奥州たかちゃん伝奇








     
弐ノ巻   〜 伝奇冷蔵庫 〜



 しかしやっぱり腕の中でじたばたもがいているちっこい女の子のぬくもりというものは、やはり俺のろり心の琴線を、心地よくちろりろりんとかき鳴らしてくれる。
「へんなねこ、かわいいよう」
 そうした奇特な感性はやはりたかちゃん特有のものらしく、買い物帰りに野良猫などを見かけるとついつい貴重な食料の一部を寄付してしまう猫好きな俺でも、佐清状の猫はやっぱり不気味だ。誰だってそうだろう。その証拠にどんな愛猫家も自分の猫に白いゴム・マスクはかぶせない。恵子さんやゆうこちゃんも、猫の接近にきちんと腰が引けている。もっともくにこちゃんだけは、どうやったら牢格子を突破して勝負を挑めるか、虎視眈々と機会を狙っているようだ。
 とにかくこの場を治めるのは、この家の正統な相続者である俺しかいない。たとえどんな辺鄙な山奥のなかば廃屋でも、今現在固定資産税を払い続けているのは俺なのだ。それが天涯孤独なチョンガーのノスタルジーに過ぎないにしろ、妖物であれ猫であれ、勝手に住み着かれてはかなわない。
「あなたがた誰に断って、他人様の家で飯食っとるのですか」
 思ったより強気な言葉が出た。俺は相手が恐ければ恐いほど、反撥して無謀に対処し結局墓穴を掘ってしまう、難儀な性格なのだ。
「えーと、あなたは――」
 推定マスオさんが、白いゴムに開いた口から味噌汁の椀を離し、改まって訊いてきた。
「この家の所有者です。訳あって普段住んではおりませんが」
 あらーららら、と、推定サザエさんやフネさんが、明るい声を上げた。さっきの「どちら様」が不気味に聞こえたのは、単に口に飯が入っており、くぐもってしまっただけらしい。
「これはこれは、当代の主様で」
 推定波平さんがそそくさと立ってきて、牢格子の向こうにちゃんと座り、丁重に頭を下げた。
「それは重々、失礼つかまつりました。なにとぞ平にお許しを」
「とにかくここは僕の家です。中に入れて下さい」
「主様、先代様から鍵をお預かりではございませんか?」
 確かに良く見れば、格子の一角に古臭く馬鹿でかい錠前がぶら下がっている。
 しかし俺は生前の親父から、俺のいない間に家を牢獄にしたなどという話は、一度も聞いたことがない。
 俺がふるふると首を振ると、
「それは困りましたなあ。地下牢の牢格子をそっくり移し、釘で打ち付けてしまったもので。誠に失礼ながら、裏口が開いておりますので、お回りいただけましょうか」
 俺は仕方なく皆を引き連れて、裏口、と言うより横の奥の勝手口に回った。勝手口と言ってもでかい田舎家のことだから、林もあれば藪もある。ついでに屋根のついた外式汲み取り便所や、林の向こうには廃寺や墓場まで揃っている。
「わーい、たんけん、たんけん」
 今回たかちゃんはワン・パターンのようだが、言い得て妙ではある。かつてその寺の住職さえ、裏山に山菜摘みに行ったっきり、二度と戻って来られなかったような山奥だ。神も仏ももう見放しているのだろう。
「ねえねえ、きたろう、いる?」
「鬼太郎は見たことないけど、夜中にからんころん歩く音は、してたかな」
 無論、これもリップ・サービスである。それは単に、生前の住職か小坊主の足音に過ぎない――だろうと思う。
「よし、よなかがしょうぶだな」
 くにこちゃんは、おどおどとすがりつくゆうこちゃんをがっしりと受けて、闘志満々だ。
 恵子さんは蛇さえいなければ、不意打ち以外は平気なようで、
「でも裏口が開いてるのに、玄関を牢にして、意味があるのかしら」
 そんな冷静かつ合理的な意見を述べた。
 言われてみればもっともである。やがて藪の向こうに見えてきた勝手口の木戸も開けっ放しで、どう見てもお出入り自由だ。
 勝手口の土間にある剥き出しの風呂桶の横で、出迎えに来たらしい佐清猫がにゃあと鳴き、さっそくたかちゃんに捕獲された。
「やっほー、へんなねこ」
 先にくにこちゃんに捕獲されなかったのは、幸運と言うべきだろう。


