にかいめ ♪ つんつくつくつく、つんつんつん ♪
(注・めろでぃーが、いっかいめと、ちょっとちがう)
…………困りましたねえ。
なにゆえ、あのソリコミのお坊ちゃん方は、それっきり学校に出てこないのでしょう。よいこのみなさん、どなかたご存知ありませんか?
いえいえ、アタマの末路は知っております。面会謝絶で、生死の境をさまよっていらっしゃるそうですねえ。ほんとに何があったのかしら、お気の毒に。私も昨夜こっそり集中治療室にお見舞いして、今後の長生きのためのより良い身の振り方など、呼吸器のチューブを思わせぶりに弄びながら、親身に助言してまいりました。したがってあの件につきましては、もうきれいさっぱり、なんの心配もありません。
しかし……なにゆえ、他のソリコミ仲間のよいこの方々まで、それっきり姿を現さないのでしょう。
この国には、とても美しい言葉が多々あります。『仁義』『義理』『根性』『侠気《おとこぎ》』――もはや乱れきったこの国では、突破者すらヤクザの皮を被った金の亡者に成り下がり、真の武闘の気迫を失ってしまっているのでしょうか。せんせい、ロスでの熱いストリート・ファイトの日々を想いつつ、わざわざ毎晩、いちばん暗い物騒な道をひとりで帰っておりますのに。うるうるうる。このままでは、あなた方のようなモヤシでもヘチマでも木偶人形でもなんでもいーから、この鍛え抜いた拳で、思わず無差別にしこたまかわいがってさしあげたくなったりしちゃったりするではありませんか。
あー、拳が疼く。脚がわななく。
――はい! 気分を変えましょう!
せんかたない血の滾《たぎ》りは、ほどの良い体練で冷ますのがいちばんです。
こうしましょう。今回の『よいこのお話ルーム』は、今窓から見える街外れの小高い丘、あの森の中でたっぷり語ってさしあげます。木漏れ日の下で、たとえつかのまでも、弛緩した戦士の休息を満喫するのです。
どなたですか、あすこまで何十キロあると思ってんだ、そんな惰弱な泣き言をおっしゃるよいこの方は。
はい、そこの顔だけは立派にひねてふてくされた、しかし伸びきったパンツのゴムのような上腕筋しか、仮にも男子の腕に備えていらっしゃらないペンペン草のようなあなた、あすのあさひもおがみたければ、丘まで20キロ、しっかり全力疾走いたしましょうね。
ほうら! 青空を、白い雲が鴎のように流れて行きます!
その彼方には、緑深い原生林の丘陵が広がっております。
野生の血の騒ぐまま果てしなく原野を駆ける、それもまた人生というサバイバル・ゲームの、大切な要素です。
ほらほら、あなた、血を吐いたくらいでなんですか! 血は吐いても弱音は吐かない、それが戦士の生きざまというものですよ。いいえ、生きとし生ける者すべてが、『生存』という死を賭した戦闘の、戦士なのですよ。
さあ、みんな! 青空の下を、雲といっしょに走るんだ!
太陽に向かって走るんだ!
これが青春だ!
……でも、今回のお話は、やっぱり走りながら語ってさしあげますね。時間のつごうもありますし、すでに過半数のよいこが、後方の路傍で、しかばねのように横たわっております。どうやらしかばねそのものと化してしまった方も、いらっしゃるようです。フル・スロットルでまだたかだか10キロ弱、これしきのことで心拍停止に陥ったり脳の血管がぷっつんぷっつん切れたりするようでは、あすこに着いてからだと、みなさん、ひとりも生き残っていらっしゃらない可能性がありますので。
はい! それでは『よいこのお話ルーム』、全力疾走しながら、続きの始まりでーす。
よっ、はっ、ほっ、と。
★ ★
そうしてこんごのほーしんが定まったなかよし三にん組は、ちらちら小雪のなかを、えきまえのすーぱーにむかって進軍します。
「♪ ゆき〜のしんぐん 氷をふんで〜 ど〜れが河やら道さえしれず〜 ♪ うま〜はたおれる すててもおけず〜 こ〜こはいずくぞ みなてきのくに〜 ♪」
脳内に湧きいずるアドレナリンの命じるまま、もはや日露戦争従軍時のひいひいおじーちゃんの遺伝子きおくすらよみがえり、すっかりハイなたかちゃんです。
くにこちゃんも、ひそーなけついをかためております。
「♪ 焼か〜ぬひものに 半にえめしに〜 な〜まじいのちのあるそのうちは〜 ♪ こら〜えきれない さ〜むさのたきび〜 け〜むいはずだよ なま木がいぶる〜 ♪」
