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　夜中に熱が上がって汗をかきまくり、「あーうー」などと呻きながら何度も下着や寝間着を取り替え、しまいにゃ朦朧として「あー、なんか、もーどーでもいーや」などと人生を捨ててシケっているうちに夜が明けたら、どうやら微熱程度まで下がっていた。夕方には平熱にもどり、軽い咳や鼻水を残すのみ。これなら明日には起動できる。
　近年行きつけの内科病院は、扁桃腺炎まで行かないと抗生物質をくれない。抗炎症剤はすぐに処方してくれるが、他の病院なら大盤振る舞いしてくれるはずの解熱鎮痛剤も、なぜか処方してくれない。しかし発熱も頭痛も関節痛も、病魔に対する人体、いや狸体の自然な防衛反応であり、現にこうして自力の発汗療法が有効だし、熱が下がれば痛みも消える。こんな発汗療法が通用するなら、まだ俺も思ったより老いていないのではないか、そんな希望も持てる。
　でもやっぱり、昔より一日余分に寝てしまうんだよなあな、五十路も後半を迎えた老狸は。
　だいたい、思い起こせば、つい二ヶ月前にも扁桃腺を腫らし、寝込んだばかりではないか。
　結句……歳なんですねえ、いやあ、しみじみ。

　　　　　　　　　　◇　　　　　　　　　　◇

　いちんち寝床でシケっていても、ラジオのニュースで、いちおう世間との繋がりは保っている。とはいえ、ウクライナ問題がどーのこーの中国の縄張り根性がどーのこーのといった海の彼方の話は、ヘタった脳味噌に染み込んでこない。せいぜい波打ち際までが認知対象である。例のＡＫＢのお嬢ちゃんがたが切りつけられた事件とか。
　犯人は例によって「誰でもいいから殺したかった」と言っているようだが、これまた大半の無差別殺人犯や未遂犯同様、「とにかくオイラなんか人生に煮詰まっちゃったんで、なるべく目立つとこでパーッと片っ端から殺しちゃったりして思いっきし目立ってみたいんだけども、うっかり自分より強い奴を相手にしちゃうと当然あっさり負けちゃうから、なるべく弱げなのを選んでラクに殺すことにしよう、うん」といった魂胆が見え見えのようだ。まあ、自分より強い相手を一所懸命に殺そうとするような根性のある人は、しばしば殺す前に別の方向で人生が開けてしまったりするので、そうそうコトには及ばないのだろう。
　それにしても、ＡＫＢのお嬢ちゃんがたは災難であった。往年の、かの美空ひばりさんの塩酸ぶっかけられ事件を例に引いているニュースもあったが、あれは狂信的なファンによる、いわば無理心中未遂である。しかし今回は「誰でもよかった」、たまたま目立つイベントの一番先っぽにいただけの話である。
　もっとも犯人の指向は、実は、別のところにあったのかもしれない。「誰でもいい」などと言いつつ、数多いる弱者の中から、老人でも子供でもなく、わざわざ若い娘さんを選んでいるわけだし。さらにナイフでも包丁でもなく、よりによってノコギリでギコギコひこうとするなど、どうも犯味（？）が生臭い。実は金メダル級に煮詰まった嗜虐性変態野郎という線も充分にありうると思うが、どうか。

　自分の話である。
　このところとにかく気候がムチャクチャで、昨日、日中は蒸し蒸しと汗を垂れ流し疲労困憊、さて帰ろうと外に出たら湾岸は発狂したような強風で、濡れた狸毛の体温がイッキに奪われ、帰穴するころには頭ガンガンの節々ギシギシ、もはや座っているのも辛く、這うようにして飯を食い、「あーうー」などと呻きながら、そのまま布団にのたくりこんだ。
　で、今日の朝になっても頭ガンガンの節々ギシギシの全身ダルダル、とても働けるような状態ではなく、遺憾ながら寝床携帯で日雇いをキャンセル、午後になってようやく起き上がる気になり、いつもの病院へ。喉は真っ赤っ赤だそうだが扁桃腺は腫れておらず、どうやら単純な風邪らしい。インフル以外でここまでグダグダになるのは、狸としては珍しいことである。
　……歳なんですねえ、いやあ、しみじみ。
　二日分の日銭が失われるのは痛いが、ここで母より先にポックリ逝ったりしたら洒落にもならないので、明日も休むことにする。

　　　　　