 猫といっしょに出迎えに出ていた推定サザエさんに案内され――自分も昔住んでいた家なのに、案内というのもおかしいが――俺たちは広間に通された。なぜその一家がそんな所で飯を食っていたのか、廊下を巡る間に理解できた。無駄にいくつもあった空き部屋のことごとくに、少なからぬ人の気配がある。
 たまたま障子を開いて出てきたのに出くわし、思わず「あ、どうも」などと挨拶を交わしてしまった推定中年女性もまた、やはりしっかり白いゴム・マスクを被っていた。どうも俺の実家はいつのまにか、謎の一族の集合住宅と化しているらしい。
 さっき表から覗いた玄関口の広間では、食事も終わったらしく、一家がのんびりお茶を飲んでいた。
「どうぞ、おくつろぎ下さいませ」
 丁重に座を進める推定波平さん老人に、思わずまた「あ、どうも」などと頭を下げてしまったが、考えて見ればここは俺の家なのだ。一家が囲んでいる丸卓袱台も、その横に広げられた客用の角卓袱台も、良く見れば昔から家で使っていた物だ。
 俺は間合い良く出された茶を啜りながら、おずおずと切り出した。
「あの、で、あなた方は、なんと言いますか、その、どちら様で?」
 多勢に無勢と言うか、いまいち不法占拠者に対するべき気迫が盛り上がらない。
 老人は遠い目をして宙を仰いだ。
「話せば長い事ながら――」
「――話さなければ解らない」
 これでは古い漫才である。
「遠い遠い昔から、我ら一族の先祖は、この家の地下牢で暮らしておったのです」
 俺は思いきり茶を吹いてしまった。
「そ、そんな物、この家には……」
 老人は総てを悟ったような顔で、俺を穏やかに嗜めるように、こくりとうなずいた。
「あったのでございますよ。いえ、今も弟一家が住んでおります。納戸の床下から隠し階段で繋がっておりまして、広くて立派な、なかなかに住み心地の良い座敷牢です」
「し、しかし、僕も父も、そんな話は……」
「先々代様とは、私もお話しした事があったのです。一族が増えてしまったので、もう少々座敷牢を広げてもらえないかと。その時は考えるとおっしゃっていただけましたが、どうもそれきり、なんの音沙汰もなく」
「……祖父は晩年、惚けておりましたから。しかしなぜまた、うちの先祖は、そんな非道なことを」
「これが、私の祖父あたりもかなり惚けておりまして、どうもはっきりせんのでございます」
 老人の話が、いいかげんになってきた。
「どうも鎌倉時代あたりに、なにかそちらに仕えておった祖先が、なにか不義密通とやらで、そちらの奥方ごと閉じこめられてしまったらしいのですが、そちらで伝わっておらないとすると――もう、わかりませんなあ」
 そーゆーことを、忘れるか、普通。
 なんという事だ。親父や俺は間違いなく馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、なんのことはない、俺の家は先祖代々馬鹿だったのだ。もっとも、何百年と大人しく下で増えていた一族も相当にアレだと思うが、そこは昔の主従関係など考えると、ただ律儀なだけなのかもしんない。
「それにしても、よくぞここまで増えられましたね」
 俺は何やら古風な伝奇物などにありがちの、近親婚が続いて容貌がちょっとアレになり、それで一族皆さんゴム・マスクを被っていらしゃるのか、などという猟奇的設定を思い浮かべた。
「そこはそれ、外の使用人の方などが時々同情して下さったり、イロケを出されたり――まあ、健やかに増え続けております」
 俺は心底脱力した。そんな馬鹿な先祖に仕えるくらいで、その使用人もきっとみんな寸足らずだったのだ。
「そんな訳で、上の方々がどうやら皆様引っ越されたようなので、申し訳ないと思いながら、勝手に上がらせていただきました。しかしあくまで日陰の身、ご主家への誠意を伝えるため、牢格子はそのまま玄関に移してあります。今更世間に曝せる顔でもなく、これこのように覆面を」
「しかし、そんな白マスクなど、どうやって手に入れられたのでしょう」
「一族の男衆が、ときおり町に下りて土方仕事を」
 しっかり曝しとるやないけ、というツッコミはやめておいた。もうツッコむ気力も失われていたのである。
「しかしこうして当代の主様が戻られた以上、我ら一族、また座敷牢に下りましょう」
「いえ、もう、好きにしてください。もともと二・三日で帰るつもりですから」
 これ以上馬鹿な先祖の恥に関わりたくない――無責任なようだが、それが本音だった。
 しかし老人は、あくまでも律儀な性格らしかった。さも有難そうに俺の手を取って、
「お許しいただけますか。このご恩、きっと末の世まで、一族代々、忘れはいたしません」
 いやもうできれば、あっというまに忘れて下さい――そう願いながら、俺はその辛気くさい老人の涙や鼻水に辟易していた。
 これからの俺にできるのは、せいぜい馬鹿な先祖の尻ぬぐいのため、生涯固定資産税を払い続ける事ぐらいだろう。


