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08月31日 日  知恵より礼節

 すでに半世紀以上を生き、会社人間から失業者から日雇労働者までひととおり経験し、西や東の大震災をふたつも見聞し、とりわけここ数年は明日をも知れぬ不安定な日々を積み重ねてしまったので、もはや大概の出来事には驚かない。驚かないということは、喜怒哀楽のすべてがウスラバカっぽく曖昧化しつつあるということである。まあ実のところ心の内奥に関しては、根が狸なので常にビクビクと小動物らしく過敏に反応しているのだが、自分を直接に抉らない事象に関しては、表層だけでも蛙の面に小便的な冷静さを保てる。
 しかしながら、それでも種々異なった日雇い現場で働いていると、思わず反応に窮して唖然とするような、新人類っぽい若い衆に遭遇したりもするのである。
 今週は、某ロジで、段ボール箱を組み立てられない若い衆に遭遇した。小型電化製品のパッケージのような、中仕切りが一体化した複雑な構造の段ボール箱ではない。ゆうパックの箱のような、ただの四角い段ボール箱である。それの上下の、短辺と長辺の折り込みを、せっせと逆に組み立てている。つまり、梱包テープをH止めでなくカタカナのキの字に止める不自然な形で、せっせと箱を閉じていたのである。もちろんすぐに助言して直してもらったが、聞けば、テープカッターを使うのも段ボール箱を閉じるのも、生まれて初めてだそうである。まあ梱包用のガムテープカッターなどは、育ちによっては一生触れずに過ごす人々もあろうが、20過ぎまで段ボール箱そのものを見たことがないはずはなく、要は「すでに形成された段ボール箱」と「これから自分で形成する段ボール箱」の間に、自力で関係性を見いだせなかったのだろう。実地に「ほら、こうするんだよ」と、それまで誰にも教わったことがなかったわけである。
 そういえば以前、アナログ時計を見てから現在時刻を認識するのに、ずいぶんタイム・ラグのある若い衆に出会ったことがあった。数字によるデジタル表示ばかり見て育ったので、『円形の目盛り』と『長針』と『短針』が、とっさには時刻に直結しないのだそうだ。
 こんな話を記すと、それはなんらかの知的ハンデがある若者たちなのではないか、そう推測する方もいらっしゃるだろうが、これがどこをどう見ても、じっくり話しこんでも、ごく普通の学生さんだったりするのである。
 で、ここでいつもの爺くさい「まったく近頃の若いもんはぶつぶつぶつ」が始まるのかと思いきや――。
 どうも近頃つらつら鑑みるに、そんな即物的な認識能力などは、もうどうでもいいような気がするのですね。どっちも人の良さそうな若者だったし、己に凝り固まって他をないがしろにするような傲岸さがまったくないぶん、かえってなじみやすい。

 このところ朝日新聞と読売新聞を毎日読み比べていると、どっちもどっちのハタ迷惑な頑固親爺、そんな気がする。それなりに譲れない信念はあるのだろうが、人としての礼節を相手を選んでしか保てないため、ただの依怙地なボケ老人が噛み合っているとしか見えない。
 国と国とか、宗教と宗教とか、みんな同じなんでしょうね、ドツキ合ってる連中は。
 結局、歴史の長さや年齢にかかわらず、賢愚ではなく『礼節』ひとつの問題なのだな、人生も世界も。


08月27日 水  稲川冷え

 おう、すげえ。いきなり最高気温が10度低下。
 昨日までは相変わらずアツアツの狸で、おいしそうな湯気をたてていたのに、こりゃまた非常識なまでのクールダウンである。このところ毎晩ひたすら、ケーブルで録画した稲川淳二さんのアレな語りに耳を傾け続けていた狸の思念が、ついに天まで届いたのだろうか。未見だったDVD作品を、3日で6枚分は消化した勘定になる。
 しかし今年は、あの時代劇専門チャンネルさえも、伝統的怪談映画を1本も放映してくれなかった。すでに何度か放映したテレビ用長編、それもあまり出来の良くない奴で、お茶を濁したのみ。
 その代わり巷では、山本薩夫監督の『牡丹灯籠』や田中徳三監督の『怪談雪女郎』、さらには故郷山形の産んだ個性派俳優・成田三樹夫さんの生涯唯一の主演映画『怪談おとし穴』など、狸が小学校高学年の頃に制作された、昭和の映画館における『夏休み怪談大会』の掉尾を飾った大映作品が、ついにDVD化されたようだ。今のところ狸には観る術がないが、前者2本は大昔に深夜映画を録画したビデオがあるし、『怪談おとし穴』だって記憶の反芻はなんとかできるし、古い記憶ほど歪みが膨らんで恐ろしいのは怪談の常、下手に再観賞しないほうが吉ということもある。
 しかし、同じ頃に制作された田中徳三監督の『秘録 怪猫伝』は、ずいぶん前からDVD化されているのに、今回の3本は、なぜこれほど遅れたのか。やっぱり『猫耳萌え』や『猫招きくいくい』が関係しているのかしらん。あと肉球も。

