よんかいめ 〜 なんか、いろいろ 〜
なんか中盤はいってから、あたし、影うすくなっちゃった? これって、やっぱ、出し惜しみ、しすぎ?
などとよけいなことを考えないのが、たかちゃんの、よいところです。
あいかわらずのマイペースで、おるすばんとしてのお仕事に、邁進しています。
『ヴェロキラプトルさんは、お肉は食べないと言ってたけど、ほんとは、ごえんりょしてるだけなんじゃないのかなあ』
サヨナラおじさんの映画がまた気になって、お野菜の上にベーコンを乗せてみたり、
『でも、ほんとにきらいなのかもしれないなあ』
またベーコンをどけて、それだとなんだかものたりない気がして、意味もなく味塩をちょっとふりかけてみたり、大忙しです。
シンクのしゃけさんは、ゆらゆらと泳ぎながら、水道のお水の酸素不足と塩素臭いのに閉口しています。もう完成時には出番をカットされてもいいから、アドリブやって現場の受けだけ狙っちゃおうか、などと、不穏なことも考えています。
と、玄関のブザーが、またまたまた、ブザ……良い子のみなさん、もう、飽きましたね。
はい。ブザーが鳴った、それだけです。
応接間のガゼルさんとヴェロキラプトルさんは、囲碁に夢中のようなので、たかちゃんはそのまま、とととととと……はい、これも飽きましたね。でも念のために、ご説明しますと、ととととと、までがたかちゃんの走る音で、そのあとの、と、が、走る、にかかります。はい、お勉強になりましたね。
さて、さすがに四度目になると、いくらまだおっきいお姉……良い子の皆さん、人間には、忍耐というものが、とても大切なものなのですよ。これくらいで飽きたなんて言っていては、とても将来、皆さんのお母さんやお父さんがあるつはいまーを発症したとき、無限に続く全く同じ愚痴と質問や、毎晩の狂ったような行動に、おつきあいすることは、とてもできません。誰ですか、そこで俺は次男だから、とか、私はお嫁に行くから、などと言っている、頭の悪い良い子は。いいですか、これからもしょーしかが進む限り、あなたがたがほーむれすにでもならない限り、あなたがたがおとなになったとき、めんどうをみなければならないおとしよりは、なんらかのかたちで、かくじつに身近にそんざいする計算なのですよ。
どなたですか、そこでかいごほけんなどと、のーてんきなことを言っている良い子は。
日本中がおとしよりだらけになったとき、日本中をろうじんほーむやぐるーぷほーむにできるとおもいますか。たとえできたとしても、そのぜいきんは、だれがはらうのですか。
はい、それでは、すべてをあきらめて、おとなしく続きを聞きましょうね。
さて、さすがに四度目になると、いくらまだおっきいお姉さんではないたかちゃんでも、おやくそく、というものが、なんとなくわかってきます。
「はあい、どなたですか」
たかちゃんは、さいしょから、こんどのお客様のお顔の位置を推定して、ある程度の仰角をとりながら、ドアを開けました。
「あれ、だあれもいない」
そうです。大きいものが続いたあとは、まんねりを避けるため、いきなり小さいものがでてきたりします。さすがのたかちゃんも、そうしたふぇいんとまでは、予想できなかったのですね。
今度のお客様の声は、たかちゃんのお膝のあたりから、聞こえてきました。
「こんにちわ。ここにいます。旅の行商の、バニラダヌキです。おいしいバニラシェイクは、いかがですか」
はじめての、たかちゃんより小さいお客様です。
小さい狸のような、子犬のような猫のような、洗熊ともレッサーパンダともにている、茶色の毛皮でおなかが白く、目のまわりだけ黒い、なんだかよくわからないどうぶつです。
まるまるとしたおおきなしっぽを、ぽふぽふと振ったりしています。
「あなたは、ちいさくて、かわいいのね」
たかちゃんはうれしくなってしまい、思わずバニラダヌキさんを抱き上げ、ほっぺたすりすり攻撃をしかけます。
「はい、バニラダヌキですから!」
答えになっていないような気もしますが、たかちゃんにとっては、とにかくかわいいので、りっぱな答えです。
バニラダヌキさんは、その後ろに、小さい屋台を引いていました。そこに白くて小さいシェイクの機械がのっているので、あとは重ねたカップだけで、荷台はいっぱいです。
「ほんとにお店やさん?」
「はい、バニラダヌキですから!」
やっぱり会話になっていませんが、そんなことは、たかちゃんにとって、どうでもいいことです。
