たかちゃんぐるめ  〜 ふゆのなべもの 〜








     
さんかいめ  ♪ つんつくつくつく、つんつんつん ♪
              
(注・めろでぃーが、いっかいめと、おんなし)



 つんつんつん、つんつんつ、つつつん―― ♪ つんつくつくつく、つんつんつん ♪ つんつくつくつく、つんつんつん ♪ つんつくつくつく、つんつんつん ♪ つくつくつんつん、つん、つん、つーん―― ♪
 はい、このごにおよんで、まだタイトルのめろでぃーが想像できないよいこのみなさまはもういらっしゃらないとは思いますが、ねんのため、せんせいがだめおしで歌ってさしあげました。
『新日本紀行』等の大人番組テーマ曲で昭和の音楽界に大いなる足跡を残すのみならず、『ジャングル大帝』『キャプテンウルトラ』『マイティジャック』等々の勇壮な主題曲で子供たちの人生を鼓舞し、さらにはドビュッシーのクラシック曲を当時の最新鋭楽器モーグ・シンセサイザーを駆使してアレンジした名盤『月の光』などのアルバムで全世界に羽ばたいた、あの『世界のTOMITA』――冨田勲大先生による、ちょっと楽しいめろでぃーです。なお、長さのかんけいでサビのめろでぃーは省略いたしましたので、ご了承くださいね。
 さて、『NHK・今日のお料理』――じゃねーや、きょうの家庭科実習は、とってもおいしくてかんたんな『びびんば丼』のつくりかたを、おしえてさしあげましょうね。ざいりょうは、『グリコDONBURI亭・ビビンバ丼』、そして『ぱっくのごはん』、さらに『なまたまごいっこ』、はい、たったこれだけでーす。
 はい、そちらのからだだけはいちにんまえでもふにゃふにゃ幼児発音会話しかできない、でもしぶやでおっさんひっかけてろくでもないあそびやむだなかいもののお金をぼったくるには赤ん坊程度の語彙でらくしょー、そのようなおんなのよい子のかたでも、あるいはやはりからだだけはすくすくとひとなみいじょうに育ちながらしこうのうりょくのけつじょによりこんびにのまえで徒党をくんでうんこずわりするくらいしかじんせいの意義をみいだせない、でもおっさんをかつあげしてろくでもないあそびやむだなかいもののお金をぼったくるにはママのおっぱいにしゃぶりつく程度の生存本能を備えていればらくしょー、そのようなおとこのよい子の方でも、歪んだ頭骨の中に脳味噌が3グラム以上存在していれば、いつでもおいしい『びびんば丼』がいただけます。ほんとうにすばらしい人類の進歩と調和ですねえ。満艦飾の和服姿で高らかに歌う三波春夫さんの『世界の国からこんにちは』など、思わず脳裏をよぎります。この国の民がその後なんぼ脆弱化し萎びつつあっても、世界は確実に『進歩』しつつあるのですねえ。『調和』のほうは、保証の限りではありませんが。――失礼いたしました。今のせんせいのはつげんは、たった今この瞬間、きれいさっぱりわすれさってください。わたくしはあくまでも三十路をむかえたばかりのおんなです。けして大阪万博など、記憶にございません。
 なお、脳味噌は3グラムでも胃袋だけはひとなみ以上の飢えがちな男のおこさんのばあい、『ぱっくのごはん』を大盛り300グラムでえらんでおけば、より長時間のうんこずわりやかつあげが可能になります。そのげんばをはっけんしたせんせいが正しい教育者として真摯な生活指導をしてさしあげる際に流れる赤黒い血潮や濁った体液もちょっとは増えて、より生存率がアップするかもしれません。
 はーい、それでは、そこの身長165バスト94ウェスト58ヒップ85体重48(公称)、でもほんとはウェスト68体重58の文盲で舌の回らないナイス・バディーなあなた、ガス・レンジのコックの捻り方と水道栓の捻り方は、そのかわゆい角砂糖のようなカスカスの頭脳でも理解できますね。はいはい、おなべにお湯を沸かしてみましょうね。おー、よちよち。
 はーい、そこの大量添加物入りコンビニ食品やジャンク・フードばっかししこたま喰らって前頭葉が萎縮してしまい自制心を失った毛のないゴリラのようなあなた、玉子を割ってくださいね。そのぶっといだけが取り柄の不器用な指で、殻ごと捻り潰してはいけませんよ。はーい、どうどうどう。なお、きっちり黄身と白身を分けてくださいね。この種の韓国料理の場合、黄身だけ混ぜたほうが、コクが出て美味しいのですね。
 あう! 
 あうあうあうあう!
 て、てめえ! 白身、シンクに流してどーすんだ! いってーどんなたわけた躾け受けて育って来たんだおのれは! おめーの親父もお袋も毛のないゴリラか? すくえ! そこの茶碗で、はよ、すくえ!


 ……こほん。
 ――失礼いたしました。
 でも……しにたいですか?
 あすのあさひもぶじにおがみたいですか?
 ならば、すなおにその白身を余さずシンクの奥からすくい上げましょう。せんせい、ダイソーのお味噌汁といっしょに、明日の朝のおかずにいたしますので。そんだけの動物性蛋白があれば、充分午前中の戦闘、いえ、きょういくが可能になります。陸自別班の極秘任務を帯びて厳冬期の図們江を夜間渡河し、北朝鮮に潜入するのも可能です。


 はい、それではれとるとぱっくをゆがく間に、『よいこのお話ルーム』、つづきをかたってさしあげましょうね。
 びびんばならぬどどんぱ料理にかかんなたたかいをいどむたかちゃんたちのゆくてには、いったいどんな凄惨なうんめいが待ち受けているのでしょうか! そこは分断された手脚が吹きとびひしゃげた首が舞い、脳漿や血しぶき降り注ぐ地獄の戦場か! 『たかちゃんぐるめ 〜ふゆのなべもの〜』、いよいよ、ほんばんのはじまりでーす。