第二次大戦中、満州の荒野を彷徨ったひいおじーちゃんのいでんし記憶が、ありありとよみがえっております。
じつはくにこちゃんのばあい、おりょーりなどというめめしいこういに走るのは、ほんらいのやまとだましいが許さないのですが、たかちゃんのていげんのあとじっくりパンフ類をちぇっくしたところ、いかにおーがねもちの樋口一葉おねーさんでも、こうかなでりばりーしょくひんに対抗するにはその数量において限界がある、そんなきびしいげんじつにゆきあたったのでした。樋口一葉さんというお方は、ほんとうは、清貧の沼に咲いた一輪の睡蓮さんだったのですね。
――いつか、おふくろが、いっていた。てんやものをとるおかねがあれば、じぶんなら、もっとうまいおかずをたいりょーにつくれると。うちのおふくろは、たかこのおふくろとはまたちがったいみで、そんけーにあたいする。おやじもつよいが、ふくろらーめんしか、にてくれない。おふくろは、ほっぺたのおっこちそうにうまいおいものにっころがしなどもつくれる、えーゆーなのだ。そしておれもまた、そのなもなきえーゆーの血を、ひいているのだ――。
そんな勇壮な中にも貧しい一兵卒の悲哀をたたえた軍歌精神など、ちっとも縁のない上流階級の家系を持つゆうこちゃんは、
「♪ ゆ〜き〜の〜ふ〜る〜よ〜は〜 たの〜し〜い ぺ〜ち〜か〜 ♪」
こころのなかでちまちまと歌いながら、ほわほわと叙情にひたっております。
おんぷーき、けした、かぎ、かけた――あまあまのおじょーさまとはいえ、お手伝いの恵子さんが陰に日向に民衆きょういくをしてあげているので、そんなしっかりした事後確認も、きちんとできるゆうこちゃんです。
「もくひょー、はっけん!」
たかちゃんが、雄々しくぜんぽうをゆびさしました。
そこには、えきまえのすーぱーまるほんが、あたかも雪の旅順要塞のごとく、てっぺきのぼうぎょをほこっております。
「こーりゃく、かいし! とつげきー!」
★ ★
さてそのように ♪デテクルテキハ〜 ミナミナコロセ〜♪ 正確には ♪どどそそどどど〜 みどみどそそど〜♪ などと雄々しく吶喊したものの、せかいのはて・おうめのすーぱーのこと、店内はきわめてのどかそのものです。もうそろそろゆうごはんのしたくでピーク・タイムをむかえるじこくなのですが、雪がふっているためか、もともとあんまし人類が住んでいないのか、れじの行列もほとんどありません。
それでもたかちゃんたちは、意気揚々とカートを押してとつにゅうします。
まずは、ゆうこちゃんのりくえすと、たまごのこうりゃくにかかります。
「おう……」
たまごうりばをまえに、たかちゃんは、たちすくみました。
ママといっしょのおかいもののときだと、そーいったきほんてきしょくひんは、ほとんどママにまかせっきりです。たかちゃんはどちらかとゆーと、いりもしないきれいな色のたべものや、ふたりはぷりきゅあの食玩などをよくぼーのおもむくがままカートにほうりこみ、ママに「めっ」されるのが、おもなおしごとです。ですから、いざじっくりとたまご売り場をながめるのは、これがはじめてです。
白いのやら赤いのやらおっきーのやらちっこいのやら、なんだかずいぶんいろんなたまごがならんでいます。にわとりさんといういきものは、こんなにたくさんのいろんなたまごを産むのでしょうか。それともたかちゃんがまだ知らないだけで、よのなかには、にわとりのMさん一家、L型にわとり、さらには赤いにわとりさんなども棲息しているのでしょうか。
ゆうこちゃんも、たかちゃんよりなお場数を踏んでいないので、ちょっと手が出せません。よって、突入直後から膠着状態に陥ってしまった戦線を切り開けるのは、くにこちゃんしかおりません。
「これだな」
わきめもふらず、いちばん安いM玉ぱっくをカートに入れます。おふくろはいつもはじっこしか買わない、そんな選択基準なのですね。
「つぎは、はちみつだ」
からからとカートを押して進軍を続けるくにこちゃんに、ゆうこちゃんは、すなおにしたがいます。
しかしたかちゃんは、あるじゅうだいなじじつに気づいてしまいました。
くにこちゃんの選んだ、そのおとなりのぱっくを手に、とととととと後を追います。
「ねえねえ、こっちにしよー」
くにこちゃんは、けげんそうに、そのちょっときれいな紙のついたぱっくをながめます。