たかちゃんは、おやつをライオンさんにはんぶん食べられてしまっていたので、バニラシェイク屋さんなら、大歓迎です。
「おいくらですか」
「はい! ひとつ二五〇円です!」
たかちゃんのにこにこモードが、急に、お眉の間しわしわモードに、変換されました。
二五〇円などという天文学的な財産は、まだおっきいお姉さんではないたかちゃんのこと、まだ持たせてもらったことがありません。だいじなお年玉は、三か月におよぶ熟慮と悩乱のすえに、先月、どれみのバトンに化けてしまいました。
ママは、まだ帰ってきていません。
応接間にガゼルさんやヴェロキラプトルさんがいますが、初めてのお客様にお小遣いをおねだりするなんて、もうすぐおっきいお姉さんとしての、沽券にかかわる問題です。
たかちゃんは、バニラダヌキさんをぎゅうっとだきしめたまま、感傷にひたりはじめました。
ああ、わたしって、なんて貧しく不幸な幼女。
そんなたかちゃんに、バニラダヌキさんは、けろりとして後を続けます。
「大人は二五〇円、子供さんは五銭です」
「ご、ごせんえん!」
もはや天文学で処理できる数字ではありません。たぶん量子力学の分野です。
「いいえ、五銭です」
バニラダヌキさんは、たかちゃんにだかれたまま、おなかのどこかのポケットから、小さな小さな算盤をとりだしました。そして、しばらくぱちぱち弾いてみせてから、
「えーと、現在の地球の日本の通貨に換算しますと、一円の二〇分の一なり」
「……ごめんなさあい。よくわかんない」
「つまり、一円で、二〇杯買えます」
こんどは、シェイクのほうが、天文学的に膨張しています。
「でも、残念ながら、本日のシェイクは、もう一杯分しか残っておりません」
「たかちゃん、いっぱいでいいもん。ちょっとまっててね」
まっててね、といいながらも、たかちゃんは喜びのあまり、バニラダヌキさんを抱いたまま、居間まで駆けもどりました。
居間の茶箪笥の上には、たかちゃん専用の、ぶたさん型の貯金箱があります。
お金がいっぱいになるまで使ってしまわないように、ふたなどついていない、せともののりっぱな貯金箱です。
でも、もうすぐおっきいお姉さんになるたかちゃんですから、そこはそれ、それなりの裏技、戦略などを、すでに学習しています。
たかちゃんは、いつものようにうーんと背伸びしようとしました。
でも、そこで、バニラダヌキさんを抱いたままなのに、気がつきました。
お店屋さんの人を、居間まで、持ち運んできてしまったのです。
しばしのちんもくののち、たかちゃんは、バニラダヌキさんを、ぽふっとちゃぶ台の上に置いて、意味のない微笑を浮かべることにしました。
「えへへー」
ついでに、バニラダヌキさんの小さいお鼻を、くりくりしてみたりします。
さいわいバニラダヌキさんも、とくになにも考えていないみたいでした。
「もうちょっと、まっててね」
過ぎ去った過去のあやまちは忘れて、ぶたさんの貯金箱という、明るい未来をめざします。
まずは、おもいきりうーんと背伸びをして、ぶたさんに手をのばします。
踏み台がなくても、この茶箪笥の上のものは、経験上たかちゃんの回収範囲にあったはずなのですが、ちょっと緊張していたのでしょう、今日はぶたさんをつかみそこねてしまいました。
ころりと転がったぶたさんは、畳の上にどすんと落ちたあと、ころころと縁側の方に転がっていきます。
「きゃあきゃあきゃあきゃあ」
ぶたさんはころころころころころがって、お池にはまってさあたいへん、とはなりません。
いくらお池のある庭が、たかちゃんのパパの子供のころからの夢だったといっても、そして、えいえんにつづくかとおもわれるろーんのじゅうあつ、かたみちにじかんのつうきんじかん、いちにちごひゃくえんのおこづかい、かいものがたいへんとまいにちくりかえされるつまのふへいふまん、そういったあくまのけいやくをむすんでしまったとしても、いっかいのさらりーまんであるたかちゃんのパパには、到底かなわぬ淡い夢だったのです。
でも、お池はありませんが、猫ちゃんのおでこくらいの庭はありますし、縁側の下には、縁石もおいてあります。ぶたさんが縁石に落ちて割れてしまったら、よいこのはずのたかちゃんが、じつはずうっと仮面の人生を歩んでいたことが、せけんにばくろされてしまいます。
たかちゃんは、これからの長い人生のすべてをかける覚悟で、ぶたさんに向かってダッシュしました。