    ★          ★


「……おう」
 れんじの大なべが、ぐつぐつと不気味に蓋を蠢かせ、濁った湯気を上げはじめます。
 おだいどこにあったおなべの中でも、いちばんおっきい大なべです。
 たかちゃんたちは、ほんのうてきにおだいどこのはんたいがわまで遠のき、さんびきのはむすたーのようにひとかたまりに身を寄せ、おそるおそるなりゆきをうかがっています。
 ぼこ、ぼこぼこ。
 かた、かたかた。
 なにやら地獄の沼に湧き出る粘液質の泡のような、ふきつな音と匂いが、おだいどこに漂っております。
「……だし、まちがって、ないな」
「こくこく」
 たかちゃんは、かくしんに満ちたお顔で、うなずきます。でもちょっぴり、なんらかのぎもんをいだいていたりもします。――やはり、『濃縮』とか『倍』とか、よめない漢字をぜんぶとばして、よめる数字だけでおだしの量をはんだんしたのは、あやまりだったのだろうか。
 ゆうこちゃんは、やや冷静に、おだしのすぐ後にとうにゅうしてしまったあれやこれやナニがなんらかの悲劇を呼び起こそうとしているのではないか、そんな分析を下しております。やわらかそうなものやちっこいものをさきに入れてしまったらどうか――いかにももっともに思われたくにこちゃんのはんだんが、まんいつあやまりだったとしたら――みやこそだちの内気なななまゆばさんは、はでずきのきゃんでぃーにいじめられてはいないか――あのゆずめんたいこさんやいちごみるふぃーゆさんやすじこさんは、やはりもっとあとでとうにゅうするべきだったのではないか――みとなっとうさんとあんみつさんとにんにくさんとの間に、なんらかのあつれきがしょうじているのではないか――ふあんの種は尽きません。でも、こわくて口に出せません。
 たまごやきまでは、かんぺきだったのです。
 たかちゃんやくにこちゃんの助言という名の妨害にも負けず、さすがに恵子さん仕込み、わずか七さいのゆうこちゃんは、ぶじにはちみついりのあまくておいしいたまごやきをかんせいさせたのです。ちょっぴり焦げてはいたものの、たかちゃんもくにこちゃんも、お世辞抜きで「んまい」「おいしー」と、舌鼓を打ってくれました。きのこではなくちょこれーとっぽいトリュフさんだって、必ずしも、ミス・マッチではありませんでした。
 しかし――さすがにしんはつめい『どどんぱなべ』のほうは、相応の試行錯誤を要するようです。
「……なやんでいても、しかたが、ない」
 くにこちゃんが、果敢に脚を踏み出します。
 たかちゃんもゆうこちゃんも、よりそってぷるぷる震えつつ、その後に従います。
 くにこちゃんは、しんちょうにおなべのふたをもちあげ、勇を奮ってのぞきこみました。
 つーん。
 くにこちゃんのりりしいお顔が、とってもせつなげに、ゆるみます。
「あはん」
 それはもう、どーしていーやら理性では収拾のつかないせつなさが、しもはんしんからせなかをつたいあたまのてっぺんまで、ぞわぞわとはいあがります。もしここがたかちゃんちのおだいどこでなく寝室であり、そんなお顔をしているのがくにこちゃんでなくたかちゃんのママだったりしたら、パパのお腰の動きがたちまち抑制を失い、思わずたかちゃんの弟か妹を作ってしまいそう、そんなお顔です。
 もはや苦痛と恍惚の分別を失っているらしいくにこちゃんのよろめきに、たかちゃんはある種のアラートを感知し、すばやくおなべのふたを閉じます。
「たしっ」
 くらくらとゆかにくずおれるくにこちゃんを、ゆうこちゃんが支えます。
「ごめんね、ごめんね」
 ゆうこちゃんはなんにもわるくないのですが、事前に止めてあげられなかった自分がとっても悲しい、そんなきもちなのですね。
 くにこちゃんが、陶然とつぶやきます。
「……ごくらくのいりぐちは、しゃけのももいろだ」
 なにかと児ポ法のやかましい昨今、全年齢対象の場でこの表現はヤバい――かしこいたかちゃんは、
「こりは、あぶない」
 ふたりを遠ざけ、洗濯ばさみでお鼻をつまみ、果敢に危険物の処理を試みます。
「まて」
 正気を取り戻したくにこちゃんが、やっぱし鼻をつまみながら、
「ほかるな」
 そう言って、お鍋の中身をシンクに流そうとしているたかちゃんを押し止めます。
「よなかに、もったいないおばけが、でてくる」
 ゆうこちゃんは、『おばけ』ときいただけで、もうぷるぷるとくにこちゃんのせなかにすがります。
 しかしたかちゃんは、ちょっとかんがえこんだのち、ひきつづき危険物処理を続行しました。
 たぱたぱたぱ。
 くにこちゃんは、あわてておなべをおさえます。
「やめろ! たかこ!」
「でも、もったいないおばけ、みる」
 いっぺん見てみたくて、しょうがなかったのですね。
「もったいないおばけを、あまくみては、だめだ」
 くにこちゃんは、こわい顔でけいこくします。
「それは……おそろしーものだ」
 ゆーこちゃんは、ききたくないききたくないとふるえつつも、
「……みたこと、ある?」
 などと、ついついつぶやいてしまいます。
 はい、全せかいのこわがりのよいこのみなさん、この心理は、充分ごりかいいただけますね?
 くにこちゃんは、いんうつなお顔で、こくりとうなずきました。
 やや季節外れなのではないかとゆーぎもんなどはとりあえずこっちに置いといて、かしこいたかちゃんは、すばやくおだいどこの蛍光灯を落とします。そして、とととととと応接間にかけていき、もくぎょや鈴や鉦をはこんできます。
「ほーい」
「おう、きがきくな」
 いつのまにだれが用意したものやら、てーぶるに点った二ほんのろうそくにてらされて、くにこちゃんがかたりはじめます。
「……それは、おれがまだ、ようちえんにあがるまえ、六本木でバーテンをしていたころのはなしだ」
 たかちゃんとゆうこちゃんは、ずる、とコケます。
 しかしくにこちゃんは、きまじめなお顔のまま、おかまいなしに続けます。
「そのころ、おれはまだらんどせるよりもおしゃぶりのほうがにあうような、ねんねの小僧っ子だった。だから、すいかの皮はぜったいにすててはいけない、そんなあたりまえのことさえ、まだ、しらなかった」
 のっけから置き去りになってしまいそうで、ゆうこちゃんは、ないしんあわあわとあわてます。『ろっぽんぎでばーてん』とはいったいなんなのか。西瓜の皮を、なぜ捨ててはいけないのか――。
 いっぽうたかちゃんは、なんだかいきなし、しゅってんをめいきしないいんよう、つまりパクリが行われているのではないかと推測します。このまえてれびでやっていた、たかちゃんもパパもちっともおもしろくないのにママだけ夢中になって観ているとれんでぃー・どらまのいけめんくんが、たしか『ろっぽんぎでばーてん』だったような気がします。また同時に、たかちゃんはとってもかしこいお子さんなので、くにこちゃんち特有のきまりが、あたかもせけんいっぱんのじょーしきであるかのように語られているのではないかとも判断しますが、とりあえずおもしろそーなので、ほっときます。
「……そのなつは、とてもあつかった。まいばんねぐるしー日がつづき、おれは、まいばんぐっすりねていた。でも、ひるまは、とてもあつかった。うみがみたい、とおれはいった。でも、おやじは、いった。海水よくなどというものは、ちっこいぴらぴらの着物しかかえないびんぼー人のいくもので、厚着でいく山のほうが、こうきゅうなのだ。そういって、じーさんばーさんのいるいなかに、つれてってくれた。信州の、山おくだ。たぬきやかばしかすんでないみたいな、うーんと、山おくだった――」
 くにこちゃんは、もはやすっかりぎょろぎょろお目々の稲川淳二さんと化しております。まあいながわさんでしたら、冬の大晦日まで年越し怪談ライブを開いていますから、けして季節外れではありません。
 たかちゃんは、SEを務めます。
 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく。
 ちんちーん。
「……こーゆーときは、やっぱし、ひとつ鉦だろうな」
「ほーい」
 こぉーん――。


