奥州たかちゃん伝奇








     
参ノ巻   〜 夜厠異妖編 〜



 などと引っ張るだけ引っ張っておいて、次に大した事が起こらないのが、俺の悪い癖である。そーゆー手法は二・三回までは通用しても、そのうち飽きられるのが目に見えている。しかしそれでもやってしまうのは、やはり『物語』の原体験が紙芝居であり、漫画の単行本という奴は高くて月に一冊くらいしか買ってもらえず、頼りにしていた貸本屋と言う業態が小学校低学年時代に滅びてしまい、結局週刊誌や月刊誌の回し読みパターンばかりで育った世代だからなのだろう。まあ小説本は親父の本棚などに幾らか揃っていたのだが、それらを貪り読み始めたのは、あくまでも物心が付いてしまってからだ。ちなみに近頃またレンタル・ブックとやらが増えているようだが、もう好きな漫画くらいはいつでも買えるし、買えないような高価な物は、マニアック過ぎてレンタル屋では置いてくれない。
 そう言えば、そうした週刊月刊の漫画雑誌にも、昔は連載小説など活字中心の話が結構載っており、それも引っ張りパターンは似たような物だった。もっとも、読み切りやコラム的ショートの場合は、無論ツカミのほうがポイントであり、これにもあからさまなパターンがあった。端的に言えば、かの有名な『一行目「あっ! あれはなんだ!」方式』である。その「あれ」は、数行後におもむろに登場する珍奇な未確認生物であったりもするが、ポチやらタマやらミミズやらオケラやら、どーでもいいような素材である場合も多い。それでもそこまですでに数行読んでしまっており、せいぜいページの半分くらいしかないショートなら、なんとなく最後まで読んでしまうものなのである。
 閑話休題。
 で、ミイラが三人前冷蔵庫に詰まっていた訳だが、たかちゃんとご挨拶を済ませたっきり動き出すでも襲い掛かかるでもなく、子孫代表の老人が「どうも燻《いぶ》しが甘くて、冷蔵しないと黴びてしまうもので」などとぶつくさ言いながら扉を閉めてしまい、「ばいばい」と名残を惜しむたかちゃんに「……ばいばい」「……ばいばい」「……またね」などと手を振りながら、おとなしく保冷状態に戻ってしまうのであった。このあたりのミイラは、風土的な問題から自然乾燥ではなく、スモーク・サーモンやベーコン同様、燻製なのである。
 なんだそれだけかよ、そんなツッコミは恐くない。その証拠に、もうここまで話に付いてきてくれた方がいる。ここまで辛抱強く、素直で騙されやすい方なら、きっと続きも騙されてくれるだろう。
 恵子さんは不意打ちから復活して、
「だいじょうぶよ、邪悪な波動は感じません」
 などとゆうこちゃんを励ましているが、高級背後霊と言う奴は、冷蔵庫を開ける前になんらかの警告を出してくれないのだろうか。邪悪であろうがなかろうが、腰を抜かすのを防ぐくらいの御利益は、あっても良さそうなものである。
 それからあれやこれやを経て、ようやく空いていた続き座敷を見つけ、そこに落ち着いた俺たちは、旅装を解いてだらだらと山歩きの疲れを癒した。
 まあそれでなくとも元気の余っているたかちゃんたちがいっしょにいる以上、ずっとだらだらできるはずもない。まだ腰の定まらない恵子さんを部屋に残し、まっぷたつに引きちぎるべき大蛇を求めて天井裏を這い回るくにこちゃんにつき合ったり、鬼太郎級の古墓場を「からんころん、出てこーい」と行軍するたかちゃん探検隊につき合ったり、汗で体が不潔な状態に長時間耐えられないゆうこちゃんのために風呂を沸かしたり、その風呂場は勝手口の横の土間の石敷の上で囲いも何もない解放された空間だから、三人娘ときゃあきゃあやっている恵子さんをなんとか覗けないかと俺がまた天井裏に上ったり、まあしこたま充実した一日をすごしたのである。
 そんなこんなで、かなり中年の心身に鞭打ってしまった俺は、今夜は恵子さんといっしょに寝ると言う三人娘の希望をありがたく受け入れ、襖を隔てた座敷にひとり手足を伸ばした。正しいろりおたがそんな軟弱な事ではいけないのだが、三人の健康な幼児と一日つき合うのは、どんなぺど野郎にもなかなか骨の折れる苦行なのである。
 さて、その深夜――。


