たかちゃんとさんた








     
【6】 千の雪になって


 そして、十二月二十四日の夕刻――。
 日暮れを待って、俺たちは雪の河原に出た。
 このあたりの多摩川は、下流の都市部のような広い河川敷でなく、渓谷の風《ふう》が多く残っている。対岸は切り立った崖になっており、その上に斜面を成す冬木立は昨夜からの雪で綿のように和らぎ、木立に隠れて見えない住宅街もすでに雪の屋根と思われ、彼方に連なる奥多摩山塊は、もとより白の重なりだった。
「ほんとに、寒くないの?」
 たかちゃんのママやくにこちゃんのお母さんや恵子さんが繰り返し訊ねると、
「いまは、ちょっと、さむい」
「んでも、ぴこぴこすると、さむくないぞ。うちゅーでも、花見とおんなしだ」
「こくこく」
 確かに、寒い朝に天使が凍えて道に墜ちていたという話は、いまだかつて聞いたことがない。ましてモノホンの天使は裸である。
 一夜にして全世界を回る――例の時差による許容時間を考えれば、昼間から旅立ってニュージーランドあたりで待機したほうがいいのだろうが、そこまでのこだわりは、三人組の混乱を考慮してやめておいた。ルドルフ配下のトナカイたちは、生体ナビゲーターの誇りを賭けて、一睡もせず例の位置情報を全箇所分担記憶してくれたのだが――ほんとうに言いにくいことだが――どっちみち、三万超の物件を一夜にしてぴこぴこするなど、不可能なのである。あくまでハンマーは三個しかない。もしその物件が万一使用された場合、非戦闘員や地球環境にダメージの大きい順列をたかちゃんのママが割り出してくれたので、その優先順位に従い、夜明けまで可能な限りナビゲーションしてもらう、そんな計画だ。あとは、人類の理性を信じるしかない。
 綿雪が夢のように舞っている。
 女性軍の不安げな眼差しが気になって、俺はたかちゃんのママに言った。
「大丈夫ですよ。天使を撃てる人間はいない」
 ママさんは不安というより、また厳しい顔になった。
 他の女性たちには聞こえないように、小声で応える。
「……あくまで、『なったつもり』じゃないのかしら。トナカイさんたちはともかく、あの子たちが『寓話』に溶けこめる保証はないわ。この星では、サンタやトナカイを心底信じながら、今も無数の子供たちが、木っ端微塵に吹き飛んでいるのよ」
「それでも、大丈夫」
 俺はあっさり断言した。
「あの三人の『なったつもり』を、甘く見てはいけません。それは、お母さんのあなたが一番よくご存知でしょう?」
 ママさんはちょっと表情を和らげ、
「それより、あなたの『なったつもり』はいかが? 迫撃砲や誘導ミサイルだって、当たるとけっこう痛いですよ」
 確かに痛いだろう。俺の昔のバイトはアトラク専門だったから、映画のような着弾や爆発を経験したことはないが、憧れていた初代ゴジラの中島春雄氏や平成ゴジラの薩摩剣八郎氏、あるいは同世代のゴジラ・ジュニア破李拳竜氏――その他、ゴジラ以外のスーツアクターの方々も、インタビューや著書で、何度も燃えたり溺れたり、死にかけた話をしている。怪獣のふりをするだけでも、それだけ過酷なのだ。ましてモノホンの怪獣ともなれば、外まで自前の皮である。
 しかし、ジャミラの痛みなら、俺は甘んじて受けられる気がする。いや、この社会で真のおたくを目ざすような人間は、一度はそれを実感しなければならないのではないか、そうまで思う。
 大国の面子のために使い捨てにされ、灼熱の惑星に墜ちた宇宙飛行士が、過酷な環境の中で怪獣と化し、自分を見捨てた故星に復讐してやろうと、数十年かけて宇宙船を改造、帰郷する。その狂ったジャミラが、なぜ国際平和会議を復讐の標的としたのか――それは、そここそが全ての欺瞞の集積と、悟っていたからではないのか。口先だけのなあなあで、己の手を汚さず、この故郷を治めるつもりの連中。一介の宇宙飛行士の痛みを、名誉の戦死に書き換えてしまう連中。民衆の生活をパワーゲームの駒のひとつとしてしか捉えられない、『一番偉い者』という虚像の集う場所――だからこそジャミラは、真の復讐対象として、国際平和会議会場を選んだのではないか。しかしまた、怒りにまかせてのどかな民家を次々と焼き払いながら平和会議会場に向かいつつ、ふと見せたジャミラの困惑の表情は何か。なぜ愕然と地上を見下ろしながら、破壊と火炎放射を中断したのか。それは、蟻のように逃げまどう市民もまた自分と同じなのだ、そしてそれを焼いている自分もまた、本来焼いてやるはずの者と同じ存在になってしまっているのだ――そう目覚めたからではなかったのか。
 結局、なまじ灼熱の惑星に適応したため水に弱いジャミラは、『地球の平和を守る』ための科特隊やウルトラマンに、水攻めにあって敗北する。あの泥濘の中で苦しみ悶え、異様な嗚咽を繰り返しながら死んで行ったジャミラ。無論、肉体的にも、極限の苦痛だっただろう。しかしあいつはその時、何を思いながら泣き叫んでいたのか。ただの痛さ惨めさからだろうか。報復を遂げられなかった無念、それだけだろうか。灼熱の異星で極限の渇きに耐えながら切に願っていた『水』、それがもはや己にとって毒と変わっていることにも、泣いていたのではないか。そう、結句、人は己を己としか認識できなくなったとき、他者を殺し、そして己をも殺す。その先にあるものは、永遠の矛盾、永遠の慟哭しかない。
 そしてジャミラが泥濘の中をのたうち回りながらおうおうと咽ぶ異様な声は、円谷プロの制作スタッフの話によれば、実は『赤ん坊の泣き声』を加工したものだったのである。また、ジャミラという名は、砂漠の国で占領軍に陵辱されたある少女の名に由来するともいわれる。
 永遠の矛盾の中で慟哭する、寄る辺なき魂。
 だから俺は、曲がりなりにも二代目ジャミラとして、初代から輪廻する者として、今回のトリックを、是が非でも完遂しなければならない。ジャミラを追いつめた者たちを出し抜いて、ジャミラが狂うほど欲していたものを届け、第三第四のジャミラの根を、ほんの僅かでも断たねばならない。それが所詮『騙し』の中で生きざるを得ない凡俗な俺の、せめてもの輪廻なのだ。
「――まあ、痛いのも、生きていればこそですから」
 俺が笑うと、ママさんも笑ってくれた。