    ★          ★


 ――おまいらも、もうしょーがくせーだからしってるだろーが、すいかをくうときは、赤いとこをくって、そいから白いとこも、しゃじが通るとこまでくって、のこったかわは、つけものにしてごはんのおかずにする、それが、ただしいきまりだ。
 でも、さっきもゆったように、そのころのおれは、まだ、わかすぎた。まあ、まだときどき、おふくろのおっぱいにすいついてるおとうとたちをはりたおして、かわりにおふくろのおっぱいにすいつきたがる、そんな、つみのないこどもだったのさ。だから、すいかの赤いとこも白いとこも、おんなしだいじなすいかのいちぶである、そんなさとりに、たっしていなかったのだ。
 じいさんのいえは、やまん中だから、にくやさかなは、あんまし、ない。つぐみのまるやき、いなごのつくだに、はちのこ、てっぽーむし、そんなかんじだ。
 おまいら、つぐみ、しってるか? すずめににてるけど、すずめより、んまい。
 いなご、しってるか? ばったににてるけど、ばったより、んまい。
 はちのこってのは、よーするに、はちのこだ。うじむしににてるけど、うじむしより、んまい――かどーか、まだわかんない。
 おすすめは、なんといっても、てっぽーむしだな。しろっぽくて、もこもこのいもむしだ。はっぱの裏とかじゃなくて、木の中にすんでんだ。このあたりのいもむしより、やっぱし、こんじょーがあるんだろうな。じーさんやばーさんは、焼いてくってる。おれは、なまのほうが、んまいな。いつかかばうまにたかった、ほんまぐろのおーとろみたく、ものすごく、んまい。このあたりのいもむしとは、やっぱし、きたえかたがちがうんだろうな。
 だからつぐみもいなごもてっぽーむしも、ものすごく、んまい。でも、ちっこい。おまいら、しってるか? にっぽんには、やまんなかでも、ぷてらのどんやくろこだいるみたいな、やいてくったらうまそーなでっかいいきものは、あんまし、住んでないのだ。たぬきやきつねは、たたるから、くっちゃ、だめだ。
 でも、やさいやくだものは、いっぱいあった。きゅうりやごぼうやにらやにんにくが、うらやまのはたけに、たくさん、なってる。じーさんとばーさんの、はたけだ。すいかも、あった。なしやかきも、よなかにふもとまでおりれば、みちばたの庭に、たくさん、なってる。じーさんやおやじといっしょに、もらいにいく。よなかだから、ひとんちのめいわくにならないよう、しずかにこっそりにもらってくる。
 いろりでなんかいろいろやいたりにたりして、ばんめしは、おうめより、んまかった。そいから、ふろにはいる。にわの小屋にあって、ふろおけも木でできてて、なんか、ぬるぬるしてる。でも、でっかいから、およげる。ふろごやのやねがこわれてて、はんぶんしかないから、およいだり浮いたりしてると、やまやほしがみえる。でも、雨の日は、ちょっとちくちくする。でもおよげるから、雨でも、のどがかわく。はだかのまんま、えんがわにもどって「のどかわいたぞー」ってゆうと、ばーさんが、すいかをだしてくれるのだ。いどみずでひやしてあるから、ひゃっこくて、んまい。なんぼでも、くえる。いっこまるごとくうと、はらがすいかみたいなかたちになって、たたくと、いいおとがする。いいおとだから、ぽんぽんたたいてると、ばーさんがにこにこして、いつもゆーんだ。「くにこは、ばーちゃんちの、子になるか」ってな。「なるぞ」ってゆーと、もっとにこにこする。でも、やまにはよーちえんやがっこーがないから、やっぱし、なれないんだ。
 すいかのくいかたのきまりは、そのばーさんに、ならった。しろくなるまできれいにくって、そとがわのしましまんとこは、ほーちょーで、むく。そいから、ぬかに、つける。こんだけで、んまいつけものになる。でも、おやじは、あんましくわない。おやじは、つよい。でも、ばちあたりなんだな。
 そーやって、まいばんきちんと、すいかをくってたんだが――魔がさしたんだろうなあ。
 あるばん、おれは、なぜかよなかに、目をさましてしまった。
 ああ、おれはいつも、ひとりでねていた。おやじはちょっとねぞうがわるいんで、うっかりすると、ろーかまでけりとばされる。じーさんやばーさんとねると、おれもちっこいころはねぞーがわるかったんで、うっかりすると、あばらをけり折ってしまう。としよりは、ほねが、もろいんだ。
 そのひは、ばんめしが、てっぽーむしのカレーだった。じーさんちには、カレー粉がなかった。でも、おれがカレーくいたいとゆったんで、ふもとのこんびにから、わざわざ買ってきてくれたんだ。ありがたいもんだ。ハウスのジャワ・カレー辛口と、てっぽーむしは、すごく、あうのだ。それはもう、どんぶり五はいでもじゅっぱいでもくえる。でもやっぱし、よなかに、のどがかわく。
 ――すいかが、くいたい。
 そのばんは、カレーをくいすぎて、すいかをはんぶんしか、たべてなかった。
 ――すいかが、くいたい。すごく、くいたい。
 いつも、いっこまるごとくってるから、やっぱし、くいたりなかったんだな。
 おれはこっそりおきだして、うらにわの、井戸にいった。
 庭は、まっくらだ。その日は、雲がでていて、つきもほしもみえなかった。くうきも、なんだか、やけになまあったかい。やまおくだから、よなかは夏でも、さむいはずなんだ。でも、なんだかべたべたして、いやあなくうきの、よるだった。
 おれは、すいかのゆわえてある、なわをひっぱった。
 ちゃぷん。ちゃぷちゃぷ。
 なまあったかいよるでも、すいかは、きっちり、ひえてた。
 おれは、とりあえず、かるくはんぶん、くった。
 ほうちょうはもってなかったから、頭突きで割った。
 そいから、ねんのため、もうはんぶんも、くった。
 そんでもって、残った皮は、いつもみたく、だいどこの蠅帳《はいちょう》に置いておけばよかったんだが――魔がさしたんだろうなあ。ねぼけてたんだかなんだか、あんましおぼえてないんだが、おれはその皮を、うらにわの掃き溜めに、つい、ほうりこんでしまったのだ。
 ねどこに戻ったら、まんぷくして、すぐにねむたくなった。
 そうして、とろとろっ、と、しかけたとき――
 ――しくしく、しくしく。
 泣きごえが、きこえてきた。
 ――ぐすぐす、めそめそ。
 おんなと、おとこの、なき声だ。
 ばーさんと、じーさん?
 いんや、そんな、じじばば声じゃない。
 おふくろと、おやじ?
 いんや、おふくろは、あかんぼふたり、おちちやうんちのせわで、おうめでるすばんだ。おやじはつよいから、よなかには、なかない。いんや、なにわぶしをききながら、たまーに、なく。でも、うえうえとかおぐっおぐっとか、がまがえるみたいに泣く。
 ――『もったいないおばけ』。
 ふとんのなかが、ものすごく、ひゃっこくなった。
 いんや、ねしょんべんじゃ、ないぞ。
 そのころ、おれは、まだようちえんにいっていなかった。だから、しょーぶやしゅぎょーが、まだまだだった。おとうとふたりをなんぼシメても、まだあかんぼーだから、しょーぶにならない。いまのおれなら、おばけでもごじらでも大ありくいでも、りっぱに、しょーぶしてみせる。が、しょせん3さい児のかなしさ、しょーじき、こわかった。
 ――しくしく、しくしく。
 さっきまで、しょうじのむこうからきこえていた声が、
 ――ぐすぐす、めそめそ。
 へやのなかで、きこえる。
 ふとんをかぶって、ぷるぷるしてると、
 ――しくしく、しくしく。
 こんどは、まくらもとで、きこえるんだ。
 ――ぐすぐす、めそめそ。
 おやじたちをよぼーとおもっても、こえが、だせない。
 なんだか、あせっくさいみたいな、いやあなにおいも、する。
 ああ、おれは、ようちえんにもあがらないうちに、『もったいないおばけ』に、とりころされてしまうのか。
 なまぐさいいきが、ほっぺたに、……ほわほわ〜。
 ……でも、にんげんというものは、つくづく、おもしろい。
 しぬきになると、なんでも、へーきになる。
 どーせとりころされるんなら、かのゆうめいな『もったいないおばけ』、めーどのみやげに、よっくと、見ておこう――。
 おれは、せいかたんでんちからをこめて、ふとんをはねのけた!
 ぶわっ!
 しかし――。
 やっぱし、それは、みてはいけないものだったのだ…………