          ◇          ◇

 コロリと話は変わりまして、安倍首相が元日本軍人の追悼法要に自民党総裁名で哀悼メッセージを書面で送っていたと、朝日新聞がスッパ抜いた件。
 わはははは、やっぱり阿倍さんは、ただの魯鈍なお坊ちゃまであった。狸より3歳年上のわりに、歴史認識、というか国際的バランス感覚は、未成年者なみなのではないか。おそらく、あの戦争に『負けた』という感覚的な部分がちっとも養われなかったお育ちの良いお坊ちゃまゆえ、日本はサンフランシスコ講和条約に調印した、という国際法上の既成事実まで、コロリと失念していらっしゃるのだろう。「あれはあくまで私人としてのメッセージだ」とおっしゃっているようだが、あのねえ、『総理』としての公的発言と『私人』としての発言が本質的に180度方向違ってるって、自分で気づいていらっしゃいますか坊ちゃん。
 今回のスッパ抜きの件を、こないだの従軍慰安婦問題デッチ上げ御免の件と同様、朝日新聞社の極左的国辱体質だと糾弾している方々もいるようだが、それとこれとは全く違う問題です。狸も、朝日新聞の針小棒大自虐史観には常々辟易しておりますが、誰が言おうと正論は正論です。反対方向に走るヤクザの街宣車だって、大量の幻想的世迷い言に交え、一抹の正論を叫ぶこともあるわけで。
 まあ、狸が阿倍さんを、あまりにも世知に疎いお坊ちゃまとしてすっかり見限ったのは、そうした国際感覚を露呈する以前に、介護問題や後期高齢者問題で、あまりにも金満家の道楽息子っぽい非現実的なお言葉を、自信たっぷりに垂れ流されたからである。
 あの人は、どんな家にも大なり小なり金のなる木があり、また『お手伝いさん』という透明人間が存在する、そんな生活感覚で生きているのですね。その実感に、知識や教養が追いついていない。その点では、パクおばさんと同程度なのである。


08月23日 土  国破れて山河とガキあり

 おお、なんとゆーことだ。本日は狸穴近辺が、終日の曇天によってついに最高気温30度に達せず終わったらしいのに、狸自身は母親関係で、遙か南方の鎌倉街道をぽこぽこと移動しており、おまけにそのタイミングが雨上がりの炎天下、つまりやっぱりサウナ状態だったのである。仕事の日と同様、ぐちゃぐちゃのへろへろだったのである。こうなると連年の『凄夏』は、狸という個体に付随するなんらかの呪い、あるいは罰ゲームのような現象なのかもしれない。明日からは狸穴近辺も、しっかり30度越えに戻るらしいしな。
 でも許す。何を許すのかは判然としないが、とりあえず、すべて許す。夜、帰穴後、日本映画専門チャンネルで録画しておいた、珠玉の作品を観られたからである。昭和23年、戦後の復興もなかなかままならぬこの国で、孤独な復員兵と浮浪戦災孤児たちの、下関から広島までの旅を淡々と描いた『蜂の巣の子供たち』。プロの役者はひとりも出ず、大人から子供まで台詞はほとんど棒読みだが、皆なんじゃやら不思議な存在感を漂わせている。特に浮浪児連中は、監督が自分で引き取ったマジな浮浪戦災孤児たちに演じさせているとかで、その面構えが只者ではない。今どきの児童とはまるで別人種、不揃いのジャガイモのような、懐かしき三丁目の朋輩顔をさらにひねくりまわしたような面構えである。観始めて20分ほどは、あまりの棒読みっぷりに辟易したのも確かだが、そのうち完璧に感情移入してしまい、しまいにゃ大泣きしてしまった。
 YOUTUBEに全編を掲げていらっしゃる奇特な方がいらっしゃるので、あの時代に興味のある方には、いや戦後なんて知ったこっちゃねーよという方にも、ぜひ一度ご覧いただきたい。「山の向こうの海が見たい」という死にかけのチビを背負って、一番の悪たれガキが山越えに挑むシーンがあるのだが、正直、これまでに観たどんな映画よりも強烈な映画空間に息をのんだ。ああ、子供って、いい。ろりもいいが、男の子も、やっぱりいい。
 こんな佳作は地上派で毎年毎年放送されてしかるべきだと思うのだが、近頃再評価しきりの清水宏監督作品の中でも、なぜか『蜂の巣の子供たち』だけは、ソフト化すらされていないようだ。フィルムセンターや岩波ホールや、日本映画専門チャンネルやYOUTUBEでしか観られないというのは、今の日本、あの頃に比べても、映画的な民度が落ちまくっておりますね。


