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09月29日 土  初秋雑想

 ほとんど発汗しない日をちらほらと享受できるようになったとたん、肉体的なたれぱんだ感に代わって、精神的なたれぱんだ感に囚われている。鬱とか無気力とかではなく、とにかく何もしないでウスラボケっとしている時間が、ほんのりとシヤワセでたまらない。
 といって日々の探食活動を怠ると餓死してしまうから、できるだけシヤワセにウスラボケっとしているためには、私事や趣味に費やす時間を削ってウスラボケっとするしかなく、それは客観的には「あのジジイ何が楽しくて生きてんだろうなあ」な状態そのものであるが、いいじゃないのシヤワセならば。
 コンビニで毎日おごる100円コーヒーがアイスからホットに変わり、冷や奴が湯豆腐に変わり、番猫たちの毛並みがなんとなくモフモフ感を増して全体的に丸く膨らみ始める――それだけで狸はあんがいシヤワセである。どうで脳味噌ちっこい小動物の初秋だものね。
 ちなみに小動物仲間のブチ老僕は、目脂や涎こそ治まらないものの、なんとか長い夏を乗り切って、食欲も旺盛になってきた。ミケ女王様は肉体的にも精神的にも丸くなる一方で、近頃では顎の下を撫でまくっても嫌がらない。まあ、あんまりしつっこくすると指をガジガジ囓られるものの、それとて野良上がりの頃の流血マジ噛み攻撃に比べれば、ちょっと血が滲む程度の甘噛みである。
 ところで近頃、帰り道で、とてつもなくどでかい黒猫を見かける。不吉というには、あまりにも丸くてでかい。二抱えほどもある漆黒の毛玉のようだ。このあたりは野良が野良のまま肥え太れるほど甘い土地柄ではないから、どこぞの飼い猫に違いないが、なんぼなんでも膨らませすぎなのではないか。血糖値は大丈夫だろうか。


09月22日 土  日々発汗

 こんなに秋っぽくなってきたのにまだ汗まみれなのか、と首を傾げる方もあろうが、仕事の日には、やっぱり汗まみれなのである。ちなみに雨天の昨日、東京湾岸の外気温は20度までしか上がらなかったらしいが、仕事場は朝も夕方もずっと26度に保温されていた。いったん真夏の炎天で芯まで熱されてしまった鉄筋コンクリの構造物は、2日や3日の低温では秋を迎えない。しかも山積みの段ボール箱という奴は、いったん湿気を帯びたら、なんぼでもその湿度を保ち続ける。ちなみに昨日の仕事場の湿度は80パーであった。
 まあ、すべては空調がない(ちっぽけな換気扇はあるが)ためだけの話であって、そんなところでトタパタしている狸の自己責任なのだけれど。
 でもまあ、7月末の獄暑続きには、同じ仕事場が連日35度で湿度85パーだったりもしたのだから、確かに夏は終わったのだろう。
 などと言いつつ、今日明日は自主2連アブレ、久々に発汗なしのお散歩でも楽しもうと思ったら、しっかり夏日で、おまけに雨上がりの湿気ムンムンである。蚊まで元気をとりもどし、せっせと刺しにくる。明日は晴天で、気温ももっと上がるらしい。
 ……わかった。毎日のプチ洗濯を、とうぶん続けろと言うのだな。

          ◇          ◇

 でもまあ、暑苦しいということは、必ずしも不快なばかりではないのである。
 図書館で借りてきた『ラテンアメリカ怪談集』(河出文庫)、これが実に暑苦しくて興趣に富む。アツい国の怪談は、心身ともにアツい。『怪談集』などと銘打ったわりには、純文学的な短編小説が多く、小賢しいストーリー・テリングが希薄なぶん、肉の熱さが魂にまで伝わる。
 思えば本邦の怪談も、中世・近世と、かなりアツかった。肉も魂も、コシが強かった。
 近年の、やたら冷ややかなJホラーを、昔ながらのクール・ジャパンの産物のように語るむきもあるが、やはり狸には別物に思える。

          ◇          ◇

 ところで、狸印の猫耳物件、なかなか更新するほど打ち溜まらないのだが、どうも果てしなく大風呂敷が広がっていきそうな気配。
 次回のトンデモへの布石に、前回更新ぶんを、ほんのちょっと増量しました。
 あちらの掲示板に記すほどの増量ではないので、ここでポツリと。
 


09月15日 土  変わりゆくふるさとだったり、あんがい変わってなかったり

 木・金と、1泊2日で、墓参りに帰省。
 涼しいどころか東京湾岸よりも気温が高かった。
 今回は法事ではないので姉夫婦と3人のみ、駅前のホテルに素泊まりというシンプル帰省であったが、染太の鰻も食ったし、平田牧場の三元豚も食った。レトルト芋煮も米沢鯉の甘煮も、土産に買った。帰りに寄った福島の猪苗代湖は、とてつもなく美景であった。
 もう思い残すことは何もない。
 死のう。
 ……まあ、鯉が絶滅したり、芋煮が禁止されたりしたらな。