 などとその場では白々しく楽観論を述べた俺だが、実は昨夜まで、自分や若サンタはともかく三人組に関しては、内心死ぬほど心配でたまらなかった。
 それで、人間勢が仮眠を取っている間、徹夜で位置情報を覚えこんでいた舎弟頭たちに、こっそり会いに行ったりした。
「あのう……」
「おう、かばうまさんけ。あんじょうやったるけん、心配すなや」
「いえ、それもあるのですが、あの……もし、出かけた先で危険がありそうだったら……ほんのちょっとでも、現実的な危険がありそうだったら……迷わず、引き返してほしいのです」
 舎弟頭は、にやりと口の端を上げた。
「……おんなしようなセリフ、さっきから何遍聞いたか」
 おう、やっぱり。
「まあ、引き受けた以上、玄人《クロト》として百の力は出す。けどな、サンタ護るんも、わしらの大事な仕事なんじゃ。御輿つぶすような無茶はせえへん」
「よろしくお願いします」
 俺は深々と頭を下げた。
「やめときいな。橇引き風情が、さっきから何遍も頭ぁ下げられて、かえって往生するわ。――しかし、なあ」
 舎弟頭はちょっと口調を変えて、例の位置情報を掲げて見せた。
「こないなもん、一個も残しとうないわ。わしらにできるんなら、ひとつ残らず叩きたいとこじゃ」
 間近に見る舎弟頭の目は、案外理知的かつ穏和だった。
「ま、とにかく、こっそり来なかったんは坊さんだけや。心配すな」

