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03月28日 土  自粛

 これはきっと脳細胞の活動を自粛してるんだな、阿倍さんちのお坊ちゃまとか、そのお友達の坊ちゃん嬢ちゃんは。
 ……などという皮肉が、実は皮肉ではなく現実であることは、愚鈍な狸にも、そろそろ判っているのである。

 確かに殺人的ラッシュは緩和されたものの、他人との距離をあけるのは不可能な電車に乗って、今週も餓死を避けるべく日々探食活動に励んできた狸であったが、ここにきて、いよいよ日雇いや短期の求人が減ってきた。ぶっちゃけ来週は、まだ2日しか決まっていない。その後はまったく未定である。
 自粛ではなく他粛ですね。
 無論、心身への高負担を厭わなければ話は別なのだが、この歳になって、過労死や自死で他界したくない。まだ餓死のほうが楽そうである。
 などと言いつつ、ひと月やふた月くらいなら、かろうじて餓死しない程度の備蓄はあるのだけれど……その前に、新型肺炎で逝くかもなあ。高血圧だし糖尿だし。

 といって、積極的に他界したいわけではないから、次週、年金請求手続きについての具体的なところを、最寄りの事務所に訊きに行こうと思っている。
 過去、四半世紀ほど加入していた厚生年金の受給年齢にそろそろ達するし、野良狸になった後、新たに払ったり無一文になって免除されたりまた払いなおしたりしていた国民年金も、目減りを覚悟すれば、もう早期受給が可能らしいのである。
 阿倍さんちのお坊ちゃまが金をくれる日など、待ってはいられない。
 いつやるのか、いくらやるのか、そもそも狸にもやるのか――そうした具体的対策は、可能な限り自粛ですもんね。

          ◇          ◇

 ところで、明日は狸穴近辺に今年一番の寒波が訪れ、5センチも雪が積もるってのは本当か?
 気象予報士のお姉さんやお兄さんが、実は全員、自粛で引きこもっているので、アナウンサーの人が下駄を飛ばして決めたとか――いやいや、天気予報ならテレワークでも可能なはずだわなあ。


03月21日 土  いろいろあるさ

 久しぶりに、飛ぶ夢を見た。
 どうやら日本ではなく、東南アジアの密林の上空、低い雲の下を飛んでいた。
 今は降っていないが季節的には雨期なのか、眼下に蛇行する大河は、轟々たる濁流である。
 密林の半分は靄に霞んでいる。
 そんな湿った大気の中を、狸はきわめて軽快に下降あるいは上昇しながら、密林の樹木や濁流の大滝すれすれに、また雲の凹凸をかすめるように、上機嫌で飛んでいた。

 飛ぶ夢を見たあとでいつも心に残るのは、自分がいったいどんな姿で飛んでいたのか、そんな疑問である。
 いや、思えば、夢の中で自分の姿を視認したことは一度もない気がする。
 つまり、夢の中で鏡を見たことがない。
 夢そのものが鏡の一種だからか。

          ◇          ◇

 使い捨てマスクが、狸穴から尽きそうである。
 去年だか一昨年だかにまとめ買いしてから、先月の中旬まではほとんど減っていなかったのだが、以降、現場によってはマスク着用が就労の前提条件になってしまい、当然のごとく激減しはじめた。うわ、こりゃヤバイと思った頃には、世間中の薬局からも消滅していた。
 といって、ロジに入る時点でマスク着用を強いられれば、それに従うしかない。そして日雇い契約の労働者は、自前でそのマスクを調達しなければならない。

 本日アブレ日、あっちこっち探して、ようやく1パックだけGETした。ただし子供用のちっこいサイズである。当然、大人用より窮屈だが、鼻と口はなんとか覆える。着用義務は果たせるわけである。
 だいたい狸の出没する就労現場では、誰も咳やくしゃみなどしていない。花粉症のムズムズはもとより、喉の乾燥による軽い咳払いさえ、当節、誰もが懸命にこらえている。こらえきれない奴は、そもそも出てこない。みんな日銭が命の稼業だから、新型コロナはもとよりありふれたインフルだって、他人に移さない仁義はわきまえている。たいがいは風通しのいい環境だし、電車の中なんぞより、よほど安全なのである。

 と、ゆーわけで、ちっこい子供用マスクで作業している老狸を見かけても、皆さん、いきなり鉄砲で撃たないでくださいね。

          ◇          ◇

 先ほど、NHK・Eテレで録画しておいたドキュメントを見て、思わずもらい泣きしてしまった。
 義足の子供たちが、パラリンピックの優勝者に、全力疾走のコーチを受ける話であった。
 それでなくとも狸にとって、子供がらみの苦労話は、どうでもいいはずの男児にさえ必要以上に感情移入してしまうのに、片足の女児がふたりも登場してしまっては、もはや狸の正気が保てない。彼女らが泣くにしろ笑うにしろ、狸の脳味噌の水分は、絞られた海綿のごとく顔面に滝をなす。

