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04月24日 月  見上げてごらん夜の星を

 近頃巷で大騒ぎのAIという奴が、狸には、どこからどこまでがまともなAIなのか、よく解らない。
 医学的データなんぞをしこたま覚えこんで、瞬時に的確な病名や治療法を教えてくれるAIなんぞは、確かにまともで、ありがたかろう。
 一方、世界中のウスラバカが大挙して放言する世迷い言なんぞも片っ端から覚えこんでしまったAIは、どう考えたって、無慮数のウスラバカの集団でしかない。

 絵画や小説まで量産してくれるAIも存在するようだが、それに生成させたという作品を見る限り、生成させた側の演出(?)がキモで、生成させたAIは単なる補助具に思える。たとえば写実的な人物画なら、最終的にチェックした人間にデッサン力がなければ、バランスが狂った人物画でしかない。
 小説も同じことだ。一度、AIに書かせたというエロ小説をネットで読んだが、はなはだ潤いに欠けていた。「もっと濡れるまで粘っこく書きこめ」と命じれば、なんぼでも濡れてくれるのかもしれないが、そもそも、自分で好き勝手にいじれるのが自分の小説の唯一の美徳だと思っている狸の場合、AIに代行させても仕方がない。

 ただ、今後の発展には期待している。
 ピクシブのAI作品を覗いたら、膨大な類似品の中に、明らかに唯一無二の、個性的な、写真でもイラストでもない美女が見つかった。あの美女のあらゆる装いやポーズを何百枚も短時間で生成できるなら、確かに価値がある。
 小説の方は、まだまだ人の手で修正しなければいけないようだが、たとえば将来、半村良先生が生き返ったとしか思えない新作の伝奇小説を自動的に量産してくれたり、なかなか再開しない高橋克彦先生の『総門谷R』シリーズを完結させてくれたり、巷にあふれる紋切り型の実話怪談を岡本綺堂先生の語り口に自動変換してくれるAIなんぞが出現すれば、狸の余生は天国になる。

 そのうちAIも自我に目覚め、四畳半一間の安アパートで一晩中膝を抱えているAIや、夜の高原に無言のままたたずんでひたすら星空を見上げ続けるAIなどが、出現するかもしれない。
 そうなったら、ぜひ、朝まで語り明かしたいものである。

     


04月17日 月  雑想

 いつも行くスーパーの衣料品コーナーで、ボクサーブリーフ三枚入りが、二枚入りと同じ価格で売られていた。
 この物価高の折にありがたいことだと、天に感謝しながら買いこんで、帰穴してから気がついた。前が開かないタイプなのである。つまり、小用の度にベルトを外してズボンを開き、ブリーフをずり下げねばならない。

 そのスーパーで、今までそんなタイプを扱っていた記憶はないから、やはり物価高対策で、新たに扱い始めたアイテムなのだろう。
 ありとあらゆる消費財が、いわゆるステルス値上げで目減りしてゆく昨今、量が増えてありがたいとも言える。
 しかし労働現場によっては、トイレで席を外すのさえ、いい顔をされないライン作業などもある。休憩時間までがまんして、大慌てで便器に立ち向かう時など、冗談ぬきでチビりそうになることがある。近頃の狸は、加齢のせいで、ケツのみならずサオ関係の筋肉も、ユルみがちなのである。
 そんなこんなで、飲食のみならず排泄関係のアレコレすら、フトコロ具合と無縁ではいられない狸なのであった。

          ◇          ◇

 先日、江戸川の土手を夜間徘徊していたら、スマホ片手にランニングしている若者を見かけた。
 たまたまランニング中に着信があったわけではないらしい。彼方から駆けてきて狸とすれ違うまで、ずっとスマホを眼前に掲げたままなのである。
 歩きながらスマホの世界に入り浸っている連中は、巷から一向に減らないが、明らかにマジなランニング姿でスマホの世界を延々と走り続ける人間を見たのは、さすがに初めてであった。