 つまりさっきのママさんの言葉も、たかちゃんたちへの気遣い以上に、俺と自分の計画に対する感慨だったのかも知れないのである。
 そんな経緯を思い出しながら、俺はあの老僧を窺ってみた。
 背後に無言で佇み、ただ微笑を浮かべその場を見守っている老僧は、昨日駅前のロータリーに立っていた時と同様、気配すら雪に紛れるように微かだった。

     ★         ★

 川辺に並んで待機する十二頭のトナカイに、少し離れて若サンタと橇のチェックをしていたルドルフが、蹄を響かせてゆっくりと歩み寄った。
「……行ってこい」
「兄貴……」
「おやっさん……」
 ルドルフは静かにうなずきながら、自分の赤く光る鼻を、あの舎弟頭の鼻にすりつけた。
 舎弟頭の鼻に、ぽっ、とその暖かい光が宿った。
「暖簾《のれん》分けじゃ」
 なるほど、あの赤い鼻には、そんな意味合いもあったらしい。
 舎弟頭は濡れた瞳で、力強くうなずいた。
 ルドルフは、戸惑っている他のトナカイたちにも、次々とその鼻の光を移していった。
「これで、みんな独り立ちや」
 何頭かのトナカイが、低く泣いた。
「熱い酒と、春菊鍋用意して待っとるわ。……んでもな」
 ルドルフは優しい声を、また突然荒げた。
「帰って嬢ちゃん方の柔肌に傷一本ついとったら、おまえらみんな、トナカイ鍋やど!」
 おう、と十二頭が鬨の声を上げた。
 一方たかちゃんたちは、
「んじゃ、ほんばん、かいしー」
「おう。ひごろきたえたもぐらたたきのうでを、せかいじゅーに、見せてやるのだ」
「……こくこく」
 この緊張感は、ふだんゲーセンに行くのと、さほど変わらない気がする。
「へんーしん!」
 ぴこん、ぴこん、ぴこん。
 そうして三人組は、ひらひらぱたぱたあるいはごうごうと、トナカイの群れに合流する。
 くにこちゃんは余裕で単身ホバリングしているが、たかちゃんとゆうこちゃんは、とりあえずトナカイに乗らねばならない。速度の問題があるからだ。
「やっほー!」
 たかちゃんは、最初の夜に気の合った若いトナカイに、ぴょん、と飛び乗った。
「ねえねえ、ちゅーがえり、できる?」
 ゲーセンではなく、遊園地のノリかもしれない。
 ゆうこちゃんは、あの舎弟頭に乗ることになっていた。一番護衛能力がありそうだったからである。
「あの、あの……よろしく、おねがい、します」
「おう、よろしゅうな。モノホンの天使にまたがってもらえて、光栄じゃ」
「……ぽ」
 いよいよ出発準備が整った。
 そのとき――。
 あの老僧が、音もなく俺たちの横をよぎり、トナカイの群れに歩み寄った。
 すれちがいざまに、さて頃合いじゃな、そんなつぶやきを聞いたような気がする。
「邦念よ」
 くにこちゃんが呼ばれ、ホバリングしたまま老僧に近づいた。
「おれなら、しんぱいいらないぞ、おししょー」
「しんぱいなんぞ、ちっともしとらん」
 くにこちゃんは嬉しそうに胸を張った。
「邦念。おまえは、あの真言を覚えておるかの?」
 ハテナ顔のくにこちゃんに、なにやらごにょごにょと耳打ちしている。
「んでも、おししょー。おれはまだ、にょらいたちは、よべないぞ」
 くにこちゃんは目をぱちくりさせた。
「ほっほっほ。まあ、仏様も、そろそろプレゼントをくれる気になったかもしれんぞ」
「ほんとうか!」
「とにかく、心から、唱えてみい。これからお前たちがしようとしていることを――あの絵本をみんなで描いたとき、お前たちが何を思い何を望んでいたか、よーく、心に、念じながらな」
 老僧の、穏やかながら確信に満ちた声に、くにこちゃんは「んむ」としっかりうなずき、ぼぼぼぼぼと河原の雪空に舞い上がった。
 そして、これからの旅の先陣を切るように、天に向かって力強く印を結んだ。
「おんころころせんだりまとうぎそわか!」
 気合いの入った、ボーイ・ソプラノにも似た声が、雪の丘陵に谺した。
 俺たちは、息を潜めて夜空を見上げた。
 そして、直後、思わず自分の目を手のひらで覆った。
 夜に舞い降りる雪のとばりが、一瞬、純白を越えた閃光のようなハレーションを生じたのだ。照り返しを受けた丘陵がミ二チュアに見えるほど、巨大な光だった。
「……何?」
 恵子さんが俺の腕を強く握った。
 そのハレーションは、すぐに光をおさめ、しかし舞い降りる雪のそれぞれに淡い光を残し、その雪たちは緩やかな巨渦をなして、遙か高みからこちらに降りようとしていた。
 俺たちもトナカイたちも、ただ呆然とその光の渦を仰いだ。
「ほわー」
 たかちゃんの脳天気なつぶやきが聞こえた。
「……きれい」
 ゆうこちゃんのすなおなつぶやきも聞こえた。
