さんかいめ 〜 なかよしこよし 〜
はーい、いちおくにせんまんのとんねるをぬけると雪国だっ…………あれ?
はーい、いちおくにせんまんのメメクラゲがいるとは……思わなか……った?
…………少々お待ちくださいね。
えーと、『いちおくにせんまんのお兄様いけないわいけないわあたしたち実の』あぶねー。……『いちおくにせんまんの志乃をつれて深川に行った』『いちおくにせんまんの女王様いちおくにせんまんの哀れな奴隷のいちおくにせんまんの醜いお尻におしおきを』『ちくしょういちおくにせんまんの目医者ばかりではないか』…………。
…………。
…………。
……はい!
えー、いちおくにせんまんぶんのじゅうさんの不吉な人数のよいこのみなさん、こんにちわー!
せんせい、きょうはとってもしょーげき的なこくはくをいたしまーす。
ここまでの経緯でばれてしまったとは思いますが、実は先生、みなさんの先生ではありませーん。一見真面目で人望の厚い優秀な若い女教師のように見えますが――どなたですか、初回に続いて「見えねー」などとつぶやく悪いよいこのひとは。はい、そこのあなた、終わったら職員室、じゃねーや、代○木○ニ○ー○ョ○学院の裏の路地にいらしてくださいね。それはもう楽しい、明治神宮北池のお魚さんたちのお仲間にしてさしあげますからね。コンクリ詰めから抜け出せればですけど。
はい、皆さんの先生と言うのは仮の姿、実は○々○ア○メ○シ○ン学院芸能学部声優タレント科の、とってもかわゆい前途有望な女子学生でーす。それがどうして一見皆さんの先生という仮面の人生を歩んでいるかご説明いたしますと、はい、バイトでーす。
ご存じのおりこうなよいこのかたもいらっしゃるかもしれませんが、この手の専門学校は、この世でもっともリスクが大きくツブシもきかない授業内容であるにもかかわらず、それはもうオヤジのスネをシャブり尽くしても足んねーほど、とってもお金がかかります。もっとも就職率はけして低くはなく、エロゲーの単発しかギャラ入んねーのに、金持ちの親に寄生したまま「アタシ声優でーす」「ボク声優でーす」などとおっしゃる優秀な方々を多数輩出しております。でも在学中は、親がクサレ消費者金融の役員でも、私の長万部《おしゃまんべ》の実家のようなビンボな八百屋でも、やっぱり同じだけお金がかかります。そーゆーわけで、私にバイトを選んでいる余裕はありません。長万部なら一万五千で借りられそうな築三十年の木造モルタルアパート四畳半一間でも、東中野では四万五千とられます。まったくあんなゴキブリだらけの貧民窟みてーな部屋で、大家もいい根性してるよなあ。
はい、そーゆーわけで、無能な台本作家がネタに困って錯乱状態にあっても、今この教壇の下に隠れてウツロな視線をオドオドさまよわせていても、せんせい、この『非常識な女教師の語り形式連続ラジオ番組』のナレーションを、きちんとこなさなければなりません。ヒヤアセもんのアドリブでも、とにかくギャラもらって帰らないと、明日のお米も買えません。溜まった家賃も払えません。声優志願路上生活女に墜ちてしまいます。
ここまでのせんせいの説明で、おや、じゃあここにいる俺らはいったいなんなんだ、そんなご自分のアイデンティティーに疑問と不安を抱かれたよいこのかたも多々いらっしゃるかもしれませんが、はい、まったく心配ありません。なぜなら、この『非常識な女教師の語り形式連続ラジオ番組』自体が、この教壇の下でウツロな目で己の非力さに震えている台本作家という役柄を今勝手に演じている、ただのフリーターおやじの夜間の妄想に過ぎないからです。十五分枠の実質一話十分三〇秒程度の放送を数回、放送が終わったら、オープニングとエンディングのフルコーラス、それにオリジナルのイメージ・ソングなども収録したドラマCDにまとめてコミケやネットやアキバで売りさばく、などという、はかなくむなしい妄想も抱いています。したがって、あなたがたは、実体のないただの妄想内生徒、そんな存在です。
おや、なんだか多くのよいこのみなさんが、津波の前の引き潮のごとく、教室の後ろの壁際まで、ざざざざざーと引いていらっしゃいますね。
でも、そういったみなさんの反応も、せんせい、ぜんぜん怖くありません。
なぜならば、このお話は『めた』だからです。
これはクリエイターにとって、とっても重宝な言葉ですので、みなさん、しっかり覚えておいてくださいね。
はいそれでは、みんなで、おっきな声で、くりかえしてください。
これは、『めた』です。
はい、もっと元気な声で――
これは、『めた』です。
はーい、きちんと言えましたね。
これでもう、みなさんにも、せんせいと同じように、なんにも怖いものはありません。