「おうりゃああっ」
でも、すべては、遅すぎました。
ぶたさんは、縁側にすべりこんだたかちゃんの指先にはわずかにとどかず、ころり、と、縁石にむかって落ちて行きます。
……ああ、砂の器が、崩れてゆく。
たかちゃんは、まつもとせいちょうさんのごほんは、まだ、読んだことがありません。
昔のパパのように、かとうごうさんやたんばてつろうさんやおがたけんさんのせいとうはのえんぎと、べすととはいえないにしろえんじゅくしたのむらよしたろうかんとくのえんしゅつに、号泣したこともありませんし、ママのように、ああらなかいくんってやっぱりいいおとこ、それにひきかえ、うちのだんなは……あら、でも、ちょっと見、わたなべけんさんににてないこともないから、まあ、いいか、などと、ちょっぴりずれた感慨をもったこともありません。
でも、なんとなく、そんな感じだったのです。
たかちゃんは、そうして、今後の人生をはかなく案じながら、縁石を見下ろしました。
すると、そこには、さっきちゃぶ台の上にいたはずのバニラダヌキさんが、ぶたさんの貯金箱をかかえて、にこにこ笑っていました。
「はい、どうぞ」
「ど、ども」
なんだか、おかしいなあ。
そう首をかしげながらも、たかちゃんは、残りの人生にふたたび輝いた希望の星、ぶたさんの貯金箱を、ちゃぶ台に運びます。
ちゃぶ台の上では、バニラダヌキさんが、にこにこ笑っています。
やっぱり、おかしいなあ。
「……あっちに、いた?」
おずおずとたずねるたかちゃんに、
「はい! バニラダヌキですから!」
たかちゃんは、この際、それ以上深く考えないことにしました。
良い子のみなさん、こういったたかちゃんのわりきりのいい考え方は、とても正しいことです。
世の中には、周囲の事象すべてに妥当な関連性を見出そうとすると、結局自分が鴨居で首を括らねばならない、電車が近づくのを見計らって線路に身をおどらせねばならない、そうした結論にならざるを得ない場合が、多々あります。こういうときは、良い子のみなさん、なにも考えないのがいちばんです。お酒を一升買ってきて、一気飲みして寝る、などというのも、正しいことです。ただし、焼酎、ジン、ウォッカ、それから沖縄の古酒などは、ちびちびと飲みましょう。鴨居で首や、線路で電車と、おなじことになる場合があります。なお、いずれの場合にも、そのまま雪道で寝てしまったり、冬の駅のベンチで横になってしまったりしては、いけません。ネロとパトラッシュなどは、ほんとうは、つぎはもっとがんばりましょう、なのです。なお、幸福の王子とツバメさんなどは、たいへんよくできました、です。
さて、気をとりなおしたたかちゃんは、バニラダヌキさんの前で、ぶたさんの貯金箱を、つぎのようにとりあつかいました。
右斜め前に四十五度、それから左方向にさかさに回し、指一本ぶんくらい底面を後方へ傾け、それから、今度は右方向にさかさに回す。
これが、ひみつのたかちゃん方式です。
ものごころついて以来、なんどもこっそり練習して体得した、ぶたさんから一円玉を返してもらうときの、正式な作法です。
でも、この方式だと、出てくるのはほとんど一円玉だけです。たまに五円玉が出てくることもありますが、十円玉はまだいちども出てきません。
良い子の皆さんは、なあんだ、一円玉や五円玉だけ出てきても、なんにも買えないじゃないか、そうおっしゃるかもしれません。それはそうです。いまどき、いくらたかちゃんのほしいのが梅ジャムひとつだったとしても、十円玉がひとつないと、買えません。
ちょっとかしこい良い子なら、一円玉十こ、それとも一円玉五こと五円玉一こ、それでも買えるよ、とおっしゃるかもしれません。でも、かんがえてみてくださいね。たかちゃんは、まだおっきいお姉さんでは、ありません。ママもいないパパもいない、きょうのおるすばんも、ほんとうはまだたったの二かいめなのです。おうちにいるときは、たいていママがいっしょです。日曜日やしゅくじつには、たいていパパもいっしょです。そんなに長いこと、ぶたさんの貯金箱で遊んでいるふりをするわけには、いきませんよね。
おやおや、それでは、一こずつ何回も出して、ためておけばいい、そんなすばらしいことを言っている、良い子もいらっしゃいますね。わたしは、そういう、おさなくしてすでにざいあくかんのまもうした良い子は、大好きです。あとでわたしのおへやに、ひとりでいらしてくださいね。いいですか。あなたひとりでですよ。それはもう、すぐに天国にいきたくなるほど、かわいがってあげますからね。