     ★     ★


 はい、タッチ。……ギャラはちゃんと語数で配分だかんな。
 はーい、みなさん、こんばんわー。呼ばれ○飛び出○じゃじゃじゃじゃーん、いえ、それでは大先輩・大平透さんになってしまいますね。せんせいはとっても可憐で小柄な、ぶよんとしてしまりのないいきもの好みの乙女ですので、♪ しゅーわー しゅーびでゅわー あ・○・び・む・○・め・は、すってっきっなこー ♪ そんなかんじですね。なお、JASRACさんから物言いが付きましたら、せんせい、きれいさっぱりバックレますので、あとはよろしくお願いいたしますね。
 さて、みなさんは、田舎のほんとうに古いおうちで、暮らしたことがおありでしょうか。サッシ、などという無粋なものがビンボな日本に誕生する以前の、旧態依然とした、古屋敷ですね。はい、そこのよいこのかた、夏休みにおばーちゃんのおうちで? はいはい、昆虫採集に、山遊び川遊び。でも、そのお家には、もうきちんとお水洗のおトイレが、ちゃあんとおうちの中にあったのではありませんか? そうですね。今の日本では山奥の山小屋でさえ、焼却式おトイレなどという衛生的なものが、風情もなくはびこっております。しかしほんとうの牧歌というものは、野を歩けば漂う肥溜めの匂い、大量の蠅と大量の蛆、そんなものが共存して初めて、風情というものを形成しているのですよ。
 はい、お話がむずかしくなって、辛気くさくなって、ただでさえ少ない聴取率が、さらに下がってしまうといけません。ころっと、たかちゃんたちのお部屋に、お話をもどしましょうね。


「うー」
 まよなかの暗あいおへやのおふとんのなかで、たかちゃんは、なんだかあやしげにうごめいています。
「むー」
 もじもじと両あしをこすりあわせたりします。
「あっはん」
 せつなそうに、かわゆくうめいたりもします。
 ……どなたですか? そこでなにやら期待に目をかがやかせたりしている、ぶよんとしてしまりのないよいこのかたは。お話の人は確かにうすぎたないろりやろうかもしれませんが、なんぼなんでも公共の電波でそんな描写を始めるほど、脳味噌が腐りきってはおりませんよ。まあ今年の夏も猛暑の予報が出ておりますから、いずれ腐りきる前に、焼き殺したり眉間に鉄砲玉をぶちこんだりしたほうが、無難かもしれませんけどね。
 はい、これはもうだれが見てもあきらかですね。たかちゃんは、ひっしにおしっこをがまんしている状態です。
 寝る前にこっそり台所にしのびこんで、大型冷蔵庫のみいらさんたちと「おやすみー!」「……おや」「……やす」「……すみー」などという会話をかわしたのち、となりの普通冷蔵庫から大好きなぴーちのふぁんたのぺっとぼとるをひっぱりだして、よくぼうのおもむくがまま、しこたま盗み飲みしてしまったのが、夜なかに効いてきてしまったのですね。
 でも、みいらさんたちとなかよしになるほど、ごうたんでいちぶすっこぬけたたかちゃんが、なんで夜中のお便所ごときに怯えているのか――それには、やむにやまれぬ事情があったのです。


 それは、お昼に裏のお寺のお墓をたんけんしたときのことでした。
 天井裏でついに大蛇をはっけんできず、墓場ならなにかシメられるのではないか、そんなふうに虎視眈々のくにこちゃんや、からすのはばたきにもびくりとおもらししてしまいそうなゆうこちゃんや、ちょっとこの歳でこの連チャン行軍はきついわなあ、そんなかばうまさんをひきつれて、たかちゃんはとってもハイに行軍していました。
「♪ まーもるっもっ せーめるっもっ くーろがねーのー ♪」
 もはや、ひいおじいちゃんの代まで、いでんしきおくがよみがえっているようです。
「♪ からーん ころーん からんっ ころんっ ころんっ ♪」
 これもまた、おなじきたろうでも、パパの代のいでんしきおくですね。
 そんな上機嫌のたかちゃんでしたが――
 ――ぬぼ。
 いきなり墓場がななめにたおれて、ずさ、などと横頭が地面にくっつきます。
「あいた」
 かたあしが、まるまる地面にもぐりこんでしまったのですね。
「あう」
 したからみあげると、てんでにならんでいる古いお墓の石や卒塔婆は、けっこうムーディーに、ホラーごころをくすぐります。
「あうあう」
 なんだか地めんのしたから、あしをひっぱられているような気もします。
「あうあうあう、おまた、さける」
 ほかのさんにんが、あわててたかちゃんをひっぱり上げます。
「あちゃー、踏み抜いちゃったね」
 かばうまさんが頭を掻きながら、地面の穴を見下ろします。
「だから、土饅頭には気をつけてって、言っただろ?」
「……どまんじゅう」
 なかよしさんにんぐみも、しげしげと地面の穴をのぞきこみます。なんだか穴のあくまえは、こんもり盛り上がっていたみたいです。
「これ、どまんじゅう?」
 たしかにお墓にはいるまえ、かばうまさんから聞いてはいたのですが、まだきちんとした霊園しか見たことのないたかちゃんは、てっきり土でできたおまんじゅうがお墓におそなえしてあるのかな、などと思ってしまっていたのですね。
「ごめんごめん。ちゃんと教えてあげればよかったね」
 かばうまさんが、なにをいまさらの講釈を述べます。
「貧乏でお墓の作れない人が、お棺のまんま埋まってるんだよ」
「まんま?」
「うん。たぶん、そのまんま骸骨になってる」
「……がいこつさん?」
「そう、骸骨さん」
 こりはたいへん。がいこつさんのおうちのお屋根を、ふみぬいてしまったのですね。
 かばうまさんはウケを狙って、にまあ、などとじゃあくなほほえみをうかべます。
「夜中に、怒って出てくるかも」
「よーし、やっぱり、よなかがしょうぶだな」
 くにこちゃんだけは嬉しそうですが、ゆうこちゃんはもうかばうまさんの背中にひっついてぶるぶるですし、たかちゃんもちょっとだけ、夜なかのがいこつさんちょっとやだなあ、などとびくびくです。
 冷ぞう庫のみいらさんたちは、しわしわでもビーフ・ジャーキーみたいなおにくがあるので、「おう、これはいろぐろのおじいさんのパパのそのまたおじいちゃん」、そんなふうにきちんとごあいさつできたのですが、がいこつはちょっと夜の理科室っぽくて、とってもがっこうの怪談です。
「ははは、大丈夫。きちんとお参りすれば、怒ったりしないよ」
 ――なまんだぶ、どまんじゅうさん。なまんだぶ、がいこつさん。
 ――いいか、よなかにまってるぞ。せいせいどうどう、しょうぶだ。
 ――ぷるぷるぷるぷる。
 とまあ三者三様に、しっかりおまいりしてきたのですが――。