 オリンピックが中止になろうが延期になろうが強行開催されようが、老狸は無関心である。高校野球もしかり。
 無論、中止や延期が一生の無念となる方々が多いのは理解できる。ああ、今回が自分にとって最後の機会だったのに――そんな間の悪い選手も、少なからずあろう。
 しかし、華やかな大舞台における一生に一度の大勝負がどうであれ、自分の内部における自分との勝負は、どのみち死ぬまで続くのである。
 たぶんパラリンピックの選手の方々にとっては、表彰台やメダルより、自分の内部における自分との勝負のほうが遙かに重く、また果てしない夢なのではないかと、狸には思われる。

 なお、オリンピックが中止になったらフトコロ具合が破綻してしまう、とお嘆きの経済的関係者の方々には、とっくに破綻している狸として、まあ納豆と豆腐と野菜炒めと麦飯さえ食えれば死にゃしませんよ、とか、なんぼ金があっても死ぬときゃ死にますよ、とか、きわめて非人間的な言葉しかかけられないわけだが、狸のことゆえ御勘弁。

          ◇          ◇

 ミケ女王様は、まだお帰りにならない。
 狸は夜ごとブチ下僕の顔を横に伸ばしたり縦にこねまわしたりしながら、「まさかお前より先に、ミケに会えなくなるとは思いもしなかったよなあ」などと、独居老人そのもののサミしいありさまで話しかけている。
 ブチ下僕は、相も変わらず無表情のまま、しかし去年の目脂や涎が嘘だったように清潔な顔で、されるがままになっている。

 ミケ女王様は、もう戻ってこないのだろうか。
 ならばミケ女王様の御尊顔をも、流血覚悟で、横に伸ばしたり縦にこねまわしたりしておけばよかった、とつくづく思うが、そんなことをしたら、とっくの昔に逃げだしている気もする。
 しかし、鼻や尻尾の先を軽くツンツンするとか、顎の下をほんのちょっと撫でてやるとか、昔は流血必至であった接触行為も、近年は可能になっていたのである。
 もし戻ってきたら、思いきってさらなる接触を――いやいや、やっぱりツンツンくらいにしとこう、うん。

     


03月14日 土  続・心配

 ミケ女王様が、やっぱり帰ってこない。
 ブチ下僕が、とても寂しそうである。
 あいかわらず毎日、狸の部屋に入る前に、階段の途中で、外に向かってにゃあにゃあと呼びかける。
 部屋に入ってからも、ミケ女王様の匂いが残っている物陰なんぞに向かって、しょっちゅう呼びかけたりする。
「女王様、狸が帰ってきましたよ〜〜」
「さあ、貢ぎ物の時間ですよ〜〜」
 明らかに、そんな鳴き声である。
 狸もまた胸中で呼びまくっているわけだが、さすがに大声は出さない。

 今週は、汗ばむほどの初夏になったかと思えば、いきなり寒風吹きすさぶ雪になったりで、野良には厳しい空模様であった。
 孤高を好むミケ女王様ゆえ、今夜も橋の下あたりで寒風に震えていらっしゃるのではないかと、思わず目頭が熱くなる。
 管理人さんは、どこかで保護されているに違いない、と言い続けている。
 狸としても、そう思いたいが――いやいや、やっぱり、そう思っておくことにする。

          ◇          ◇

 新型コロナなんぞ、もう気にならない。
 なお続く世界への蔓延とか、社会的・経済的混乱の拡大とか、ばらまき男の出現とか、ばらまき男と大差ないようなWHOの忖度発言の連発をひっくるめて、狸としては、もはや不安を感じない。
 狸の感性が摩耗してしまったのか、と自省してみれば、さにあらず。
 そもそもここまでの経緯を振り返ってみるに、未だに不透明なのは「ワクチンはいつ量産できるのか」という一点のみであり、その他の事どもは、当然起こるであろう事がずるずると起こり続けているだけであって、意外性などカケラもないのである。阿倍さんちのお坊ちゃまにしてもトランプの親爺にしても、やりそうなことをやり、言いそうなことを言っているだけである。
 この期に及んで、十年一日のごとく海に向かってミサイルを飛ばし続けるだけの金さんちのお坊ちゃまには一瞬絶句したが、まあ、元来そんな教育しか受けていない男児なのだから、そんなことしかできないのは当然なのである。

          ◇          ◇

 それよりも、311関係の新たなドキュメンタリーを見まくっていると、まだまだ新たな情報が、陸続と明らかになる。
 何年か前に木馬物件を打鍵したときに、その時点でのたいがいの被災状況はチェックしたつもりでいたが、そんなもんではなかったのである。
 あのとき狸が、話を盛り上げるために想像で描いた被災現場の描写、つまりかなり誇張したつもりの描写が、誇張でもなんでもなく現実に起きていたことを知り、あらためて背筋が冷えたりもする。
 ……これはもう残念ながら、どうしたって、人は天地にかなわない。