08月19日 火  現実逃避予報

 凄夏を誇るこの日本でも、南北に細長いでっこまひっこました列島ゆえ、名実ともに盛夏から晩夏に移ろいつつある「こんちくしょーうらやましいぜねたましいぜくぬくぬくぬ」な地方があるようだが、狸穴近辺は、今週も33度だの34度だの、しっかり凄夏を延長している。

 毎年この時期になると、次週の週間予報を眺めては、「やったあ、来週は最高気温が30度を割りそうだ」などと小躍りするのだが、これまた毎年、その次週になるといつのまにやら最高気温はきっちり上方修正されており、下手すりゃ9月いっぱい修正され続けるわけである。たとえば先週末の狸穴近辺の週間予報では、今週は水曜から暑さがゆるみ、20度台におさまるはずだった。それが今夜の予報では、きっちり34度に変わっている。木曜も同様。金曜になると28度に下がる予報だが、これも毎年毎週の流れからみて、とうぶん先送りを続けて9月に突入する可能性が高い。
 すでに『気象予報』の対象から逸脱しているのですね、このあたりの気温は。いわゆるヒートアイランドが主因であるため、もう『気象』などという天然っぽい範疇の問題ではなく、ほぼ人為的な凄夏なのである。
 と、ゆーことは、早急に人為的な対策を施しておかないと、次の東京オリンピックでは、マジに全世界のアスリートが熱中症でバッタバッタとぶっ倒れてしまうのではないか。下手すりゃ36度の炎天下でマラソンですよ。36度が平気な砂漠出身の選手だって、湿度80パーだと死んでもおかしくない。有利なのは、中央アフリカとか東南アジアとか南米あたり、つまり熱帯雨林育ちのアスリート。アマゾンの人とか。

 ――あれ? あんがい面白いかもな、凄夏オリンピック。いつもの大国勢が想討ち死にで、発展途上国の方々が表彰台を独占したりして。
 日本勢も、今から真夏の都心で特訓するのが吉。


08月15日 金  再起動

 といっても今週の仕事はキャンセルしてしまったので、本日は買い物やら洗濯やらにいそしんだわけだが、病み上がりの体で痛感したのは、内臓が正常に戻っても食物の養分が四肢に行き渡るには半日近くかかる、そして内臓がどうであれ体表は相も変わらずぐぞむじあづい、さらに脳味噌は養分不足とぐぞむじあづさの相乗効果でお盆も敗戦記念日も事象としては把握しながら情動として認識できない、以上3点。ただ、昨日までの三日間で汚し濡らしまくった衣類やシーツやタオルケットが、コインランドリーの中でじゃばじゃばと清浄化し乾燥機の中でくるくると爽快化する有様は、健康や平和のありがたさ、また狸をこの世にあらしめてくれたご先祖様への感謝等々を、例年どおりの小賢しい紋切り型NHKニュースなどよりは、はるかに実感させてくれるのであった。
 ああ、生きているって、やっぱり素適。しつこく噛みに噛んで飲み下す晩飯も、ただの卵焼きと野菜炒めながら、久方ぶりの美味である。
 まあ、今週はついに1日分の稼ぎで終わってしまう、とか、明日の特養行きも到底タクシーなんぞ奢れないわなあ、とか、迫り来る狸穴賃貸更新料納入期限とか、素適ではない事どもは多々多々多っと山積しているわけだが――