 やっぱりこれはもうげんかいかもしんない、たかちゃんはそう覚悟して、おふとんからごそごそと這い出します。
 それでも、おひるになんべんかおトイレしたときの、お外のトイレやその窓から見える古ぼけたお寺とお墓、そんなのを思い出してしまうと、おひるはよくても、夜なかはちょっとアレです。
「……しゅわっち!」
 いみもなく、うるとらまんにへんしんしたりしてみます。でも、もちろんそれは気合いだけのへんしんなので、とびあがってもまたどすんと畳にちゃくちするだけです。
 人脈や獣脈やなんだかよくわからない脈に恵まれているたかちゃんですから、おもいきってうみぼうずさんやバニラダヌキさんに救いを求めてもいいのでしょうが、ぴかぴかのいちねんせいにもなって、夜なかのおトイレごときで他者にいぞんしていては、幼女としてのこけんにかかわる、そんな気がしてしまうのですね。ですから、「ああ、いけないわ。まきつかないで、いやいや」などといみふめいの寝言をつぶやいている、恵子さんを起こすのもはばかられます。
 こんなときは、なかよしさんの使いどき。なかよしさんはなかよしさんだから、いくら使ってもOK――たかちゃんはそんなはんだんを下します。なかよし三にんぐみお揃いの、らすかるのぱじゃまを着たりしているので、これはもういっしんどうたいです。
「……おーい」
 たかちゃんは、ごうかいに大の字になって寝ているくにこちゃんの、ほっぺたをつっついてみます。
「つんつん」
「ぐーぐー」
 起きる気配もありません。
 こんどは、おなかをつっついてみます。
「うりうり」
「すーすー」
 びどうだに、しません。
 はがねのように強じんなくにこちゃんですので、これくらいでは感じないのかもしれません。
「とう!」
 ずど、と、鳩尾に正拳をキメたりしてみますが、やっぱりくにこちゃんは、ぽりぽりとおなかぽんぽんを掻いたりするだけです。ある種の恐竜さんのように、いたみをかんじるまで、しばらく時間がかかるのかもしれません。
 しかたがないので、たかちゃんはくにこちゃんをくるりとひっくりかえし、ようちえん以来半生におよぶながいつきあいの間に把握した、かずすくないじゃくてんを責めることにします。
 ――おそろしいことにならねばいいが。
 ちょっとしゅんじゅんするたかちゃんでしたが、しだいにたかまってくる下はんしん決壊のよかんに、ついにけつだんをくだします。
「……かんちょー!」
 ずむ。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
 突然の弱点攻撃に錯乱したくにこちゃんは、たかちゃんをはねとばし、なぜだかとなりで寝ていたゆうこちゃんを抱え上げ、サイドバスターをキメたりしてしまいます。
「せいっ!」
 ゆうこちゃんはなかば眠ったまま、生命のきけんをさっちしたのでしょう、くるりと体勢を変え、はんげきに転じます。
「……うおうりゃあ」
 いいとこのおじょうちゃんからはそうぞうもできない、なさけようしゃない腕ひしぎ逆十字固めです。
 くにこちゃんがうめきます。
「ぐええええ」
 なぜおしとやかなゆうこちゃんに、このような試合展開がかのうなのか――きっと、いいとこというのは、えてして過去に『名家』に成り上がるまでの間に、歴史の暗部で長い過酷な闘争を繰り返したりしてきているので、きっとその遺伝子きおくが、むいしきのうちによみがえっているのかもしれませんね。
「……おりゃ、おりゃ」
「ぎ、ぎぶ、ぎぶ」
 ああ、ほんのうのままにくりひろげられる、なんというかこくなせいぞんきょうそう――たかちゃんは自分がしょあくのこんげんであることを棚に上げて、あわててふたりを引き離します。
「ねえねえ、おしっこいこう」
 我に返ってむにゃむにゃ言っているくにこちゃんの腕を、今後の面子なども考えて、すかさず勝者として高く上げてあげる、そんなきくばりも忘れない、かしこいたかちゃんでした。
 やっぱりわれにかえってむにゃむにゃ言っているゆうこちゃんにとっても、古い血の記憶などは封じてしまったほうが、これからの長い人生、きっと幸せにちがいありませんものね。


