たかちゃんの逆襲


たかちゃんシリーズ第2弾







     
にかいめ   〜 たのしい、きゅーしょく 〜



 はーい、いちおくにせんまんのこんまぜろぜろぜろぜろいちぱーせんとのよいこのみなさん、こんにちわー。
 うふふふふ、せんせいは、けさはとってもきぶんがいいのですが、でもちょっと昨夜の火あそびの余韻で、おとなのぶぶんがけだるかったりするので、やっぱりいいかげんにお話しさせていただきますね。
 なお、いちぶひらがなが多くてお話がききにくい、そんなお声もきこえるようですが、これはお話づくりのおじさんが童話パロ的効果を狙っているようにみせかけて、実は別の純文学的なお話で難儀な漢字変換に疲弊しきっている、そんな大人の理由があるので、あんまりつっこまないでくださいね。
 はーい、それではよいこのお話ルーム、『たかちゃんのぎゃくしゅう』、つづきのはじまりでーす。


     ★     ★


 さて、午前中のじゅぎょうは、たかちゃんの二しょう一ぱい一ひきわけ、そんな戦績におわりました。
 あとは、たのしいきゅうしょくのお時間です。
 ちっこいきゅうしょく係たちが、はんぱなしくじりをやらかすとなにかとあとがめんどうなので、ちゃんと六年生のおにいちゃんとおねいさんが、おてつだいという名の監視にきてくれています。
 おにいちゃんは体だけ大きく育っても中身はやっぱりがき、そんなお顔をしていますが、おねいさんはちょっぴりおんなのにおいなどもただよいはじめた、それでもしぶやで援交でびゅーしようなどとはぜったい思わないたいぷの、やさしいりっぱなおねいさんです。
 たかちゃんは、きゅうしょく係などという面倒事はたくみにのがれるたいぷですので、きちんとお盆をかかえて、『私食べる人』の列に、おぎょうぎよくならびます。
 きょうのランチ・メニューの主菜は、牛肉のフランス風ポトフっぽくみせかけた、ぶたにくのごった煮みたいです。
 たかちゃんは、きゅうしょく係にせんにゅうさせた配下のおとこの子に、こっそり目配せします。
 にんじん、いらない。
 ぶたにくのあぶらみ、きんし。
 きゃべつのしん、はいじょせよ。
 おとこの子は、たかちゃんのなんだかよくわからないそんざい感に、つねひごろから「ただものではない」とけいふくしているので、ちら、と隣のおにいちゃんがおねいさんのかわゆいお顔を横目でながめているのをかくにんし、たくみににんじんとあぶらみときゃべつのしんを選別します。
「こら」
 かぽん。
 たかちゃんのおつむを、おたまがちょくげきします。
「あいた」
 見上げると、おねいさんがにこにこ笑っています。
「よい子はそーゆーことしない」
「ぶー」
 たかちゃんはたちまち、釣り上げられたフグみたいにほっぺをふくらませます。
 そう、このほっぺのふくらみぐあいが絶妙なので、『一年四組の片桐貴子』は、五年生や六年生の給食委員のおねいさんたちの間で、安定した人気があります。
 ちなみに、ちょくげきしたおたまも、あらかじめおねいさんが隠し持っていた、ぴかぴかのおたまです。委員さんたちが『たかちゃん専用おたま』と呼んで、日々共用しているものです。
「人参にはいってるカロチンは、とってもからだにいいのよ」
「むー」
「それに豚肉も、とってもヘルシーなの。ポークソテーはざるそば一杯よりも、カロリーが少ないのよ。それに脂身だって、血液中のコレステロールを下げる脂肪酸というのが、たくさんはいってるの。沖縄のおじいちゃんやおばあちゃんが元気なのは、そのせいだって言われてるのよ」
 栄養士狙いのおねいさんなのかもしれませんね。
「キャベツだって、ビタミンCてんこもりだし、食物繊維はお通じにいいのよ」
 なんだかよくわからないけど、その言葉には『愛』がある――たかちゃんはとってもかしこいよいこなので、『おこごと』に含まれているのがほっさてきな敵意か、ちょうきてきな好意か、ちゃあんと見抜くほんのうがあります。
 ――こくこく。
「はーい、いい子いい子」
 かぽん、かぽん。
「むー」
 なんでまたちょくげきがくるのかわかりませんが、さっきよりずいぶんだめーじが少ないようです。
 ――こーゆー愛も、あるのかもしんない。
 たかちゃんはそうなっとくして、人参や脂身に含まれる愛を、あえて苦痛をこらえて受け入れるけっしんをしました。
 こうして女の子は、大人の女への階段を、いっぽいっぽ、のぼってゆくのですね。