「たまごなんて、どれもおんなしだろう。どうせ、ひよこは、はいってない」
ひ、ひよこ――くにこちゃんの意表をつく発言に、ふたりは思わず反応に窮します。十個いちぱっくのたまごに、十羽のひよこさんがはいっていたら、いったいどーするつもりなのでしょう。
ゆうこちゃんは、くにこちゃんが朝の食卓でめだま焼きのかわりにひよこ焼きをたべているのをそうぞうし、かなり青ざめます。
たかちゃんは、たまごかけごはんのかわりにぴよぴよともがくひよこさんをおどりぐいしているくにこちゃんをそうぞうしますが、あんがいありそうな気もするので、ちょっとしか青ざめません。きっとそれが、じゃくにくきょーしょくの、きびしいしぜんかいのおきて。でも、ひよこさん、やっぱしちょっとかわいそう――。
「ひよこがはいってるんなら、そっちが、いい。そだてて、もっと、たまごをうませる」
ああ、よかった。おもに第一次生産者的感性に基づく発言だったのですね。
「おんどりだったら、しめて、くう」
うう、やっぱし。
「でも、でも、ほら」
たかちゃんは、もってきたぱっくの包み紙を、ゆびさします。そこにははっきりと、いかにもおいしそーな黄色い字で、『おいしい玉子』と印刷してあります。
「こっち、『おいしーたまご』。ぜーこみ、にひゃくよんじゅーごえん」
それから、くにこちゃんの選んだ、とくばいひんをゆびさします。
「そっち、ひゃくはちじゅーきゅーえん。きっと、おいしくないたまご」
いわれてみれば、たしかにかーとのぱっくには、ちっこくMやら日付やら印刷したそっけない紙切れが入っているだけで、おいしいともまずいとも、明記されておりません。
「……でも、こっちだと、思ったがなあ」
家のたまごかけごはんやたまごいりらーめんは、けっこううまい。だとすれば、それはやっぱし『おいしい玉子』のほうだったのだろうか――くにこちゃんも、過去のおかいものきおくに、さほど自信はありません。ゆうこちゃんは、もとよりなんにもわかりません。
こまったときは、おみせのおとなのひとに、訊くのがいちばんです。たかちゃんは、とととととと、ちかくのえぷろんおばさんにかけよります。
「どどんぱっ!」
十数年前は立川駅裏の盛り場でちょっとした顔だったのに、上手くたらし込んで入籍した不動産屋の夫はバブル崩壊後倒産して行方不明、自らも容色の衰えた今となってはセコいパートを掛け持ちして中学生の娘を一手に養わねばならない――そんなエプロンおばさんは、添加物コテコテの旨くもない安食肉加工品をいかにも美味そうにフライパンで炒めつつ、日々の疲れをけなげにも押し隠し、りっぱな新製品派遣デモ員としての笑顔を浮かべてくれました。
「はいはい、どどんぱ?」
老いたりとはいえ、さすがはかつてのワケアリ美女、なかなかあなどれない客あしらいの良さです。
たかちゃんは、あんしんして、ふたつのたまごぱっくをさしだします。
「ねえねえ、こっち、『おいしーたまご』」
「はいはい」
「じゃあ、こっちは、『おいしくないたまご』?」
パートのおばさんは、うに、と眉を顰めました。
いえ、たかちゃんにはなんら悪印象を抱かなかったのですが、さきほどくにこちゃんのひよこ発言を聞いたときのたかちゃんたち同様、想定外の発言に戸惑ってしまったのですね。
「……ママは、どこにいるのかな?」
よくいる『なんでなんで幼児』は、回答ごと保護者に丸投げしようとしますが、たかちゃんはにこにこぷるぷるします。
「ママ、とーくで、おしごと」
同行者は後からととととととやってきたふたりだけ、つまり子供たちだけのようです。
「お買い物ごっこは、おうちで、ね」
努めて冷淡にならないよう、おつむをなでなでしてあげます。
「ごっこと、ちがうよう。みんなで、おりょーりするの」
大事そうにぽっけから出して見せた五千円札に、パートのおばさんは、ちくりと胸を痛めます。
中学二年のひとり娘は、今でこそ落ち着いておりますが、実は入学したての頃、荒れかけた時期がありました。小遣いだけ与えてあとはほったらかし――そんな表層的な説教を垂れた若い担任教師の、苦労知らずの血色のいい坊ちゃん顔なども記憶によみがえり、おばさんの心が疼きます。不器用な人生を歩む親にとって、子供への愛情をお札でしか表現できない、そんな状況だって、ときにはあるのです。