　あかん、母親がまた窒息しそうになって、病院に担ぎ込まれてしまった。
　とはいえ大量の痰以外、高熱があるわけでも、特に衰弱しているわけでもない。それどころか、完全無反応の寝たきりに見えても、横の狸がいざ「んじゃ、またくるわ、かーちゃん」などと口にして立ち上がると、いきなり「ちょとまて」と（しゃべりはしないが）手を伸ばしてきたりする。つまり現状認識は、微細にでも、あるらしいのである。
　といって、この期に及んで特養には戻れんだろうし、一般の病院で長期入院できる病状でもないし――こりゃもう長期療養型病院を探すしかないか。でも良さげなアレほど、ほとんど空きがないらしいのよなあ。空きができるのは、当然いかにも客の回転の良さそうな（おい）所が多いし、それですら空いてりゃラッキーの世界らしく……。
　どのみち悩んでどうなるものではない。「もういいです」と言えない以上、なるようにしかならない。
　まあ、そのうち自分の番が回ってきたら、チョンガーを幸いとして、粛々と腹鼓でも打ちながら、人知れず狸の墓場へと姿を消したいものである。

　　　　　　　　　　◇　　　　　　　　　　◇

　ところで、先月あたりまで、あまり狸穴に入り浸らなくなっていたミケ女王が、このところ毎晩２〜３回は狸穴を訪れ、そのつどナマモノを召し上がったり、狸の脚を引っ掻いたりしてゆく。今夜など、自分の餌の調理中だったため、しばらく無視していたら、いきなり「無礼者！」と叫んで（いやしゃべりはしないが）、ふくらはぎに噛みつかれた。狐ではなく犬と不倫していたのだろうか。女心は、どうにも厄介だ。
　で、そうしてミケ女王が縄張りの権利を再主張しだすと、これまで狸穴でくつろぎまくりだったブチ下僕が、ほとんど部屋に入ってこなくなった。狸の帰穴時、ミケ女王に付き従ってきても、ドアの外で大人しく女王様の帰りを待っている。好きなポリポリも、ドアの外に出してやらないと食わない。
　下僕根性もここまでくれば、アッパレな心得と言うべきか。

　特養の嘱託医師と、初めて懇談した。
　いや、「何があってもオレの責任じゃないかんね。本来、特養ってとこは医療機関じゃないんだもんね。オレなんか週に一回だけここに顔出して、ここの何百人の入居者さんの医療上の辻褄合わせしてるだけだもんね。それがヤだったら長期療養型病院のほうがいいんじゃないの？」、とゆーよーな話を、無論もう少々穏やかな表現で、しかしまた「もういいかげんあきらめたら？」とゆーよーな臭いも芬々と漂わせつつ、ギスギスと確認させられたわけである。
　知ってるよ、そんなこたあ。しかし長期療養型病院だって、広い一室に詰め込まれた大量の寝たきり老人に、個別に四六時中張り付いて医療行為を施してくれるわけではない。そして同じ寝たきりの身だって、医療行為時以外の日常生活は、信頼のおける特養の職員さんに、数人単位で世話してもらうほうが快適だ。正味こっちも「いいかげんあきらめてる」のである。とっくにな。ちょっとでも快適な一日と、砂をかむような一週間のどっちがいいか――当人の希望はもはや訊きようもないが、やっぱり特養の明るい個室で横になっているほうが、病院にいるよりは、意味不明ながら安らかな微笑を多く浮かべたりもするのである。

　とまあ、やる気のない嘱託医には内心力いっぱい脱力したものの、介護現場の職員さんやケアマネさんはやっぱり良さげな方々なので、引き続きお願いしますとハンコをついて帰穴。

　　　　　　　　　　◇　　　　　　　　　　◇

　本日は朝から夕方まで湿度１００パー近いジトジト雨が続き、狸毛も狸心もカビがちである。
　シャブが欲しい。コカインでもいい。近頃お求めやすい価格になっているようだが、どこで買えるのか。
　ヤクがどうしてもいけないのなら、加速装置がほしい。
　それだけだと人に迷惑をかけてしまいそうな気がするので、自爆装置もいるよな、うん。

