にかいめ 〜 わしづかみの、めばえ 〜
ちゅるるるるるる。
ずぴ。
あー、アイスティー、んめーのなんの。
♪ うす〜く切った〜オレンジ〜を〜アイ〜スティ〜に〜浮か〜べて〜 ♪
……失礼いたしました。
はい、いちおくにせんまんのよい子のみなさん、こんにちはー。もうきっちり居直って、変装もすっかり解かせていただいた、復活せんせいでーす。
変装を解くのみならず、本日こうしてみなさまをガッコのプール・サイドにお招きしたのは、けしてかわいくねーがきどもをまとめて水底に沈めようとしているとか、そんな願望のためではございませんので、ちっともご心配にはおよびませんよ。なんぼせんせいが根っから正直な人間でも、そこはそれ個人である以上に立派な聖職者であることを選んでしまったこのわたくし、個人的願望を社会的道義と錯覚した瞬間から人間はウンコになる、その程度の理屈は心得ております。
さてみなさん、わたくしのこの半裸のナイス・バディーをまのあたりにして、なにかその貧相な脳味噌から、浮かび上がってくるものはございませんか?
ほれほれ。
くいくい。
ちらちら。
……どなたですか、ク●ンボ、などというアブナイつぶやきを漏らされるよいこの方は。
ちびくろサンボがようやく解禁されたとはいえ、まだまだ『今』しか見えないド近眼短絡馬鹿による言葉狩りの盛んな昨今、その表現はいけません。いけません。ド近眼短絡馬鹿に、チクられるおそれがあります。きちんと「クぴーボ」と、あてつけがましく音声加工いたしましょうね。
はい、そちらでこの見事に日焼けした小麦色の肌に心を奪われながら、それでもけなげに何か思い出してくだすったらしい利発なお顔のよいこの方、あなたには『たいへんよくできました』のハンコを、おでこに押してさしあげましょうね。はい、ぽんぽん、と。
そうです! 【いっかいめ】のマクラで、いつものジョークっぽくなにげに張られた伏線――パ●ア・ニューギ●ア近海の孤島!
念願のセレブ妻の座を射止めたわたくしが、なにゆえ今こうして教師などというシミったれた地味職に復帰しているのでしょう!
なにゆえみなさんのビンボくさいツラなど再び拝まなければならないのでしょう!
夜景燦めく神戸港から超超超豪華客船に揺られて世界一周ハネムーンに旅立った清純可憐な美しい新妻を、どんな波瀾万丈の運命が待ち受けていたのでしょう!
はい、仰々しくヒッパったわりには、ありがちなオチで恐縮ですが――船が沈没いたしました。それはもーなんの前触れもなく、きれいさっぱりブクブクと。
まあ常夏の南太平洋上ですのでタイタニックのように氷山などありませんし、ポセイドンのように巨大な客船を陸地の傍や岩礁海域ならいざしらず大海のド真ん中でひっくり返せる津波など天地が裂けでもしない限り理論上ありえねーわけで、じゃあなんでそんなとんでもねー超高級舶来船舶があっさりブクブク沈んでしまうのか――はい、手抜き造船でーす。
どなたですか、そんなお手軽設定のほうがよほど作者の手抜きなんじゃないか、などとおっしゃる、アマアマなぼっちゃんじょーちゃんの方は。いいですか、何千万も払って買ったマンションが、たった数人の欲ボケ親爺によってでっちあげられたトーフのようなシロモノだった、そんな一昔前ならアホな冗談のような悲惨な目にも、運が悪いと会わねばならない、それがこの末世における『リアル』なのですよ。あんなアホ設定とガキの作文なみの文章でなーにがリアルだ鬼ごっこ、そんなシロモノすら、ガタイだけ立派に育った脳味噌スカスカなガキ相手のベストセラーになってしまう末世なのです。まあ、実はそんな当世風刺に走るまでもなく、悠久の大洋の上では、チンケな人間の建造物などしょせんはかない笹舟、巨大タンカーが航行中に原因不明のまっぷたつ、そんな海難事例なども昔から存在するのですね。おめーらいっぺんその冷凍マグロみてーなウツロな目ん玉きっちりひんむいて世の中見て来いよ、人間の目ん玉なんてのは水晶玉みてーにてめーの周りだけ映してりゃいーってもんじゃねんだよキレイなキレイなお目々のぼっちゃんじょーちゃん――そんな、とっても真摯かつ切実な、ガイアからのメッセージなのかもしれませんね。
