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05月26日 日 AIの真価は大嘘にあり |
Dracula (1931) in 4K Ultra HD
……す、すげえ。
てっきりユニバーサルで商品化した高画質カラライズ作品の一部かと思ったら、どうやら個人あるいはアマチュア集団の仕事で、さすがに全編無料では見られないものの、PATREONあたりで有料配信しているらしい。
おそらくAIを駆使しての仕事だろうが、新しい生成AIサービスのニュースにもれなくオマケでついてくる、フェイク動画や口から出まかせの無責任回答を思えば、こうした元々絵空事の映像をグレードアップさせるのが、最適の利用法に思える。
テキスト情報も、妙な論文や小説を生成してくれるより、自作の文章をきっちり推敲してくれるだけのほうが、よほどありがたい。
でもまあ、テキトーこいてでっちあげた論文をAIにファクトチェックしてもらってより笑える論文に仕上げたり、うむ、この先品は完璧に自分の思い通りに仕上がったと確信できる味もそっけもない小説をAIに補稿してもらって、より芸術的な、なにがなんだかよくわからない豊穣な小説に進化させるほうが、社会を豊かにできるような気もする。
すでに詐欺や謀略分野ではAIが大活躍しているようだが、そうした大嘘も、AIの得意技に違いない。
まあ、そのうち立派に更生して、嘘つきは泥棒の始まりとAIが心得てくれる日がくるのを、期待するばかりである。
……無理かもなあ。
なにせ生成させてる人間側に、アレとかナニが多すぎるもんなあ。
05月19日 日 貧狸のつぶやき |
年金のおかげで、とりあえず狸穴を追い出される心配だけはない老狸が、お国の経済政策に関して愚痴など言っては、ホームレスの方々に申し訳ないのだが――。
現在、ただ生き延びるための出費しか許されない狸には、ここ二年ほどの物価の高騰が、マジに『貧乏人を殺しにかかっている』としか思えない。
死なない程度に最低限の衣食を保つだけで、月々の家計簿には、一昨年に比べて優に二割増しの金額がならぶ。
孤独死必至の老狸は、まだいい。
正直、男なんぞ何万人餓死しても、すでに心の鈍磨した老狸は、さほど痛ましさを覚えない。
昭和の男尊女卑の中で育ってきた狸にとって、男の餓死や孤独死は、単なる自己責任なのである。
しかし、女子供は別だ。
女子供をしっかり守れなければ、令和の今も黴が生えたような男尊女卑を維持するアルツ国家日本の、面目が立たない。
老朽化した賃貸アパートで懸命に子供を育てていらっしゃるシングルマザーの方々などは、大口を叩く男どもが、威張り腐る者の義務として、しっかり養わねばならない。
じゃあ、そう言うお前は何かできているのか、と問われてしまうと、実はこのところ所得税さえ払わせてもらえない最底辺の狸なのであるが、国保料や介保料は僅かな年金からきっちり天引きされているし、もとより消費税は、物価高騰に連動してガンガン増えまくっている。
国家という徴税装置が、それをどう使ってくれるか、それだけが問題なのだ。
狸の場合、いわゆる発展途上国の女児教育支援にも、毎月、雀の涙ほどの日本円を流出させているのだが、これはけして和ロリを軽んじているわけではない。
個狸的に極貧とはいえ、世界的にはまだまだ豊かな国のロリコン野郎として、夢を見ながら死にたいだけである。
◇ ◇
ことほどさように貧しい狸も、たまに仕事にありついた帰りには、コンビニのコーヒーを飲むという贅沢を、自分に許している。
缶コーヒーやインスタントコーヒーとは違い、あの機械から出てくる淹れたてのコーヒーは、別格の贅沢を実感させてくれる。