でも、そんな苦労をするよりは、おねだりしてしまったほうが、よりこうりつてきです。とくに、たかちゃんのお家では、パパがもとおたくのひとなので、きょねんのクリスマスに買ってもらったどれみのドレスを着て、パパのせなかにすりすりすれば、ごひゃくえんいないのおねだりでしたら、まずいっぱつです。このあいだ手にいれたどれみのバトンというひっさつのアイテムもへいようすれば、だりつ十わりです。でも、かていないのきょういくもんだい、という、むずかしいふうふげんかのもとがありますので、ママにはないしょです。
……さて、たかちゃんの、有事に備えた一見無駄とも思える不断の鍛練が、実を結ぶ時がついにやってきました。
貯金箱のぶたさんが、ちゃりん、と、一円玉を一こ、返してくれます。
「はい、バニラダヌキさん、くーださーいなっ」
たかちゃんが顔を上げると、もう、バニラダヌキさんがいません。
「あらららら」
でも、もう一円玉をちゃんと持っているので、たかちゃんは、あわてません。
なんとなく、バニラダヌキさんの行動原理が、理解できたような気がします。
ぶたさんを、こんどは落とさないようにそっと茶箪笥の上に戻して、とととととと玄関に駆けていきます。
「あ、やっぱり、いたあ」
「はい! バニラダヌキですから!」
バニラダヌキさんは、もうバニラシェイクのはいったカップを用意して、親切にストローもぷすんとさしたりしてくれています。
「くーださーいなっ」
たかちゃんは、元気に一円玉をさしだします。
「はい! バニラダヌキですから!」
バニラダヌキさんは、受け取った一円玉を、おなかのどこかのポケットにしまうと、おなかのどこかのべつのポケットから、じゃらじゃらとおつりをとりだします。
「はい、九十五銭のおかえしです!」
そう言って、たかちゃんが見たこともないお金を、いっぱい返してくれます。
ちょっとこまってしまったたかちゃんでしたが、まあ、よのなかには、まだ小さい自分の知らないお金だって、たくさんあるんだろうな、そう思って、スカートのポケットに、きちんとしまいました。
これで、ようやく、ライオンさんに食べられてしまった苺ミルフィーユ半分の、雪辱戦が開始できます。
じゅるるるるるる……。
「んー」
ごくらく、ごくらく。
もひとつ、じゅるるるる……。
「むふー」
ああ、ごぞうろっぷに、しみわたる。
おいおい、あたしゃ明治生まれのばあさんか、と、たかちゃんはお話のひとに、つっこみをいれたりします。
もう一回じゅるるるしたところで、たかちゃんは、足元にいるバニラダヌキさんの、ほんわりとした視線に気がつきました。
バニラダヌキさんは、なにかとても希望に満ちた、なんの隘路もないくりくりしたおめめで、シェイクをすするたかちゃんを、じっと見上げています。
そこには、なんの邪念も感じられません。
バニラ関係のものと、バニラ関係でないものが、いま歓喜とともに結びつきつつある、これ以上の至福が存在しえようか、そんな視線です。
たかちゃんのこころに、ライオンさんのときとはまた異質の、ある感情が生じました。
……このひとになら、あげてもいい。
はい、良い子の皆さん、さっきのそこの白髪のめっきりふえはじめた良い子のひとなどは、うなずいていらっしゃいますね。そう、これは、むかしあかつかふじおせんせいなども絶賛なされた、つくもはじめさんというこめでぃあんのおじさんが聞かせてくれた、ひとりせいしゅんらじおどらまのなかのぎゃぐです。つくもはじめさんというこめでぃあんさんは、ひところはたもりさんに肉薄するかと思われるほど切れがあったのですが、残念ながら、大成なされませんでした。そう、切れはあったのですが、飛び、が足りなかったのです。この点が、みっしつげいで、て〇のう〇いかまでぎゃぐにしておいて、のちにお茶の間の中年アイドルまでに出世されたたもりさんや、みゅーじしゃんばたけでは、らいぶでおきゃくさまのまえでうんこまでしてみせて、いまはぷろじぇくとえっくすのなれえしょんまでたんとうしているたぐちともろをさんなどとの、おおきなちがいです。皆さんも、しょうらいめじゃあをめざしたいならば、切れ、かつ、飛ぶ、これを心に止めておきましょうね。たけなかなおとさんなども、いい参考になりますね。