さて、そーゆーわけでいきなし船がブクブク沈み始めたわけですが、幸い真摯に実学を修めてきたせんせいは、ガキのようにうろたえたりなどいたしません。その手の豪華クルージングに集う船客は大半引退後の老夫婦ですから、わらわらと救命ボートに向かう口の臭い爺婆を清く正しく介助する、そんな人道的対処が可能です。愛する夫もまたわたくしとはすでに一心同体の比翼の鳥、しっかり私の手を握ったまま、わらわらと逃げまどう半ボケの爺婆を、救命ボートに導いてくれます。もちろんわたくしも愛する夫に従いながら、そのぶよんとしてしまりのない腕だけは、死んでも離しません。生命保険の受取人書き換えがまだだったからです。
そうして無事に全乗員が避難したのを確認し、最後の救命ボートを海上に送り出したのち、ただふたり甲板に残った天使のような若夫婦は――おもむろに後部デッキに隠蔽しておいた、でっけー超豪華避難用ヨットに乗りこみます。
はい、実はこの手抜き客船そのものが、愛する夫の経営する造船会社の設計だったのですね。なんぼおーがねもちの家系でも、他のセレブの爺婆を海の藻屑にしてしまっては、後の経営に関わります。といってせっかくの専用ヨットに辛気くせー年寄りと同乗するのは、ぺぺぺのぺーです。
こうして悪夢のような一夜が明け、紺碧の大海原に漂う豪華ヨットの上では、けなげな若夫婦が手に手を取り合い、備蓄した大量の非常用食料を思うさま飲み食いしつつ、明日をも知れぬ命を互いに慰め慈しんでおりました。生きる希望を棄てさえしなければ、いつかはきっと、この善良なアダムとイブの末裔を神様が救ってくださる――ぶっちゃけ神様なんぞいよーがいまいが、どうせパ●ア・ニューギ●アの観光地近海、そのうちどこぞの島にたどり着く――そんなはかない望みを糧に、果てしない一泊二日の漂流生活が続きました。
そしてそんな汚れなきふたりの願いを、神様が聞き届けてくだすったのでしょう、やがて水平線にぽつりと現れる、小さな島影――。
ああ、愛する妻よ、緑の島だ。
ああ、あたしたち、助かったのね。
そうだよ。だってこんなに正直に生きてきたボクたちを、天の神様が見放すはずは、ないじゃあないか。
ふたりむつまじくセールを操り、やがて近づく南の島の浜辺――。
しかし!
近づくにつれ入江の風に乗って流れ始める、異様な歌声!
♪ うっほっほ、うっほっほ、じゃ〜んぐるく●べ〜 ♪
目を細め見晴るかせば、浜辺で踊り狂う異形の土ピーの群れ。
あまつさえ彼らの振りかざす槍の先には、不気味なドクロが揺れているではありませんか!
♪ うらうらべっ●んこ〜 ♪
そう、そこは待ち望んだのどかな南海の楽園にあらず、怖ろしい人食い土ピーの棲む悪魔の島だったのです!
……調子こいてこのまま語り続けてしまうと、いつになってもほんぺんが始まらないので、とりあえずここまでのアオリは、今回きれいさっぱり次回に引っぱらせていただきますね。
はい、それではお待ちかね、よいこのお話ルーム『たかちゃんのわしづかみ』、やっぱしなしくずしに、続きの始まりでーす。
★ ★
さて、そんな発展的目標《わるだくみ》の細部をごにょごにょと詰めつつ、いったんそれぞれのおうちにもどってらんどせるをおいたたかちゃんたちは、やくそくのばしょにふたたびつどいます。
むかしかばうまさんをつかまえた平日の公園には、近頃あんましかばうまさんタイプのウロンないきものは棲息しておりませんので、あえて通りすがりのおうまをほかくしやすそうな、多摩川ぞいの遊歩道を選んでおります。
「じゃじゃーん!」
カラフルなてさげぶくろをふりまわしながら、はりきってかけてきたたかちゃんの姿に、先に来て待っていたくにこちゃんとゆうこちゃんは、ぜっくします。
「…………」
なんだかしろっぽいぴらぴらつんつんのミニドレスをひるがえし、にのうでもひざからしたもしろいぴらぴらやふわふわで、あまつさえふだんのちょんちょん頭は、後頭部の頭頂部寄りに、ぱいなっぷるのはっぱみたいにまとめてさかだっております。
「きゅあいーぐれっと!」
くにこちゃんとゆうこちゃんは、こめかみにたらありと汗のつぶをうかべ、こくこくとうなずきます。わざわざ説明されなくとも、それが『ふたりはプリキュア・スプラッシュスター』のカタワレのコスプレである、それくらいのことはみればわかるのですが――。
「…………」
「きあい!」
「……んむ。たしかに……きあいは、だいじだ」
くにこちゃんは、ふくざつなひょーじょーでうなずきます。
「くるくるくるくる」
たかちゃんは、二年生の進級祝いでようやくそろったキュアイーグレットのフル・アイテムを、ほこらしげにみせびらかします。
くにこちゃんは、懊悩します。