「なんだか、うでがおかしいぞ」
 暗い廊下を勝手口に向かいながら、くにこちゃんはぐりぐりと肩をまわしています。
「ねているあいだに、がいこつ、でたか」
 たかちゃんはふるふるとくびを振り、ばっくれます。
 せなかにしがみついているゆうこちゃんも、いつものびくびくお嬢様にもどっています。
 暗い廊下のむこう、勝手口の横の台所から、なにやら明かりが漏れていて、ごそごそ、がちゃ、などという音も聞こえてきます。
 あーん、とせなかで泣きそうなゆうこちゃんを、たかちゃんは自信をもってなでなでしてあげます。お台所は、みいらさんたちのなわばりなので、あんましこわくありません。
 あんのじょう、台所ではさんにんのミイラさんたちが、じぶんたちの冷蔵庫からぬけだして、となりの冷蔵庫をあけてぬすみぐいをしていました。
「ぎく」
「ぎく」
「ぎく」
「こんばんわー」
「……こん」
「……ばん」
「……わー」
 さて、もんだいは、お外のトイレに続いている暗あい小道と、窓の外お墓つきトイレのなかです。
 たかちゃんとゆうこちゃんをせなかにしょったくにこちゃんは、暗あい裏庭の石畳をたどりながら、こきこきと指をほぐします。
「でてこい、がいこつ」
 ふるふるふる。
「――でたな!」
 びく。
「わはははは、うそだ」
「あ」
「どした?」
「……なんでもない」
 いまにもちびってしまいそうなのを、ひっしにこらえつづけるたかちゃんでした。
 せなかのふたりが、べつべつの意味でぷるぷるふるえているので、
「よーし、けいきづけだ」
 くにこちゃんが、元気におうたをうたいはじめます。
「♪ ぼーくらはみんなー 死ーんでいるー 死んーでいるから腐るんだー ♪」
 あんましけいきづけにならないような気もします。
「♪ ぼーくらはみんなー 死ーんでいるー 死んーでいるから臭いんだー ♪」
「……なんの、おうた?」
 ゆうこちゃんが、おずおずとたずねます。たかちゃんは、それどころではありません。
「おう、おやじにおそわった、しかばねのうただ」
 くにこちゃんのお父さんは、いったいどんな下駄屋さんなのでしょう。
「♪ てーのひらをー たいよーにー すかしてみーれーばー かーたまーっちゃっーてるー くろいちーしーおー ♪」
 まあ、めろでぃーだけは、ちょっとアッパーかもしれません。
「♪ みみずだーって おけらだーってー あめんぼだーってー みんなみんなー しんでいくんだ ともびきなーんーだー ♪」
 ある意味、たしかに、もうなんにもこわくなくなるお歌ですね。
 みいらさんだってがいこつさんだって、もとはみーんな、たかちゃんたちやみなさんとおんなし、にんげんです。お話のひとのようにぶよんとしてしまりのないひとでも、イチローさんのようにしまったおしりのひとでも、おおむね似たようなみいらやがいこつになります。この世にごく少数そんざいするといわれるかわいいよいこのひとでも、みなさんのようにひねこびてかわいくないよいこのひとでも、やっぱりおんなじような、小さめのみいらさんやがいこつさんになります。しょうじゃひつめつえしゃじょうり、とんしょうぼだい、なむあみだぶつなむあみだぶつ。ちーん。


 さて、その頃――。
 お墓のはしっこ、お屋敷の裏庭に続く藪のなかで、数人のしかばねさんが、うんこ座りでなにやらだべっていました。
「かたかたかた」
「かた」
「かたかた」
 ところどころひからびたお肉が残っていたりもしますが、埋められてからもう何年もたっているので、ほとんどお骨です。ですから、お口も髑髏状態です。みんなおんなしようなお声で、かたかた言っています。
「かたか?」
「かたかたか、かたた」
 はい、かたかた語ばかりでお困りのよいこのために、せんせい、虹色の声を駆使して、ほんやくしてさしあげましょう。らすかるからごくうからうらしまひなまでなんでもこいの野沢雅子大先輩、さらにはのびたのおかあさんからのびたほんにんからマージョからおユキまで世代性別性格問わずの小原乃梨子大先輩、そんな真の実力派の方々が、せんせいの神様です。何をやってもかわゆい声だけの年齢不詳アイドル声優オバハンなど、わたくしの敵ではありません。近頃カツオまでこなしてしまう脱アイドル組の富永みーなさんなどが、まず最初の目標です。でも、ギャラはきっちり人数分いただきますので、みなさん、またお財布を用意しておいてくださいね。
「あーあー、かったりーなー。まったくよー」
 うんこ座りしているしかばねさんたちは、コンビニからかっぱらってきたビールをらっぱのみしたり、自販機ぶっ壊して持ち出した煙草を吹かしたり、いろいろチンケな非行に走ったりしています。
「おめーがあんなとこちんたら埋まってるからよー」
「あんなガキ祟ったって、面白くもなんともねーよ」
「しょーがねーだろーよ。親が手ーぬきやがったんだからよ」
「ま、きまりだかんな。ちょっくら祟って、里でも流すべ」
「ケツがよう、こう、どーんと、そーゆーの、祟りてーよな」
「パイオツもなあ、こう、どーんと」
「あー、いい女、祟りてー」
 悪ぶっているわりには、根はそれほど腐っていない、田舎の素朴な思春期の、しかばねさんたちのようです。
「お、きたきた。いっちょ、軽くやってやんべ」
 ぐだぐだと無気力に立ち上がる非行しかばねさんたちの行く手に、なにか白くてかわいいのが、ひらひらと立ちふさがり――もとい、ひらひらと宙に飛び出します。
「いけないわっ!」
 むかし学級委員さんをつとめていた、可憐なべんじょおばけさんです。
 もともと肘から先だけのべんじょおばけさんですので、お口もなく、もっぱら手話でお話ししているのですが、せんせい、しょーらいのツブシを考えて、きっちり手話アナの課外授業も受けておりますので、しんぱいはいりませんよ。
「いつまでそんなだらしのない死に方をしているの! もっと真面目に死ななくちゃ!」
 けなげなこころのさけびです。
 でも、ちゅーとはんぱにぐれてしまっているしかばねさんたちに、そんな乙女のまごころは通じません。
 またやなのが来やがった――そんなかんじです。
「うぜーよ」
 べんじょおばけさんは、ぽい、と、藪に放り込まれてしまいます。
「あう」
 藪にひっかかって、なお「いけないわいけないわ」と訴え続けるべんじょおばけさんを残し、しかばねさんたちは、きみょうな歌声のほうにむかっていきます。
 たったひとり、なにかワケありげにべんじょおばけさんを振り返り、しばし歩を止めるちょっと正しい青春っぽいしかばねさんもいたのですが、やっぱり、けっきょく仲間の後を追います。代々のヘッドが伝えてきたきまり――『かんおけをふみぬかれたら祟るのが仁義』なので、どまんじゅう仲間としては、仕方がなかったのですね。