 雪の渦の先端が、宙空で印を結び続けるくにこちゃんに、ゆるゆると届こうとしたとき――その先端が、四方八方に弾けた。いや、正確に言えば十二方に弾け、その弾けた雪の渦の分岐は、さらに河原に向かって収束し、立ちすくむトナカイたちを、個別に直撃した。
 個々の渦の先端がトナカイたちに届いた瞬間――それぞれの体から、まるで歌舞伎の土蜘蛛が放つ千筋の糸、それを幾層倍にも広げたような雪の光の糸が、河原の空に広がった。
 ぶわっ――いや、音はしなかったと思う。丘陵いっぱいに、そんな音が響いたような気がしただけである。
 視界全体がまた純白に光って、俺は思わず尻餅をついた。隣の恵子さんもよろめくのを、俺はあわてて自分の太鼓腹で受け止めた。
 ふたりして目をこすりながら立ち上がる。他の見送り勢も、それぞれよろよろけながら身を起こす気配がする。
 俺たちの視界が戻りきる前に、その薄白い世界から、なにやらきゃぴきゃぴと、異様な声が響いてきた。
 聞き覚えがあるような気もするのだけれど、どうも反響が効き過ぎて、個々の声の正体がつかめない。
 きゃぴきゃぴきゃぴきゃぴきゃぴきゃぴ――。
 俺はなんだか、いやあな予感、いや、嫌なんだかキショクいいのかよくわからない予感を抱きながら、目をしょぼしょぼさせて、視界の白が薄れるのを待った。
 ようやくもとの河原風景が戻ったとき――俺はちょっと、一時的に発狂した。いきなり阿波踊りを踊りたくなってしまったのである。「えーらいこっちゃえーらいこっちゃヨイヨイヨイヨイ」の、あれだ。
 俺の眼界いっぱい、つまり夜の河原の雪空いっぱいに、何千何万というたかちゃんとくにこちゃんとゆうこちゃんが、群れをなして、きゃぴきゃぴきゃぴきゃぴと大騒ぎしているのである。
 正直、腰が抜けた。
「あ、あ、あ」
 ぷるぷると震えながら、ただひとり平然と立っている老僧にいざり寄り、状況説明を求めると、
「――私どもの業界に、薬師如来、という仏がおられます」
「は」
「人々を病から救う仏、そう言われておりますが、その病とは、本来風邪や腹痛ではない。癌やエボラ熱でもない。人の心に生じる無明の闇――つまり、煩悩――欲の凝《こご》りを言うのでしょう」
「は、は」
「で、その薬師如来様は、なんといいますか、親衛隊のようなものを、一ダースお持ちなのですな。それぞれの親衛隊の代表、これを十二神将と呼びます――お解りかな?」
 河原の岸には、あの十二頭のトナカイたちが、淡い光を湛えたまま、毅然として頭上のろりの群れを見据えている。
「は、はい」
 俺は、その頃になってようやく正気を取り戻した。つまり、頭上の夜空できゃぴきゃぴとぴこぴこし合ったり相撲を取ったり「……ぽ」と頬を染め合ったりしている幾千幾万の三人組を眺めていても、阿波踊りを踊り狂う欲求から、かろうじて逃れられるようになったのである。
 他の一同も気をとりなおし、俺といっしょに老僧の話を聞いている。
「――そしてその十二神将は、それぞれ七千の眷属を使うと伝えられております。それらが薬師如来のお求めに応じて、病の元を断つわけですな。えーと、十二かける七千――八万四千になりますか。まあ、そんな数はどうでもよろしい。要は、人の煩悩の数だけおる、そういうことでございましょう」
 老僧はいつもの微笑を浮かべたままで、しゃくに障るほど悠々と続けた。
「ま、とりあえずあれだけ『天使』の頭数が揃っておれば、『欲の凝り』は三万いくつ、ひと晩でも、なんとか始末がつくのではございませんかな?」
 宙空のろりの群れの中には、くにこちゃんが両手でたかちゃんとゆうこちゃんを抱え、びゅんびゅん飛び回ってブイブイ言わせている組み合わせも生じていた。そう、あれなら機動性にも問題ない。
「しかし……くにこちゃんが、ここまでやるとはなあ」
 俺はつくづく感嘆した。
「邦念の力だけでは、ございますまい」
 老僧は、そう断言した。
「えーと、くにこちゃんが、その薬師様に通じて、その十二神将とやらを降ろしたのではないのですか?」
 俺が首をかしげると、
「だけではない、と申しましたろう。あの三人の誰かの思いなのか、すべての思いなのか。それともここにいる我らの誰かなのか、全てなのか。あるいはここにいない数多の人々の願いが、たまたまこの日に重なったのか」
 老僧は粛然とそんな一般論を述べ、もっともらしく合掌した後、
「ま、私が思いまするに、あの子らが上げた風船は、偉いお方だけでなく、他のどなたかも覗いておったのではございませんかな」
 にんまりと、悪戯っぽく笑って見せた。
「あるいは、お絵描きしているその部屋で、そのどなたかがいっしょに遊んでいたのかも」