     ★     ★


 はーい、いちおくにせんまんのよいこの中から選びに選び抜かれたよいこのみなさん、こんにちわー。ゴールデン・ウィークは、いかがおすごしでしたか?
 部屋に引きこもって惨めに泣き暮らしていたビンボな方も、遊園地や映画館でそれなりにお茶を濁された方も、楽しく海外旅行などに行かれたうらやましーぜとっととくたばっちまえコノヤロな方も、なにはともあれとりあえず無事に生きていらっしゃることを、この何かとアブナい昨今、お天道様に感謝いたしましょうね。
 はい、せんせいは、実家の長万部に里帰りして、しっかり親父のスネをしゃぶり倒してきました。はい、そんなわけでとりあえず懐がちょっとだけ暖まりましたので、これから、前回みなさんにお借りしたよんまんごせんさんびゃくさんじゅう円を、お返しいたします。はいそれでは、この前お渡しした借用書を、お出しになってくださいね。
 あらあら、みなさん、もう捨ててしまわれたんですか? こまりましたねえ。借用書がないとゆーのは、それはもうわたくしがみなさんからお借りしたものなど、きれいさっぱり微塵も存在しないとゆーことになります。あらあら、はんこがぎぞうだなんて、そんなの冗談にきまっているではありませんか。わたくし、ほんとうにまじめで若くて身も心も美しいせんせいなのですよ。
 まじめで若くて身も心も美しい証拠には、実家に帰るとお見合い写真が多数ストックされておりまして、お医者様から地元のIT産業の若社長さんからぶよんとしてしまりのない人から、よりどりみどりでした。
 お医者様は私立総合病院の息子さんで、二十代後半の若さながらすでに年収一千二百万、でもほてるでこっそりバイアグラを飲んでいる姿をかいま見てしまい、そんな若いうちからフニャ○ンな野郎に、せんせい、ご用はありません。「ああ、やっぱり結婚するまでは、わたくし、きれいな体でいたいですわ」などとブリの限りを尽くして、ルーム・サービスのお夜食を食うだけ食ってオサラバしました。
 若社長様は三十代前半にしてすでに資産三十億、とっても元気でいいかげんにしろこの自意識過剰の恥知らずの金の亡者野郎なナイスなお方だったのですが、人前で「金で買えない物なんてあるわけないじゃないですか」などとおっしゃるただの馬鹿でしたので、やっぱり美味しいディナーを食うだけ食ってオサラバしました。よいこのみなさん、せんせい、きれいさっぱり断言いたします。このよのなかにお金で買えない大切な物は、ただひとつですが、きっちり存在するのですよ。
 あら、そこの男のお子さんなのか女のお子さんなのかよくわからない、つけまつげでぱたぱたと風を起こしていらっしゃる宝塚のオスカル様のようなよいこのかた、ぱたぱたとつけまつげで風を起こしながら「それは――愛」などと夢見がちにつぶやいておられますね。
 ふふっ、あなた、お若い。『愛』などというものは所詮主観的な妄想の一種ですので、十億もあればどんなブサイクにも買えます。一兆あれば半死半生の爺さん婆さんにだって買えます。でも、この世でたったひとつ、百兆円積んでも一京円積んでも、いいえ、一恒河沙円積んでも、けしてお金では買えないたいせつなもの――それは、『本音』です。
 はい、そーゆーことですので、こんどの週末は、せんせい、三にんめのぶよんとしたしまりのない方と、湾岸道路をドライブいたします。ベイブリッジから夜の横浜でお食事、それからその方の持ち物であるという山中湖の典雅な別荘などへ、お誘いを受けてしまうかもしれません。はい、お誘いがあるまでブリの限りを尽くします。
 実はすでにその方の函館のご実家には、夜間にこっそり潜入を遂げておりまして、それはもう先祖伝来の蓄財がなんぼ使っても減りゃーしねー状態であるのを、確認いたしております。
 また、その方がこっそり何十体もの等身大フィギアやシリコン・ドールを裏の土蔵に隠匿し、日夜江戸川乱歩大先生作『人でなしの恋』超大作ハレム・バージョンであるのも突きとめてあります。
 さらにその方は、せんせいがただのせんせいではなく、某カルト・エロゲーでギャラもひとりぶんしか出ないのに四人の美少女キャラを猫耳メイド巫女綾波タイプまできっちり演じ分け濡れ場までこなした、代○木ア○メー○ョン学院在学中の別名『虹色の声』であることを、興信所を通してすでにご存じなのも判明いたしております。
 うふ、うふふ、うふふふふふふふ。
 ほんとうのお金持ちとは、生まれた時からすでに『失いたくとももうどうやっても失えない大量のお金』を持っている方を言うのです。生き人形など何十体愛していようと、それは所詮『愛』です。もの言わぬ冷たいシリコン・ドールなど、せんせいの血肉の通った小柄かつほどよくくびれたお腰からヒップへのろりライン、親父のスネをシャブり倒して万感の思いを抱きつつ受けた○○○○永久脱毛、そして鍛えぬかれた括約筋の敵ではありません。
 おーっほっほっほ! 『本音』は『愛』に勝つのです! おーっほっほっほ!