 ざわざわとちかづくあやしのむれ――。
「きたな、がいこつ!」
 くにこちゃんの、おたけび――いえ、めたけび――もとい、幼女たけびが響きます。
 たかちゃんは、もうそれどころではありません。もはやがいこつよりおはかより、にょうどうのとばぐちまで満タンになっている、元ぴーちのふぁんたのほうがもんだいです。
「……たっち!」
 ぺん、とその場をくにこちゃんにあずけ、ととととととおトイレに走ります。ゆうこちゃんもあわててその後を追います。
「おうよ」
 くにこちゃんは、しかばねのむれに、びしっとみがまえます。
「まちかねたあ!」
 もんどうむようで、宙に舞います。
 裏庭の木々の枝を猿《ましら》のごとく飛び交いながら、
「とりゃ、とりゃ、とりゃ」
 たちまちのうちに、しかばねさんたちを蹴りバラします。
 ばし、がしゃん。
 どげ、からころ。
 もはやどっちがばけものかわかりません。
 しかし、やっぱり、たぜいにぶぜい――なにしろもとが白骨化したしかばねなので、なんどバラしても、しつこくまた組み上がって、襲ってきてしまうのですね。
「はあ、はあ、はあ」
 さすがに息の切れたくにこちゃんに、じりじりとしかばねさんたちが迫ります。
 あやうし、くにこちゃん。
 でも、くにこちゃんには、きょうじんな脚力よりも、さらに秘めたちからがあるのです。
「りん! ぴょう! とう! じゃ! かい! じん! れつ! ざい! ぜん!」
 目にも止まらぬ九字の印。
「なぅまくさまんだばざらだんかん、ふどうみょうおう!」
 そうです。くにこちゃんはこんごのじんせいのたたかいにそなえ、家代々の曹洞宗のみならず、きっちり真言宗も修めていたのです。
 おそるべし、不動真言! 
 たちまちお山に響き渡る雷鳴。
 走る稲妻。
 そして――ずん! 
 神々しい光を背に出現する、ごじらではなくサンダやガイラすけーるの、てきどに巨大な不動明王様。
 くにこちゃんが、たのもしげに不動様を見上げ、ごあいさつします。
「おっす」
 不動明王様は、またお前かよ、そんないまいちのお顔で挨拶を返します。
「よ」
「あいつら、シメてやってくれ」
 不動明王様は、まあこの前のゴキブリ駆除よりはちょっとましだわなあ、そんな感じで、足元のしかばねさんたちを、つまさきでくしゃくしゃとかきまわします。
「ま、おまいらも、いつまでもハンパやってねーで、そろそろ成仏しろや」
 ちょっと悪擦れした不動明王様のようです。
 あっというまに平らに均されてしまったしかばねさんたちから、なにやら半透明のしまりのないちゅーぼーやら、とっちゃんぼーややらが、ダラダラと立ち上がります。
「ま、そやね」
「若い内だけよ」
「そろそろオトナになんねーとな」
「しかしまー、なさけねーよなあ」
「こんなガキに負けてどーすんのよ」
 まだ減らず口を叩く、おうじょうぎわのわるいとっちゃんぼうやに、
「てい!」
 くにこちゃんが必殺くびがためをキメます。
「ぐええええ」
 やっぱりすなおに成仏したほうが、なにかと気楽なしかばねさんたちでした。