で、そのコンビニの雑誌コーナーで、先日、ふと『図解 超訳 資本論 〜お金のしくみを知って人生を変えよう〜』などというタイトルのムックが目に入り、薄っぺらい本なので、ざっと立ち読みしてみた。
要は、マルクスの資本論を力いっぱい単純にグラビア化したような、志が高いんだか低いんだかよくわからない本だったのだが、現在の資本主義のヤバさを端的に伝えており、けして悪くない内容であった。
しかし、著者による結論だけは、うなずけなかった。
結局、ビジネス戦略の更新に行きついてしまうのである。
マルクスが共産主義の失敗を予見をできなかったのは時代の限界、みたいな私見まで付記している。
失敗するも何も、かつて、共産主義のほんの入口でしかない革命を実現した国家のほとんどは、革命のみ成功した段階で、それっきり革命主導者個人による独裁体制に移行してしまい、肝心の『プロレタリア独裁』を放棄している。
まあ、それを共産主義の失敗だと言われてしまえばそれまでなのかもしれないが、狸としては、そもそも共産主義体制に移行できていないのだから、共産主義そのものが失敗したわけではないと言いたい。
カストロ兄弟のキューバあたりは、南米らしい国民性のユルさもあって、狸としては、どこまで真の共産国家に近づいていけるか楽しみにしていたのだが、カリスマ性にあふれた弟さんを失って以降は、残念ながら中途半端な国家資本主義に変質してしまった。
個狸的には、仏陀原理主義(狸が勝手にそう名付けただけですけど)こそが、共産主義社会を実現できる道であると信じている。
ぶっちゃけ、豊かな者はすべからく貧者に施し、結果的に全人類が、豊かでも貧しくもないレベルに落ち着く、そんな社会である。
まあ、豊かな国の方々は、「ありえねー」「やなこった」「そんなのただのディストピアじゃん」と一蹴するでしょうけどね。
でも、徹底的な利他主義なくして、平和な世界なんぞあり得んのよ。
……えーと、念のため。
狸が均したいのは全人類の懐具合であって、地域固有の文化や個人的な趣味嗜好は、当然バラバラ上等です。
多様性だって、利他主義の対象ですもんね。
05月12日 日 雑想 |
徘徊の途中、歩道橋の上で足を休めながら、ウスラボケっと外環の車列を眺めていたら、近頃、自動車というものが、やたらと攻撃的に見えてしまう理由に思い当たった。
近頃の新型車の多くが、怒りに目尻を釣り上げて、歯を食いしばりながら走っている。
実際は、ライトを含めたフロントのデザインによって、一見そんな感じに見えてしまうだけなのだが、車をデザインする方々だって、そう見えてしまうことを承知の上で、わざわざそうデザインしているに違いないのである。
昔の乗用車は、ほとんどが、もっと柔和なデザインであった。
かなりゴツめの乗用車、あるいはトンガったスポーツカーでも、ライトあたりの目つきは、たいがい柔和に仕上がっていた。
デザインする側も、当然、そのほうが売れるから、そう作っていたはずである。
しかし今は、目尻を釣り上げて、歯を食いしばっているような顔の車が売れるらしい。
無論、ファミリー向けの軽乗用車などは、今でも人のいい顔をしているのだが、いかんせん、多勢に無勢である。
◇ ◇
ケーブルで録画しておいた、ブラピの『ブレット・トレイン』を観た。
あらゆる意味でハチャメチャな、殺し屋だらけのスラップスティック犯罪コメディーで、腹いっぱいになりすぎて、しまいにゃ吐き戻しそうになった。
それでも楽しくイッキ見できたのは、絶妙に人間的な殺し屋たちと、いい具合にユルんだブラピの演技と、パズルのようにきっちり組まれたシナリオのおかげである。
原作は日本のミステリーらしいから、パズル的な整合性は原作由来なのだろうが、おとぼけモードのブラピの個性がなかったら、途中で吐き戻していたかもしれない。