     


08月13日 水  たれる

 月曜日、びしょびしょのぐびぐびのどたばたをひときわ派手に反復して帰穴すると、いつになくダルダルになっていた。これは熱中症の兆候なのではないかと、水分補給に努めて早めに就寝したが、ただぐったりとたれているだけで入眠できないまま深夜に発熱、火曜の朝になっても復活の兆しはなく「……もうだめぽ」と派遣会社にキャンセルの電話を入れ、それから死んだように入眠。午後になって起き出すと熱は下がっており、「なあんだ余裕ですよ余裕」と、本日水曜の仕事はキャンセルせずにいたら――火曜の夜から猛烈に腹が下り始めた。
 それはもう、イエローストーン公園の大間歇泉が夏の大サービスで1時間に2〜3回大噴出しているような有様で、いつぞやノロっぽいウィルスにやられた冬のように、布団とトイレを往復しながらの夜明かしとなる。朝方など、もう大丈夫かと気を抜いて寝床でまどろんでいたら――うわあああ、ちょびっとだが、やっちまったい寝たまんま垂れ流し。まあ、下着がちょいとナニしただけで、パジャマまでは汚れませんでしたけどね。
 結局、その後も腹の中がからっぽになるまで寝床とトイレの往復を続け、へろへろになりながら、ああ、決定済みの仕事を2連チャンでキャンセルすると後が怖いのよなあ心証悪くして干されたりするのよなあ、などと日雇い特有の不安にとらわれつつ、しかしいつもの仕事場をじゃあじゃあ垂れ流しながら駆け回る度胸もなく、本日の仕事もキャンセル、ついでに明日からの予定を白紙に戻す。たとえ今日中に快癒したところで、惰弱な狸には、明日またびしょびしょのぐびぐびのどたばたを展開する自信がない。
 で、本日午後、消化器系の中身がついにカラになったと思われたスキを見て病院にのたくりこみ、ちょっと色っぽくなくもない女医さんに、夏バテに起因する細菌性腸炎みたいね、バテているから長引くかもよ、と、ご託宣や投薬を受けて帰穴。もらった薬は2種類、胃の抗炎症剤と、腸のほうは酪酸菌整腸剤のみ。
 最新の医学だと、原則、下痢の対症療法は避けるのだそうですね。感染性腸炎の場合、下痢による悪玉菌やウィルスの排出はあえて妨げず、むしろ善玉菌をなるべく増やしてやる。つまり、いきなりクレオソート臭ぷんぷんの征露丸をむさぼり食って強引に垂れ流しを止め、元気にロシア陣地に突撃したり倉庫内を駆け回ったりするのは、もう時代遅れなのである。しかし、そんなにのんびり寝込んでる間にロシア兵に撃ち殺されたり、日銭が途絶えて餓死したらどーすんのよ、といった疑問は残るわけですけども。

 さて現在、夜8時。昼の飲食物は、すでにこれまで3分割で垂れ流され、でも午前中のようないきなり噴水状態ではなく、ほんのちょっと粘りが戻ったかな、そんな状態である。
 飲み食いはちゃんとしないとかえってバテるそうなので、これからの夕食、消化に良さそうなカレイの煮付けとかも奮発してあるわけだが――どうか朝まで粘ってくれよなあ、おい。


08月10日 日  栄光への脱力

     

 近頃すっかり悪役気味のイスラエルだって、ユダヤ民族の誇りを賭けた大義名分はしっかり存在するわけだし、支持するアメリカにだって義理人情や意地というものがある。ここでイスラエルを見捨てるようだったら、オバマはもう男ではない。
 ことほどさように、帰依する宗教や領土問題や民族意識というやつは太古からそれはもう大変にアツく鬱陶しく、中東にせよウクライナにせよ、当分は額に青筋ピクピクでドツキ合いが治まる算段もつきそうにないし、おそらく今後2〜3世紀は、大なり小なりドツキ合いが続くものと思われる。
 唯一、解決策があるとすれば――しつこいようだが、全世界が恒久的に『日本の凄夏』になってしまえばいい。
 文字どおりの蒸し風呂の中で人類がどこまでドツキ合えるか、次の東京オリンピックあたりが格好の実験になりそうな気がする。