――いまのたかこを、これいじょうきずつけたくはない。しかし、このナリでひとまえにでて、たにんのくちからだめーじをくらうより、ここはおれたちでいんどーをわたしてやったほうが、さいしゅーてきに、こいつのためになるのでは。
そんな思いでゆうこちゃんのお顔をうかがいますと、そこはそれいっしんどーたいのなかよしさん、ゆうこちゃんもおんなしようなお顔でなやんでいるようです。
くにこちゃんは、こころをおににして、んむ、とうなずきます。
お為《ため》ごかしの言い手はあれど、まこと実意の人は無し――そんな俗世の表層的な馴れ合いは、先天的に潔しとしないくにこちゃんです。
「……なあ、たかこ」
「あーい」
「……おまいの、いままでのどれみは、たしかに、かんぺきだった」
「こくこく」
「だが――きゅあいーぐれっとばっかしは――あきらめろ」
たかちゃんは、きょとんとしてくにこちゃんをみつめます。
「おまいには、にくたいてきに、じゅーだいなけっかんがあるのだ。それは、たかこがたかこであるかぎり、いまはこくふくふかのうな、ちめいてきけっかんなのだ」
「……ごっくし」
「――かおが、まるすぎる」
「がーん!」
たかちゃんのはいごに、あらあらしいいなづまが走ります。
そのしてきは、もう、きゅあいーぐれっとおねいさんをさいげんする上で、星飛雄馬が念願の巨人軍入団ののちに露呈してしまった投手としての致命的欠陥『球質が軽い』、それにひってきする、巨大な挫折の響きです。
「――ほっぺたがまるいのは、いい。んでも、おまいは、あごまでまるい」
♪ じゃん・じゃん・じゃーん、じゃ・じゃじゃじゃじゃーん! ♪
「……がっくし」
たかちゃんは、大地に膝を落とします。
地面に両手をついて、頭を垂れます。
くにこちゃんは両の拳を振るわせながら、さながら星一徹のごとく仁王立ち滝涙で、たかちゃんの再起を願い、また信じております。――たかこよ、ぜつぼーのふちから、ふしちょーのごとくたちあがれい。
ゆうこちゃんはおもわず星明子ねいさんのように、たかちゃんの背中にとりすがり、よよよよともらいなきしてしまいます。――ごめんね、ごめんね。
そんなふたりのこころを知るや知らずや、やがてたかちゃんはしょーぜんとたちあがり、かみぶくろをかかえて、とぼとぼと並木の方に歩きはじめます。
「かんけーしゃいがい、たちいり、きんし」
なぞのことばをのこし、並木の陰に去っていきます。
まさか、くびでもくくってしまうのでは――心配してそろそろと歩をすすめるくにこちゃんとゆうこちゃんの耳に、「ぬぎぬぎ」「ぱたぱた」「たたみたたみ」などと、さらに謎のお声が漏れ聞こえます。
そして、待つこと約三ぷん、
「じゃじゃーん!」
あるいみ、さらにはかいりょくを増したたかちゃんが、並木の陰からおどり出ます。
「はいぱーぶろっさむ!」
ピンクのベストにアメリカン・チェリー色の超ミニ、ミニと揃いの巨大おリボンにオレンジ色の巨大末広がりポニーテール――ママ方のおじーちゃんをたぶらかしてせしめた、しんばんぐみ『出ましたっ! パワパフガールズZ』こすちゅーむです。
たしかにこの新ひろいんならば、ほっぺたのみならずおあごのさきも、どれみ同様かんぺきまんまるです。どんなにくびがみじかくても、へーきです。
「……んむ! できたな」
「ぱちぱちぱちぱち」
まあちょっとした違和感はのこしつつ、くにこちゃんとゆうこちゃんも、たかちゃんのいきるちからそのものに、おしみないはくしゅをおくります。
おのれのささいなじゃくてんなど、各種大リーグボール同様とんでもねー新奇アイテムでケムにまいてしまえば、恐るるに足らず――なにかと鬱の長い星飛雄馬よりも推定ひゃくまんばい立ち直りの早い、とってもぽじてぃぶなたかちゃんでした。
★ ★
遅い午後の柔らかな陽差しの下、のどかな多摩川上流の渓谷に沿った遊歩道を、そんな情景にはちょっと似合わないぶよんとしてしまりのないおにーさんが、あつくるしい汗を浮かべて歩いてきます。
肩から下げた、いかにもおたくっぽいショルダーバッグ。そして、やはりおたくそのものの手付き紙袋――どちらもみっちりとふくらみ、ぶよんとした肩やぶよんとした指に重く食いこんでおりますが、そのおにーさんのくちびるのはしは、しまりなく上方に弧を描いております。袋に詰めこまれているのは、アキバで買い漁ってきたエロゲでしょうか。あるいはやくたいもないエロ同人誌でしょうか。
ずぼ!