    ★          ★


 くにこちゃんは、あたかも『お岩の誕生』のクライマックスを語る人間国宝・一龍斎貞水師匠、あるいは故・一龍斎貞山師匠――別名『お化けの貞山』のごとく、ぎりりんと眉根を寄せて、たかちゃんとゆうこちゃんを、ぎろりんと見回しました。
 ゆうこちゃんは、ひんひんとはんぶん泣きながら、たかちゃんの胸にお顔をうずめます。
 さしものたかちゃんも、くにこちゃんの気合いにやや劣勢を自覚しつつ、しかしぎりりりりんと眉根を寄せて、果敢な対峙を試みます。
「……どんな、だった?」
 おし、いい間だ――くにこちゃんは、おもむろにうなずきます。
「そーぞーをぜっする、いんさんな、ものだ」
「……こくこく」
「だれかが、まくらもとに、しゃがんでた。ふたりならんで、しゃがんでた。ならんでまくらもとにしゃがみこんで、おれを、じっと、みおろしていたのだ。でも、くらくて、どんなもんだか、よくみえない。しょーじのそとのほうがあかるいから、かげにしか、みえない。でも、目をしょぼしょぼしてると、ぼーっと、なんとなくみえてきた。顔や手もとんとこあたりに、ちょっぴり、ひかりがあたってたんだ。そいでな、それは――」
「……ごっくし」
「それは――ぶよんとしてしまりのない汗っくさいちゅーねんおとこと、やたらガタイのいいちゅーねんおんなだった」
「…………」
 たかちゃんとゆうこちゃんは、ちょっぴり、反応に困ってしまいました。
「……いまいち」
 正直につぶやくたかちゃんを、くにこちゃんは真顔のまま、まてまてと制します。
「あればっかしは、みたものでないと、わからん」
 そういって、いんうつなお顔で、うなだれます。
「……そのちゅーねんおとことちゅーねんおんなは、おれが掃き溜めにすててきたすいかの皮を、だいじそうに、かかえてるんだ。そいでもって、しくしくしくしく泣きながら、そいつをつんつん、ゆびさしてみせる。そいからおれを、なみだのたまった目で、じーっと、みつめる。こーんなふーにくびをななめしたにして、うわめづかいに、じーっとみつめるんだ。ほかにはなんにも、いわない。ただ、すいかの皮をおれにつんつんしてみせては、また、しくしくしくしく、うっとーしー声ですすりなく。つんつん、しくしく、つんつん、しくしく――まっくらい、ねぐるしい、よるのへやだ。そこでひとばんじゅう、そればっかし、やられてみろ」
 なるほどそれはたしかにあるいみとってもイヤかもしんない――たかちゃんもゆうこちゃんも、なんだかこころのそこから、とっても陰惨なきぶんになります。
「おれは、きがくるいそうになった。どーやったら、もったいないおばけは、きえてくれるんだ――。でも、しばらくつんつんしくしくじーっをみてるうち、ようやく、わかった。きづいてみたら、かんたんだ。もったいないからもったいないおばけなんだから、もったいなくなく、すればいいのだ」
「……こくこく」
「おれは、しかたなく、そいつらのもってきたすいかの皮を――くった」
「……おう」
 たかちゃんたちは、いきをのみます。
「いっこぶんのすいかの皮――なまで、ぜんぶ、ばりばりくった」
 ――そ、それはたしかに、ものすごくイヤかもしんない。
「……つけものだと、んまい。でも、なまだと、あれほどまずいくいものは、めったにない。なみだが、ぽろぽろ、とまんない。んでもって、よーやくさいごのいちまいをくいおわったら――まっくらいへやには、もう、なんにもいなかった」
 くにこちゃんはしみじみと、吐息します。
「……これが、『もったいないおばけ』の、おそろしさなのだ」
 たかちゃんとゆうこちゃんも、しみじみと、ためいきをつきます。
「よくあさ、じーさんにきいたら、なんでもおーむかし、ききんとゆーものがあって、こめもやさいもできなくて、はらがへりすぎて、なんびゃくにんも死んだんだそうだ。それが『もったいないおばけ』になったんじゃないかと、じーさんはゆーんだが……おれは、ちがうよーなきがする。いまにしておもえば……なんだかかばうまや、あたらしーたいいくのおんなせんせいに、にていたよーなきもする。でも――いまとなっては、すべてが、なぞだ」