さて、たかちゃんは、女性としての本能にめざめてしまったので、しゃがんでバニラダヌキさんに話しかけます。
「……はんぶん、のむ?」
「はい! バニラダヌキですから!」
バニラダヌキさんは、シェイクのカップを、元気よくたかちゃんから受けとりました。
でも、すぐには、ストローをくわえません。
まるまるとしたおおきなしっぽが、ぱふぱふと地面をたたいています。
頭の上に、わくわく、という暖色系のPOP書体が、いくつも浮かんでいます。
なんだか、おめめも、うるうるしているようです。
「のんだこと、ないの?」
「……はい。ぼくは、三つのときに、鎮守の森の夏祭りの晩、鬼のような今の親方に、さらわれてしまったのです。鬼のような親方は、バニラをただの商売物としか、考えていないのです。商売物に手をつけたりした仲間は、物置に吊るされて、鞭でしばかれるのです」
衝撃の告白でした。
……このひとは、わたしがいないと、だめになってしまう。
たかちゃんは、こうして、すべてをささげるけっしんをしました。
「……ぜんぶのんでも、いいよ」
「はい! バニラダヌキですから!」
バニラダヌキさんは、ちゅうちゅうとストローを使いはじめます。
しっぽのぱふぱふが、さっきよりふえています。
「……しっぽ、さわっても、いい?」
バニラダヌキさんは、お食事に夢中なので、お口がきけません。でも、ちょっとしっぽがうなずいたようにみえたので、たかちゃんは、たしっ、としっぽをつかまえました。
そして、ふわふわのしっぽで、ぶらんこぶらぶらしたりしながら、
……ああ、このひとは、あたしがあげただいじなものを、こんなによろこんでくれている。はじめてなのね。ああ、あたしにも、はじめてのころがあった。そう、たしかあれは、十六歳の、サントロペの夏……。って、おいおい、あたし、いくつやねん、と、たかちゃんはお話のひとに、また、つっこみをいれます。
そうしているうちに、バニラダヌキさんのしっぽが、なんだかさわりごこちが変わってきました。
なんだか、ゴムみたいな感じです。色も、銀色に変わっていきます。
あれ、と、たかちゃんがお顔をあげると、
「しゅわっち!」
バニラダヌキさんは、いつのまにか、M78ファッションで、アルカイックに決めています。
「あらららら、シェイク飲んだら、へんしんしちゃった」
「はい! バニラダヌキですから! さようなら、たかちゃん。これから、鬼のような親方を、やっつけにいきます。む、3分しかない、急がねば!」
「がんばってね、また、いらっしゃい」
「はい! バニラダヌキですから!」
じゅわ、と一声を残し、バニラダヌキさんは、お空のかなたに、去っていきました。
★ ★
……ふーん、こんどは、こぱんだみたいなのと思ってたのに、うるとらまんだったんだ。
たかちゃんは、もとおたくのパパに、がんそうるとらまんのDVDをぜんぶ見せられているので、バニラダヌキさんのコスプレの出典も、ちゃんとわかります。
でも、うるとらせぶんは、さすがに見ているうちにいつも眠ってしまうので、今の自分の気持ちが、あんぬたいいんみたいなのになっていることには、まだ気がつきません。
……でも、悪い親方をやっつけたら、またきてくれるかな。だって、シェイクのお店屋さんセット、置いてっちゃったもん。
たかちゃんは、バニラダヌキさんのお屋台をからからとひっぱりながら、玄関にもどります。
もう、お外は、すっかり暗くなっています。
あれ、もう、夜だ。でも、ママ、まだ帰ってきてないのにな、お外でまいごになっちゃったかな。
そう思ってまたお庭に出てみると、夜がきたのではなくて、またまたお客様がいらっしゃったのでした。
……あ、こんどは、げげげみたいなの。
たかちゃんは、もう、すっかり耐性ができています。
こんどのお客様は、たかちゃんが、前の前の前の前の日曜日に、パパやママと水族館やプラネタリウムを見に行った、池袋サンシャインくらいありそうな、お客様でした。
まっ黒くてびしょびしょだし、おめめがお皿みたいにまんまるだし、お口にはくじらさんをくわえているので、きたろうのだいすきなたかちゃんは、ちゃあんと、こんどのお客様がどなたなのか、すぐわかります。
でも、こんどのお客様は、はずかしがりやさんみたいで、なんにもしゃべってくれません。
まあ、さすがに、くじらさんをくわえていては、たとえおしゃべりさんだったとしても、ごあいさつは無理でしょう。