とつじょとして、おにーさんのあしもとから地面が消え失せます。
「あう」
どでどでどで。
通常の人間ならかなりのダメージを受けそうな深さですが、豊富な皮下脂肪が功を奏し、大事には至らなかったようです。
――落とし穴?
ぶっとい首を回してめまいを和らげつつ、頭上の空を仰いだおにーさんの目に、ちっこいシルエットが三つ、ぴょこんと映ります。
「やっほー、うま」
「おまい、いきてかえりたいか?」
「……ぽ」
それらのいみははかりかねますが、どうやらかわいらしい幼女声のようなので、おたくのおにーさんは、反射的にこくこくとうなずいてしまいます。
「よし」
ちっこいお手々がさしのべられ、ひょい、と一瞬の内に、おにーさんはもとの遊歩道に戻っております。
足元に開いている穴は、推定直径1.5めーとる、深さは2めーとるほどでしょうか。
「…………」
おにーさんは、たちすくみます。
「ねえねえ、ふじや。いちごみるふぃーゆ」
「いんや、おれは、ケンタがいいな」
「……おーとろさん」
なにをいわんとしているのでしょう。
なんぼ人跡稀なド田舎とはいえ、公道に穿たれた謎の巨大トラップ。そして謎の幼女たちの影。あまつさえ、そのひとりは、じょうきをいっしたあにめふうしるえっと。――普通のおにーさんならば、かなり惑乱してしまうところです。しかし、さすがにコテコテのおたく状おにーさん、生活感自体がすでに現実から乖離してしまっております。このシルエットは、もしやハイパーブロッサム――突如として迷いこんだ異世界の世界観を模索しつつ、ふらふらと手をさしのべます。
「あくしゅ?」
こくこく。
「にぎにぎ」
ぶよんとしたしまりのない手で、そのちっこくあたたかいお手々を、しばしにぎにぎとにぎりかえしたのち――とつじょ、おにーさんのこめかみに、たらありと冷や汗が浮かびました。
なにか、そこしれぬふあん感が、ぞわぞわとぜんしんをはいあがります。
さてはこのおにーさん自身、ありがちな感応力設定で、おそるべきタカリの連鎖を予知してしまったのでしょうか? ――いえいえ、そうではありません。
「にぎにぎにぎ〜」
そんなたかちゃんの柔らかいお手々から感じるぬくもりが、まごうかたなき快感でありながら、なぜかおにーさんのこころを、くるしめるのです。
はじめに感じた『畏れ』が、やがて謂われ無き『哀しみ』へと、無意識の底流で変貌していきます。
ちがう――ここは、おれの望んでいた世界ではない。ただの日常だ。
こみあげる涙を恥じるように踵《きびす》を返したおにーさんは、わっ、と泣きながら、またたくまに多摩川の果てへと駆け去ってしまいました。
「あ、にげた」
そう、そのおにーさんは、もはや完全二次コンの世界に逝ってしまったおたくだったのですね。そんなディープなおたくにとっては、すでに『肉体的感触』そのものが、己の心の歪みを白日の下に晒してしまう『恐怖の要因』でもあるのです。
おにーさんの手付き袋からこぼれたおびただしい美少女アニメ物件を、くにこちゃんはけげんそうに蹴り分けます。
「おかしーな。エサもばっちしだった、はずなんだがなあ」
「こくこく」
「?」
「やっぱし、あなのそこに、たけやりをうえよう」
「こくこく」
「……しんじゃうよう」
ともあれいっぴきめは、ほかく失敗です。いそいで落とし穴のひょうめんを補修します。
しかし、木の枝を渡し、その上を草で葺き、土をかぶせはじめたあたりで、たかちゃんのうま(おたく)検知能力が、早くもカモの接近を察知しました。
「にひきめ、せっきんちゅう」
あわてて並木の影にたいひします。
さっきのおにーさんよりは、ややふつうのひとっぽい、でもやっぱしぶよんとしてしまりのないひとが、青系チェックのシャツにジーパンというジョージ・ルーカス流正調おたく姿で、のそのそとやってきます。手付き袋に入っているのは、虎の穴で仕入れた美少女フィギュアでしょうか。あるいは汚らわしい成年コミックでしょうか。
「わくわく」
固唾を飲んでみまもるたかちゃんたちですが、やっぱしトラップのカモフラージュが不十分だったらしく、いっけん脳味噌までゆるんだようなおたく顔のうまでも、
「…………?」
穴のちょっと手前で足を止め、前途の地面の不均一を見抜いてしまったようです。
くにこちゃんは、たかちゃんにみみうちします。
「いけ、たかこ」
「あい」
たかちゃんははりきってとことことかけだし、穴の向こうでぎょっとしているおにーさんに、かわゆくごあいさつします。
「やっほー」
しかし、はんのうが、ありません。
おかしー。パパにこの晴れすがたをみせたときは、おーよろこびで、だい拍手してくれたのに――やっぱし見知らぬおにーさんには、もっと畳み込みが必要なのでしょうか。
「うっふん」
必殺のうぃんく。
しかし、やはり、はんのうがありません。
それどころか、おにーさんはじりじりと後ずさりをはじめ、ついには脱兎のごとく逃げだしていきます。
たかちゃんは、はんしゃてきに、ヨーヨーを飛ばしてしまいます。
「ていっ!」
はいぱーぶろっさむの、ひっさつ攻撃あいてむです。
ごん!
