たかちゃんぐるめ  〜 ふゆのなべもの 〜








     
いんとろ  ♪ つんつんつん、つんつんつ、つつつん ♪



 ……ぎろり。
 はい、そこの無精髭を生やしたあなた、たった今、せんせいのお話を聞かないで、窓からお外をながめていましたね。
 お外には、なにが見えましたか?
 ――ほう。ゆうやけぞらがまっかっか、とんびがくるりとわをかいた、ほーいのほい?
 ――どこのだれにおそわったやら、そんななつかしのめろでぃーでこの場をごまかそうとしても、そうはまいりませんよ。
 せんせいが、いぜんのせんせいのようにたるみきった、教育者の風上にも置けないクサレ教師だと思ったら、それはおおきなまちがいです。この琥珀色にシブく輝くブ厚い鼈甲縁眼鏡、そして拓○大学教育学部首席卒業・陸上自衛隊四年在籍のけいれきは、けして伊達ではありませんよ。
 ――こっちに、いらっしゃい。
 ……きこえませんでしたか?
 こ・っ・ち・に・い・ら・っ・し・ゃ・い。


 ――はい。
 …………。
 くぬ!
 くぬ! くぬ! くぬ! くぬ! くぬ!


 ……さいしょから、すなおにゆーことをきいていれば、あすのあさひもおがめたものを。


 おや、そこのなにやらいっけんこんじょーの入ったこれみよがしのソリコミのあなた、なにかいいたいことがおありのようですね。
 おやまあ、ずいぶんセコいナイフをお持ちですこと。
 「こんなババアにナメられちゃいらんねえ」?
 ……まだ三十年ちょっとしか生きていないおんなざかりを、いつからこの国では、『婆あ』と呼ぶようになったんでしょう。
 この日本には、昔から、素晴らしい格言が多々あります。
 ――肉を切らせて、骨を断つ。
 そんなチンケなサバイバル・ナイフなど、左下腕の外側で受けてしまえば、右手の指であなたの眼球をただの破れたゼラチン膜に変えてあげるなど、いともたやすいことなのですよ。
 私は留学先のロスで、一度はあのスティーブン・セガールを蹴り殺しかけたこともあるおんなです。
 しかし、あえて正式な段位は得ておりません。
 ということは――刃渡り15センチのサバイバル・ナイフを振りかざした身長180センチのとっちゃんぼうやのひとりやふたり地獄に落としてやったところで、裁判では立派な正当防衛が成立するのですよ。


 ――ナメんじゃねえぞオラぁ!


 はい、その態度は、あすのあさひをおがむために、とっても賢明な態度ですね。あらあら、そんなにかしこまらなくっても。はいはい、そこでアワ吹いてるオトモダチを、やさしく手当してさしあげてくださいね。
 うふふふふ、せんせい、きちんとマジメにお話さえ聴いてくだされば、おっきなぼうやは、ほんとはだーいすきなんですよ。くりくりお目々のかわゆいチワワなんかよりも、人の二・三人はズタズタに噛み殺した土佐犬のほうが、ずうっとシメがいがありますものね。


 はい! それでは『よいこのお話ルーム・リニューアル版』、でも中身はあいかわらずなんだかよくわからない『たかちゃんぐるめ 〜ふゆのなべもの〜 』、始まりまーす。


    ★          ★


 さて、ふゆやすみもおわり、しゅくだい関係のしゅら場もきれいさっぱり水に流してしまったある冬の土曜日、たかちゃんは担任のおんなせんせいと、あいかわらず熱いたたかいをくりひろげております。
「はい、それでは――かたぎりたかこさん」
 せんせいが、最後のしつもんを発します。その声は、なにがなし震えているようです。
 にゅうがくいらい、このてんねんむすめには、はいぼくしっぱなし――。
 対峙するたかちゃんのお目々が、めらめらと闘志に燃えます。
 実は今晩七時をもって、たかちゃんは晴れてななつになります。ですからこんかいの勝負は、むっつさいごの、きねんすべきしょうぶでもあります。
 この理科のじゅぎょうにしょうりすれば、あとはもうなんら思い残すことなく、おうちでお誕生会――。
 そんなたかちゃんの気負いをがぶりよつに受けて、せんせいのお目々が、きらりと光ります。
「――お日様は、どっちから昇って、どっちに沈みますか?」
 どうじゃ小娘、いかに無敵の天然と言えど、さすがにこの単純な設問には、ボケられまい――。
 ごきんじょ席のくにこちゃんやゆうこちゃん、そしてきょうしつ中のみんなも、固唾を飲んで、本日最終幕を見守ります。
 たかちゃんは慌てず騒がず、ちっちゃいお手々で、びしっと右方向をゆびさしました。
 ろうかの窓から見える丘陵の斜面には、いかにもせかいのはてらしい、雪をかぶった枯山水がひろがっております。
「あっち、から」
 それからちっちゃいお手々を、くるりんと左のグランド方向にまわし、
「そっちに」
 教室のみんなが、おう、と息を飲みました。
 そう、それはやっぱし、自由へと続く真理。
 せんせいは、がっくしと肩を落とします。
 なぜ私は、はっきりと『東西南北』を設問に入れなかった?
 ――まあ、お日さまなどというものは、せかい中のどこにいても、おおむね『あっち』から昇って『そっち』に沈みます。ですから、これは正解です。ちなみに、『こっち』とか『むこう』でも、やっぱしせいかいです。


 こうしてたかちゃんは、きょうもせんせいにしょうりしたのです。







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