ここは、きちんと応えてあげよう――おばさんは、さらに優しくなでなでしてあげます。
「こっちはね、きっと、『ふつうの玉子』なのね」
「ふつーに、おいしくないたまご?」
たかちゃんにも、けしてあくいはありません。
しかしパートのおばさんは、隘路にはまってしまった自分を感じ、ちょうど通りかかった制服の店長を、ラッキー、とばかりに呼び止めます。
あまいますくにおくぶかいやぼうをひめた、まだ若い店長さんは、時あたかも有楽町の本部から訪れた東京北部ブロック長の店内視察に付き合っている最中だったので、ここはひとつ自分の現場処理能力をアピールしておこうと、こんじょーを入れてたかちゃんをなでなでします。といって、あえて簡略なパッキングで安さを演出し、折り込みの目玉にしたり、過剰品質にこだわらない低所得層や個人経営飲食店を狙ったり――そんな商品差別化について説明しても、幼児に理解できるとは思えません。
にこにことたかちゃんたちをつれて玉子売り場に戻り、自信を持って、ぐるりんと棚を指し示します。
「お嬢ちゃん、うちのお店で売ってる玉子はね、みーんな、おいしい玉子なんだよ」
しかしたかちゃんは、そんなあいまいなかたちだけのえがおでは、なっとくできません。
さっきのおばさんの、じんせいにつかれながらもなおやさしいえがおにくらべ、このおじさんのえがおには、どこかいつわりのにおいがする――。
「でも、こっちが『おいしーたまご』。だったら、こっちは、『おいしくないたまご』」
「……『ふつうにおいしい玉子』なんだね」
なんとか、たかちゃんもなっとくします。
でも、こんどはにひゃくよんじゅーごえんのほうに、ふと疑問を抱きます。
「じゃあ、こっち、まちがい」
「?」
「ただの『おいしーたまご』じゃなくて、『ふつーよりおいしーたまご』。あれ? 『もっとおいしいたまご』?」
店長さんも、隘路にはまってしまった自分を感じます。
まあたかだか子供の戯れ言、自店の評価に響くはずもないのですが、ちょっと気になってブロック長の顔色を窺うと、ブロック長はなぜか真円近くまで目を見開き、妙に強張っております。その緊張した視線は、張本人のちょんちょん頭幼女でもカートのボーイッシュ幼女でもなく、一番後ろでふむふむと生真面目にうなずきながら成り行きを見守っている、鄙には稀な美幼女に固定されているようです。
「三浦優子ちゃん――だよね?」
ちょっぴり引きつった笑顔で、丁重に訊ねます。
ゆうこちゃんは、きょとんとしながらも、こくりとうなずきます。
「やっぱり、そうか。いやあ、こんにちは。覚えていないかもしれないけど、おじさん、お正月にいっぺんごあいさつしたんだよ。帝国ホテルのパーティーで、おじいちゃんやパパと、ごいっしょしてたでしょ?」
あ、おじーちゃんやパパの、おきゃくさまなんだ――ゆうこちゃんは、その大東京の夜景を睥睨するとんでもねー広さの宴会室で会ったとんでもねー頭数の三つ揃いの大群など、もちろんひとりひとり覚えてはおりません。でも、おうちのお客様だったのですから、ていねいにごあいさつを返します。
「こんにちわー。いつも、おせわに、うーんと、おせわになさりれ――」
「いやいやいや、こちらこそこちらこそ」
幼女にぺこぺこと最敬礼する中年男というのは、ちょっと異様です。
怪訝そうなお顔の店長さんに、ブロック長さんはごにょごにょと耳打ちします。
「三浦会長のお孫さん」
「げ」
さらに隣の加工品コーナーで納豆や豆腐を見繕っている、ガタイのいい会社員風の男に目を移し、
「あれ、もと三浦会長付きのSP」
「げげ」
店長さんが、顔色を失います。
そもそも(株)丸本は、全国展開SCチェーンとしてはまずまずの老舗ながら、老舗ゆえにPOS導入後の流通合理化を徹底しきれず経営不振に陥り、昨秋三浦財閥傘下に収まることによって、なんとか倒産をまぬがれたという経緯があります。業界では、現在三浦商事の常務取締役を務めている会長の末息が、春には三浦銀行OBの中継ぎ現社長に代わり(株)丸本の社長に就任するだろう、そんなもっぱらの噂です。
「でも、お孫さんはただのお孫さんですし――」