こーとーぶにちょくげきをうけたおにーさんは、
「どわ」
ああ、やっぱりうまい話には絶対裏があるのだ、と、さらに加速して逃げ去ります。
現実社会にもなんぼか心得のある、おたくレベルの低めなおにーさんだったのですね。
「やっぱし、エサが、あわないのか?」
くにこちゃんは、たかちゃんのおニューのこすぷれを、しげしげとみまわします。
「ぶー」
たかちゃんは、じめんをゆびさし、こうぎします。
「おとしあな、ばれた」
「んむ、それも、ある」
さんにんは、ふじゅーぶんだったカモフラージュを徹底しながら、善後策を模索します。
「ちょっと、まだ、まいなーかもな。ぱわぱふ。はじまったばっかしで」
「むー」
「きにするな。おまいの、せいじゃない」
「こくこく」
「こんどは、あなのまわりに、電せんをしこもう。ひゃくまんぼるとさくせんだ」
「ぐー!」
「……しんじゃうよう」
あとさきかんがえないふたりを、けなげにさぽーとするゆうこちゃんに、くにこちゃんは、ふと、きみょうなまなざしをむけます。
それからちょっとかんがえこんだあと、並木の根元においてある、からふるなてさげぶくろに目をやります。
たかちゃんが着替えた、きゅあいーぐれっとのコスチュームです。
そしてまた、いっしょーけんめーはたらいているゆうこちゃんに、目をやります。
ゆうこちゃんが、その視線に気づいて小首をかしげますと、くにこちゃんは、にまあ、と、じゃあくなほほえみをうかべました。
「――てきざいてきしょ、とゆー、ことばがある」
まだきょとんとしているゆうこちゃんに、
「ゆーこ、おまいのかおは、とっても、いい。さかさまたまごで、あごが、つん」
ま、まさか――ゆうこちゃんは、おもわず身を引いて、視線でたかちゃんに救いを求めます。
しかし、たかちゃんもまた、ぽん、と手を打ったりします。
「どんぱ」
ふるふると首を振りながら、後ずさるゆうこちゃん。
じりじりとおいつめる、ふたりのおおかみ。
「だいじょーぶ。はずかしーのは、はじめだけだ」
「そーそー」
「……いや、いや」
「たかこ、おまいは、手をおさえろ」
「がしっ」
「きゃあきゃあきゃあきゃあ」
「ええい、さわぐんじゃない。へるもんじゃなし」
出演者の年齢性別によってはエラいことになる会話を交わしつつ、ぬがされたりころがされたりなんかいろいろあった後で、あわれなゆうこちゃんは、とうとう、あっちこっちひらひらふかふかにされてしまいました。
「くすん、くすん」
おじょーさまにははしたないむりやりのしょたいけんに、さめざめと泣きぬれます。
「……かんぺき」
たかちゃんが、まんまるお目々でつぶやきます。
その口調には、お世辞や嫉妬の念など、微塵も感じられません。
ゆうこちゃんはくすんくすんと涙をぬぐいながら、それでもちょっと心を動かされて、おずおずとふりかえります。
「…………?」
そんなゆうこちゃんに、くにこちゃんが手鏡を渡します。
「みろ。おれのめに、くるいは、ない」
そう、たいがいの無自覚ガキや勘違いコミケ娘や身の程知らずのコスプレ店員がアホにしか見えないほど殺人的におじょーさまなキュアイーグレットのコスチュームでも、もともと西洋人形ふうに整ったゆうこちゃんのお顔には、かんぺきにマッチしていたのです。
――これが……あたし?
こうして、わるいなかまのどろぬまにさいげんなくはまってゆく、あわれなゆうこちゃんでした。
「さんどめの、しょーじきだ。あとはないと、おもえ」
「にくだんさんゆーし」
……これが、あたし?