    ★          ★


 さて、いながわくにこかいだんらいぶは、それにてぶじ終了しました。
 もんだいは、おなべです。
 さんにんそろって、ちんしもっこうするばかりです。
 もしもなかみをすてて、よなかに『もったいないおばけ』がでてきてしまったら、そーぞーするだに、おぞましーこうけいがてんかいしてしまいます。
 しかしこのままでも、どっちみち、いつかは『もったいないおばけ』がきてしまう――それがいっしゅーかんごだったりしたら、なんぼもののくさりにくい冬場でも、もはやいまのうちにしんだほうがまし、そんなてんかいになりそーな気もします。
 くにこちゃんが、ふたたび一歩、果敢に脚を踏み出します。
「おう……」
「……もう、さめたころだ。においは、あんまし、しない」
「でも、でも……」
 ゆうこちゃんが、お目々をうるませながら、くにこちゃんのうでにすがります。
「……だれかがそれを、やらねばならぬ」
 くにこちゃんは、凛々しくうなずきます。
「きたいのひとが、おれたちならば」
 JASRACスレスレのつぶやきとともに、おなべのふたを、そっともちあげます。
 もうぼこぼことぶきみにねばった泡などは浮いておりませんが、冷めて濁った皮膜のそこかしこに、どすぐろいふぞろいの塊が、お顔をのぞかせております。鰹昆布だしの染みたいちごさんのいちぶでしょうか、それともなっとうさんやにんにくさん、あるいはあんみつさんにふくまれていたさくらんぼさんの、かわりはてたお姿でしょうか。
 ――ああ、くにこちゃんは、みずからコスモ・クリーナーと化そうとしているのだわ――。
 たかちゃんとゆうこちゃんは、むいしきのうちに、おもわずヤマトのテーマではなく、『明日への希望』のほうを、ソプラノでハモってしまいます。
「♪ ら〜ら〜〜 ら〜ら〜ら ら〜ら〜〜 ら〜ら〜ら ら〜ら〜〜 ら〜ら〜ら〜ら〜らら〜 ♪」
 なんだかずいぶんエコーも効いています。
 がしっ。
 ちからづよくおなべをかかえたくにこちゃんは、む、とこきゅーを止め、
「おくっ」
「…………」
「…………」
 くにこちゃんのがんめんが、あごのほうから、みるみるそーはくと化していきます。
 それでもくにこちゃんは、こわばったうでをふるわせながら、そーぜつに嚥下を続けようとします。
 おっく、おっく、おっく、おっく――。
「もう、いいよう!」
 ゆうこちゃんは、泣きながらくにこちゃんを止めようとしますが、くにこちゃんはすでにチアノーゼを呈したお顔に、なおほほえみをうかべ、ゆっくり、かぶりをふります。
 そして、ふたたびおなべに口をつけ――
「むぶ」
 おなべを、がし、とれんじにほうりだし、
「ぶふ」
 どどどどどどと、トイレ方向に突進していきます。
「……やっぱし」
 だつりょくしながらおなべにふたをする、たかちゃんでした。


    ★          ★


「……おれも、ばかだった」
 白髪と化したくにこちゃんは、あたかも対ホセ戦後の矢吹丈のごとく、ぐったり椅子にくずおれます。しかし、まだ灰となってはおりません。
「おれはもう、あのときの、おれではなかったのだ」
 のこったきりょくをふりしぼり、
「りんひょーとーしゃかいじんれつざいぜんなぅまくさまんだばざらだんかんふどうみょーおー」
 かなりいーかげんに、印やら真言やら、ぼーよみします。
 そんな気合い不足を反映してか、おなじみのこわもて不動明王様も、まるで三河屋のサブちゃんのようにさりげなく、お勝手口からぬいっとでっかいお顔を差し出しました。
「呼んだか?」
「おう」
 くにこちゃんは、ぞんざいにレンジのお鍋を、顎でしゃくります。
「食え」
 ほんとうは、こういったきけんなしょくひん関係は孔雀明王様の管轄なのですが、さっきマリアナ海溝に派遣してしまったので、しかたありません。
「なんだ、飯か? これはありがたい。愛染や金剛と、きのうっから砂漠のイモ創造主野郎シメてたら、徹夜んなっちまってな、さっき帰ったばっかしなんだ」
 お勝手口ではお顔を入れるのがせいいっぱいらしく、レンジの上の窓のほうに、ぶっとい指が回ってきました。
 たかちゃんはおなべをかかえて、どっこいしょと渡してあげます。
「はーい」
「おう、かっちけない。元気か、ちょんちょん頭」
 指先でたかちゃんのおつむを、つんつんしてくれます。
「ぶー。ちょんちょん、ちがう。たかちゃん」
「わはははは」
 不動明王様は、雪のお庭にあぐらをかいて、いそいそと大鍋のふたをつまみ上げました。
「こ、これは……」
 一瞬目を見張り、くんくんと匂いを嗅いでいる様子に、たかちゃんたちは一瞬ふあんを覚えますが、
「いい出汁でてんなあ。鰹と昆布だな。お、明太子の匂い。こりゃ博多の柚明太子じゃないのか? 好物なんだこれ。おう、本場の水戸納豆も。おうおう、大蒜までたっぷり効かして。こっちに浮かんでるのは、ビタミンCてんこもりの苺か。クリームもあんこもたっぷりときたね。おや、すじこまで。いくらより、クドくてうまいんだこれが。うんうん、こりゃ徹夜の後には、最高だわなあ! 精ついちゃうなあ」
 多少悪ズレしていてもさすがは仏様のお仲間、カオス状の液体から、個々の成分の旨味も選別享受可能のようです。
「……こーなると、ちょっと、こっちのほうもあったら完璧、なんちゃってな」
 くいくいと、なにやらお猪口を要求しているようです。
 たかちゃんは、ときどきパパの晩酌につきあったりしているので、『こっちのほう』は知っています。れいぞうこの奥から、お客様用の高級吟醸酒をひっぱりだし、ととととととお庭にはこんであげます。
「はーい」
「いやあ、なんか、催促しちゃったみたいで」
 たかちゃんは、不動明王様のお膝によじのぼり、雪見酒のおしゃくをしてあげます。
「ささ、おひとつ」
「わははは、悪いな、俺ばっかし」
 おだいどこでは、てーぶるにぐったりつっぷしたまんまのくにこちゃんを、ゆうこちゃんが、やさしくぽんぽんしてあげています。