 はあ、はあ、はあ。――失礼いたしました。
 ちょっとせんせい、今回出番がないと思っていたのに急遽出演を依頼されたもので、気合いがはいりすぎておりますね。こんな大事なこの世の真実をみなさんに教えてさしあげるほど、ギャラもらってねーのを忘れておりました。


 ところで、せんせいがこうして今回またよいこのみなさんとお会いできてギャラもいただけるのは、けしてせんせいがお話のひとのある過去の過ちをネタにカツアゲしたとか、そういったことではありませんよ、ねんのため。
 はい、それはひたすらお話のひとの無能、そんな事情です。
 たとえば、お話のひと、つまりここまで白いゴム・マスクの爺いと辛気くさい会話を続けているぶよんとしてしまりのないいきものの後ろの卓袱台には、とうぜん、たかちゃんやくにこちゃんやゆうこちゃんが座っています。
 推定カツオくんや推定ワカメちゃんは、白いゴム・マスクを推定はずして、推定地元の小学校に出かけてしまったらしく、そこには佐清状の推定タラちゃんと佐清猫が残っています。
 佐清状の推定サザエさんは、やはり佐清状に白いゴム・マスクを着けたお魚をくわえた佐清状のドラ猫を追い掛けて裸足で駆けていってしまい、推定マスオさんは山へ芝刈りに、推定フネさんは川へ洗濯に、恵子さんはなぜかお勝手で洗い物のお手伝い、そんな状態です。
 ぶよんとしてしまりのないいきものがまだお話中なので、たかちゃんたちはちょっとたいくつしながらお番茶をすすり、お茶うけのよもぎ餅をたべています。
「ぱくぱく」
「むしゃむしゃ」
「……ちま、ちま」
「よもぎもち、おいしーね」
「んむ、このくさのかおりとはごたえが、なんとも」
「……おやまのかおり」
 けっこう風流な、なかよし三人ぐみです。すいていタラちゃんは、はにかんでいるのか、だまっておもちをほおばりながら、ちらちらと三人のお姉ちゃんをぬすみ見ては、目が合うとあわてて恥ずかしそうに下をむいたりしています。
 たかちゃんと目が合ったときは、「どぱ?」などと意味ふめいのごあいさつといっしょに、おつむをなでなでしてもらえるので、もんだいありません。
 ゆうこちゃんと目が合っても、こんなお人形さんみたいなお姉ちゃんお山では見たことない、そんな感じの、それはそれは愛らしいにっこしを返してもらえるので、やっぱりもんだいありません。
 でも、くにこちゃんと目を合わせてしまうのは、山みちで野生のくまとみつめあってしまうのとおんなしで、とってもきけんなこういです。
 くにこちゃんはにんまりと、こいつはおもしろそうだ、そんな、あんまりやさしくないびしょうをうかべます。
 むにゅ、と、推定タラちゃんのゴム・マスクのほっぺたをひっぱったりします。
「おお、のびるのびる」
 むにゅう。
 きけんなくうきが、ちゃぶ台にただよいます。
 佐清状の推定タマは、ぴく、などと耳をふるわせ、圏外にとうぼうしてしまいます。
 たかちゃんはなんにもかんがえないで、よもぎ餅をぱくついています。
 むにゅううう。
 さすがにゆうこちゃんは、不穏な空気を察知して、あわてて止めようとしましたが――。
 ぱっちん!
 すいていタラちゃんは、ひんひん泣きながら、お部屋のすみっこに駆けていって、背中を丸めてしまいます。
 警戒心に充ち満ちたまなざしで、ちらちらと振り返ったりもしています。
「わはははは、泣いた、泣いた」
 くにこちゃんは豪快にしょうりせんげんします。
「あわわ」
 ゆうこちゃんは、お嬢様にはめずらしくぴょんと飛び上がって、ととととととお部屋のすみっこに駆けより、
「ごめんね、ごめんね」
 それからくにこちゃんをふりかえって、きっ、とにらみつけたりします。
「だめだよう、いじめちゃ」
「わはははは、おこった、おこった」
 すいていタラちゃんは、そんなきれいなお姉ちゃんにいい子いい子してもらえたので、ほんとはもう痛くないのに、男の性《さが》なのですね、もっといい子いい子してもらおうと、ぐずぐず泣き続けたりします。
 でも、あとからなでなでに参加したたかちゃんが、
「どぱどんどん、どぱどんどん」
 などとなぐさめながらにこにこすると、なんだかよくわからないけれどなんだかおもしろいので、うっかり泣きやんだりしてしまいます。


