらえた監視カメラの映像がテレビで放映され、ネットユーザーから怒りの声が上がっている。
 新華社が17日に報じたところによると、女児は狭い路地でライトバンにひかれ、通行人らに無視された上、さらに別のトラックにもひかれた。女児は最終的に女性が助け出したが、事故現場に約7分間放置されていた。
 女児は病院に搬送されたが昏睡状態で、英字紙チャイナ・デーリーによると、脳死宣告を受けた。ひき逃げした運転手2人は、その後逮捕されたという。
 インターネット上では、女児を無視した通行人らを非難するコメントが殺到。ユーザーの1人は中国版ツイッター「新浪微博」 に「中国国民の恥だ」と書き込んだ。また別のユーザーは、「本当にわれわれの社会はどうなっているんだ。みんな、こういった無関心を断ち切るために反省すべきだ」と訴えた。
【北京 17日 ロイター】


 まあ現場を見たわけではないし、その路地の治安状況経済状況また仏山市とやらの政治状況もいっさい知らないので、狸がその通行人たちに言えることなど何もなく、ただその女児や家族を想い頭を垂れるしかないのだけれど、要は、たぶんその路地近辺では、『轢き逃げ事件に目撃者として関わる』ことが、『自分で轢き逃げして捕まる』ことと同等ではないにしろ、自分の人生上でかなり『面倒なことになる』ことだけは間違いないだろう。つまり『見知らぬ女児の命』より『司直と深く関わらない自分』のほうが重大なわけで、つまりこれは一般市民における人道意識の問題というより、政治的な問題なのである。無論、無視した通行人たちが全員スネに傷を持つ身であるという、特殊な地域性の問題である可能性もあるが。

 ……などと殊勝に考察しつつ……犯人たちや通行人たちの個人的事情や社会的状況はこの際ちょっとこっちに置いといて……ひとり残らずたった今惨死し地獄の業火に焼かれ赤ムケでのたうちまわるがよい。

          ◇          ◇

 まだ鬱陶しい風邪っ気が抜けない。季節順応性の衰えた北方亜種の狸としては、冗談抜きで、安定した寒気の真冬を待つしかないのかもしれない。
 しかしこのまま歳だ歳だとボヤいていても、それは単なる『現実』をトレースしているだけなので、そろそろまた狸としての芸に身を投じねばなあ、と思う。

          


10月16日 日  我が脳味噌は霧の彼方に

 タオルケット1枚でも、汗だくで目が覚めた。
 アブレたからといって昼過ぎまで寝ている狸が悪いのだろうが、昨夜までの湿気も抜けない狸穴、久々の晴天下で熱せられると、とたんに真夏に戻る。毎夜の就寝時、何を掛けて寝ていいやらわからない。目覚めは常に暑いか寒いかのどちらかだし、電車の中も同様だし、仕事では常に汗だくだし、かろうじて『ほどほどの季節感』を感じられるのは、外を歩いているときだけだ。橋の下あたりで2〜3日ぐったり寝ころんで暮らさないと、けほけほじゅるじゅるも治まりそうにない気がする。今のままでは冬を待つしかない。

 ともあれ晴天である。
 洗濯後に街を徘徊していると、旧型古本屋の店先に、雑誌『太陽』の、バックナンバーが大量に積まれていた。
 ご存知の方も多かろうが、1963年から2000年まで平凡社から発行されていた雑誌『太陽』は、写真もテキストも、上質の精神財である。個々の記事内容は、多くの筆者の個人的資質や趣味が濃厚で、つまり資料としては鵜呑みにできないが、そのぶん濃厚な空気感がある。写真も報道系より美意識系が多い。
 さて本日の山積み物件、売り飛ばされる前は立派な書斎で揃えられていたのだろう、どれもいい状態である。神保町なら1冊400円くらいか。しかるに狸穴に近い無欲の古書店では、気前よく200円ポッキリ。喜び勇んで道端にしゃがみこみ、小1時間ほども選別し、74年から78年あたりの6冊をゲット。それぞれ特集記事は、『大正時代』『日本こども遊び集』『智恵子抄・高村光太郎の世界』『昭和時代』『日本温泉旅行』『銀座モダン』ときたね。