「甘いぞ。まあ次期社長はコチコチの知性派だそうだから、仕事と私事は混同しないだろう。問題はその親父、三浦の爺さんだ。あの歳でも仕事にゃ滅法厳しいが、情緒面では、正直、半惚けだ。一番出来のいい末息子にベタベタで、その娘には、もっとベタベタだ。だってお前、正月の賀詞交歓会にわざわざあの子だけ連れて来て、傘下一同取引先一同に見せびらかしたんだぞ」
あの殺人的な可憐さなら、解る気もするが――店長さんは、逡巡します。感情とビジネスは、あくまで別物です。しかし、たとえビジネス上でも数字的に甲乙の付けがたい稟議などは、絶対にランダムには動きません。上の連中の『勘』、つまり些細な好悪で動くのです。
――自分は一介の店長で終わる気はない。今春あるいは今秋、このブロック長が北関東統括マネージャーに昇る時は、その後を継いで本社に戻る。いずれは取締役まで昇る男だ。
「……えーと、みんな、お友達なのかな?」
三浦一族における、ちょんちょん頭の位置に、探りを入れます。
ショートカット娘が、豪快に他のふたりの肩を抱えます。
「おう。ちるときはいっしょと、ちかったなかだ」
いっぺん言ってみたくて、しょうがなかったのですね。
たかちゃんは、ほんとーはそこまででもないだろうと思いますが、こんごのつきあいというもんだいがあるので、こくこくします。ゆうこちゃんは、ぽ、と頬を赤らめて、心から嬉しそうにうなずきます。
店長さんは、かくごをきめました。
「――ごめんごめん。やっぱり、これは、間違ってるみたいだね」
内線携帯でPOP室を呼び出し、ごにょごにょと、しかし切羽詰まって指示を出します。
5分もたたない内に、女子社員が急ぎ足でやってきました。
「間違いは、すぐに直しとかなきゃね」
玉子コーナーのプライスカードが、またたくまに何箇所か差し替えられます。
『広告の品・おいしい玉子』、税込189円。
『すごくおいしい玉子』、税込245円。
『ものすごくおいしい玉子』、税込328円。
以上三品目以外は、ビタミンやらヨードやら色やらハーブやら、納入業者独自の商品名が付いているので、ちょんちょん頭に追求される恐れはありません。
たかちゃんは、ねんいりにプライスをちぇっくしたのち、ふまんげに棚の現品をゆびさします。
「まだ、ちがう」
「……包み紙は、すぐには直せないから、ちょっと待ってね」
「ぶー」
たかちゃんは、カートに入れていたふたつのパックを、ぬい、とさしだしました。
「……?」
ものといたげな店長さんに、たかちゃんはきびしいおめめでこくこくします。
やはり曖昧な妥協は許されないようです。
店長さんは、しばし挙動に迷ったのち、女子社員から赤いマーカーを借りて、『お・い・し・い・た・ま・ご』、さらに包み紙のあるほうには、『す・ご・く』、と手書きしてあげました。
たかちゃんは、んむ、とうなずきます。
とりあえずじぶんのぶんだけはっきりすれば、あとのなりゆきは些末事です。
店長さんは、こまっしゃくれたちょんちょん娘にかめんのえがおを向けながら、その隣で天使のように頬笑んでいるゆうこちゃんをかくにんし、ないしんむねをなでおろしました。
いっぽうブロック長さんは、びみょうなまなざしでそれらのいきさつをぼうかんしつつ、「このネーミング、丸本直系じゃ無理あるけど、食品・日用品限定の小型マート系ならウケるんじゃないか?」などと、冷静に分析したりしています。
こうしてたかちゃんは、(株)丸本鶏卵部門にも、めでたくしょうりしたのです。
★ ★
のっけからなかなか苦戦してしまい、このままでは夜戦に突入してしまうのではないか――思わずそんな不安にかられてしまうゆうこちゃんでしたが、次のはちみつさんは、幸いひらがなと漢字とあるふぁべっとの三種類しかなかったので、
「はい、はちみつ」
「おうよ」
うるさがたのたかちゃんやくにこちゃんも、平仮名しか認識できず、いっぱつせんたく可能です。
「うおっしゃあ。つぎは、いよいよ、ほんばんだ」
くにこちゃんは、はりきってかぽんかぽんと両腕をならします。
「なんといっても、めでたいたんじょーびだ。てはじめに、すきやきは、どうだ?」
ごせんえんとゆーばくだいなしきんがありますから、くにこちゃんの鼻息も荒くなります。
「おう、ごーせー」
「こくこく」
脳内に浮かんだ食味・食感に、オーストラリアの野性的牛さんと松坂のお上品牛さんの差はありますが、たかちゃんもゆうこちゃんも、異存ありません。