 ――とまあ、このようなほのぼのとした光景が、ぶよんとしてしまりのないいきものと爺いの背後で展開していたのですが、さてみなさん、ここで問題です。
 うっかり今回のお話を、自己投影型キャラの一人称で始めてしまった無能なライターは、どうやって自分の背後での出来事を描写するのでしょう。これから想定されている真夜中お外のおトイレ騒動など、自分が最後にしか出てこないシークェンスを、いったいどう描写するつもりなのでしょう。
 ぴんぽーん。
 そーゆーわけで、せんせい、これからもしょっちゅうメタ出現しますので、よいこのみなさん、楽しみに待っていてくださいね。あらあら、どなたですか、おめーなんかいらねーよ、などとおっしゃる、わるいよいこのかたは。はい、そこのあなた、ほうかご、ひとりで宿直室にいらしてくださいね。いいですか、あなたひとりでですよ。おいしい草餅を、おなかいっぱいたべさせてあげますからね。せんせいが故郷ほっかいどうの原野から、こころをこめて摘んできた、おいしいエゾトリカブトのおもちですよ。


     ★     ★


 しかし家賃も払わず住み続けるのはどうしても心苦しいと老人が言い張るので、形ばかりの賃貸条件など詰めているうちに、背後ではたかちゃんたちがなんかいろいろ遊んでいたようだが、そちらはなし崩しでなんとかなっているようだ。
「それでは月々一万五千円、それに裏山の山菜と畑の野菜を計一キロ、冬は野菜山菜の代わりに干し柿、そんなところで」
「承知つかまつりました」
 無事手打ちが終わって蓬餅を食いながら茶を啜っていると、お勝手――台所のほうから、とんでもない叫び声が響いた。
「ぎええええええ!」
 体長一メートルまで肥大化した雌の牛蛙のような声だが、そこはかとなく恵子さんっぽい気もする。
 天井裏に青大将はいないと言ったが、外からのたくりこまないとも限らない。
 あわてて台所に走ると、薄暗い田舎家の湿っぽい廊下を、恵子さんが這っていた。後ろ向きに腰を抜かしたまま這っているので、そのお尻はやっぱりバツイチらしく搗きたての餅のように旨そうだ。
「あわ、あわ、あわ……」
「泡?」
 ふるふると頭を振り、ぷるぷると指さす台所の奥の薄暗がりで、開けっ放しの大型冷蔵庫がぼんやり光っている。
 はて、あんな馬鹿でかい冷蔵庫、家にあったか――近視気味ゆえ、目を凝らして見ると、
「ひええええ!」
 俺も思わず腰を抜かしかけた。
 棚を外した大型冷蔵庫いっぱいに、出羽三山は大日坊に鎮座まします真如海上人の即身仏のごとき、人間の干物が詰まっていたのである。いや、二・三人寒そうに絡み合っているようなので、平泉は中尊寺に伝わる藤原三代のミイラに近いのか。
 呆然と立ち竦む――ひとりは腰を抜かしているが――俺たちを尻目に、
「おやおや、開けてしまわれましたか。なあに、ご心配は無用。我らの先祖でございます」
 後ろから付いてきた老人は、のほほんと紹介してくれた。
 ゆうこちゃんは恵子さんと合体して固まり、くにこちゃんは殺気をみなぎらせて身構えている。
 しかしたかちゃんは、大変すなおに他人の言葉を受け入れる娘であり、なおかつ前述したように、初めて観る物は全て肯定的に好奇心の対象としてしまう性質《たち》である。
 とととととと冷蔵庫に駆け寄って覗きこみ、こんにちわー、などとご挨拶している。
 すると、ミイラの塊が身じろぎし、あちこちから三つほど顔が覗いた。なにやらもぐもぐと呟く声は、すなおに「今日は」とハモっているらしい。
 たかちゃんは心《しん》から嬉しそうにピース・サインを立てた。
「やっほー!」
 ミイラの塊から、指二本三人分が突き出た。
「……やっほ」
「……やっほ」
「……やっほ」






                     
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