          ◇          ◇

 例によって、いっとき単独行動で市内を徘徊、十日町や本町あたりを久々にチェックしたら、全体的には「山形市って何やってそんなに儲けてんだ」と不思議になるくらいナウくて小洒落た変化が進んでいるいっぽう、懐かしい建物なども、ぽつぽつと残存しているのであった。

     

 大正時代からずっと続いている吉池医院。慶應義塾大学図書館などを設計した中條精一郎氏の設計。なのに文化財指定とかはされておらず、現役の医院なのである。このぶんだと、狸が死んでからも、十日町通りで現役医院をやってくれていそうな気がする。


     

 こちらは本町、大正以来の写真館。写真館としての営業は続けていないが、レトロ系ギャラリーとして残されているようだ。


     

 で、その隣に、とっくに閉館した、ちっぽけな映画館。
 高校時代は図書館と映画館を根城にしていた狸も、この映画館には入ったことがない。実は狸が故郷を離れてから開業した、ピンク映画専門館らしいのである。狸がこっそり通っていたエロ映画館が、狸の離郷後まもなくつぶれてしまい、その代わりに(?)開業したのが、この昭和遺産とゆーことらしい。まあ昔から成人映画館というところは、いわゆるホモの方々のハッテン場としても機能していたので、まるっきりなくなるわけにはいかなかったのだろう。
 もっとも、ノーマルな少年狸などは、当時そんな裏事情など知る由もなく、見知らぬおっさんがいきなり缶コーヒーを奢ってくれるのはなぜか、などと首を傾げながら、おっさんがたの期待を裏切り続けていたわけである。すみませんすみません。ほんと知らなかったんです。
 ところで、すでに市内にはこの手の成人映画館が存在しないようだが、代わりのハッテン場は、ちゃんと別にあるのだろうか。


     

 そして、両脇の商店仲間が駐車場に変わってしまい、ポツリと取り残されてしまった昭和遺産、バレバレの普及型看板建築。
 しかしここまでの造りだと、看板建築というより、もはやカブリモノ建築である。夕日の三丁目の木造家屋が、屋根の前半分の上部まで、四角四面っぽく擬態している。化けるのが趣味の古狸として、思わず頬ずりしたくなったりもする。


09月08日 土  やっぱり夏が終わらない

 西でも北でも未曾有の天変地異に晒され、命を絶たれたり、水や電気を断たれて難渋する方々に聞かれたら恥ずかしいレベルの愚痴になるが、東京湾岸は、今週もまた夏日と熱帯夜が連続し、基本的に冷房の効かない現場で働いている狸の群れなどは、かなり疲弊している。水はふんだんにあり、仕事場と屋外以外の空間はきっちり冷房が効いているわけだが、日中のデフォルトが汗だくだく状態なのは、老若雌雄国籍問わず、やっぱり楽ではない。
 昨日などは、朝昼と曇っていたらからなんぼかましかと思ったら、午後から晴れ上がり、晴れ上がったというのに湿気はなぜかどんどん増え始め、チノパンの膝まで汗が染み渡った。もはや狸の湯漬けである。しまいにゃ熱中症の入り口なんだか、片脚が攣って歩行不能になりかけた。
 しかし幸い、一夜明けたアブレ日の本日は、多少片脚を引きずりつつも、暑いなりに難無く生活している。例によって土日を自主二連アブレにしたから、冷房の効く空間で平面狸と化し、来週の探食活動に備えようと思う。
 週明けにはマジに気温が下がるという気象予報士のおねいさんの言葉を、祈りとともに信じたい。
 ところで来週後半、狸は久々に、故郷へ墓を洗いに出かける。
 いきなり寒さに震えたりする可能性もありそうだ。
 狭い狭いと言われがちな日本列島だが、東西も南北も、やはり遙かな異国の連なりである。


09月01日 土  夏の終わりに

 ……などとタイトルを打鍵しつつ、このまま終わってくれるほど世の中甘くないような気もするのだが、ともあれ昨日今日と、日中は30度を越えたものの午後から夕立っぽい雨が降り、雨が上がったあとは確かに空気が変わった。風がひんやりしている。
 しかし、狸の青少年時代は、お盆前あたりのムンムン盛夏でも、さっと夕立が降って夜間は凌ぎやすくなるパターンが多く、それもまた盛夏の風情だと思っていたわけで、ようやく懐かしい夏に戻っただけなのかもしれない。
 ともあれ、汗疹も茹だった脳味噌も、なんぼか快方に向かいそうな体感ではある。

          ◇          ◇

 とにかく茹だってしまった脳味噌をなんとかナマモノに戻すため、故・三浦哲郎大先生の短編集『蟹屋の土産』とか、朗読CD『おぼしめし・そいね』『わくらば・やどろく』なんぞを、図書館で借りてきた。
 淡々とした、端正な、人生のズブドロさえも日常に収められる真摯な日本語は、冷や奴のようにいつまでも旨く、飽きない。