「こんにちは、むかしうみでママさんにおせわになった、うみぼうずです、っていいたいの?」
海坊主さんは、首をこくこくしてみせます。
「ママさんは、いらっしゃいますか、っていいたいの?」
また、首をこくこくしてみせます。
「ママはおでかけ。夕方には帰ってくるの」
まんまるお皿のおめめが、ちょっと残念そうにみえます。
海坊主さんは、お口にくわえていたくじらを、ぬうっとお家の方へ、さしだしてきました。
「これはおみやげです、みなさんでたべてください、って、いいたいの?」
こくり、とうなずいて、海坊主さんが、お口を開きます。
どどどどどと、千鳥が淵の貯水量ほどもあろうかと思われるほどの海水が、たかちゃんのお家を飲みこみます。
「きゃう、きゃう、もが」
たかちゃんも、どうどうと流れるお水に押し流されて、ご門の跡を通りこし、隣町方向へ流れていきそうになりましたが、ちゃんと、海坊主さんは助け上げてくれました。
びしょぬれのたかちゃんは、海坊主さんのてのひらの上から、お家の方を見下ろしました。
お二階はもうなくなっていて、一階の上で、くじらさんが、ぴちぴちとはねています。
一階の応接間のあたりから、ガゼルさんとヴェロキラプトルさんが、たかちゃんに手を振りながら、流れ出ていきます。しゃけさんはもともとおさかなさんでみずのなかなので、心配ないとおもいます。
みんな無事に流れ出たところで、こんどは、一階もぺちゃんこにつぶれてしまい、くじらさんだけが、元気にぴちぴちはねまわっています。
「……心配いりません。ミンククジラですから、調査捕鯨対象ですので」
蚊の鳴くようなかわいい声で、海坊主さんが言いました。
そして、たかちゃんをご門の前におろしてくれると、
「さようなら。またきます。いえいえ、ちょっと、泉岳寺で叔父の法要がありまして、帰りにお寄りしただけですので。ママさんに、よろしく」
そう言って、東京のほうではなく、お山のほうに、ずるずるごうごうと帰って行きます。
日本海の海坊主さんだったのですね。
あとに残ったたかちゃんは、元気にはねまわるミンククジラさんをながめながら、どうやっておもてなししようかと、考えこんでしまいました。
……お紅茶のお道具も、みんな流れて行っちゃったかな。
すると、ちょうどそこに、ママがお買い物から帰ってきました。
「ただいま。たかちゃん、ちゃんといい子にしてた? あらあら、ずいぶん、散らかっちゃったのねえ」
いつものやさしいママです。
たかちゃんは、なんだかいままででいちばん好きなママだとおもいました。
「うーんとね、ひぐまさんと、らいおんさんと、なんとかさうるすさんと、ばにらだぬきさんと、あと、いまね、うみぼうずさん。そいでね、おみやげのしゃけさんでしょ。がぜるさん、なんとからぷとるさん……でもいまいるのは、みんくくじらさんだけなの」
たかちゃんは、もうすぐおっきいお姉さんなので、指おりかぞえながら、ちゃんとママにご報告します。
「……でも、お家、もうないの」
たかちゃんが、ちょっと心配になって、ママのお顔をのぞきこむと、
「だいじょうぶよ。パパがちゃあんと保険に入ってますからね。でも、今夜は、おじいちゃんやおばあちゃんのところに、お泊まりしないとねえ」
「わーい、おとまりおとまり」
たかちゃんは、ママのスカートにつかまりながら、ふと、お留守番のあいだ、お昼寝するのをわすれていたことに、気がついてしまいました。
……ママには、ないしょにしとこ。だって、いっぱいおきゃくさまだったんだから、しょうがないもん……。
★ ★
はい、良い子の皆さん、きょうのお話は、これでおしまい。
なにか、ごしつもんや、くじょうがあっても、せんせいはいっさいおこたえできませんので、ごりょうしょうくださいね。
え、どなたですか、こうちょうせんせいや、おうちのひとにいいつける、なんていってる悪いよいこのひとは。
はい、せんせいは、いっこうにかまいません。うふふふふ、いたくもかゆくもありません。
うふふふふ、に〇きょ〇そをあまくみては、いけませんよ。
★ おしまい ★
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★ もくじに、もどる
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