     ★     ★


 つくえをくっつけたぐるうぷには、たかちゃんのなかよしの長岡邦子ちゃんや、三浦優子ちゃんもいっしょです。配下のおとこの子もいるのですが、お話づくりのおじさんはろりのおたくやろうなので、男子は員数外です。
 ながおかくにこちゃんは、ここ青梅市のような世界の果てでも近頃めっきり減ってきた、ビンボな下駄屋さんの長女です。おうちではふたりのこやかましいおとうとのあたまをはりとばしたり、がっこうではおとこの子をむさべつに蹴ったりして、ユニクロやニッセン専門の、とってもかっぱつなお子さんです。だから、にんじんもあぶらみもきゃべつのしんも平気ですが、ぷろせす・ちいずはきらいなので、となりの員数外のおとこの子の食器に、ぼちゃんとほうりこんでしまいます。おとこの子はケリがこわいので、なんでもたべます。
 みうらゆうこちゃんは、いいとこのおじょうちゃんです。某ざいばつの直系で、じもとの名士でやさしくておかねもちのおとうさん、とくがわ時代からみゃくみゃくとつづく良家そだちのおかあさん、東大ほうがく部いっぱつ合格のかしこいおにいさんなどの家族を持ち、ふりふりがけしていやみでない程度にあしらわれた、いっけんユニクロやニッセンっぽい、でもみるひとがみればちゃあんと値段の桁がふたつも違うと判る、そんなお洋服で、いつもにこにこお上品にほほえんでいます。ほんとうのいいとこのおじょうちゃんは、きちんとしつけもされているので、にんじんもあぶらみもきゃべつのしんも、ちゃあんとおとなしくめしあがっています。しもじものくらしをおもいやるには、そんな寛容の心が必要なのですね。
 ちなみにたかちゃんは、むかしこみけにいりびたりだった三流私大のツブシのきかないおとうさんが、みごとな森雪こすぷれをみせていたおかあさんにひとめぼれしてしまい、やっとの思いで四流出版社のえいぎょう職を得てけっこんにこぎつけた、したがっておうちもまいにちおうふく四時間かかる青梅にしか建てられなかった、そんな家庭のひとりっこです。だからお洋服は、西友やセシールどまりです。なお、おかあさんは、こみけに出現する前は、ほっかいどうやあふりかやサイトBや日本海でなんらかの慈善活動をしていたらしいのですが、その真の過去はいまだにふめいです。
「むー」
 さっきから食器をみつめてうなっているたかちゃんに、
「……たべてあげようか」
 やさしいゆうこちゃんが声をかけます。
「くれ」
 くにこちゃんもきょうりょくを申し出ます。
 たかちゃんはふるふると首を振り、にんじんやあぶらみをスプーンに乗せ、
「ばくっ」
 いっきにお口にほうりこみました。
 それから牛乳をいっきにらっぱのみして、口中の異物を胃の腑まで流しこみます。
 白い液体をそのさくらんぼのようなくちびるからしたたらせ、んべ、と顔をしかめるたかちゃんを、みんなは心配そうに見つめています。
「……あのひとがわたしの舌にあたえたはじめての愛は、ほろにがく、なまぐさく、しかしむーる貝のようになめらかだった」
 おう、と、ゆうこちゃんもくにこちゃんも員数外のおとこの子も、目を見張ります。
 ――やはりこの娘は、ただものではない。
 真のおとなのおんなにはまだなっていないにせよ、かくじつにその階段をのぼりはじめたたかちゃんを、学校放送が流してくれる美しいオーケストラの響きがしゅくふくします。
 ポール・モーリア・オーケストラの、『恋は水色』でした。
 めらんこりっくなメロディーから、やがてさわやかに愛をうたいあげるその曲を、お台所限定シンガー・ソング・ライターとしてのたかちゃんの耳は、しっかり受け止めました。
 ――このしらべは、あのおねいさんにささげるしらべ。
 でも、おうちではヤマト以来のアニソンばっかり流れているような、歪んだ家庭環境で育っているため、たかちゃんにはその曲のおなまえがわかりません。
「ゆーこちゃん」
「うん?」
「♪ ちゃーらーららーらーらー、らーらららーららららーらー ♪ なんのおうた?」
 こーゆーきれいっぽいやさしいっぽいのは、おじょうさまの管轄にちがいない、そんなはんだんです。ちなみに『♪ はーーーーあるばるーきたぜはーっこだっーてー ♪』などだと、くにこちゃんのかんかつなのですね。
「うーんとね、ぽーる・もーりあさんのね、うーんと、こいはみずいろ」