 やがて十二頭のトナカイは、揃ってこちらに一礼すると、雪空ならぬろり空に向かって、光の尾を引きながら駆け上がった。
 そして幾千幾万のたかちゃんやくにこちゃんやゆうこちゃんも、トナカイたちの後を追いかけて、さながら幾筋もの銀河の流れのように、ホワイト・クリスマス・イブの夜空を、きゃぴきゃぴきゃぴきゃぴと流れ去って行った。

     ★         ★

「さあて……こっちは、地道に行こうかの」
 ルドルフが渋い笑いを浮かべ、若サンタを促した。
「物騒なしろもんの代わりに、かわいい子らの寝顔、拝ましてもらおうや」
 深々とうなずいたサンタと共に、こちらに軽く一礼して、背後の橇に向かう。
「じゃあ、沖之司さん」
 たかちゃんのママが、奇妙に明るい声で言った。
「あっちがまだ明るいうちに、おデートに出かけましょうか」
 内に秘めたナイス・バディーを思わせる、くびれたコートの内ポケットから、銀色のカプセルを取り出して見せる。
「夜には、砂の上で、たっぷり組んずほぐれつしましょうね」
 どーして今になってそーゆー言い方をするのだろう。
 俺は隣の恵子さんの顔を、恐くて確認できなかった。
 まあ、自分の娘型モンシロチョウが万単位に増殖して夜空に旅立つのを見れば、多少ハイになるのは、仕方ないのかも知れない。現に、まだ夜空に向かってマリア様でも拝むように指を組んでいるくにこちゃんのお母さんの両眼などは、さっきからきらきらと、昭和三十年代の少女漫画化したままだ。
 恵子さんもトリップしてくれていればいいのだが――しかし俺の頬をキリキリと刺す視線は、やはり殺意か。
「それでは拙僧は、お待ちのご婦人方のために、夜通し安全祈願の祈祷でもいたしましょうかな」
 老僧ののどかな声を聞きながら、俺はたかちゃんのママにおいでおいでされるまま、自分の体がハクション大魔王のように変形縮小するのを感じながら、ガチャポンもどきのカプセルの中へ吸い込まれた。






                     
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