もしご自分の作品の中に、うっかり主格の乱れや時勢の錯誤などが生じても、「これは『めた』です」と自信を持って言い切れば、単なる遺漏を実験的失敗であるかのように糊塗できます。
齟齬を指摘したのが目下の方や同格の方ならば、コノヤロつまんねーことに気づきやがって、などとはまちがっても口には出さずに、「うーん、新しすぎたかなあ」、そう自信たっぷりに言い放ってください。もし目上の方ならば、この爺いとっととあの世に逝っちまえ、などとはぜったいに口に出さずに、「すみません。新しすぎたでしょうか」と、上目遣いに媚びを売ります。これで、すべてはみなさんの遺漏から、『めた』の方法論に置き換えられます。
はい、それでは、もういちど、おっきな声でくりかえしましょう。
これは、『めた』です。
――――。
はーい、いいお声でした。
それでは、せんせいみずからがたったいま数えた、いちおくにせんまんぶんのじゅうさんの不吉な人数のみなさん、こんにちわー! よいこのお話ルーム、『たかちゃんのぎゃくしゅう』、つづきのはじまりでーす。
★ ★
さて、その日のかえり道、たかちゃんとくにこちゃんとゆうこちゃんのなかよしさんにんぐみは、おそろいの赤いランドセルをしょって、明るいお日さまのかがやくのどかな世界のはて、青梅市の住吉神社あたりの住宅街を、おうちに向かっています。
「どどんぱっ」
たかちゃんがほがらかに、ゆうこちゃんに話しかけます。
ゆうこちゃんは、なんだかこまったようなお顔をしています。
「どど……んぱ?」
おずおずとくりかえすゆうこちゃんに、たかちゃんは、自信をもって、こくこくとうなずいています。
ゆうこちゃんは、なにがなんだかわかりません。
ゆうこちゃんはとってもそだちのよいお子さんなので、たかちゃんのてんしんらんまんなこくこくをうらぎるような行為は、申し訳なくて、とてもできません。
おもわず、隣でのら犬を蹴り負かしたりしているくにこちゃんに、救いをもとめる視線をなげかけます。
すると、くにこちゃんは、まかっとけ、そんな感じでたかちゃんに話しかけます。
「どどんぱっ」
たかちゃんはにっこりわらって、
「どんどぱ?」
くにこちゃんは、それはちがうよう、というように首をふり、
「どどぱん」
それをきいたたかちゃんは、ああ、そうだったんだ、そんなお顔でこくこくし、
「どんぱどんぱ」
それからふたりは、がしっ、とガッツ・ポーズの腕をからませ、ふたりそろって青空にむかって叫びます。
「どどんぱっ!」
ゆうこちゃんは、やっぱりなにがなんだかわかりません。でも、このふたりをみていると、なんべんおなじ道をかよってもあきないので、やっぱしなかよしさんにんぐみです。
ちなみにこの特殊な言語は、たかちゃんがパパやママといっしょにテレビの懐メロ番組を見ていたとき、渡辺マリさんというきんきらきんのお婆さんが元気に歌って踊っていた、『東京ドドンパ娘』という昭和三十六年のヒット曲が妙にツボにはまってしまい、それをもとに勝手に作った言語です。そしてたまたま同じ番組を、下駄屋のお父さんの好みにつきあって、四歳の弟を寝技で締め落としながら聴いていたくにこちゃんにしか、今のところ通じません。そのような、ごく少数の民族に特化された言語です。
青空にむかって叫んだせいでしょうか、くにこちゃんのおなかの虫が、ぐるるるるる、と鳴きました。
なかよしさんにんぐみで歩いていても、くにこちゃんはのら犬を追跡してはがいじめにしたり、のら猫のさきまわりをしてしっぽをつかんでふりまわしたりしなければならないので、走行距離はゆうこちゃんのすいてい五ばい、たかちゃんのすいてい二ばい回っています。
「はらへった」
くにこちゃんは、ゆうこちゃんに、しゅぱ、と、ちっちゃいてのひらをさしだします。
「なんかくれ」
ゆうこちゃんはにっこし笑って、ごそごそとランドセルをおろし、中をさぐります。
おかねもちでしっかりしつけはされていても、その半面やっぱりおかねもちで物質的な面では過保護でべたべた、そんなゆうこちゃんのランドセルには、きちんとおいしいお菓子なんかが、いつもはいっているのです。
でも今日にかぎっては、じあいにみちたぼさつさまのようなゆうこちゃんのお顔が、ふと、かげりをおびました。
「……ごめんなさい。ママ、おやつ、わすれちゃったみたい」
くにこちゃんは、落胆するかとおもいきや、
「ま、そーゆー日も、あるわな」
あんがいあっさりとひき下がりました。
「ごめんね」
こころからごめんねらしいゆうこちゃんをみて、くにこちゃんの良心が、ちょっとだけうずいたりします。
もうごぜん中に、ゆうこちゃんのすきをみて、こっそりぜんぶたべてしまったのを、おもいだしたからです。
「きにするな」
すでにおとなのつきあいを身につけている、とてもおりこうなくにこちゃんです。
そんなふたりの会話をきいていたたかちゃんは、