 そうして今回もぶじに戦いを終えたくにこちゃんが、ハンパたちを引き連れてお山の彼方に去って行く不動明王さんと、「じゃあ、またな」「かんべんしろよ」「なんでだよ」「もっとシメがいのある奴じゃねーと」「おう、こんど、みつくろっとく」そんなまごころのこもったごあいさつをかわしているとき、庭の隅のおべんじょの中では、たかちゃんがとくになんにも考えないで、ただシアワセにつぶやいていました。
「あー、いきかえる。……ぷるぷる」
 じつはおなじ個室のなかで、ゆうこちゃんもおどおどとじゅんばんを待っていたのですが、ちっちゃい女の子どうしなので、べつにもんだいはありませんよね。
 たかちゃんに続いてゆうこちゃんも、おねしょよぼうのため、しゃがみこみます。
 とんとん、というノックの音に、
「びくっ」
 思わずもくひょうをはずしてしまいそうになったりしますが、
「おーい、かたづけたぞー」
 たのもしいくにこちゃんの勝利宣言が聞こえました。
 ようじをすませたたかちゃんとゆうこちゃんが、おそるおそるお外をのぞくと、ほこらしげにぶいさいんを立てているくにこちゃんのうしろに、なにかお骨らしいものがたくさんちらばっています。ぺしゃんこになった頭がいこつさんみたいなのも、はずれた自分のお顎の骨を、うらめしげにながめているようです。
「……あれ、がいこつさん?」
「おう。もうふんでもけってもへいきだぞ」
 生涯くにこちゃんだけはてきにまわすまい――そうこころにちかう、たかちゃんとゆうこちゃんでした。
「いやー、なかなか。じゃあ、おれもしょんべんしとくか」
 入れ替わりでぎしぎしと木製の後架をまたいだくにこちゃんは、窓の外の墓場やお寺をながめて、あすはもっと強いおばけを探しに行こう、そうけっしんしながら、しゃがみこみました。
 さてそのとき、おトイレの外では、とくになんにも起こっていませんでした。たかちゃんが、はんかけの頭がいこつさんをなんだか気のどくに思って、かちゃかちゃと組み直してあげているうちに初期のもくてきを忘れてしまい、「おーばーけー」などと頭がいこつさんのお口をかたかた言わせながら、ゆうこちゃんを追い回したりしていただけです。
 でも、ひとしれぬ後架の下では――あのべんじょおばけさんが、どきどきしながら、くにこちゃんのなんだかとってもアブナい、もうひとりのお話のひとに描写をお任せしたらクレーム殺到確実の、かわゆいおしりなどを見上げていたのです。
 いえいえ、けっして悪意があったわけではありませんよ、ねんのため。むしろ、なんどいっても非行をやめてくれなかったしかばねさんたちを立派にたちなおらせてくれた、かんしゃのきもちでいっぱいだったのです。でも、根がべんじょおばけさんですので、かんしゃのきもちをつたえる手段は、きわめて限られてしまうのですね。
 かんしゃのこころをこめて、やさあしく。
 ぺた。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 ああ、なんというひげきでしょう。
 異なる民俗や宗教・習慣の間では、良かれと思ってしたことが、好結果につながるとは限りません。太平洋戦争中、飢えた米軍捕虜さんに牛蒡《ごぼう》を食べさせてあげて、終戦後、むりやり木の根を食べさせたと、戦犯扱いされてしまった日本兵さんなどもおります。また現在でも、空腹の回教徒さんに黙って豚さんのお肉を食べさせてあげたら、悪魔の使いと誹られても、場合によっては殺されても死なれても仕方ありません。
 そうです。べんじょおばけさんのまごころは、くにこちゃんの数少ないじゃくてんを、ちょくげきしてしまったのです。
 ああ、そして起こってしまった、悲しい破局――せんせい、ひととして、とても口にしたくはありません。ひとでなくとも、口にしたくありません。でも、せんせい、ひとであるまえに、いいえ、ひとでなくともそれ以前に、台本を読まないとギャラがもらえません。ですから、もう、この花の乙女の胸の痛みを振り切って、あえて続きを読ませていただきます。
 はい。『――どっぷん。』
 そんなただならぬくにこちゃんのお声や、さらにきみょうなえきたいの音を聞きつけて、たかちゃんたちがかけこんできます。
「……いないよう」
 ゆうこちゃんが半泣きでつぶやきます。
「……がいこつの、ふくしゅう?」
 たかちゃんもぼうぜんとつぶやきます。
「……ここだ」
 そんなふきつなお声が、地の底から響いてきます。
 まさか、そんなベタなお子様ギャグが、いくら作者の創作意欲が枯渇しているとはいえ――おそるおそる後架の下を覗きこむと、
「たすけろ」
 お腰から下をなんかに沈めたくにこちゃんが、むひょうじょうに裸電球の光を見上げています。
 あわてて手をさしのべるたかちゃんとくにこちゃん、そしてふたりのゆうじょうにかんしゃしながら、手を伸ばすくにこちゃん。
 しかし――ああ、ああ、なんという悲しい運命のいたずら。
 くにこちゃんの両手は、すでになんかに浸かってしまっていたのです。
 本能的に手を引っこめてしまう、たかちゃんとゆうこちゃん。
 むなしく空をきる、くにこちゃんのお手々。
 そして、また、『どっぷん。』
 さらに、せんせい、もうほんとにこの場をのがれて、あのぶよんとしてしまりのない、でも懐の温かなお方の胸に飛びこみ、すべてを忘れてしまいたいほどなのですが、ここは心を鬼にして、明日食べる日銭のために、真実をお伝えしなければなりません。
 はい。『――ごぼごぼ。』