 今後、天災に関わる事象の中での人災を、狸は責めまいと思う。
 ただし、女児が犠牲になる人災は、あくまで除外します。断固、許しません。


03月08日 日  心配

 妙に暖かくなったりいきなり冷えこんだりのこの季節、狸も鼻がぐずついたり喉がいがらっぽくなったりするたびに過度の不安に襲われたりするわけだが、その段階で、ありふれた細菌やザコっぽいウィルスと新型コロナウィルスを見分ける方法は存在しないのだから、鼻水が垂れ流しにならず、咳やくしゃみも出ない以上、日々、のほほんと探食活動を続けている。

 平日の朝晩の電車は、確かに、やや混雑が減った気がする。しかし、あくまでそんな気がする程度であり、いざ新型コロナを自覚なしで飼育中の方が紛れこんだら、たちどころに伝染することは必定である。しかし、それが新型ウィルスであるかどうかは、どのみち誰かがダウンするまで、誰にもわからないのである。だから狸のような立場の小動物としては、政府が無能だろうが有能だろうが、近々全世界が滅びようが、心配しても無駄としか言いようがない。

 などと言いつつ、昨日、土曜の仕事で乗った行き帰りの電車では、ただならぬ思いをした。
 京葉線の舞浜駅で乗降したのである。
 つまり、平日だと鮨詰めの通勤電車が、土日祝には和やかなディズニーランド送迎電車と化してしまう、そんな路線の主役駅ですね。
 家族もカップルもまったく見当たらず、狸の同類っぽい連中だけがのそのそと乗降する土曜の舞浜駅は、まさに異世界に転生した気分であった。
 しかしまあ、ディズニーランドのフトコロ具合を、その日暮らしの狸ごときが心配しても、やっぱり無駄としか言いようがない。世界経済のアレコレもしかり。
 一介の小動物としては、粛々と手指の消毒を心がけるのみである。

          ◇          ◇

 で、現在、新型コロナなんぞ屁でもない、狸にとっての重大な心配事が生じている。
 ミケ女王様が、失踪してしまったのである。

 水曜あたりから、狸と同伴帰穴してくれるのが、ブチ下僕だけになっていた。でもまあミケ女王様はブチ下僕よりも元気なぶん縄張りが広く、貢ぎ物を献上する下僕もあっちこっちに確保しておられるので、丸2日くらいなら、お見かけしないことはこれまでもあった。
 しかし朝夕共に3日以上もお見かけしないのは、今回が初めてである。まさか新型コロナで入院でもしたのかと、昨夜、たまたま顔を合わせた管理人さんに訊ねてみたら――。
 おお、なんとゆーことだ。
 水曜の朝に食事をしたっきり、一度も戻ってこないので、あっちこっち探し回っている最中、とのことなのであった。

 猫の迷子や家出に関しては、子供の頃、母方の実家でずっと猫を飼っていたので、狸もけっこう実例を聞いている。近年も、NHKのBSでときどきやっていた、猫探偵の半ドキュメント・ドラマを見ている。
 そうしたよくある迷子や家出のパターンなら、気位が高いからこそ下僕を惹きつけやすいミケ女王様の風格を思えば、どこに行っても餌には困らず、あんがい元気に生きていけそうな気がする。
 管理人さんとしては、ブチ下僕ほど老いてはおらず、まだまだ健やかな美猫に属するミケ女王様だから、どこかの猫好きに拉致され、他家の家猫化を強いられているのではないかと心配しているようだ。

 狸としては、ここは無理にでも楽観したいと思う。
 少なくとも、交通事故に遭ったわけではなかろう。管理人さんは長く町内会の役員をやっているから、万が一、町内に三毛柄の猫煎餅が生じたりしたら、話だけでも伝わってくるはずだ。
 また、猫を虐待する変質者も、ここいらに出没したことはない。
 ならば、ちょっと遠方に行幸されているだけで、そのうちお戻りになる可能性は高い。
 あるいは、未だに管理人さんや狸に爪を立てるほど人の接触を嫌う野良気質の女王様のこと、江戸川の河川敷あたりで気の合う野良仲間を見つけ、そっちに居着いてしまったのかもしれない。

 しかし、残されたブチ下僕が不憫である。
 帰穴する狸を追いかけて、とことこと階段を上りつつ、ときおり脚を止め、外の道に向かって誰かを呼ぶようににゃあにゃあと鳴くブチ老僕を見ていると、やっぱり狸も、内心、にゃあにゃあと町内を呼んで回りたくなってしまうのである。 


03月01日 日  青春にゃごりんぐ

タマ 「さて、暗愚凡愚の皆さんに質問です。次のタマ語を人語に訳してください。――『私の趣味はニャゴリングです』」
暎子ちゃん 「……にゃごりんぐ?」
マトリョーナ 「……『私の趣味は縁側で丸くなって日向ぼっこをすることです』?」
タマ 「ぶ〜〜」
暎子ちゃん 「……『私の趣味は体長2メートル半の巨大猫にまたがって荒川の土手道を全力疾走することです』?」
タマ 「ぴんぽんぴんぽ〜〜〜ん!」