 しかしどんどん退化する一方だな、もう再起不能かもしれんなこの狸は――と、言うなかれ。
 狸はすでに中学高校時代から、この『太陽』を、細々と購読していた。最初に買った号の特集は、確か『江戸の夏』だったか。つまり、あの頃の狸は、今より退化していたのである。
 ――なんか時系列が変?
 ともあれ船橋聖一氏の『源氏物語』とか、中井英夫氏の『悪夢の骨牌』とか『人外境通信』とか、当時は連載小説にも独特の深みがありましたしね。

 などと姑息に弁解しつつ、実は今回、さほど愛着のない智恵子抄の特集号なども思わず購ってしまったのは、ただ記事内の幻想的な見開き写真、それに惹かれただけなんですけどね。
 吹雪に霞む雪国の、薄暮の木造校舎遠景――。
 ……ふん、歳なのさ。


10月14日 金  朦朧

          

 あらあら、新年号なら、12月20日頃には全国の本屋に並ぶはずですわ。皆様こぞって購いませうねえ。
 でもこれ昭和34年の予告なんだよなあ。まだちっこすぎて小遣いもらってなかったのよなあ、狸。
 ちなみにこれらのフロクを見ても特に欲しくないなどというよいこのみなさんは、きぐしねくてやんだおら。

          

 で、上の画像が、何を隠そう狸の肖像なのですわ。嘘だとおっしゃるよいこのみなさんは、きぐしねくてやんだおら。
 しかしこれは松本昌美氏が描かれた『少女の友』昭和29年10月号表紙ではないか、おめーまだ生まれとらんだろう、などとおっしゃる古オタの方々もまた、とってもきぐしねいですわ。

 ……しつこいようですが、いまだエッヘンケホケホじゅるじゅるが続き、脳味噌が酸欠気味です。脳内視界が白濁してます。未来とか一寸先とか見えません。
 ただ過去(の、ろり)だけが底知れず徒に鮮やかに浮かんでは消える今日この頃、皆様いかがお過ごしのことでございましょうや否や。


10月11日 火  まだけほ

 えっへん、けほけほ、けほ。じゅるじゅる。
 治まりかけてはまた復活するエヘン虫とケホケホ虫、さらに近頃追加支援(?)された鼻水――そのどれもが寝こむようなレベルではなく、ただ長々と続き鬱陶しい。
 本日は月イチの通院日だったので、先月以来ずっとそんな調子であることを訴えると、女医さん(本日も女医さんに当たったが、前回前々回の美形タイプではなく愛嬌勝負タイプの方であった。いや、そのほうが話しやすいんですけどね)は、扁桃腺はもう腫れていないのを確認し、とりあえず咳止めと抗アレルギー剤を処方してくれた。長かった酷暑の疲れと、このところの気温乱高下で、ケホケホやってる患者も多いらしい。またこの時期は、秋の花粉症シーズンでもあるんだそうな。ともあれ狸の場合は、あくまで対症療法で様子を見る程度の軽症である。
 本来の通院目的である血圧に関しては、今回はちょいと高めで、140。『T度(軽症)高血圧』の、ぴったし入口ですね。まあ一昨年の、常時160に比べれば上出来。降圧剤様々。なにせこれ以上痩せる気はないし、減塩醤油なんて死んでも願い下げですからね。


10月09日 日  選ぶ側の事情

 以前にもちょっと首を傾げたことのある、猫関係のウンチク話。

 ●特に危険とされている食べ物
 ○ネギ類(ネギ、玉ネギ、ニラなど)
 玉ネギ類に含まれる成分が赤血球を破壊し、血尿、下痢、おう吐、発熱、貧血などを起こす可能性があります。犬に比べると猫の方が危険性は少ないとされていますが、急性腎不全を起こすこともあるため要注意です。ネギ類そのものを食べなくても、スープやハンバーグに入っているものでも危険性は変わりません。ネギ類を使った料理が食卓に並ぶときは、猫を遠ざけてください。
 ベビーフードや人間用の缶詰の中にもオニオンエキスが含まれていることがあるので、必ず内容物を確認してください。

 以上、猫の専門家(?)たちが、ネットで再三流している情報。
 ネギ類に含まれる成分が小動物にとって好ましくないのは事実らしいが、本当にここまで危険な話なのだろうか。これも以前に記したが、狸の母方の実家で代々飼い続けていた猫や犬は、ネギ類の含まれた味噌汁かけご飯をけっこう食っており、特に寿命が短かったわけではないし、死因は老衰や交通事故死が多かった。また狸自身も、去年あたり、度々ミケ女王様にローソン100のメンチカツを腹いっぱい食わせてしまったが、ミケ女王様は依然溌剌と狸穴に君臨している。