 はじめっから、呼んどけばよかったのですね。


    ★          ★


「――さくせん、ぞっこう」
 てーぶるいっぱいにひろげたなんかいろいろの食材さんを前に、たかちゃんが宣げんします。
「おうよ」
 強靱な胃壁修復能力によって復活したくにこちゃんが、雪辱戦への気合いを籠めて、ちからづよくうなずきます。
 ゆうこちゃんも、こんどこそはむりょくなじぶんもおなべのためにがんばるの、と、けなげにこくこくします。
 雪のお庭からは、徹夜明けに大酒かっくらってしまった不動明王様のいびきが、ごうごうと響いています。この末世、仏様としては多忙で残業続きなのか、ときどき呼吸が途切れたり、呻いたり、ちょっぴり心臓の動脈や脳の毛細血管のグアイが心配な気配も見受けられますが、まあ駅のホームや公園のベンチで凍死してしまう惰弱なおっさんたちとは鍛え方が違うので、それっきりという事はないでしょう。
「さっきは、だしが、まちがっていたのだ」
 くにこちゃんが、第一次攻撃失敗の責任転嫁を謀ります。
 たかちゃんも、おだしの瓶に書いてある『濃縮』『倍』『CC』といった特殊戦略用語が理解できない以上、作戦初期の失策を認めるにやぶさかではありません。でも、なんだかとってもくやしーので、とりあえず反ろんします。
「でもやっぱし、さきににるのも、ちがってた」
 くにこちゃんは、う、とことばにつまります。
「……まあ、いたみわけだな」
「こくこく」
 結局なにひとつかくしんがもてないまま、せつなせつなのなあなあに身を任せ墓穴を掘ってしまう、にたものどうしのふたりなのですね。
「だいじょーぶだ。まだざいりょーは、いっぱいある」
 くにこちゃんは伊勢海老さんをむんずとつかみ上げ、そのりっぱなおひげを、たのもしそうにうにうにと揺らします。
「こいつは、強そうでかっこいい。だから、だいじょぶだ」
 こんきょの方向性が誤っております。
「おだし、もう、あんましない」
 たかちゃんは、さっき原液のままどぼどぼ使ってしまった瓶を、ちゃぽんちゃぽんと振ってみます。
「でも、だいじょーぶ。おみそとおしょーゆ、ぎゅーにゅーとけちゃっぷ、まだ、いっぱいある」
 タイプちがいのこんきょが重複しています。
 ゆうこちゃんは、ふと、ふきつな既視感にとらわれました。南の海で巨大な戦艦が炎につつまれながらちんぼつしていく姿など、なぜか遺伝子きおくによみがえります。いっそ伊勢海老さんもお魚さんもお野菜もお肉さんたちも、別々にぐつぐつしたりじゃーじゃーしたりして、適宜ポン酢やおしょーゆでたべちゃったほうがあんぜんでおいしーのではないか――でも、それだと『どどんぱなべ』という最終目標を、根本から放棄しなければなりません。
「そんだけあれば、しるは、じゅーぶんだな」
「こくこく」
「こんどは、でっかい具から、さきににてみよう」
 くにこちゃんは、まつざか牛すてーき大ふぁみりーぱっくなども、むんずとわしづかみにします。
 ゆうこちゃんは、ついに発言を決意しました。
「あ、あの……はじめに、とんとんとん」
 おずおずと、再攻撃の手順を具申します。
「あ」
 たかちゃんは、ぐつぐつぐつやじゃーじゃーじゃーに囚われて忘れていた当初の目的を、ようやく思い出しました。そう、そもそもとんとんとんが当初の希望だったのですね。
「なんということだ」
 くにこちゃんも、そんけいする母親のおだいどこ姿を思い出し、己の短慮を悔やみます。
「いっとー先は、ほーちょーと、まないただったのだ」
 そーと決まれば、後先考えないふたりのこと、
「ほいっ」
「おうよ」
「ほりゃ」
「あらよ」
 またたくまにシンクの横には、ありったけの俎板や包丁が並びます。
 刀剣類はやっぱし武闘派主導――そんな阿吽の呼吸で、出刃包丁片手のくにこちゃんがまんなかに陣取り、もっとも手強そうな伊勢海老さんに立ち向かいます。
 たかちゃんはふつうの文化包丁で、いったんトマトさんに勝負を挑もうとします。でも、まっかっかのまあるいトマトさんをくりくりなでているうちに、なんだか情が移ってしまい、切るのがかわいそうになったりします。
 ――とまとさん、まあるいまんまで、かわいく、おりょーり。
 しばし考えこんだのち、
「とまとさんは、ぐつぐつぐつ」
 いつかママがなんか赤くておいしい洋風おなべを作ってくれた時みたく、まるのまんま、小鍋で煮てみることにします。まあトマトさん本人にしてみれば、斬殺されるのも釜茹での刑になるのもおんなし虐殺かもしれませんが、そこはそれ、主観の相違です。
「♪ とんとんとん、ととんととととん ♪」
 たかちゃんは上機嫌で、お台所限定シンガー・ソング・ライター活動など再開します。
「♪ とんとんと〜ん、とんとんと〜ん ♪」
 このところ既成曲のカバーが多く、久々のオリジナル作曲活動だったためか、ついつい盗作に走ったりもします。
「♪ よさく〜 よぉ〜さぁくぅぅ〜 ♪」
 トマトさんの替わりに人参さんを輪切り――いや、角切り――もとい乱切りしているたかちゃんの反対側では、ゆうこちゃんがちっこい果物ナイフを手にして、おそるおそるタマネギさんを見つめています。
 ……どきどき。びくびく。
「ゆーこ、おまいは、皮をむけ。そしたら、おれが切ってやる」
 くにこちゃんのやさしいことばに、思わずちょっぴりときめいたりしてしまう、ゆうこちゃんでした。
 当のくにこちゃんは、推定30センチはあろうかと思われる伊勢海老さんをがしりと押さえつけ、闘志満々で、その強固な装甲に立ち向かおうとしております。
「てい!」
 いっきに胴体を両断しようとしますが――
 がっつん。
 さすがは高級食材、たやすく俎板の露と散る器ではないようです。
「……なかなか、やるな」
 くにこちゃんのほっぺたに、ふてきなびしょうがうかびます。
「とうっ!」
 こんどは敵の後頭部めがけて、おもいっきし切っ先をふりおろします。
 がしどすっ。
 厚い甲殻でかわされた切っ先は、鈍く激しい振動と共に、まないたさんのほうを貫きました。
「…………」
 伊勢海老さんの寝ているまないたごと、むひょうじょうにほーちょーを持ち上げるくにこちゃん――両側のたかちゃんとゆうこちゃんは、さすがにたらありと冷や汗を流します。シンクのステンレスまで穿たれた穴が、くにこちゃんの底知れぬ潜在能力を物語っております。
 ――この恐るべき力は、志《こころざし》を過《あやま》てば、暗黒面に墜ちる。
 たかちゃんは、教育的指導を試みます。
「……もうちょっと、そっち」
「こうか?」
「ちがう。そこんとこ」
「……ここだな」
「ちがうちがう。すきまんとこに、ずぶ」
「くぬ、くぬ」
「ちがうよう」
 くにこちゃんは、こわいお顔で、羞恥心を糊塗します。
「……たかこ。おまいは、うるさい」
 それから、ふと、ゆうこちゃんをふりかえります。
 ゆうこちゃんは、さっきくにこちゃんに言われたとおり、はてしなくたまねぎを剥き続けながら、ほろほろと涙を流しています。
「……ゆうこ。おまいは、いいおんなだ」
 ゆうこちゃんは、つつましやかに頬を染めます。
「ぽ」
 たかちゃんのちっちゃい胸の奥に、いっしゅん、嫉妬のほむらがむらむらと燃え上がったりします。
「むー」
 ――さて、前回までの無能教師がその引退宣言において、コンビよりトリオのほうが社会的であり発展的である、そんな講釈をたれましたが、その一方で、先を見ないむやみな発展性はしばしば暴走し、最終的に人類の存続すら危うくしたりもしがちです。巨視的にとらえれば、核開発などがその典型的な例と言えるでしょう。微視的には、たとえばこのお話のように、たからづか的きゃらを交えたおんなたちのさんかくかんけい、あるいはやおい方向がまぎれこんだ野郎のさんかくかんけいなどは、どーしてもズブドロになりがちです。ですから、同性二対異性一のありふれたさんかくかんけいに輪をかけて、ころしあいになる前に、ちょっとこまめに気をくばる必要があります。
 しかし幸い、たかちゃんはものごとにあんましこだわらない、早い話がとことんいーかげんな性格のお子さんなので、
「つるつるつる」
 湯がいたとまとの皮を気持ちよくいっき剥きしているうちに、
「♪ つるつる、つるつる〜 ♪」
 この世界はなんてささやかなシヤワセに満ちているのだろうと、みにくい感情のもつれなどは、なにもかも水に流してしまいます。
 これこのように、なにごともおおらかに世に接していれば、くにこちゃんのほうでも過干渉を逃れて自助努力に目覚め、
「うおうりゃああっ!」
 徒に硬い甲殻にこだわらず、伊勢海老さんのわしわしとした左右の脚をわしづかみにしていっきに腹から引き裂く、そんな発想の転換も可能になります。
 ばりばりばり。