　などと、真面目な時事ネタが始まりそうなタイトルであるが、実はもうまったく卑近な狸話、前回の続きである。
　本日は久しぶりに完全フリーのアブレ日となり、例によって図書館に這い込んで、なんでだか『露店市・縁日市』（白川書院）だの『明治大阪物売図彙』（和泉書院）だの、お堅い資料本を書庫から引っ張り出してもらう。
　その後、駅前の西友に赴き、久々に新しいジーンズとチノパンを購入。一昨年に買った再安価品と、全く同じ中国製の棚を目指し、その後の自分の体型変化を鑑みて、胴囲・股下がちょっと違う奴を何着か試着コーナーに持ち込んだのだが……股下８０センチと７５センチのジーンズが、実寸で１０センチも違うってのは、いったい、どーゆーこったい。
　ちなみに、前回と同じ胴囲８８の股下８０を穿きこんでみたら、もはや殿中・松の廊下状態、裾がずるずると足の裏まで届いてしまう。なんぼなんでも２年でそこまで短足化したとは信じがたく、焦って股下７５を穿きこんでみたら……今度はつんつるてんやないけ、おい。不審に思って双方をいっしょにぶら下げ比較してみたら、両者明らかに、股下１０センチの差があるのであった。
　彼の国の実に大らかな商品管理に関しては、たとえばドンキで全く同じ再安価スニーカーを買ったのに時期によって履き心地および重量などがコロコロ変動することや、日雇い派遣仕事でときどき生じる輸入製品大量チェックなどにより従前から把握していたが、せめて商品タグくらいは、正しいものを縫い付けてほしいものである。それを見逃す西友の商品管理課あたりも、きっちり仕事をしてもらいたい。
　で、結局、胴囲９１センチ・股下７５センチのタグの商品を買い込むことになった。この２年間で、腹が３センチ太って脚が５センチ縮んだ勘定となってしまうが、それらはすべて大らかな彼の国の商品管理による差異であって、狸自身がそれほどハバを増し、縦に縮んだとは限らない。てゆーか、限ったらやだ。

　しかし税抜き７５０円の商品ごときでうだうだ言ってると、相手はプロレタリア独裁国家、しまいにゃ体当たりされるかもしれんなあ。
　などと言いつつ、革命から真の共産国家に至る途上で必然的に必要とされる『プロレタリア独裁』、あれって『独裁』を実現したとたんに、オエラいさんたちがいきなし『プロレタリア』を廃業して、ただの『独裁』に鞍替えしてしまうのは、なんとかならんもんか。

　　　　　　　　　　◇　　　　　　　　　　◇

　来週、母親が退院して特養に戻ることになった。回復しきったわけではない。肺炎レベルではないものの去痰等の問題は残り、今後万一の際は特養側に過失を問わない、そんな一筆を入れてのことである。
　もう感傷で繋げられる道はない。諦念の笑みを浮かべ、粛々と天命を待つのみ。
　そうした精神状態で、例の板の、神夜様のイキのいいジュブナイルに目を通すと、思わず頬ずりしたいほど愛しかったりする。
　うん、やっぱり愛だよな、愛。

　穿き慣らしたジーンズの裾が、近頃、妙に足元に絡むようになり、今さら生地が伸びるはずもないのに変だ変だと思っていたら、狸の脚のほうが縮んでいるのに気づいた。正確に言えば、まだ実寸が縮んだわけではなく、膝と膝の間が以前よりも明らかに左右に離れ、そうして膝が外側に曲がったぶんだけ、腰が下がってしまっている。ぶっちゃけガニマタである。あらためて全身を街角のショーウインドーに映してみれば、腰そのものも、やや曲がり始めているように思われる。もとより頭髪は、ずっと前から半白髪だ。
　うん。順調に老化しているな。
　思えば狸が子供の頃、ご近所の爺さん婆さんは、ほぼ全員がガニマタ腰折れ状態だった。効率的に体を鍛える暇などまったくないまま、ただ無理を重ねて働いていれば、人間の体は自然とそうなる。

　　　　　　　　　　◇　　　　　　　　　　◇

　このところ図書館に行く暇がなく、仕方がないので古い文庫本を棚の奥から引っ張り出し、通勤時に再読している。
　本日、高橋克彦先生の『京伝怪異帖』を再読し始め、驚愕した。中身の記憶がまったくない。『間違いなく過去に読んだ』という記憶と、『間違いなく面白かった』という記憶があるだけで、ストーリーも文章も、まるっきり初読の感覚である。当然、すっげー面白い。ハズレるという不安も皆無だから、これほどありがたい読書はない。
　とはいえ、さすがに自分の脳味噌の綻びに不安を覚え、帰穴後、高橋先生の他の著作群をパラ見してみたら、読んだ時期によって、記憶の度合いがまったく違うのが判った。心身共にイケイケ社会人であった頃に読んだ作品は、イケイケで楽しんだ記憶だけが残っており、肝心の中身は、それはもうザルで掬った水のように、雫程度しか残っていない。一方それ以前、まだいいかげんなヒラだった頃や、離職後の、ここ１０年程度内に読んだ作品は、ストーリーも描写も、しっかり脳味噌に染みついている。
　そうした事実が、狸の狸生においてどのようにナニであるかは、とりあえずちょっとこっちにおいといて――
　うおおおお、『だましゑ歌麿』も、きれいさっぱり内容を忘れているぞ。でも身もだえするほど面白かったという記憶だけは、萎びた脳味噌の奥で燦然と光り輝いているぞ。これが、また初読（？）できるのだ。