まずは手近なお野菜コーナーへ――と思いきや、なぜだかくにこちゃんは、奥のなんだかごちゃごちゃコーナーにどんどん進んでいきます。
「あったあった」
まよわず『丸美屋のすきやきふりかけ』を、さもうれしげに三袋いっきにわしづかみにして、カートにくわえます。
たかちゃんは、ことばにつまります。
「…………う」
「なんだ? すきやきだぞ?」
ゆうこちゃんは、目を輝かせます。
「すごおい。お湯にいれると、すきやきさん?」
たかちゃんは、ふくざつなしんきょーで、ことばをえらびます。
「……ちょっと、ちがう。えーとね、やっぱしぎゅーにくさんと、しらたきさんと、おとーふさんと、えのきさんと――」
ねぎさんはきらいなので、たくみにしょーりゃくするたかちゃんです。
「いんや。それは、ふんまつにする前の、すきやきのもとだ。おやじが、おしえてくれた。こっちのほうが、こうきゅうなのだ」
生活能力の欠如した保護者を心から信じきっているくにこちゃんのいたいけな姿に、たかちゃんは、心の中で、はらはらと落涙します。ゆうこちゃんは、そうした極貧の下層階級の実態など知る術もなく、すなおにあたらしいちしきをうけいれます。すきやきのふんまつ、すごいすごい。
「こうきゅうひんだから、あんまし腹はふくれない。こんだけくうと、ちょっとじゃりじゃりする。まあ、つまみだな」
「――じゃあ、おなかふくれるのも、おりょーりしよー」
あえてそれ以上のついきゅうは控えてあげる、やさしいたかちゃんでした。
★ ★
さて、しきりなおしのため見通しのいい入り口きんぺんにもどり、あらためて、たかちゃんたちは、ぜっくします。
「おう……」
むげんにひろがる、すーぱーのだいうちゅう。あんまし静寂でもない光に満ちた世界。しんでいく賞味期限切迫品もあれば、うまれくるおりょーりのざいりょうもある。そうだ、うちゅうは生きているのだ――。
たかちゃんのこころに、大田区産業会館で原始コミケ初の森雪こすぷれを披露していたママの、ふくいくたる遺伝子きおくがよみがえります。まあびじゅある的には、ゆうこちゃんがもりゆきでくにこちゃんがこだいすすむで、たかちゃんはちょっとあならいざーっぽかったりするわけですが、そこはそれ、主観の自由です。
「♪ さらば〜 ちきゅうよ〜 ちゃちゃちゃちゃ〜 たびだ〜つ ふねは〜 ちゃちゃちゃちゃ〜 ♪」
――まあにほんじんなどというものは、どーしても悲愴に戦って、あいするもののためにみんなでしんでしまえば無能でも未熟でも派手に大ウケ可能、そんな意識があります。しかしねんのため、こんかいたかちゃんの歌っているお歌は、そんな浅い次元のものではありません。あいのこんぽんは、あいするじぶんと同じだけ、あいされる対象そのものにもあるはずです。しかし、それだけではありません。そのりょうしゃのそんざいするくうかんじたいが、それらのいしき体をないほうするものとして、てつがくてききのうをはたします。
たとえば、勇壮に戦おうにもその術すら見いだせない存在――野菜売り場のびにーる袋の中から、遠いバレンタイン・イベント・コーナーの北海道名産ホワイト・チョコレートちゃんに熱い視線を送っているピーマン君などは、朝の陳列時にほんの一瞬すれ違ったその清楚なお姿に一目惚れして以来、刻とともに高まる胸のうずきをただ己ひとりの胸に秘めつつ、お口もないしお足もないので、やがては無言のままどこかのお家のフライパンで焼き殺されたり、千切りにされて生きたまま食べられてしまう運命にあります。しかしピーマン君は、そんな己の運命など、微塵も慮《おもんばか》っておりません。ただあの清らかに美しいホワイト・チョコレートちゃんだけは、くれぐれも口の臭いオヤジに食べられたり、義理チョコや本命外チョコとして無意味に生を終えてほしくない――そんな祈りを心の中で繰り返しております。無論その心は、彼がピーマンであるがゆえに、ホワイト・チョコレートちゃんにも、他の人間たちにも伝わりません。しかし、たとえその心がピーマン君以外の誰にも知られず、またホワイト・チョコレートちゃん自身も、自分をそれほど愛してくれたお野菜の存在を知らぬまま泣きながら口の臭いオヤジに食べられてしまったとしても、ピーマン君の心は、はたして無意味でしょうか。
否《いな》、なのです。