元ヤクザの剣豪に扮した真田広之さんも、スラップスティック映画と心得た上で、あくまで大真面目に演じているのがいい。
コロナのせいで日本ロケができず、全部あちらのセットやCGで再現(?)した日本が、それはもうハチャメチャで笑えると事前に聞いていたから、それも楽しみにしていた。
なるほど、そんな噂どおり、笑い転げるほど妙ちくりんで、それでも妙に血の通った、ホットなジャパンであった。
しかし、日本に縁のない海外の観客が、こんなジャパンを期待して来日したら、さぞかしがっかりすることだろう。
それにしても、舞台となる新幹線が『ゆかり』ってのは、元祖『ひかり号』のシャレだろうとは思いつつ、プレートが写るたんびに「おいおいおい」と脱力してしまった。
◇ ◇
ところで、狸がカクヨムに連載中の大長編伝奇物件を、ここまでの八十何回ぶん、テキストにして25万字弱、一日で突っついて下さった方がいらっしゃるようだ。
「おいおい、ほんとに読んでくれたのかよ」と、首をひねりつつ――。
――いや、待てよ。
今時のパソコンとネット環境なら、それこそ何十回ぶんでも、瞬時にダウンロード可能なわけである。
大昔、亀のようなパソコンとテレホーダイしかなかった頃、リンクを選んでダウンロードできるソフトを使って、一晩かけて御贔屓の方のページをまるまる保存し、後日、オフラインでゆっくり目を通したりしていた狸自身を鑑みれば、そう不自然な数字ではない。
どうか愛用のテキスト・ビューワーでも使って、読みやすい形で、のんびり目を通していただきたいものである。
05月05日 日 子供の日 |
端午の節句なので、柏餅を食った。
江戸川の菖蒲園で、鯉幟も眺めた。
菖蒲湯には入れなかったが、森の香りの入浴剤で、それなりにハレの気分を味わった。
もう思い残すことは何もない。
でもやっぱり柏餅はうまかったので、ちょっと思い残している気がしないでもない。
来年は、味噌餡の柏餅を探して食いたいと思う。
ところで味噌餡の柏餅、以前は近所のスーパーでも売っていた気がするんだが、今年は見つからなかった。
見つからないと言えば、近頃、スーパーでカレー饅を見かけない。
以前は中華食品コーナーに、たいがい肉饅と餡饅とカレー饅が並んでいたものだが、なんでだか近頃は、カレー饅だけハブられてしまったようだ。
コンビニと違って、薄利多売が必須なスーパーのこと、売り上げ順にアイテムを絞っているのだろうなあ。
そして残ったアイテムも、じわじわと値が上がり、利が薄い商品は店頭から消えてゆく。
店頭に欠かせない定番商品も、ステルス値上げが止む気配はない。
……ああ、いかんいかん。
子供ならぬ老狸ゆえ、子供の日にも、つい愚痴をこぼしてしまう。
せっせと徘徊していれば、甍の波も雲の波も鯉幟も、まだロハでなんとか見られるのだから、それでヨシとしよう。
05月02日 木 ちょっとつぶやく |
夏になったり冬に戻ったりで、また咽頭炎が疼きだす。
狸の肉体は、本当に老いてしまったのだなあ。
まあ、若い頃より悪化しにくいのが救いである。
◇ ◇
しかし青空文庫の猫耳物件だけが、なんでアクセスが増えていくのだろう。
検索ロボットか何かが悪戯しているのかと思ったが、他の作品のアクセスは、まったく増えないのである。
うん。カクヨム版が呼び水になったんだと、肯定的に解釈しとこう。
◇ ◇
『科捜研の女』つながりで、近頃、内藤剛志さんが刑事役を演じる国産ミステリードラマの旧作にハマり、西村京太郎さんや今野敏さんの原作小説も読んでみようかと、図書館で覗いてみたりするのだが――。
あかん。文体と波長が合わず、読み続けられない。おまけに原作の十津川警部や樋口警部、ドラマの内藤剛志さんとは別人だし。
まあ、原作ファンの方は、また別の尺度で見るのでしょうね。
ドラマだって、いや十津川警部なら誰それさんのがいい、とか。