 また、こんな情報もある。
 ●かなり危険とされている食べ物
 ○鶏や魚の硬い骨
 特に鶏の骨は割れたとき鋭くとがった状態になるので、喉や消化器官を傷つける可能性があります。腸で詰まってしまい腸閉塞を起こすこともあるので、鶏の骨や硬い魚の骨は与えないでください。

 これも、あえて納得できないことはない。鶏の骨を無理に砕くとバリバリにトンがるくらいのことは、田舎レトロ育ちゆえ、狸も知っている。しかし、やはり子供の頃、近所の精肉店で飼っていた犬や猫(えーと、念のため、食肉用ではありません)が、裏庭に捨てられた鶏骨をバリバリなんのそので囓っていた様など、はっきりと記憶している。

 で、つまるところ、こーゆーことなんだろうと思う。そーゆー話のページには、たいがい、以下のような注意書きがあるのである。
 
安全のためにも猫専用フード以外与えないようにしましょう
 つまりアレだ。そもそも『猫』や『犬』の情報というより、あくまでシヤワセな現代の勝ち組ペットを、現代日本の勝ち組老人同様果てしなく延命するための情報――そんな話だったのですね。
 まあアルツの母親を小綺麗なホームに閉じこめて後生大事に延命させ続けている狸が言うのもなんだが――生涯勤勉な公務員であった父と結ばれたがゆえに父の死後もかろうじて勝ち組と言っていいであろう母親とは違い、不肖の子である狸自身はあくまで半野良なので――やはりペットだけでなく、昔風の半野良犬や猫に、より多く親しみを覚える。

 ペットフードも、鼠や雀みたいに、外をウロついてくれてりゃいいんですけどね。。


10月08日 土  ほう、こりはこりは

 近頃、おたく道の幹線道路を外れて獣道をマイナー・トリップ気味だったが、甘木様の日記で『Nyan Cat』=『Nyanyanyanyanyanyanya!』とかの存在を知り、検索をかけてみた。

          

 なあるほど。かなり脳内麻薬の出がちなリズムですね。踊り踊らせ甲斐もある。

          

 しかし狸の好みとしては、同じ方が作詞作曲されたという『ねこみみスイッチ』のほうが、ひゃくまん倍ほど萌えるようだ。

          

 なんでかなあ、と思いながら検索を続けていたら、『Nyanyanyanyanyanyanya!』を自分で踊っている実在のお嬢様方の映像に無慮ひゃくまん種ほど出くわし、「そ、そうか、『Nyanyanyanyanyanyanya!』のほうは、あの史上最低映画として名高いエド・ウッド脚本の『死霊の盆踊り』、あれの猫女の盆踊りの手つきをどーしても思い出してしまうのだ」、そう悟った。

 やっぱり狸は、リズムやビジュアル以上に、ドラマの内在を求めてしまうのですね。


10月06日 木  時代

 かの国で、またひとつの歴史に区切りがついたようだ。スティーブ・ジョブズ氏死去。
 弱冠20歳にして、おたくとしてパーソナル・コンピュータの世界を事実上創世し、その後もおたくのままぶよんとしてしまりなく膨らみながら最先端で在り続け、そして現役ITおたくとして世を去った。近頃は闘病のためずいぶんスリムになっており、正統派カリスマ的ビジュアルになっていたのが、狸としてはやや残念である。もし30代の頃のようにぶよんとしてしまりのないまま肝硬変や糖尿や心臓病で亡くなられたら、実業家としてのみならず『おたく』の偶像としても、未来永劫讃えられただろう。
 同世代のビル・ゲイツ氏も、タイプ違いのナーズとしてジョブズ氏以上に大成功しているが、あの方はそもそも、おたくである以上にソフトの仲買人ですもんね。

          ◇          ◇

 痰のからむ咳が完全には治まらず、ずるずると嫌がらせのように続いている。いかにも病気、といったレベルではないし、仕事中もほとんど出ないが、風呂だの蒲団の中だの、本来もっともリラックスしたい時にゲホゲホくるので、まことに鬱陶しい。なんだか昔の田舎の爺さん婆さんのようだ。歳なのさ、などと自嘲する一方で、以前にも記したように、小学校高学年の虚弱デブ時代が体感的に蘇り、蒲団の中で思わず「ふ」などと頬笑んだりもする。
 ふと思えば、数年前あたりまでは、そうした不調で早寝したような夜には甘い懐旧と苦い悔恨が胸臆に蘇り、頬笑むよりも悲愁に咽んだりしてしまったわけだが、近頃だと、むしろ苦い懐旧や甘い悔恨がしきりに蘇り、思わず口の端を上げてしまうわけである。
 ああもうあれらのことは済んだことなのだあんな思いはもう二度としなくていいのだよかったよかった。
 ああもうあれらの憧れを深追いする術はないのだあれらは死ぬまで美しい憧れのまま俺の中で輝き続けるのだ絶対に幻滅するおそれはないのだよかったよかった。
 ……って、結局、歳だろ歳。