 ちんもくがあたりをしはいします。
 あまりのことに、たかちゃんもゆうこちゃんも、ただ凍りついたように腰をぬかしています。
 そして、後架の縁に現れる、黄金の指。
 ゆっくりと這い上がってくる、黄金の人。
 やがてその人影は、ぼそりと口を開きます。
「……おまいら、みすてたな」
 ゆうこちゃんは、あわあわとあわてて手をさしのべようとしましたが、やっぱりその黄金色に濡れそぼったくにこちゃんの肩に、手を置くけっしんはつきません。
 たかちゃんはとってもしょうじきなお子さんなので、すなおに一歩さがって、「……えんがちょ」などとつぶやいています。
 しかしくにこちゃんは、怒るけはいもなく、蕭然とつぶやきます。
「……ゆるす」
 すでにこの世界の総てを悟り、ルサンチマンの呪縛から解き放たれ、幼児であって幼児ではない、女であって女ではない、生存することの不快や苦悩を来世の解決に委ねる旧来の『人』という存在を越えた、もはやニーチェの言う『超人』――どのような人生であっても無限に繰り返し繰り返し生き抜く、そんなきょうちにたっしていたのでしょうか。
「おれはもう、このよにただひとり。てんてんするもの、すべては、くう。てんじょうてんげ、ゆいがどくそん」
 ああ、くみとりべんじょでおぼれかけるということは、それほどまでに根源的な、弁証法的止揚に直結するたいけんなのでしょうか。
 ごめんねごめんねと泣きそうなゆうこちゃん、すなおに鼻をつまんでえんがちょえんがちょとつぶやくたかちゃん――くにこちゃんは、そんなふたりを半眼でみつめ、黄金仏状態で、なお蕭然とほほえみます。
「すべて、ゆるす。でも――」
 なんだかおめめの奥に、ちらちらと瞋恚の炎が点ったようです。
「――いっしょう、きにしろ」
 やっぱり、ルサンチマンのほうが強かったみたいですね。


     ★     ★


 なんだか裏庭のほうから大騒ぎが聞こえ、俺は目を覚ましてしまった。枕元のトラベル・ウォッチを見ると、草木も眠る丑三つ時だ。
 お嬢様たちがいないわいないわと、あわてて飛び込んできた恵子さんといっしょに、俺は裏口から外に出た。
 妙にごつごつと歩きにくい裏庭を進んで行くと、恵子さんが何かにつまずいたらしく地べたにコンバンワして、それから「うひゃあ」と一尺ばかり飛び上がった。
 しゃれこうべを抱えている。
 目の前に抱えたまんま、いつまでも「ひえ、ひえ」などとかわゆい悲鳴を上げ続けているので、俺はそのしゃれこうべを引ったくろうとしたのだが、恵子さんはなぜだか離してくれない。しゃれこうべに指を食い込ませたまんま、「ひん、ひん」などと涙をこぼしている。パニックに見舞われた人間というものは、つくづく面白い。
 なるべく優しく、その案外細くて綺麗でネイル・アートなどという審美的にも怪しげな悪弊に毒されていない指を一本一本外してやり、しゃれこうべを藪に投げ捨ててやると、恵子さんはにっこり頬笑んでから、そのまま仰向けに失神した。
 その時、俺は生まれて初めて、人の背後霊というものを見た。いや一瞬だけ、それらしい物を見たような気がした。失神する恵子さんの体の下で、巫女装束を着けた半透明の何者かが、いっしょになって失神していたのである。
 俺はやっぱり背後霊などという代物はいてもいなくても大して変わらんなあと思いながら、恵子さんをしょって、声のする離れ便所に向かった。しゃれこうべなど怖がっていては、自分の脳味噌を後生大事に守ってくれている自分のしゃれこうべに対して申し訳ない。
「……何やってんだ」
 離れ便所の中で展開していた光景には、肥溜めだらけの田舎で育った俺も、さすがに絶句した。
 しかし、こちらを向いたくにこちゃんの黄金色の顔から覗く、なにかせつなくすがりつくような視線には、正直、胸がきゅううううんと締めつけられた。キャリア・ウーマンなど強い女がある瞬間見せる、総ての威嚇を脱ぎ捨てたような儚げな瞳には、千金の値がある。それは意地っ張りのろりでも同じだ。
 俺はくにこちゃんを裏口の風呂に連れて行き、残り湯でざぶざぶ洗ってやった。かねがね一度はやってみたいやってみたいと思っていた、着衣のろりを一枚一枚剥く、そんな普通なら逮捕されてしまうような行為を、おおっぴらにやるまたとない機会だ。綺麗なおべべを剥ぐのは違法だろうが、なんかまみれのパジャマや下着を脱がせてやるのは、人として当然の行為である。いつもは攻撃的なくにこちゃんも、借りてきた猫のように大人しい。息を吹き返した恵子さんも当然咎めず、頼んだとおりにせっせと湯船に水を足し、内蔵の鉄竃に薪を足してくれる。やはり自分の腹を痛めた子供でもないかぎり、全身なんかまみれを洗ってやるより、水や薪のほうがまだましなのだろう。
 自慢ではないが、俺はなんかまみれの人間という物に、幸か不幸か耐性がある。赤ん坊のおむつは替える機会がなかったが、その代わり婆さんのおむつは仕事に忙しい父や母に代わって時々替えてやったし、首を剃刀で切って蒲団ごと血まみれになった叔母なども、世話してやった事がある。いい歳こいて未だに独りでいるのも、正直言って自分がその時の親父、つまり家長という役柄を勤める自信がない、それだけの弱さのためである。当時子供だった俺は、その時の婆さんや叔母に抱いた感情を、いい大人になってからも自分の『負の部分』として、未だに捨てきれない。だから、ろりが好きだ。ろりならたとえそれが何にまみれていても、無条件で許せる気がするのだ。
 話が辛気くさくなってしまった。
 とにかく俺は明け方までかかって、何度もくにこちゃんを洗っては風呂に沈め、女の子として復活させてやるのに努めた。明け方近く、何度目かのシャンプーの後、「……くさいか?」と心配するくにこちゃんの若草のようなショートカットに鼻をつっこんで、「よし、完璧」と元気良く言ってやると、くにこちゃんは、たんぽぽのように笑った。