三者三様、決戦態勢を整えたたかちゃんたちが、そろそろ陽も傾いた遊歩道を木陰から窺っておりますと、さんびきめのぶよんとしてしまりのないおにーさんが、ほとほととちかづいてまいります。
プロ仕様のデジタル一眼レフを肩に下げ、こざっぱりしたかめらまんじゃけっと姿は、さほどおたくっぽくはなく、むしろふりー・かめらまんか、写真趣味のえーとこのぼんぼん、そんなふんいきです。やらずぶったくりのえじきとしては、もっとも妥当かもしれません。
しかし、そんな外観ゆえか社会適応もきっちりしているらしく、いっけんだあれもいない遊歩道だというのに、きっちり右のはしっこを歩いております。そのままでは、トラップにかかってくれません。
「いけ、ゆーこ」
くにこちゃんの指示に、ゆうこちゃんは、おずおずとたちあがります。わるいなかまにさからう勇気がないというよりは、さきほどむりやりめざめさせられてしまったおんなとしてのナルシズムがどこまでしゃかいてきにも通用するのかたしかめてみたい、そんな願望も、ちょっぴりあったりするのかもしれません。
どきどき。
さりげなく――まあそんなナリなのでさりげなくもなにもあったものではないのですが――おとしあなのこっちがわに歩みでて、でもやっぱしたかちゃんほどはじしらずなお子さんではないので、どーしましょどーしましょ、そんなふうにどぎまぎしてしまいます。まあそんな不審な挙動すら、ゆうこちゃんがやってると、森のなかであっちこっちきょときょと見まわしている子リスみたいに、可憐そのものなんですけどね。
それに目を止めたおにーさんは、ちょっと不思議なお顔で立ち止まったものの、やがて楽しげな笑顔を浮かべて、や、などときさくに手を上げてくれます。
ゆうこちゃんも、ぺこりとおじぎします。
おにーさんはもっとにこにこして、カメラを手に取り、撮っていい? と言うように掲げてみせます。
ど、どーしよどーしよ――ゆうこちゃんは物陰のくにこちゃんたちに、視線で助けをもとめます。やっぱし、はずかしいよう。
しかしくにこちゃんとたかちゃんは、むじひに「さくせんぞっこう」と、手振りで命じます。
緊張のあまり、すでにおめめもくるくる状態のゆうこちゃんですが、おにーさんは、そんな様子もまたあどけなくて最高、そんな感じで快調にシャッターを切り続けながら、しだいに奈落の底へと接近してまいります。
「君は、このあたりに住んでるの?」
こ、こくこく。
このあたりもなにも、実は遊歩道のこのあたりそのものが、正確に言えば公道ではなく、ゆうこちゃんちのお庭なんですけどね。敷地外の公道を分断させないために、三浦財閥が善意で開放している地域です。
「お名前は?」
「み、みうら、ゆーこ」
「おにいさんはね、東京の、カメラマンなんだ」
慣れた構えでシャッターを切りながら、もっともらしく自己紹介を始めます。
その言葉は、けして嘘ではありません。ただし、ぷろかめらまんと言っても、その氏素性は芸術家から人間のクズまで、千差万別です。
「かわいい女の子の写真のご本も、いっぱい、出してるんだよ」
それも、嘘ではありません。ただし、かのおまぬけザル法『児童ポルノ法』により、未成年モデルの裸体・下着露出が駆逐されたのを逆手にとって、『水着さえ着用していればどんなシチュエーションもポーズも合法』なる恥知らずな業界基準を勝手にでっちあげ、『どう見ても下着にしか見えないがまちがいなく水着』を小中学校の女子児童に着用させ、その上に一般の衣服を着せるという裏技をあみ出し、金に目のくらんだバカ親どもといっしょになって子供の股を開かせお尻を突き出させ、合法的少女パンチラ写真を量産し一財産築きつつある、そんな人間のクズの仲間です。
「DVDも、いっぱい、出してるんだよ。ゆうこちゃん、よかったら、いっぺんパパかママに、会わせて――」
ずぼ。
どでどでどで。
「よし! かかった!」
「かんぺき」
くにこちゃんとたかちゃんもいさんで穴のふちに駆けつけ、どーかつや懐柔を開始しようとしますと――
ひょい、ひょい、ひょい。
とつぜんはいごから伸びた大人の手で、さんにんとも、わきにどけられてしまいます。
そう、ゆうこちゃんのいくところ、常に陰に潜みつつその安全を死守するさだめの、さんにんのSP隊員さんたちです。
SPさんたちは、すちゃ、とたかちゃんたちに敬礼した後、穴の底の自称カメラマンを救出、もとい、拘束します。
「な、なんですか。あなた方は」
取り乱すおにーさんには耳を貸さず、そのデジタル一眼を確保し、慣れた手付きでメモリーをチェックします。現在装填されているメモリーのみならず、カメラマン・ジャケットを探って、予備や撮影済みメモリーも、残らずチェックします。その中には、未消去だったいかがわしいスタジオ撮影データなども、いくつか混じっております。