08月07日 木  秋立たぬ

 うぶぶぶぶ〜。
 あづいあづいあづい〜〜。
 うぶぶぶぶぶぶ〜〜〜。
 あづいあづいあづいあづい〜〜〜〜。
 ……どこが立秋やねん。気配のカケラも見当たらんぞ。

 いやいや、いわゆる『立秋』は、本来暑さの頂点を意味する言葉なのだから暑くて当然――という意見もあるが、そのぐぞむじあづうい日々が例年さらにひと月も手抜きなしで続く場合、すでに頂点でもなんでもないわけで、つまりこの国からは『残暑』などという生やさしい季節はとうに失われているのであり、ひたすら『凄暑』のロングランがあるのみなのである。

     

 ……シャブがほしい。くれ。


08月03日 日  ナツい日に

 うふふ〜。
 あつい〜〜。
 うふふふふ〜〜〜。
 あついあつい〜〜〜。
 ……すみません。うっとうしいですね。でもびしょびしょなんです仕事の日も休日も。

          ◇          ◇

 母親が入っている鎌倉街道沿いの特養は、最寄り駅からのバス路線がないので、炎天下を1キロ半ほど歩かねばならない。タクシーならばワンメーターの距離だが、それでなくとも毎週往復2000円超の電車賃がかかっているのに、これ以上交通費を増やしたら狸庫が破綻する。
 しかし、特養の中は当然ながら冷房完備、また大変のどかな環境にあるため、起伏に富んだ緑の丘陵地を眺めながら、のんびり読書ができたりもする。寝たきりの母親は、一時の危機的な状態が嘘だったように、ときどき意味もなく笑ったりする。
 母のベッドの横で何事もなく過ごす休日の午後の何時間かが、このところ、狸にとっては最もストレスのない時間になっている。
 でもまあ、ようやく濡れた毛皮が乾いた頃には、またびっしょりの狸生に戻らねばならない。

 そんな溶解寸前の狸を励ますように、姉が中古のブルーレイプレーヤーをくれた。姉や義兄は狸ほど人生を誤っていないから、DVDレコーダーをブルーレイレコーダーに買い換えたりもできる。それまで使っていたブルーレイの再生専用機が、不要になるわけである。
 しかし――おお、なんとゆーことだ。そのブルーレイ再生専用機には、あの黄色いアナログ映像ケーブル端子が見当たらないのである。HDMIとかいう、未開の狸には初見のウロンな端子しか存在しないのである。赤白のアナログ音声ケーブル端子はちゃんとあるのに、これは安物の手抜きなのではないか――などと思いきや、ふつう無いんですってね近頃は。知らなかったよ知らなかったよ。
 でもまあ、世にアンバランスな貧乏人は多いらしく、HDMIをコンポジットに変換するアダプターなんてのも、帰る途中のアキバで、きちんと売っているのである。裏通りの店の、得体の知れないノーブランドだと、2000円ちょっと。しかし、ここで無駄金を使ってしまったら、それでなくとも破綻寸前の狸庫、かえって目も当てられない。熟慮の末、ヨドバシで保証付きの最安価品を購入。こないだプリンターを買ったときのポイントも使えたので、4000円でおつりがきた。

 しかし前世紀のブラウン管テレビにブルーレイ繋いでどーすんのよ、と言うなかれ。
 駅前のTSUTAYAあたりでは、古い映画のDVDが損じた場合、ブルーレイしか補充してくれないケースが激増している。そもそもマニアックな旧作洋画だと、ブルーレイでしか発売されないケースも多い。
 で、さっそくTSUTAYAで借りた『大魔神逆襲』を再生してみたところ、さすが安物アナログ変換器、DVDよりは鮮明だが、階調はビデオなみか。もっとも、ためしにプレーヤー側の設定を力いっぱい高解像度出力にすると、変換器や前世紀ブラウン管が音を上げて、全画面チリチリのキラキラにトンがったりする。「ああっ、そんなに痛くしちゃダメ! おねがいもっとやさしくして!」、そんな感じか。HDMIで直接つながるような海千山千のテレビなら、ストレートに絶頂を迎えるのだろう。
 でもまあ、いいや。狸も歳だからな。


08月01日 金  まだ

 たかこ 「やっほー! まーだだよー!」
 くにこ 「んむ。これは、まだだな」
 ゆうこ 「ごめんね、ごめんね」