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02月23日 日  金メッキされたウンコたちの世界

 さて、このところ、人間の屑と思われる偉物たちを『便所コオロギ』などと揶揄してきた傲岸不遜な狸であるが、思えばカマドウマだって、大自然の摂理に従って生きる健気な昆虫なのである。狸の好悪で生物を差別してはいけない。
 よって、狸も大いに反省し、今後は『金メッキされたウンコ』と揶揄しようと思ったのだが、思えばウンコだって、立派な肥料になる。メッキの金だって、微量ながら立派な貴金属である。
 となると、たとえばプーチン氏などを揶揄する場合、しかるべき蔑称がない。ただ『人間の屑』と言うのでは、すでに人間以下と断定している狸の真意にそぐわない。

 ことほどさように、ヒトラーに類する、人外に墜ちた偉物たちは、この世のいかなる排泄物よりも始末に困る。
 とはいえ、ヒトラーもプーチン氏もネタニヤフ氏も、その国の民が寄ってたかってひり出してしまったウンコであることは確かである。
 ならば『天を衝くほど巨大な金メッキされたウンコ』――それでどうだろう。
 大量すぎて肥料としては使いきれないし、金が欲しくてメッキを剥がしたら最後、ウンコの最高峰が崩れ落ち、たちまち国中が悪臭を放ち病魔が蔓延する。

 思えばトランプ氏だって、『天を衝くほど巨大な金メッキされたウンコ』になるべく、日々、世界に向かってがなりたてているに相違ない。

          ◇          ◇

 相変わらず、狸は『NHKスペシャル』や『ETV特集』や『BSスペシャル』や『BS世界のドキュメンタリー』を観まくっている。
 近頃では、NHKスペシャルの『臨界世界 -ON THE EDGE-』シリーズが、重量級の力作揃いである。
 本日放送された『臨界世界 -ON THE EDGE- 女性兵士 絶望の戦場』などは、視聴後、小一時間も炬燵から離れられなかった。
 この冬最大の寒波のためではない。
 女児への憧憬に負けず劣らず、戦う女性にも憧憬している狸であればこそ、その現状に何を思うべきなのか、思いを定められなかったのである。

 番組の中、女児を家に残して戦場で活躍するウクライナ女性志願兵と、久々に再会した女児との交歓、そして齟齬が描かれる。
 まだ現実世界を夢が叶う世界と捉えている女児は、母との再会を喜びながらも、一緒にいてくれない母親に苦言を呈する。しかしその母は、娘が平穏に暮らせる社会を再獲得するべく、体を張って侵略国に抵抗しているのである。
 狸にとって二種の憧憬の対象が、宿命的に拮抗しているシーンは、なんともやるせない。

 番組中では、その他にも、女性志願兵の過酷な戦場体験が続く。
 女性兵が血まみれの外傷を、全身に負うシーンもある。
 顔面さえ例外ではない。

 それでもなお、戦う女性は美しい――。
 浅薄な狸には、今のところ、それくらいしか言えない。

 戦場で、次々と仲間の男たちが息絶える通信を聞きながらすすりなく女性兵に、慰めるように寄り添っている猫のシーンもあった。
 昨日の猫の日に大量録画した、平和で愛らしい猫たちとは別状、戦場で生死の間をさまよう猫もいる。
 そんな過酷な環境の猫ですら、優しい下僕を見捨てはしない。

 全ての『天を衝くほど巨大な金メッキされたウンコ』に、狸は断固として告げたい。
 猫と女性を対象から完全に排他できる殺戮兵器をもってしか、絶対に戦争は許されない。
 これは猫に対する生物種差別でも、女性に対する性差別でもない。
 狸は男だけを差別しているのだ。
 無論、牡の狸である自分を含めての差別である。


02月16日 日  冬また来たりなば

 手指のヒビや脛の痛がゆさがようやく治まったと思ったら、また真冬が始まるらしい。
 狸穴近辺は「寒いよう痛いよう痒いよう」で済むからまだいいが、雪国の方々など、愚痴だけでは済まない。狸自身、故郷を離れるまでは、ドカ雪の始末に疲れ果てる冬がけっこうあった。