    ★          ★


「ああ、お父様!」
 テーブルに残された伊勢海老さん姉妹は、ひしといだき合い、よよと泣き崩れます。
「……な、なんてことだ、股裂きにするとは」
 松坂牛の霜降り青年が、思わず目を覆います。
「ま、宿命ですな」
 無農薬白菜おじさんが、淡々とつぶやきます。
「わたしら、しょせん流通ルートに乗ってしまった食材の身、流れに身を任せるしかありません」 
 はい、伊勢海老はともかくステーキ肉がどーやって目を覆うんだよ、白菜どこでつぶやくんだよ、そんなツッコミを入れてくださる想像力のカケラもないかわいくねーそこのあなた、あなたは体育用具室の片隅に、老朽化した跳び箱が、一組放置されたままになっているのはご存知ですか? ああいった粗大ゴミは、今どき処分するだけで、少なからず経費がかかります。せんせい、ふにんしてきてからずうっと、なんか有効利用できないものか、考え続けておりました。……跳び箱の中は、狭いながらも空洞なのですね。あなたのような無駄に肥大化したよい子でも、ちょっと手脚をあっちこっち、四方八方になんかすれば……うふ、うふふ、うふふふふふふふ。はいそれではあなた、放課後になったら、体育用具室にいらしてくださいね。いいですか、あなたひとりでですよ。
 さて、白菜さんのつぶやきに、残った若い人参さんたちもうなずきます。
「まあ、人参としてこの世に生を受けてしまったからには、馬にでも人にでも、旨く食べてもらうしかないでしょう」
 松坂牛さんは、肩を怒らせて反論します。 
「そりゃあ君たち、君たちは土に縛られた野菜だから、そんな日和見な事を言ってられるんだ。僕なんか数日前、ハンマーで眉間を一撃されたんだぞ。産まれた時から乳母日傘、蝶よ花よと育てられ、このままいつまでも平和な一生が続くのだと信じこまされていたところを、いきなり撲殺されたんだぞ。これは絶対、横暴な権力による虐殺だ。それでも一瞬のことだから、僕なんかまだ幸せなほうだ。こちらの伊勢海老のお嬢さん方なんか、目の前で、父親が虐殺だ。聞けば君たち、先週は実の母親を生きたまま煮えたぎる油に放りこまれたと言うじゃないか」
 伊勢海老姉妹は、わっ、と泣き伏します。
 白菜さんが、あいかわらず淡々と訊ねます。
「あの、すみませんが、よろしいですか? わたしら、もとが花粉なもので、身内関係がアレなもんで――どうやって実の父親や母親を見分けるのですかな、伊勢海老さんのご一家は」
 伊勢海老自称姉妹が、ちょっとこわばります。
「ぎく」
「ぎく」
 その場の同情を引きたいあまり、経歴を偽っていたのかもしれません。
 やや形勢不利を感じ始めた松坂牛さんは、お仲間っぽいジンギスカン用ひつじさんたちに、話を振ります。
「君たちも、さぞ辛い目に会ってきたんだろうねえ」
 ひつじさんたちは、茫洋とした瞳を宙に彷徨わせつつ、
「……まあ、草原で草食ってるのも、牧場で飼料食ってるのも、どうせ同じ空の下ですから」
「そうですねえ、草原で丸焼きになるのも台所のフライパンで焼かれるのも、どうせ同じ焼肉ですから」
 松坂牛さんはあせって他のメンバーを見回しました。
 金目鯛さんも鰯《いわし》さんも、まんまるお目々をウツロに開き、とくになんにも考えていないようです。
 うなぎさんたちのほうが、まだしも粘着質っぽく、論戦に加わってくれそうな気がします。
「――無念でしょうねえ。利根川上流でのどかに泳いでいたところを捕らえられ、裂かれてしまったお気持ちは、重々お察しします」
 うなぎさんたちは、愛想よく挨拶を返します。
「にぃはぉ」
「くぃんとぅくぁんちゃぉ」
 どうやら産地が偽装されていたようです。
 ハンバーグさんたちは、己れが牛であるのか豚であるのかはたまた野菜であるのか穀物であるのか、すでにアイデンティティーを喪失してしまっているらしく、なんだかぶつぶつとアブナげにつぶやいているばかりです。
 菜の花さんと菊の花さんは、お花さんどうしのおしゃべりに夢中です。
「あなた、かわいい」
「あなたも、きれい」
「くすっ」
「くすくすくすくす」
 ピーマン君とホワイト・チョコレートちゃんは、いつの間にそこまでハッテンしたものやら、シヤワセそうに頬を寄せ合いながら、
「食べられた後も、おんなし胃袋だといいね」
「うん。あの、くるくる巻き毛の子のおなかだと、もっといいね」
 ――こりゃあかん。
 松坂牛さんは、がっくしと肩を落としました。
 ――いいんだいいんだ。どうせ人間なんて、ひとりぼっちなんだ。
 一九七一年中津川フォーク・ジャンボリーの夜、トランス状態に陥った吉田拓郎さんのように、二時間ぶっつづけで「♪ にんげん〜なんてらら〜ら〜らららら〜ら〜 ♪」などと、思わず歌い狂いたくなったりします。牛肉なんですけどね。
 そんな青春の苦悩に悶える松坂牛さんの肩を、白菜さんが葉先で慰めます。
「……形があるから心があるのか、心があってこその形なのか――」
「?」
 怪訝そうに振り返る松坂牛さんに、
「――眉間を一撃されても、畑から根を抜かれても、私たちはこうして語り合っております。それが『魂』という恒久的な意識なのか、あるいは未練な残留思念が束の間交錯しているだけなのか、私にも解りません」
 白菜さんは、穏やかに微笑しています。
「いずれにせよあなた、同じ鍋で煮られて、共にあの子たちの体内を巡ってみるのも、一興ではありませんか。その時私たちの心がすでに失われていたとしても、少なくとも躰はあの子たちの血肉になれる。今確実に『形』と『心』を併せ持っている、あの子たちの『今』そのものになれるのです。そしてまた、いつかあの子たちが生を終えるとき――あの子たちと私たちを、もう誰も分別することはできない。しかし同時に、かつてあの子たちと私たちが別個の『形と心』であったという事実もまた、誰にも、否定することはできません」
 そんな老獪な詭弁で、納得するものか――若干の敵愾心を残しつつ、納得できないなりに、ついなんとなく、こくりと頷いてしまう松坂牛さんでした。