　うん。忘れることが精神的幸福に繋がるなら、ガニマタ腰折れになっても、再体感できる身体的幸福はあろう。

　おおむね勤勉で従順。

　　　　　

　おおむね飛べないが、羽に固執することはできる。

　　　　　

　あんまし迫害されるとキレる。

　　　　　

　ブラック国家への一本道だ、いや職種によっては合理的だ等々、種々の見解が乱れ飛んでいるわけだが、ぶっちゃけ３０代から『無限の残業代』＝『雀の涙の役職手当』の『名ばかり店長』を十数年ほど経験した狸は、「……とっくの昔に日本の津々浦々で実施されてるがな」などと、口の端をちょっと引きつらせながらつぶやくしかないわけである。ただ、その十数年間、名ばかりでも『役職』であったという事実が、退職金にかなりのオマケを付けてくれたのも事実で、もしヒラのまんま月給にちょっと色を付けたくらいで無限の残業をしょわされ、あげくヒラのまんまの退職金を渡されていたら、確実に本社ビルの玄関口に釘袋付きガスボンベを仕掛けていただろう。
　なんであれ、今となっては時間契約（そして低時給）の日雇い稼業、『残業』＝『ラッキー』に他ならず、あの頃の無限の残業すら、ひたすら懐かしく思えてしまう。奴隷にはボーナスもなければ退職金もない。この上（下？）、日雇い派遣にまで『残業代ゼロ』の累が及び、２５パーセントの時間外手当が消えたりしないよう、切に願うばかりである。

　　　　　　　　　　◇　　　　　　　　　　◇

　ところで、職業的リア充の方々に、心よりお願いしたい。
　残業なんてやらんでいいから、『美』を纏ってくれ。
　襤褸の奴隷だって、恍惚と力尽きたいのだ。

　いちおう就業希望にはしとくけど、どっちかっつーとアブレてもいいかなあ、などと密かに望んでいるときにかぎって、しっかり仕事が入ったりするものである。来週も５日から仕事だルンルンルン。

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　本日は例によって神奈川の母親の寝たきり具合を見舞った後、神保町から秋葉原界隈まで徘徊する。
　神保町には、こんだけ色々やかましい昨今でも、行くところに行けば、ア●ネス・チャ●に知られたら焼夷弾による絨毯爆撃必至の昭和レトロ少女写真集が、ひっそりと裏通りの棚に並んでいたりする。数年前に狸が金に困って売り払ってしまったような綺羅星のごときコレクターズ・アイテムは、さすがにもう流通していないようだが、それでも古書のジャンルとしては残っている。そう、いかに杓子定規な司直だって、特に犯罪性のない過去の遺物など、いちいち取り締まっている暇はないのである。むしろ『とにかく全裸は絶対不可！』などと、過去の美意識までを自主規制する大半の商売人側が美しくないのである。逆にＴバックやＴフロントでスジと乳首さえ隠せばオールＯＫ的な新しい少女ＤＶＤは、なんぼでもアキバの表通りに氾濫している。実在少女であるにも関わらず、司直は無問題らしく手を出さない。なぜかアグ●ス・●ャンも、金切り声で叫んだりしない。そして狸も、ガスボンベに釘袋を併用する気力は、もはや尽きた。
　うん、大丈夫。この国が再び軍国化するなど杞憂。みんな我が身かわいやの日和見ばっかしだもん。
　

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　夜間、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』が、唐突に狸の頭の中で再上映され、思わず涙ぐんだりする。脳味噌で反芻すればするほど味の出る映画だ。早く出ないかレンタルＤＶＤ。

　　　　　

　たかこ　「どんす？　……なにか、ちがう」
　くにこ　「いんや、これはこれで、なにかこう、しみじみとあわれふかいものが……」
　ゆうこ　「たぬきさん、しろい毛ふえた？　……なでなで」
　たぬき　「……そう簡単に鈍せたらシヤワセですよねえ、いや正味の話」