 狸の生家は、けして豪雪地帯ではなく、大通りなどすぐに除雪の終わる市街地だったのだが、住宅地の細道などは、各家々で雪かきするしかないし、安普請の木造家屋は、ちょっと雪下ろしをサボると扉の開閉ができなくなったりする。

 いっぺんここにも上げた記憶のある、冬の生家前の写真を、ちょっと再掲してみよう。
 この時点では大して雪が積もっていないが、半月前あたり、押し入れの戸が開かなくなって、父と中学生の子狸がいっしょに大雪と格闘した日は、とても写真など撮っているバヤイではなかった。

     

 今もそうした地域に住む、狸と縁ある方々のネット界隈でのつぶやきが、大雪の愚痴の後でしばらく間が空いたりすると、軒下で雪に埋もれてはいまいか、密室化した居間の炬燵から動けなくなって飢えや渇きに耐えているのではないか、などと心配になる。
 その後、精も根も尽き果てたようなつぶやきが聞かれると、その方の御苦労は重々承知しつつ、聞いた狸自身は無責任に安堵するわけである。

 しかし、こう異常気象が続くと、うかつに「春遠からじ」とか、口にできませんね。

          ◇          ◇

 猫村様が、自作の図書館物件の文章について悩んでおられるようだが、前回の更新ぶんを読ませていただいた限りでは、文章の劣化など、狸には少しも感じられない。猫村様らしい思索的な佳作であり、何年か前に読ませていただいた男性主人公バージョンに輪をかけて、続きが待たれる。
 しかし猫村様自身の文学魂を想うと、一介の読者としては、結句、御自身の納得を待つしかない。

 それにつけても――。
 狸がちまちま続けている怨霊物件など、ここまでを自分で読み返してみれば、ト書きに毛が生えた程度の説明文と大量のセリフが、すでに一般書籍なら二冊分、薄いラノベ本なら三冊分、延々と続いているだけだ。
 そんなのが、たぶんここまでの倍量は打ち続けないと、終わりそうにないのである。

 文章の味気なさと更新の遅さは、この年齢になると、脳味噌が萎縮しているので妥協するしかない。
 作中で無闇に増えてゆく少年少女、そして胡乱な大人たちが脳内で動き続ける限り、狸もそこで遊び続けるしかない。
 それでもなんとか数名の方が、まだ読み続けてくれている。ありがたいことである。

 ところで、ずっと気になっていた前回のラスト部分のPVが、ついに100を超えてしまった。
 直前のPVは、たったの6である。
 同じ検索ロボットが、アカウントをごまかしながら突っついているとしたら――お願いですから、他のパートも標的にしてください。
 6と100の大差では、なんか、あんまりじゃないですか。

          ◇          ◇

 星空文庫に隠してある、猫耳物件のオリジナル・バージョンは、先週あたりでPVの増加が止まった。

 星空文庫のPVは、同じ方が全体のどこをちまちま突っついてくれても、全体のPVが1回ごとに増える勘定である。
 しかし、何年も前からほとんど突っつかれなかった星空版のPVが、カクヨム版を始めてからずいぶん増え始め、カクヨム版が終わってからも増え続け、おおむね300PV増えた先週を最後に、パタリと止まったのである。

 お一人の方が300回に渡ってちまちまと突っついてくれたのか、あるいは別々の方が、ちまちまと100回くらいづつ突っついてくれたのか――。
 いずれにせよ、カクヨム版よりは通読して下さった方が多いと思われ、感謝感激雨霰。
 なにせ元祖猫耳物件、みっちり活字の詰まった分厚い本でも、2巻に分けないと収まらないテキスト量なのである。