「ねえねえ、公園にいこうよ」
きゅうにそんなことを言いだしました。
「おやつ、くれるよ」
ゆうこちゃんとくにこちゃんは、とってもふしぎそうな顔をしています。公園でおやつを配っているなんて、きいたことがありませんものね。
「うまが、くれるの」
「公園に、うま?」
くにこちゃんがたずねます。
たかちゃんは自信たっぷりにこくこくして、
「うん。かばみたいだけど、うま」
なにがなんだかわかりませんが、くにこちゃんは、お父さんといっしょになんども競馬場にいったりはしていても、まだいっぺんもお馬さんにのったことがないので、ずーっと前から、いっぺんのってみたくてしょうがなかったのです。そのうえおやつまでくれるお馬さんなら、それはかんぺきなお馬さんです。
「いこういこう」
たかちゃんの手をひっぱります。
「のろうのろう。おやつ、もらおう」
ゆうこちゃんだけは、おかねもちなのでおとうさんの所有するお馬にも、おとうさんやおにいさんといっしょにのったことがありますし、おうちに帰れば、ふらんすの一個なんぜん円もするとんでもねーおかしが待っているので、のりきではなさそうです。
「えー? がっこうのかえりに、よりみちしたら、いけないんだよ?」
それは自分の家庭内のほうが外の社会より常に幸福感の大きい幸せな幼児にとっての納得であり、くにこちゃんのような常に外の社会より満足度の低い家庭に育った幼児には通用しない理想論である、そんな現実までは、いいとこのおじょうちゃんであるがゆえに、まだきづいていません。
それでも、たかちゃんとくにこちゃんが、公園のほうにずんずん歩いていってしまうので、あくまでもおしとやかに、しかたなくそのあとをついていきます。
せけんの良識よりも、なかよし三にんぐみであるという『群れの意識』にしたがったのですが、それが大いなる貞操の危機にまで直結してしまおうとは、いっけんぼさつさまのようでも神ならぬ身のゆうこちゃんですので、知る由もありませんでした。
ちなみにたかちゃんは、なんにもかんがえてません。
それはもう、ただギャラのためにひっしにあどりぶでお話をひきのばしているせんせいや、あいかわらずこの教壇の下でオドオドとふるえているライターさんや、それらを妄想している、生活に疲れきって白髪のめっきりふえてきたフリーターおやじとおんなじように、きれいさっぱり、なーんにもかんがえていなかったのです。
★ ★
――おや?
教壇のしたから、なにかぷるぷると――。
…………。
…………『新・必殺たかちゃん 青梅の血祭編』。
……今日のあんたのギャラ、半分あたしのだかんね。いい? いい? よーし。
これは失礼いたしました。
少しは世間に対する良識が残っていたようです。
こほん。
――公園では、いつもみたいに、うばぐるまのさるだかなんだかわからないような赤ちゃんをおたがいにおせじでほめあうおかあさんたちが、かいしゃで過労死すんぜんのおっとたちなど知らぬげに、のんびりお話ししていました。余命いくばくもないおじいさんや、いつまでいきているかわからないおばあさんなども、げーとぼーるで熱くなっていました。
そして、その日は、本来このようなじゅんしんでハートウォーミングなお話にはでてこないはずの、ぶよんとしてしまりのない、みるからにアブナいおじさんやおにいさんも、こっそりせんぷくしていたのです。
――え?
……はーい、よいこのみなさん、とってもざんねんなんですが、いま、でぃれくたーさんから、まきがはいってしまいました。
てもとにとどいたばかりのお話は、また来週、たのしみにおまちくださいね。
……おい、下の。
今日のギャラ、全部あたしのだかんね。
何? それだけはかんべんしてくれ? 知らねーよ、姪の入学祝いなんて。図書券の一枚も送っとけよ。
何? しょーがねーなー。わかったわかった。面白かったらかんべんしてやるよ。
はーい! よいこのみなさん、ほんじつはおまけとして、さくしゃみずからが、いっぱつ芸をひろうしてくださるそうです。
だいめいは、『一〇一匹たかちゃん大行進』だそうです。
それでは――はい、いま教壇の下からのこのこはいだしてきた、公園にせんぷく中のぶよんとしてしまりのないアブナいおじさんみたいなひとが、じつはこの番組のライターさんであり、それを演じている妄想狂のフリーターおやじでもあります。
はい、それでは、ほんじつトリのいっぱつげい、『一〇一匹たかちゃん大行進』――。
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…………氏ね。
氏んでよいこのみなさんにおわびをしろ。
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