「何をするんだ! 君たちにそんな権利があるのか! 告訴してやる!」
己の合法を信じ、騒ぎ立てるおにーさんに、いつもの隊長さんが無表情に言い放ちます。
「ここは私有地なのですよ。あなたがここにいらっしゃること自体、すでに違法なのです」
「な……」
「お嬢様の御両親様に、お会いになりたいとのこと」
隊長さんは、さながらわるだくみを思いついた時のくにこちゃんのように、にまあ、とじゃあくなほほえみをうかべます。
「会わせてさしあげましょう」
横暴だ横暴だとまだ悪あがきを続けるおにーさんをふたりの部下にあずけ、隊長さんはまた、すちゃ、とたかちゃんたちに敬礼します。
「すちゃ」
たかちゃんははんしゃてきにけいれいを返しますが、
「……そっちの、えものなのか?」
くにこちゃんは不服そうです。でも、隊長さんの大真面目な瞳に浮かぶ正義の色を見て取って、
「んむ」
いさぎよく、えものをゆずってやることにします。
ちなみにそのカメラマンのおにーさんは、そのご、にどと社会に姿を現しませんでした。
いえいえ、東京湾にナニされてしまったとか、多摩丘陵の奥にアレされてしまったとか、そんな非合法的な意味ではございませんよ。さすがのSPさんたちも、一応一般市民を非合法的に処理してしまうほど非倫理的ではありません。ゆうこちゃんのおとうさんやおじいちゃんのなんかいろいろによって、あくまで社会的に、生涯再起不能になってしまった、そんないみですね。
えものをひきずって、お屋敷方向に引き上げるSPさんたちを見送りながら、くにこちゃんは、もっともらしくうなずきます。
「うーむ、よのなか、いっすんさきはやみ、とゆーな」
なにがなんだかわからなくとも、ありがたいっぽいことばでしめくくれば、おーるOKのくにこちゃんです。
「こくこく」
もとよりたかちゃんは、れいによって、なにごとも深く考えておりません。
しかしこんかい、おんなのいっせんをこえてしまったゆうこちゃんは、やっぱしなんだかよくわからないので小首をかしげつつも、でもせっかくのはじめてのこすぷれすがた、でーぶいでーで撮ってもらってもよかったかなあ、などと、ちょっぴりざんねんに思ったり、してしまっているのでした。
「…………ぽ」
★ ★
「うーむ、ふさくだった」
夕暮れの旧青梅街道をたどりながら、くにこちゃんがつぶやきます。
ゆうこちゃんは、おやしきのまえでもう別れておりますので、いまはたかちゃんとくにこちゃんだけです。
「いいかばうまは、なかなか、いないものだ」
「こくこく」
「やっぱし、じみちに、かせぐしかないか」
「?」
「いやな、おふくろが、ゆーんだ。おれが、ほーかご、ずーっといもーとのせわをやったら、いちんち、にじゅーえん、くれるとゆーんだ」
少ないような多いような――金銭かんかくにうとい完全被扶養者のたかちゃんには、いまいち、ぴんときません。
「にじゅーえんとゆったら、おまい、梅ジャムが二こもかえるぞ」
それはちょっと少ない気がします。
「はんつきがんばれば、じまえで、ぶためしだってくえる」
「おう」
いきなしばくだいな気もします。
「んでも、そーすると、おまいらと、あそべなくなる」
少なくてもばくだいでも、あそべないのはこまります。
「……やだ」
「……んむ」
なんだか三丁目の夕日の下のような経済レベルの会話をかわしていると、やっぱし昭和れとろそのものの長岡履物店――くにこちゃんのおうちが、みえてきます。
店土間では、くにこちゃんのふたごのおとうとが、おんぎゃーおんぎゃーと泣きわめくいもーとを扱いかねて、右往左往しております。
「ま、もしかのはなしだ」
くにこちゃんは、しんぱい顔のたかちゃんに明るく笑ってみせると、いそいでおうちにかけこみました。
だめだだめだ。おまいら、しょんべんとはらへったは、ちがう声だろーが――そんなくにこちゃんの良く張ったお声を耳に残して、たかちゃんはとぼとぼと、ひとりで家路をたどります。
はいぱーぶろっさむのこすぷれのままなので、外観的にはまったく哀愁のカケラも感じられません。でもやっぱし内心では、華やかな宴の後の静寂、そんな寂寥感を、なにがなし味わっているのですね。
とちゅうの公園を通りながら、きょねんかばうまさんを見つけたベンチのあたりを、ねんのため再ちぇっくしてみます。でも、やっぱし、おかーさんとちっこい子供や、ちょっと大きめのおにーさんやおねいさんや、しわしわのおじーさんおばーさんばっかしで、つかえそうなかばうま類は見当たりません。
まあ、なにかと世間の目のキビシイ昨今、ろりおたの生息域も変わってきているのですね。