     ★     ★


 ――はい、薄汚いろり野郎の感傷に、騙されてはいけません。くにこちゃんを洗ってあげながら、この世に警察というものがなければ、あーもしようこーもしよう、などと、不埒な思いを抱いていたに違いありません。
 さて、ようやくぴかぴかのいちねんせいらしく、身も心もせいけつに戻ったくにこちゃんがお部屋に戻ると、寝ないで待っていたゆうこちゃんは、さっそくよよよよよと、くにこちゃんにすがりつきます。
「ごめんね、ごめんね」
「……くさいか?」
「ううん、ちっとも」
 たかちゃんは、もう大の字になって、のんきに白河夜船じょうたいです。
「くーくー」
 くにこちゃんはその瞳にむらむらと瞋恚の炎を蘇らせて、ちからいっぱいチキンウイング・アームロックをしかけます。
「ぬおおおお」
「ぎぶ、ぎぶ」
 たかちゃんがすなおにこうさんしたので、ちょっとひとにやさしいきもちになっていたくにこちゃんは、あっさり許してあげることにしました。
「……くさいか?」
 たかちゃんは、くんくんとくにこちゃんのからだをあちこちかぎまわり、とっても正直におこたえします。
「……びみょう」
 ときに、正直が美徳とは限らないのですね。
 くにこちゃんはたちまちたかちゃんにさかさに巻きついて、たかちゃんの最大のじゃくてん、お足の裏こうげきをしかけます。
「こうしてやる!」
 こちょこちょこちょこちょ。
「ひゃははははは。きゃはははははは。し、しぬ、しぬ」
 やっぱり、とってもなかよしさんにんぐみです。


 さて、さらに、その同じ頃――。
 墓場のむこうの廃寺の、奥まった後架のなかで、あのべんじょおばけさんは、いつまでもくすんくすんと泣き続けていました。
 じぶんはほんとうにお礼を言いたかったのに、その心があだになってしまった――でも、べんじょおばけさんは、べんじょおばけさんであるかぎり、そんな自己表現しかできないからだなのです。
 自分のほんとうのおうちであるこのお寺には、もう住職さんも小坊主さんも住んでいません。またあのおうちに行って、誰かのおしりを優しくなでてあげたいのですが、きっと、べんじょおばけさんのまごころは、もう通じない世の中なのです。
「……しんでしまいたい」
 無理ですね。
 また、しかばねさんたちなどと違い、あくまでもようかいのなかまなので、じょうぶつという概念もありません。
 くすんくすんと泣き続ける――どなたですか、「腕だけでどうやって泣くんだよ」、そんなかわいくねーツッコミを入れる、ひねこびたよいこのひとは。はい、そこのあなた、こんどのにちようび、せんせいといっしょに、おべんと持って、東尋坊に遊びに行きましょうね。二十メートルの絶壁をまっさかさまに落下しながら眺める日本海は、それはそれは美しいものだそうですよ。
 はい、くすんくすんと泣き続けるべんじょおばけさんの指先に、ふと、触れる物がありました。
 なんだろう――指先に優しく触れた物、それは、一輪の百合の花でした。
 みあげると、じょうぶつしたとばかり思っていたしかばねさんのひとりが、後架の上からべんじょおばけさんを見下ろしています。
 はい、あのとき藪を見返っていた、ちょっと正しい青春っぽいしかばねさんです。思うところあって、くにこちゃんとのたたかいには加わっていなかったのですね。
 ふしぎそうに見上げるべんじょおばけさんと、おだやかに見下ろすしかばねさん、じっとみつめあうお便所の窓からは、やがて陽の光が差しはじめます。
「……こんど、俺のお棺に、遊びにこないか」
 そんな、お山の廃寺の、ある朝でした。






                     
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