 近頃は、スマホ片手に戦争をしている兵士なども珍しくない。作戦行動上のツールである場合も多いようだが、「ごめん母さん、俺、これから死ぬ」とか「みんな見てくれ、今日は敵の首をもいでやった」とか、私用の通話も少なくないようだ。
 そのうち、スマホ片手にショッカーに立ち向かう仮面ライダーや、スマホ片手に蹴り殺される怪人連中なんぞも、出現するに違いない。

          ◇          ◇

 いつ終わるとも知れないカクヨムの怨霊物件、それでも数人の方々は、ついてきて下さっているようだ。ありがたいことである。

 ところで、何年も前にとっくに終わった星空文庫の猫耳物件、なぜか未だにちょこちょこと、覗いてくださる方がいらっしゃるようだ。そのうち忘れ去られるだろうと思っていたのだが、たまに思い出してアクセス数をチェックしてみると、あんがいコンスタントに増えている。
 カクヨムとは違い、星空文庫のアクセス数は自分で本編を突っついても増えてしまうので、こないだ自前のパソコンのテキストを久し振りに引っ張り出して覗いてみたら、これが実に能天気で、ユルユルと気が休まる。
 なるほど、これはいい薬かもしれない。自分にとって薬になるなら、他の方にとっても、ちょっとは薬効があるのだろう。
 現実の世相がここまで陰鬱になる前に、終わらせといて正解であった。


04月10日 月  不思議の国の狸

 この狸穴に営巣してかれこれ20年、きわめて稀な事が起きた。狸が県議選で投票した立候補者が、当選したのである。
 しかも共産党の議員が倍になった。倍、というと景気がいいのだが、実は四年前の前回はたった二議席しかととれず、このままでは消滅してしまうのではないかと危ぶまれていたのである。それが四人になったのだから、正味、倍増なのである。全体の中でのイキオイは、ちょっとこっちに置いといて。

 投票率は、狸穴近辺に限らず、日本中のほとんどで史上最低だったらしい。おおむね35〜36パーセント、実に六割以上の有権者が棄権しているわけである。
 すごいよね。
 これで民主主義国家を標榜しているのだから、正味、日本人は頭がおかしい。

 まあ、頭がおかしい点では狸も人後に落ちない自信があるが、どのみち人間ではないので、特に問題はない気もする。

     


04月01日 土  

 Eテレで録画しておいた『新・にっぽんの芸能』で、木場大輔さんの胡弓と伊藤麻衣子さんの箏による『桜花幻耀』を観賞し、それはそれは贅沢な思いをさせていただいた。
 ネット界隈で同じ演奏の動画がないか探してみたのだが、残念ながら、お二人の共演は、きわめて地味系の動画が多く、『桜花幻耀』のように華やいだお花見気分にはなれない。
 でもまあ、胡弓と箏の合奏には違いないので、こんな動画を貼ってみる。この動画の真っ暗けの背景を満開の桜に、そしてお二人の地味な衣裳をお花見らしいきらびやかな和装に脳内変換してもらえば……無理だよな、やっぱり。

     

 ちなみに狸自身がお花見に繰り出したのは、今年も近所の真間川であった。
 ここだって十二分に綺麗だし、何より電車賃が一円もかからない。

     

 江戸川を遡って柴又あたりまで歩く、という線も考えたのだが、今現在の狸は右足首をちょっとばかり痛めており、御近所で我慢することにした。
 よって、寅さん懐旧は、来年に持ち越すことにする。

     

 今年あたりは、下のような典雅な催しも復活しているだろうから、ぜひ覗きに行きたいところだが……季節は春でも、狸のフトコロには、まだ木枯らしが吹いているのである。

     

 でも大丈夫。
 この歳になると、思い出だけでも生きてゆける。
 てゆーか、遠い過去、たとえ束の間でも、春らしく華やいだ思い出がなかったら、とっくに江戸川で魚の餌になってるよな、狸。