なんとなれば、この物語がお話づくりのぶよんとしてしまりのない人とせんせいによって『あなたに』語られた、そしてごくしょうすうの『あなたが』それを聞いてくれた、その時点で、この物語の中には『相対的空間』が生じます。それは外界の森羅万象を繋ぐ『縁起』と、まったく同じ性質のものです。そしてそれは、志●美●子さんという素晴らしい女性を娶っておきながら肉欲のおもむくがまま不倫しまくりのナガ●チのクソ野郎が己ひとりだけを相手に朗々と歌い上げる愛の歌に乗せられて無駄に沈まされるYAMATOなどとは百億万光年離れた、むしろ松本零士大先生の個人的でもありかつ巨視的でもあるロマンの世界に近い世界と言えます。そこにおいては、ぶよんとしてしまりのない人もせんせいもたかちゃんトリオもピーマン君もホワイト・チョコレートちゃんも、そして『あなたも』、俯瞰しながら俯瞰されながら、ごにょごにょと分別不能の『存在』として、等価になります。『大四畳半物語』や『男おいどん』の生活空間が『宇宙戦艦ヤマト』と同じ宇宙であること、それを、かつては『廓●ち』『新●線大●破』『君●憤●の河を●れ』といった良質娯楽作を産みながらもいつしか角●のシャブ中坊ちゃんに煽られ「真意を表現する誠意」から乖離してしまった佐●純●監督の散漫な世界と混同してはいけません。
さて、お話の人の悪い趣味で、またまたあさっての方角に偏向してきたこのお話ですが、よいこのみなさん、けしてしんぱいはいりませんよ。
そうしたお話のひとの歪んだ嫉妬心や自己満足などはもうきれいさっぱりシカトして、たかちゃんたちはげんきにうろちょろと、すーぱー内を斥候します。
そこではむすうのとんとんとん・ぐつぐつぐつ・じゃーじゃーじゃーの原料が、混迷した散兵戦の様相を呈しております。
「赤いおさかなさん」
「ひつじのにく」
「……ぷちとまと」
こんごのさくせんの方向が、なかなか合意に達しません。
それはきっと、(株)丸本自体の散漫さでもあるのでしょう。『にっぽんの冬 おなべの冬』などという、あったかお湯気がほわほわたちのぼっているコーナーがあるかと思えば、ちょっと横には『雪の夜には激辛韓流』などという、むじゅんしたコーナーがあったりします。まあ韓国さんの唐辛子好きも、実は文禄だか慶長だか江戸時代だかに、日本から唐辛子が渡って以来の好みだそうですから、おいしーものにこくせきはむかんけいなんですけどね。
「――『びびんば』」
あるPOPをかくにんしたたかちゃんのあたまに、ふたたびぴーんと、なにかがひらめきました。
「ねえねえ、どどんぱ鍋にしよう!」
「おう、いいな、どどんぱなべ。うまそうだ。くったこと、ないけど」
ゆうこちゃんは、ちょっぴりお顔を曇らせます。かつてたかちゃんとくにこちゃんの交わす『どどんぱ語』を会得するために費やした、なんだかよくわからない涙の日々を、思い起こしてしまったのですね。
「……どんな、おなべさん?」
「うん。これから、はつめいするの」
「おう、いいな。しようしよう。しんはつめい、どどんぱ鍋」
ゆうこちゃんも、にっこし笑います。これからいっしょにはつめいするのなら、それがなんだかわからなくて、さみしくなる心配はありません。
「なべなら、かんたんだ」
くにこちゃんが、自信たっぷりにだんげんします。
「おふくろが、いってた。だしを、きちんとる。あとは、すきなものをなんでもいれればいいのだ」
「だし。――おだいどこのとだなに、かつおさんとこんぶさんの絵の、あった。あのびん?」
「おう、あれだ。とゆーことは、あとはすきなものをなんでも買って、なべで、煮ればいいのだ」
それはとっても、いーかもしんない。
ようやくいけんのいっちをみたたかちゃんたちは、勇んでカートを押して駆けだしました。すきなものならなんでもいいのですから、はなしはかんたんです。
「赤いおさかなさん、青いおさかなさん、いちごみるふぃーゆさん、ゆずめんたいこさん、みとなっとう、ぴーまん、すじこ、ふたりはぷりきゅあのかーどのきゃんでぃー」
なんだかとってもこのみのかたよった、たかちゃんです。
「はんばーぐじゅっこ、じんぎすかんごにんまえ、にんにくいっぱい、こーきゅーまつざかぎゅーすてーき大ふぁみりーぱっく、いせえびさんびき、こくないさんてんねんうなぎのかばやき五にょろ、むのーやくはくさい、まるかじりようにんじんじゅっぽん」
