そのろく 〜 ぽとん 〜
「ねえねえ、しょーぼーしょって、まる? しかく? しゃくしゃく」
「おい、かばうま、じゅーろくとにじゅうにをたすと、いくつだ。しゃくしゃく」
「はつかの、おてんき。ちま、ちま」
ゆうこちゃんもぶじに退院して、きょうはもう、夏やすみのさいごの日です。
なかよしさんにんぐみは、またそろってかばうまさんの公休日を、きゃぴきゃぴと食いつぶそうとしています。
でも、かばうまさんはぶたばこで規則正しい生活ができたので、あんがいげんきです。けっとう値もさがったり、体脂肪もへったりしたみたいです。
まあなんかいろいろしこたまどたばたと夏が過ぎて、かばうまさんは、ぶたばこからなんとか職場にふっきしました。ちょーかいめんしょくも、なんとかまぬがれたみたいです。まあ本社のほうは、とにかく直営店の経常利益さえ増えれば文句がないので、店長クラスの減俸処分で経費節減ができた上に、ある意味立派な看板化したかばうまさんを、あえて手放そうともしなかったのですね。
さて、ゆうがた、ぎりちょんせーふで宿題を終えたたかちゃんたちに、
「みんな、家で夕ご飯食べてから、河原に集まらないか?」
かばうまさんは、ずっとおしいれで眠っていた、あのおもちゃ屋さん花火を持ちだします。
「おう」
「きがきくぞ、かばうま」
「こくこく」
たかちゃんが、みんなにしゅちょうします。
「ねえねえ、ゆかた」
みんなそろっていけなかった花火大会の、せつじょく戦です。
「ゆかた、きてこう」
★ ★
ぽっ。
さいごの線香花火をつまんだゆうこちゃんに、たかちゃんがマッチをすってあげます。
いっけんじみでも実はそらおそろしいほど高価な藍染めの朝顔と、せいゆうのとくばいでもとってもげんきな赤い金魚が、蜜柑色の光にうかびます。
ちろちろ。
かわらの岸のさざなみに、線香花火のかすかな光の糸が揺れます。
ちりちりちり。
なぜか恵子さんなども、萌黄の浴衣でちょっといろっぽく、ちっちゃな光の滝をみつめています。
しゅぱしゅぱ。
はいごでビンボな作務衣のかばうまさんが、ぐんぱんまるだしのくにこちゃんをさかさにおさえつけたりしているのは、けしてついににんげんをやめたわけではなく、ろけっと花火のちょくげきをさけるための、やむをえない防衛しゅだんです。くにこちゃんはどこで買ってもらったものやら風神雷神のゆかたをふりみだし、すでにかばうまさんの前髪をやきつくしています。
しゅぱぱぱぱぱぱぱ。
か細い線香花火でも、いっとき、せいいっぱいの花をひらきます。
「……おう」
たかちゃんがつぶやいて、そのしゅぱぱぱにお顔を近づけます。
恵子さんがあわててそのおつむを引きもどし、
「めっ」
慈しみの目で叱ります。
「おんなしだよ」
たかちゃんは、にっこし笑います。
「あっぷでみると、おっきーのと、おんなし」
でも、尺玉も線香花火も、その華はつかのまの輝きです。
しばらくさきっぽでちりちりしていた赤い玉も、やがて――
ぽとん。
「……ありゃ」
ちょっとがっかりの、たかちゃんです。
りりっくなゆうこちゃんは、なんだかうるうるしてしまいます。
恵子さんが、そのお肩を優しくなぐさめます。
たかちゃんも、ぽんぽんしてあげます。
「らいねんも、はなび」
「うん」
かばうまさんは、くにこちゃんを背中にさかさにはりつけたまんま、あちこち焼けこげたお顔で、そんなみんなをしんみりとながめています。
くにこちゃんはかばうまさんのおまたのあいだから顔をだし、こしたんたんとぎゃくしゅうの機会をさぐっています。
ものみなの饐《す》ゆるがごとき空恋ひて
鳴かねばならぬ蝉のこゑ聞ゆ (斉藤茂吉)
青梅の夏も、もうすぐ終わりです。
〈おしまい〉
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● やがて、たかちゃんがおっきいおねえさんになったとき、おとなりにひっこしてきたカジムラくんというやんちゃぼーずにとことんなつかれてしまい、現在たかちゃんがかばうまさんをシャブり倒しているのと同様、なんかいろいろしこたまエラいめにあったりもするのですが、それはまた別のお話です。
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