02月09日 日  温故知故・知新迷心

 御贔屓のホームページ『消えた山形 〜 黄昏の風景』が、また更新された。
 特集『銭湯』に、滝の湯の内部の写真が増えている。

 デジカメなどなかった時代の、あんな古い写真を、どこから探し出してくるのだろう。
 未整理のアナログ写真のストックを、大量にお持ちなのだろうか。
 いずれにせよ、狸が棲息していた時代の故郷を、今にして見せてくれるのは感謝の念にたえない。

 前世紀末からの故郷の変転は、こちらの『山形市の街並み』が継続的に見せてくれる。
 ただ、こちらは狸が過ごした時代の街並みが次々と変貌してゆく記録でもあるので、時に心が痛む。
 とくに、市内の思い出深い建物が、のっぺりした駐車場や全国チェーンの店舗に変わっていたりすると、なかなかコタえる。
 しかし現在そこで暮らすお若い方々には、それもまた発展なわけである。

 さすがに更新は今世紀初頭に止まってしまったが、ここ『山形駅周辺 今・昔・昔昔』も、まさに狸の幼年期からの記録に他ならず、今となっては悶絶級の郷愁を掻き立てられる。
 けして美景でも古雅でもないが、狸は確かに、その地方駅界隈を歩いていたのだ。

          ◇          ◇

 先の日米首脳会談には、御多分に漏れず、胸を撫で下ろした。
 このところ狸穴で表記していた『意志破さん』を、当分は、あえて『石破さん』に戻そうと思う。

 先の敗戦以降、この国は、地政学的に米国のポチとして存続するしかない。
 ただ、ポチに徹するにしても、今回のように粗野な主人に対しては、あまり卑屈に接するとたちまち軽視されて餌を減らされたりするし、下手に逆らって御機嫌を損ねれば、力いっぱい蹴り飛ばされたり、山奥に捨てられたりしかねない。
 あの粗暴で気まぐれな不動産屋の親爺に、うまく飼われ続けるのは、ポチとしてなかなかに難しい。

 石破さんは、存外、クセ馬乗りなのかもしれない。
 現在の多数派野党も、クセ馬ばかりである。
 なにより各党の足並みが乱れすぎだし、明らかなムチャブリに固執する党などは、左側通行の狸から見ても、国政の障害物にしか見えない。
 石破さんには、国内のクセ馬も、なんとか乗りこなしていただきたいものである。


02月02日 日  鬼と福、人と狸

 豆はちっこい袋のまま撒いて、いや、いっぺん三和土に置いて、撒いたつもりで袋ごと拾って食った。
 鰯の頭は、ちっこい塩焼きにくっつけたまま、腹の中に飾った。
 恵方巻きも、処分特価になった3割引の奴を、ちゃんと丸かぶりした。

 もう思い残す事はなにもない。
 しのう工商。

          ◇          ◇

 しかし近頃の世界は、鬼も福もただの人も、なかなか見分けがつかない。

 こないだ火災報知器の点検に来たお兄さんは、一見、吠えて噛みつきそうな顔をしており、思わず玄関払いを食らわせたくなったが、火事で死ぬよりはマシかと全部屋を見せたら、吠えも噛みつきもせず、外と通信しながらちゃんと仕事をして帰った。
 宅配便のおっちゃんもしかり。

 ところが夜の国際報道2025では、ごく平凡なイスラエルの市民が、ハマスと停戦などしないで徹底的にガザ空爆を続けろと口にしたりするかと思えば、別のドキュメンタリー番組では、吠えて噛みつきそうな顔の兵隊さんが戦場で負傷して帰国し、「もうやだ。殺すのも殺されるのもやだ」と、ピクピク痙攣したりしている。

 新聞に目を通せば、防衛省関係の人が「この御時世、敵基地攻撃能力を備えるのは理の当然。巡行ミサイルは滅多に誤爆しないから、敵国の民間人に被害を与える心配はない」「でもミサイルである以上、誤爆の可能性は当然ゼロではない」とか、しれっと言ってのけている。
 どっちやねん。

          ◇          ◇

 どのみち鬼でも福でもない一介の狸としては、ビクビク人目を気にしながら、といって吠えも噛みつきもせず、いざとなったら狸汁になるしかないのである。