 さすがですね。いつもおうちで、おかあさんがそういうお上品であとくされのない音楽ばかりかけているので、ゆうこちゃんは、りちゃーど・くれいだーまんなどまで、きっちりわかるのです。
「……ぽーり、もーるあ。……こいはみみずいろ」
 ちょっとちがうかもしれません。
 たかちゃんはきゅうしょくのお時間なのもわすれて、さっそく机の下からお絵かき帳やくれよんをひっぱりだし、いまのこころをまっしろな画用紙にあらわそうとします。
「……みみずいろ、ない。ねずみいろ?」
 となりのゆうこちゃんは、ちょっとしんぱいそうにそれをのぞきこんで、てきぎ、さじぇすちょんをいれてくれたりします。
「うーんとね、ちがうとおもう。うーんと、こいも、ちがうこい……かなあ。わかんない。ごめんね」
「でも、くれよん、こっちので……。でね、たぶん、ねずみが水で……」
 さまざまなしこうさくごののち、ようやく完成したお絵かきを持って、たかちゃんは、とととととと駆け出します。
 はい、よいこのみなさん、ほんとうは、おきゅうしょくの時間にかってに駆け出すのは、とってもおぎょうぎのわるいことなので、ぜったいまねをしてはいけませんよ。とくに高がくねんになってからも、そーゆー『なんかちがう感じ』で行動してしまうと、いんしつないじめの対象になったりもしがちです。ちなみにたかちゃんは、もう社会にでるまでずっとこんなふうなのですが、いちどもいじめにあわなかったのは、『いじめるにはあまりにもおもしろすぎる』、あくまでもそんなたかちゃんの個性によるものです。そしてせんせいが教壇でくさいぶたのあぶらみをあたかもごちそうのように仮面の笑顔でのみくだしながら、あえてたかちゃんの行動をとがめなかったのは、下手にこの娘に逆らうとクラスの児童全員の心が担任から離反しかねない、そんな大人の保身意識が働いたからです。それに加えて、入学してまもなくこの娘のファニー・フェイスと独特の浮遊感に魅惑された男性教師《きちく》が、放課後体育用具室で課外個人授業を試みようとしたところ、突然奥多摩方向から山を越えて海坊主が出現し、その男性教師は懲戒免職くらう間もなく日本海の藻屑と消えてしまった、あるいは北朝鮮に投げ込まれて男色幹部用の喜び組に叩き込まれてしまった、そんな噂も気になったからです。
 さて、たかちゃんは、げんきにその自信作を、前の給食台まで運びます。
 そこでは、あのやさしい六年生のおねいさんが、おかたづけのときまためんどうをみるため、そこでお給食を食べていました。その隣でちらちらおねいさんの胸元を覗いているいろけづいたおにいちゃんなどは、員数外です。
「はあい!」
「……なあに?」
「ぷれぜんと」
 ちょっとこまったなあ、でもおもしろいからいいか、そんな感じでお絵かきをながめたおねいさんが、うに、と顔をしかめました。
 ネズミ色のお魚が、泳いでいるようです。
 ぴかぴかのいちねんせいを傷つけてはいけない――やさしいおねいさんは、内心の当惑をかくし、にっこりびしょうします。
「ありがとう。……でも……なあに?」
「こい」
 ――鯉?
「♪ ちゃーらーららーらーらー、らーらららーららららーらー ♪」
 『恋は水色』――なんとなく判ったような気がします。けど、すべてが、なにかちがう。
 おねいさんは、吹き出したくなるのを必死にこらえます。しかしその横にいる水色のネズミはちょっと無理があるのではないか、そしてそのネズミのしっぽに、しっぽを結び付けられて逆さ吊りになっているもう一匹の水色のネズミは、いったいどんな幼児心理を表しているのだろう。
「…………かわいいねずみさんね」
「うん。みずねずみ。みみずじゃないよ」
「……こっちは?」
「みずねずみ。さかさになっても、みずねずみ」
 …………。
 …………。
 しばしのちんもくののち、おねいさんは、ついに吹いてしまいました。
「ぶわははははは」
 お口の中に残っていた、ぶたにくのあかみなども空中にとびちります。
 おねいさんは、おもわず『たかちゃん専用おたま』を、連続使用してしまいます。
 かぽん、かぽん、かぽん。
 これはけっこう痛かったのですが、おねいさんの笑顔には、とめどない愛と涙があふれているようです。
「わはははははははは」
 よろこんでる、よろこんでる。
 ――こうして、たかちゃんは給食係のおねいさんにも、しょうりしたのです







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