10月04日 火  犬が足りない

 おかげさまで、このところ猫には不自由しない日々を送っている。ほぼ毎晩、狸穴を訪うミケ女王やブチ下僕に触れて――いやミケ女王はあいかわらずやらずぶったくり状態なのだが――いるし、たまに時間帯が合わない日でも、街を歩けば大小の猫が気ままに伸びたり縮んだりしており、赤の他猫でも挨拶くらいはできる。しかし、寂しいことに犬に関しては、引き綱と人間がセットになった犬以外、ここ何年も触れたことがない。
 当たり前じゃん、と言うなかれ。狸の記憶によれば、どんなにおとなしい犬でも公共の場に出ると縛り付けられるようになったのは、せいぜい昭和40年代以降である。

 昨今のレトロブームで、昭和30年代を扱った映画やドラマも多いわけだが、それらの中の街並みに、勝手に散歩している犬たちの姿がほとんど登場しないのはなぜか。無論、気の荒い犬種や気の短い個体や、飼い主が繋いどく主義の犬は当時から縛られていたが、人慣れした性格のいい飼い犬の多くは、首輪だけ着けて、のんびりと町内をお散歩していたものである。また捨て犬も、愛想のいい奴なら、きっちり人家の多い町中を巡回して糊口をしのげた。
 田舎だから、というわけではけしてない。県庁所在地の駅にほど近い狸の生家近辺でも、けっこうでかい秋田系の雑種や、すばしっこい柴系などが町内で放し飼いになっており、子狸たちの格好な遊び相手になっていたのである。都会のほうでは、首に買い物籠を下げた『お使い犬』まで、単独で闊歩していたとも聞く。なにも戦前のハチ公だけが渋谷限定で愛されていたわけではない。

 まあ、今の世知辛い世の中、独立独歩のお散歩ワンちゃんが復活するとも思えないが、正直、放し飼いにまったく適さない子供や、無害な顔をしていきなり凶暴性を発揮する大人なども増えているので、犬だけ差別するのは間尺に合わない気もする。


10月03日 月  どんどん焼き

 この、小麦粉を水で溶いて焼いた奴にソースを塗っただけ(まあちっぽけな海苔と極薄の魚肉ソーセージ一片とひとつまみの紅生姜はへばりついているが)の軽食は、今となっては山形くらいにしか残っていないと思っていたら、東京はじめ日本各地のお祭りや縁日でも、細々と存続しているらしい。太鼓をドンドンと鳴らして客を呼ぶから『どんどん焼き』、そんな話を東京の古老話で聞いたことがある。地方によっては『はしまき』とも呼ばれているようだ。いずれにせよ、今どき固定店舗で年中焼いて売っているのは、山形くらいと思わる。

          

 ともあれ狸が幼少の頃の山形には、具沢山のお好み焼きももんじゃ焼きもタコ焼きも存在せず、ただこの『どんどん焼き』の屋台だけが、紙芝居屋さんと覇を競うように街角から街角へと流れ歩いていた。山形では太鼓ではなく、カランカランと鐘を鳴らしてやってきた。いつも狸の生家のすぐ横の角に停まる屋台の人に、庭の井戸(手こぎポンプ)から水を譲ってあげたのを記憶している。といって、お礼に安く焼いてもらった記憶はない。まあ何事もお互い様の時代であったし、狸の記憶内では5円に始まり15円で終わってしまった子供向け駄軽食(?)のこと、それ以上安くしようもなかったのだろう。
 しかし、このビンボ物件が、今となっては200円。マックのハンバーガーがふたつ食える勘定だ。
 昭和は遠くなりにけり。


10月01日 土  まだ

 たかこ 「やっほー! まーだだよー!」
 くにこ 「んむ。これは、まだだな」
 ゆうこ 「ごめんね、ごめんね」
 たぬき 「けほけほ、けほ」
 みけ  「な〜ご」
 ぶち  「ごろごろごろ」