    ★          ★


「とんとんとん、しゅーりょー」
 シンクに連山を成した不定形物のお皿群を前に、たかちゃんはじゅーじつしたお顔でせんげんします。
「つづいて、ぐつぐつぐつー」
「まて」
 くにこちゃんが、おしとどめます。
「さっきは、それで、しっぱいした。もしか、じゃーじゃーじゃーが、先だったんじゃないか?」
「おう」
 たかちゃんのちっちゃな脳裏にも、かつてお台所でママの炒め物をお手伝い《ぼうがい》しながら聞いた、「これで、お野菜が型くずれしないのよ」とか「お肉の旨味を中に閉じこめるの」とか、なんだかよくわからないけれどとっても説得力に満ちた言葉が、よみがえりました。
 たかちゃんはさっそくシンクの下にもぐりこみ、いちばんでっかい中華なべを、頭にかぶって出てきます。
「かぶとむし」
 一発芸を狙ったつもりだったのですが、
「…………」
 つのが小さかったためか、あるいはお鍋が大きすぎて肩まで隠れてしまい兜に見えなかったのか、あんましウケません。
「…………」
 たかちゃんはふたたびシンクの下にもぐりこみ、今度は中華なべを背中にしょって、よつんばいでのたくり出ます。
「がらぱごすおおうみがめ」
 くにこちゃんは、ぶ、と吹き、ゆうこちゃんはくすくすとお口をおさえます。
 こんどはぶじにウケたので、たかちゃんはこころおきなく、じゃーじゃーじゃーにかかります。
「ちゃっか!」
 きあいをこめて、がすれんじの栓をひねります。
 しかし、さすがにありとあらゆる食材を山盛りにした大中華なべは、なかなかじゃーじゃーじゃー状態になりません。
「これは、あぶらがたりないのだ」
「こくこく」
 たかちゃんは、てんぷらあぶらの大びんをかかえ、いっきに流しこみます。
「どぼどぼどぼ」
 いきおい余ってお鍋の縁からこぼれるてんぷらあぶらに、ゆうこちゃんはいっしゅん、つよいふあん感にかられました。
 しかしくにこちゃんは、んむ、とうなずきます。
「ま、そんなもんだな」
 たかちゃんも、カタルシス重視でにっこし笑います。
 そして、待つこと、しばし――じゅわじゅわじゅわ。
 たかちゃんとくにこちゃんは、がしっと腕をからませて、
「どどんぱっ!」
 ようやくおとなのおんなのひあそびをじっかんできたうれしさに、たかちゃんは、はりきってターナーをふるいます。
「♪ じゃ〜じゃ〜じゃ〜 ♪」
 やまもりのなんかいろいろさんが、白い湯気を引きつつあっちこっち乱れ飛びます。
 くにこちゃんもごーかいに協力しながら、もったいないおばけ対策のため、シンクや床にこぼれたなんかいろいろをお鍋に戻したり、あるいはこっそりおなかに収めたりします。
「おしお!」
「おうよ!」
「こしょう!」
「はいな!」
「らーど!」
「ぶちゅう!」
 きなくさい異臭が、おだいどこにただよいはじめます。
 ママのじゃーじゃーじゃーを思い起こしつつ、ランナーズ・ハイに近い精神状態に陥っているたかちゃんを、やはり情動の奔流にのまれてしまったくにこちゃんが、せっせと補佐します。ゆうこちゃんは、いまだ胸の底にふあんを秘めつつも、やはり今となってはこれしかないのかもしんない、と、別のバタービーターでたかちゃんに協力します。
「しあげ! えーと――そこの、まるいの、びんの!」
「どすこい!」
 くにこちゃんが抱え上げた瓶に、ゆうこちゃんは一瞬、いきをのみます。
 それは、恵子さんがお肉料理の仕上げなどに使用している、アレではないのか。とすれば、これはすでに海上特攻に等しい暴挙ではないのか――。
 はんしゃてきにうばいとろうとしましたが、時すでにおそく――
 ――ぼ。
 それはそれはみごとな火柱が、天も焦げよと吹き上がりました。
 高アルコール度数のブランデーさんは、放火にも使えます。
 ちなみに過熱したてんぷらあぶらさんも、日々あっちこっちで、せっせと民家を燃やし続けております。
 めのまえのげんじつを受けいれそこねたたかちゃんは、
「……つぎは、おくらほまみきさー」
 キャンプ・ファイヤーの夜に現実逃避したようです。
「……おんあぼきゃー」
 思わず合掌するくにこちゃんは、護摩壇にすがったのでしょうか。
 もっともれいせいと思われたゆうこちゃんまで、
「……きれい」
 いっしゅんにして、夢の世界に旅立っております。
 それほど壮絶な炎だったのですね。
 めらめらめら――。
 きらきらきらとお目々を潤ませているたかちゃんたちの火照った頬をまだらに染めつつ、炎は今しもおだいどこの天井まで届こうとしております。
 ああ、なんということでしょう!
 せっかくママが保険の水増し請求で再建してくれたそこそこのツー・バイ・フォーも、こんどは東京大空襲のごとき焦土と化してしまうのでしょうか。なんのつみもおちどもない女児たちまでまきこんで!
 ――でも、よい子のみなさん、けしてご心配はいりませんよ。
 いちぶのかしこいよい子の方々は、「そうか、このシークェンス収拾のためにも、不動様登場が必要だったのか」、そんなうがった分析をなすっているかもしれませんが、あにはからんや、徹夜明けの泥酔した不動様などというものは、地震が来ようが津波が来ようが地球が壊滅しようが、そう簡単に起きるものではありません。まあ、おしなべて神様や仏様などというものは、人間がもっともそれらを必要としている時に限って、安らかに熟睡していたりしがちです。
 でも、以前からたかちゃんたちのかつやくを見守ってくだすっている、すでにそんなシロモノは虚しい幻だったのかと思われるほどごく少数となってしまったとってもとってもよい子のみなさんならば、もうお気付きですね。
 はい、あわやたかちゃんたちも焦土の人型炭化物と化してしまうのか――そんなとこまでめいっぱい引っぱったあたりで、おだいどこの窓が、からからと開きます。
「こんばんは。旅の行商のバニラダヌキです。おいしいバニラシェイクはいかがですか?」
 ふかふか冬毛でちょっぴりケバ立ったバニラダヌキさんは、体長3メートルほどの三毛猫にまたがり、いつものようにシェイクのお屋台を引いています。
 こんな雪の中、露天でシェイク売って回ってどーすんのよ、そんなツッコミは歯牙にもかけず、ただひたすら年中無休で世界中を行商するのが、バニラの村に生まれたタヌキの使命なのです。それはもう、北極点到達寸前で力尽き凍死しかかっている探検隊員たちにまで、ひゃっこくておいしいバニラシェイクを買ってもらうのが、バニラダヌキさんたちの、非情な宿命なのです。
「おお、これはみごとな落ち葉焚き」
 あいかわらずくりくりと澄んだお目々――見方によっては何を考えているんだかわからないお目々で、
「もっと、燃《も》しますか?」
 たかちゃんたちは、約数秒間その見事な火柱をながめつづけたのち、いっせいにぷるぷると首を振ります。
「消しますか?」
 こくこくと、うなずきます。
 バニラダヌキさんは、お屋台のシェイクの機械から、先っぽのプスンのところだけ取り外し、ずりずりとお窓まで引っぱって、ガスレンジに向けました。
 しゅわわわわわわ。
 じゅわー。
 ぶくぶくぶくぶく。
 なるほどたしかに、バニラシェイクと消火器の泡は、ちょっと似てるかもしんない――ひとごとのようになっとくしつつ、こくこくとうなずき続ける、たかちゃんたちでした。







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