かつては危険を冒してあるいは開き直って、公園に街角にあさましくみにくいありさまをさらしていたロリータ・スナイパーたちも、カメラやビデオ機器の急速な進化=自動化・デジタル化・小型化により、さらに矮小化・陰湿化をとげ、庭石の下の地虫のように、姑息な存在と化してしまいました。業界では『M君以降』などと、あたかも社会的要因のように言われるマイナス進化ですが、実際には、ろりおたたちが自ら選んだ日影の道なのでしょう。
たとえばかばうまさんがろりにめざめた時代には、カメラはすべてフィルムを使用するおべんとばこのような武骨なシロモノであり、ピント合わせはもちろん手動、望遠レンズもろくな倍率がないのに丸筒ポテチのようにどでかく、自動巻き上げすら別売部品がゴテゴテと必要でした。そんなごっついシロモノを抱えて公園で遊ぶろりを激写しようと思えば、当然その場の空気に対する積極的同化が必要です。言い換えれば、『私は幼女趣味の変態です』と看板を上げ、なおかつ『それでも無害な変態です』『お願いですから通報しないで下さい』と身をもって主張できなければ、到底不可能な技だったのです。
しかし今は、高倍率の小型デジカメやビデオカメラによって、なんぼでもこっそり遠くから、手軽にスナイプ可能です。手荷物に隠蔽もできます。何よりシャッターを押すだけどころかリモコンちょいちょいで、露出からピントから連写からすべてメカトロニクスまかせ、バカでもチョンでも、庭石の下の地虫でも盗撮が可能です。ですので、庭石の下の地虫がろくな覚悟もなくのこのこ参入し、シロトの悲しさで日々摘発され続けております。そしてさらには、児ポ法施行後の合法ロリータ・ビジュアル界の開き直り――さきほど拉致された三番目のおにーさんのような業界の盛況によって、地虫が自分の手を汚す必要すらない、そんなありがたい社会にもなっております。ですから、きょねんたかちゃんが、かばうまさんという天然記念物的ろりおたを公園で捕獲できたこと自体、奇跡に近い僥倖だったのです。
もちろん、今、夕暮れのベンチで、さっきまでの大騒ぎも夢だったかのように、ひとりぼっちであしをぷらぷらさせているたかちゃんは、そんなせけんのながれなど、なんの関心もありません。ただ、にねんせいになってからのじぶんのせいかつは、なんかちょっと、びみょーにものたりないかんじ? ――そんな一抹のさみしさを、感じているだけなのですね。
さて、そのとき、なんだかたそがれしょーこーぐんにおちいってしまったようなたかちゃんのおめめが、ぴかりと光りました。
公園のむこうの道を、せーらー服のおねいさんたちが、きゃぴきゃぴと歩いていきます。
そのまんなかでひときわきゃぴきゃぴと笑っているのは、あの、あこがれの、きゅーしょく係のおねいさんではありませんか。
いいもん、めっけ!
たかちゃんはとととととと駆け出しました。
おねいさんの後ろ姿を射程に入れつつ、すべり台やじゃんぐるじむやぶらんこの間をちょこまかとぬって、いきおいをつけたまんま、公園の柵もとびこえ――――無理ですね。
げし。
「あう」
柵に足を取られて、まえのめりに宙を舞います。
「あうあう」
このままでは、がんめんから、じめんをちょくげきしてしまう――とつぜんのきょーふになかば失神しつつ、たかちゃんのお手々が、無意識に支えをもとめて宙を掻きます。
わしっ!
「ぎええええええ!」
この世ならぬ咆吼が、青梅の夕空にひびきわたりました。
そう、いきなしはいごから花の乙女のおしりをわしづかまれてしまった、おねいさんのお声です。
「くぬヤロぉ山田ぁ!」
鬼のような形相で振り返ったおねいさんの頭上には、明らかに、次のような精神的選択肢が浮かんでおります。
(1)蹴り殺す
(2)殴り殺す
(3)シメ殺す
――まあ、その山田君がどーいった男子生徒なのかは定かではありませんが、一般に中学一年生といえば、半分大人の女子とまるっきりガキの男子が多く混在する学年ですので、そーした精神的ギャップによる発作的殺意なども、ときに生じてしまうのですね。
しかし、おねいさんが鬼のように振り返った視線の先には、だあれもおりません。
「…………?」
まわりのお仲間が、落ち着け落ち着けと言うようにおねいさんの肩を叩きながら、下のほうを指差しております。
「ねえねえ、なにこれ」
おねいさんが眉をひそめて自分のおしりを見下ろしますと、あめりかんちぇりー色のちっこいこすぷれ物件が、わしづかんだおしりにみれんを残すように指を蠢かせつつ、ずるずると地べたにへばっていきます。
「……きゅう」
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