すきなもののなかに、すきかどうかはまだわからないがいっぺんくってみたくてしかたがなかったものなども、しっかりくわえるくにこちゃんです。
「……とまとさん、ぷちとまとさん、みにこーん、うずらさんのたまごさん、なのはな、きくのお花、なまゆばさん、あと、あと……」
ゆうこちゃんも、おもにかわいいたべものやおしとやかなたべものなどをぶっしょくしつつ、このまえてーこくほてるでたべたおむれつにのっかってた、あのきのこさんもおいしかったなあ、などと、きょろきょろあたりをみまわします。
「おう、ゆーこ、あとはなんだ?」
「……うーんとね、きのこさんなの」
「まいたけさん? なめこさん?」
たかちゃんは、すでにじぶんのしぶいこのみでカートに入れた茸類をゆびさします。
「ううん、ちょっとちがう。うーんとね、とりゅふさんっていうの。くろくて、こーんな、ぽよぽよ、って」
「とりゅ? ふ?」
「とーふじゃないのか?」
陰に日向にお嬢様の様子を窺っていた店長さんが、ここですかさずとうじょうします。
「これはゆうこちゃん、何かお探しですか?」
「……ぽ。おそりいれます。トリュフさん、うーんと、こーんな、くろくて、ぽよぽよさん」
そんな世界三大珍味がこんな大衆向けSCに置いてあってどーすんのよ、などとはお首にも出さず、
「ごめんね、それは、お取り寄せになっちゃうなあ」
たかちゃんが、ぽん、とお手々を鳴らします。
ととととととばれんたいんこーなーに駆けて行き、またととととと戻ってきます。
「ほらほら、くろい、ぽよぽよ。とりゅふ」
たしかにおんなしお名前で、かたちも似ています。まあ、希少食用茸とちょこれーと菓子の差はありますが、ゆうこちゃんは、だきょうしてうなずきます。おむれつにちょこれーとがのっかれば、それはそれでおいしーかもしれません。
「あと、これも」
たかちゃんは、いっしょにかかえて来た白い箱も、かーとにほうりこみます。いつかパパがほっかいどうしゅっちょうのおみやげに買ってきてくれた、おいしいホワイト・チョコレートさんです。
「さーて、こんなもんだな」
なんだかいろんなぱっくがみゃくらくもなく山を成したカートを押して、くにこちゃんは意気揚々とレジに向かいます。たかちゃんたちも、げんきに後続します。
レジのおねいさんは、まったくこの頃のガキは伊勢海老だの松坂牛の霜降りだのこんなたけーもんへーきで買いくさってよう、親の顔が見てみてーよ、などという本音はお首にも出さず、マニュアルどおり、きっちりびしょうします。
「三万二千六百五十三円になります」
たかちゃんは、ぽっけから樋口一葉さんをさしだします。
「はーい!」
「…………」
おねいさんは、こんわくします。
なにか言おうとは思うのですが、
「にこにこ」
「にこにこ」
「にこにこ」
さんにんの幼女の希望と自信に満ち溢れた純真な笑顔に圧倒されてしまい、二の句が継げません。
なぜかその後方に待機していたワケアリげな店長さんに、視線で指示を求めます。
店長さんは、ぶいぶいとサインを出しています。VIP扱い外商回し、そんな符丁のようです。
「……五千円は、現金でよろしいですか?」
なんだかよくわからないので、たかちゃんは、ひきつづき超にっこしこうげきをかまします。
「はーい!」
ぶいぶい。
★ ★
「いやー、ぴったしだったなあ」
くにこちゃんは、きしょくまんめんで、たいりょーのせんりひんを袋詰めします。
「さすがに、ごせんえんさつというものは、ちがったものだ」
たかちゃんとゆうこちゃんも、なんのぎもんもなくにこにこうなずきあいながら、いっしょに袋詰めします。
そうして小雪の中を元気に帰途につくたかちゃんの、ちっちゃいぴんくの手袋にぶらさがったレジ袋の中では、憧れのホワイト・チョコレートちゃんと肌を接してしまったピーマン君が、予期せぬ展開になんだかもじもじと、推定ほっぺたのあたりを赤緑色に染めたりしていました。そしてホワイト・チョコレートちゃんも、なにやら思うところがあったりするのか、冷たい冬の風に吹かれながら、なぜかちょっぴりやわらかくなったりしていました。
こうしてたかちゃんたちは、むげんにひろがるすーぱーのだいうちゅうにも、ぶじ、しょうりしたのです。
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